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最高裁判所第三小法廷 平成6年(あ)408号 決定

本籍

北海道中川郡幕別町札内春日町二九七番地の六

住居

同帯広市一条南二五丁目八番地

不動産業

菅野光夫

昭和一四年七月五日生

右の者に対する所得税法違反事件について、平成六年三月一日札幌高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人諏訪裕滋、同永宮克彦、同加藤恭嗣の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

上告趣意書

被告人 菅野光夫

右の者に対する平成六年(あ)第四〇八号所得税法違反被告事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成六年五月二五日

主任弁護人 諏訪裕滋

弁護人 永宮克彦

同 加藤恭嗣

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 原判決には、憲法三一条、三二条、三七条の違反があり、原判決は破棄されなければならない。

一1 第一審において被告人は有罪判決を受けたが、被告人と太成企画株式会社(以下「太成企画」という。)間の北海道空知郡栗沢町字宮村三三五番及び三三七番の各土地(以下「本件土地」という。)の売買について、開発協力に関する条項や三億円に関する条項を記載した書面がなかったことがその理由の一つとされている。

2 しかしながら、被告人と太成企画間で、平成元年八月一一日、本件土地の売買に関して五億円が売買代金であり、三億円を開発協力金とする旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わしていたのである。

被告人は、本件覚書の存在を記憶していたので、第一審において、本件覚書は国税局によって押収された旨を口頭で主張したが、検察官は「そのような覚書は押収物件の中に存在しない」旨を明言したのである。

3 そこで、原審において、被告人及び弁護人らは、調査の結果本件覚書は確かに国税局により押収されており、平成三年五月八日付け帯広市大通南一八丁目ナカタビル菅野光夫の事務所において差押をした差押目録番号二三三号の覚書が本件覚書である旨を控訴趣意書において主張した。

それに対して、検察側は、右目録番号にはそのような覚書は存在せず、調査の結果その他の押収物件の中にも本件覚書は存在しない旨答弁をした。

4 その後、弁護人らはさらに調査を続け、本件覚書の写し(以下「本件覚書写し」という。)が存在したことを発見し、本件覚書写しを原審に提出して検察側に更なる調査を求めた。しかるに、それでもなお検察側は本件覚書は押収物件の中に存在しない旨を主張したので、弁護人らは、さらに本件覚書写しを所持していた石川貴代春を証人として申請した(弁護人ら提出の平成五年七月一二日付け事実取調申請書)。

検察側は、その段階に至り、ようやく本件覚書が押収物件の中に存在していたことを認め、本件覚書を証拠として取調を請求してきた(検察官提出の平成五年七月一五日付け証拠調べ請求書)。

しかしながら検察側は同請求書において、本件覚書は被告人の事務所において差押をした前記目録番号二三三号ではなく、太成企画から押収したものである、と主張したのである。

5 本件覚書は、以上の経過で裁判所に証拠として提出されたのであるが、検察官が証拠として提出した本件覚書(以下「検察官提出本件覚書」という。)は、弁護人らが入手した本件覚書写しと同一の文書であった。すなわち、本件覚書は二通作成され、被告人と太成企画がそれぞれ各一通保有したのであるが、検察官提出本件覚書と弁護人らが提出した本件覚書写しは、記名及び捺印、割印が全く同一であり、したがって、両者は、大成企画または被告人が保有していた本件覚書のうち、どちらか一方の覚書なのである。

とすれば、検察側は検察官提出本件覚書は太成企画が保有していた文書と主張し、弁護人らは本件覚書写しは被告人が所有していた文書であると主張しているのであるから、両文書が同一の記名及び捺印、割印のはずがなく、検察側の主張が誤っているのか、弁護人らの主張が誤っているのか、論理的にどちらかになる。

6 そこで、合理的に思料すると、以下の理由で検察官の主張が誤っていることが当然に帰結される。

〈1〉 検察側は、第一審から本件覚書の存在を一貫して否定していたにもかかわらず、原審の半ばに至って突然本件覚書の存在を肯定した。国税局から引き継いだ押収物件から容易に本件覚書の存否は確認できるのであり、右確認作業の結果(若しくは右確認作業をしていないとしても、右確認作業が可能な合理的期間を経過して)本件覚書は押収物件の中に存在しないと答弁し続けてきたにもかかわらず、突然本件覚書が押収物件中に存在したというのはいかにも不自然である。

