大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)776号 判決

上告人(控訴人・原告) 菊地広繁

被上告人(被控訴人・被告) 杉並税務署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人森岡三八の上告理由は末尾添附別紙記載のとおりである。

同理由書について。

しかし、原判決は、被上告人の決定した上告人の所得金額及び所得税額を当事者の主張立証に基いて相当であると適法に認定したものであつて、原判決には所論のような違法はない、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員の一

致で主文のとおり判決する。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告代理人 森岡三八の上告理由

一、本件は問題が甚だ小さくて経済価値から見れば最高裁判所を煩はす程の事でもないという観方もないではありませんが、事は国民生活に重大な関連ある課税(国家行政権行動)の正否に拘わり、上告人は、所得が真実ないに拘らず捕捉しがたいからと謂つて見込課税を為す税務署の処分に多大の不満を持つと同時に第一、第二審裁判所が又此不当な行政庁の推算計上なるものを承認し同調する判決を為した事に不安を疼感するのであります。

所得税は所得金額に対して課税する事は申すまでもないが、其所得額は自由職業にあつては、納税義務者の申告に俟つを第一義としている。其申告を頭から疑いの目を以て受取り迎える如きは民主政治の根本に反する。所轄行政庁が申告額を修正せんとする時には、厳格詳密且つ具体的に其所得の種類、数額、日時を指摘して申告の誤りを納税者の納得の行くように説示すべきが当然である。只漠然と常識的な判断推則を以て何人の家族が生活をして行く以上にはとか、同じ業者の所得の統計が何うだとかの理由によつて課税する事は個別に具体的に賦課する所得税課税の本旨に反するものである。若し生活家族の員数や業種別統計などに基いて課税してよいものなら、申告制度などを用いず一律の抽象的な標準によつて賦課すれば足りる訳である。豈斯の如き理あらん。

原判決は「……の如き業務に従事するものの所得については、その明細精確な事実関係の主張立証のない場合には、認定可能な事実関係に基き之を推算計上するのを妨げないものと解すべき……」と判示するが驚くべき逆説であります。納税義務者は(上告人は)所得税法に基いて正直に申告したのであります。疑いの目を以て迎える者でない限り精細明確な証明を更に追求する必要はない。寧ろ申告が虚偽なりと主張する者が(修正者)が其虚偽の立証を精細明確に事実関係を示して主張立証すべきであると信ずるのであります。公衆は自ら正しいものである事を主張立証する義務はない。不正者(乃至犯罪者)なりと疑い且主張する側が証明するを要するのと何等変りがない。原裁判所は何処までも挙証責任を履き違えているのであります。

判示によると、証人及び本人の供述として一一カ月の内七日乃至十日間を除いて一日一人又は二人・多い時は五、六人の依頼があり一回百円乃至二百円の料金を受領している」事実があると認定し、之に基いて平均すると一日に三人だから一日三百円、費用を引いても年間六万六千円の所得はあるものと推断してよい。と被上告人の処分を肯定する。暴論も甚だしいのであります。予算や見積りを立てるのならいざ知らず、国民の膏血を吸上げる課税は必ず正確な事実を対象としなければならない。一日五人の日もあると曰うのだから平均して三人だと算術の様に実際面が運ぶものか什うかも考えない十二歳立論であります。

一人の日が十五日で四、五人の日が五、六日であつたら何うか、其逆の場合も考えられるのであるから具体的な課税に当つては申告の数額に超える修正乃至認定をなす理由(日、数額、詳しくは人物、姓名迄も)を精細に挙示する責任がある。然らずば、国民に対し想像、推定から泥棒呼ばりを為し泥棒でないと曰うなら其証拠を納得の行くまで出せと謂うのと同様である。豈此理あらん。

更らに判示は、上告人が二人家族である事実と新聞、ラヂオを取り普通の生活をしているからとて東京都の統計から生計費を推定し、所得のあつた事の証明になるとしているのでありますが、若し上告人が家族七、八名で且上位の生活をしている事実があつたら実際所得(課税の対象とすべき)が無くても、莫大な所得があつたと認定して差閊へがないと謂う理となり明らかに不当である。所得税は所得に対し賦課するもので生活費の多寡を標準としないし、生活費は所得のみによつて支弁すると限るものでない(手持ちの喰い潰しは尤も顕著な例である)事は公知の事実であるから、斯様な事実によつて所得額を推断確定する事は前縷述の通り不当であつて、所得税法の本旨に悖るのみならず国民に取り危険此上もない思想であると思われるのであります。原判決は流石に神前の供物(果物、野菜等)を評価し、所得に算入する迂愚はしなかつたが、家族の員数や生活費の程度或は予算見積り査定的な割出しを資料とし、之によつて課税すべき所得額を決定して宜しいと為した処に大なる誤りがあるのであります。

右上告人の主張は一審以来かわる事なく終始一貫しているのであるが、行政行為の不当と高圧に泣く国民が唯一の救を求める司法裁判所が依然行政庁に同調されたのでは、訴えるに処なき乱民に追いやるようなものであつて、寒心に耐えない。一、二審判決は全く所得税法の根本精神を曲解し、或は権力の濫用を許容し或は挙証責任を転倒し、或は証拠によらずして入権を侵害する行政庁の不当処分を肯認する不法と誤謬あり、明断以て之を破毀せられん事を願つて止まないものであります。

以上

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