その理由を思料すると、検察側が本件覚書の存在を肯定したのは、原審に至り弁護人らから本件覚書写し及びそれに関する証人申請をした段階であり、もはや本件覚書の存在を否定することが困難になった時点のことである。検察側としては、被告人方から差し押さえた前記目録番号二三三号は本件覚書ではないと答弁した以上今更同二三三号は本件覚書だと言うことはできず、さりとて本件覚書の存在を否定することが困難になってきたので、二通作成されているはずの他方、すなわち太成企画からの押収した物件中に本件覚書が存在したと説明した。と考えるのが合理的な事実認定である。

〈2〉 検察側は、本件覚書の証拠取調を請求した日と同日付けの意見書において、弁護人側が請求した石川喜代春の証人申請は不要だと意見を述べている。この意見は不自然である。何故なら、右石川は本件覚書写しは被告人から押収したものだと述べており、右事実は検察側主張の事実と正反対であるのだから、もし検察側が自らの主張に自信があるのであれば、逆に右石川を証人として申請して、事の真偽を確かめるはずだからである。にもかかわらず、その機会を放棄して右石川の証言を確かめようとしなかったのは、自らの主張が誤りであることを認めていたからと考えるのが合理的である。

したがって、検察側は、被告人に有利な証拠を隠滅したと結論付けざるを得ない。

7 仮に、検察官提出本件覚書が太成企画から押収した物件の中に含まれていたとしても、検察側は本件覚書の存在を故意に否定し、否定しきれなくなった段階で原審に提出したのは明らかである。

何故なら

〈1〉 被告人は、第一審から本件覚書を主張しており、原審においても控訴趣意書提出の段階で本件覚書の存在を主張しているのであり、検察側は右覚書が存在するか否かを調査するに十分な期間を経たにもかかわらず、平成五年七月一五日まで、終始一貫本件覚書の存在を否定したのである。

弁護人らは、何故平成五年七月一五日まで本件覚書を押収物件の中から発見できなかったのかについて、どのような確認作業をしたのか、本件覚書を発見したのはいつか、発見が遅れたのは何故か、等の度重なる釈明要求をしたにもかかわらず(弁護人ら提出の平成五年八月一二日付け意見書、同年九月二一日付け求釈明書)、検察側は一切の釈明をしていない。

右事実から、検察側は、本件覚書の存在を知っていながら、平成五年七月一五日まで、故意にその存在を否定したと考えるのが合理的である。

〈2〉 検察側自ら、本件覚書の存在を否定した事実はないと述べている(平成五年八月二四日付け意見書)。

もっとも、右意見は、検察側は故意に本件覚書の存在を否定したことはなくその存在を認めていた、従って本件覚書の提出は故意に遅らせたのではなく、必要性がないので平成五年七月一五日まで証拠として取調の請求をしなかったに過ぎない、という趣旨である。

しかしながら、検察側が本件覚書の存在を「表面上」否定していたことは明らかである。すなわち、検察側は平成五年五月二五日付け答弁書において「・・関係各証拠によれば・・・〈8〉被告人と太成企画との間の本件土地の売買契約書には開発協力に関する条項はないこと・・・が認められ、これらを総合すれば、本件土地の被告人からの売却代金は八億円であることが認められ」と明確に述べ(六頁)、さらに「弁護人主張・請求にかかる証拠(本件覚書-弁護人注)は検察官において保管していないものである。なお本件当時太成企画の相談役であった前記松本耕二は、証言において、「被告人と太成との間で、ゴルフ場開発許可を下りなかった場合などについて被告人から三億円を返してもらうと、こういう条項を文書を残したことは、有りましたか」との発問に対し「いや、それはないと思います。」と証言していることを申し添える。」と述べ(一五・一六頁)、検察側は明確な形で本件覚書が押収した書類の中に存在しないことを述べているのである。

にもかかわらず、検察側が平成五年八月二四日付けで意見書の中で、本件覚書の存在を否定したことはない、と述べることは前記のとおりの趣旨に動機付けられるのであるが、同時に、右意見書の中で検察側自ら述べているように、検察側が本件覚書の存在を早い段階から知っていたことを否定できないことを示している。

8 また、仮に、検察側が本件覚書の存在を、平成五年七月一五日の意見書提出まで知らなかったとしても、そのことに重大な過失があることは明らかである。

何故なら、被告人及び弁護人側は、第一審及び原審において本件覚書が存在することを繰り返し主張してきたのであり、検察側は押収物件の中に本件覚書が存在することを確認するのは極めて容易だからである。

二 以上から、検察側の前記行為は罪証隠滅行為であり(検察官提出本件覚書が被告人方から押収したものである場合)、そうでないにしても重大な違法行為であり(検察側が本件覚書の存在を知りながら故意に右存在を否定しまたは重大な過失により本件覚書を発見出来ず、本件覚書の提出が遅れた場合)右行為を看過して被告人に対する有罪判決を維持することは、手続的保障を伴う裁判を受ける権利を否定するものであるので憲法三一条、三二条に反し、また被告人としての地位に内在する包括的防禦権を侵害するものであり憲法三八条に反する。

第二 原判決には、以下に述べるように原判決に影響を及ぼすべき職権調査義務違反があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するので、職権発動により原判決を破棄されたい。

一 控訴趣意書においては事実誤認のみ主張しているが、本件覚書について検察側は罪証隠滅行為をし、仮にそうでないとしても検察側が本件覚書の存在を知りながら故意に右存在を否定しまたは重大な過失により本件覚書を発見出来ず、本件覚書の提出を遅らせたことが原審において明らかになった。

したがって、そのような重大かつ明白な法令違反の事情があれば、当然原審は、第一審で検察側が本件覚書を隠滅した事実があったのか、原審において検察側は本件覚書を隠滅しなかったか、そうだとしたら何故かくも本件覚書の提出が遅れたのか、等について、職権で調査すべきである。

二 再三にわたり、弁護人らは、前記事項について、原審に釈明を求め、証拠の取調請求をした。にもかかわらず、原審は検察側の釈明拒否の態度を容認し、または曖昧かつ矛盾に満ちた釈明を認めたのである。

1 まず、弁護人らが提出した平成五年八月一二日付け意見書において、

〈1〉 検察側は第一回口頭弁論までに実際に太成企画から押収した物件の中に本件覚書が存在しているかどうか確認したのか

〈2〉 確認しなかったのならば何故確認しなかったのか

〈3〉 いつ本件覚書を発見したのか

〈4〉 本件覚書が何故第一審で提出されなかったのか

〈5〉 被告人にとって有利な証拠を検察側が握り潰したために第一審において被告人に有罪判決が下がったことについてどういう認識をもっているか

について釈明を求めたにもかかわらず、原審は検察側に右事項についての釈明を求めなかった。

2 また、弁護人らが提出した平成五年九月二一日付け検察官の意見書に対する求釈明書において、検察官が提出した平成五年八月二四日付け意見書がいかに矛盾に満ちているかを述べ、さらに前記〈1〉ないし〈5〉について重ねて釈明を求めたのであるが、原審は検察側に右事項についての釈明を求めなかったのである。

3 さらに、弁護人らが提出した平成六年一月五日付け上告書で、検察側の第一審及び原審における対応が違憲・違法であることを述べ、重ねて前記〈1〉ないし〈5〉について釈明を求めたのであるが、原審はまたしても検察側に右事項についての釈明を求めなかった。

また、同上申書で、本件覚書の提出について職権で調査をされるように上申したのであるが、原審はまったく右調査を行わなかった。

三 したがって、原審に判決に影響を及ぼすべき職権調査義務違反があったことは明白である。

第三 原判決には、以下に述べるように原判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するので、職権発動により原判決を破棄されたい。

一 〈1〉 三億円については、本件土地売買代金の一部ではなく、太成企画から預託された開発協力金であり、被告人の所得ではなかった。

〈2〉 一〇〇〇万円については、その存在を失念していたのであり逋脱の意図がなかった。

のであり、右事実の根拠等についての詳細は控訴趣意書に述べたとおりである。

二 にもかかわらず、原審は右事実の認定を誤ったのである。原審の認定は合理的な事実認定とは言えず、最高裁判所におかれては、是非とも右〈1〉、〈2〉について、今一時職権で調査されたい。

以上

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