大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(オ)533号 判決

上告人

永瀬八郎

代理人

大石力

被上告人

光工業株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大石力の上告理由について。

上告人は、本件暖房機ライトバーナーの売買契約においては、被上告人からいまだ債務の本旨に従つた履行がないから、代金支払債務の履行期は到来していないというのであるが、記録によれば、上告人の原審における主張の趣旨とするところは、債務の履行としての給付が全くなかつたというのではなく、その給付はあつたが、これに瑕疵があつたというにほかならない。そうであれば、代金の支払について、所論のとおり引渡後三か月以内に代金を支払う旨の約定が存したからといつて、右約定のみをもつて、代金の支払義務を免れる理由とすることはできないのであり、もし、債務の履行の不完全なことを理由に代金支払義務の履行を拒もうというのであれば、新らたに何らかの主張をしなければならないのである。すなわち、もし上告人が被上告人に対し、なお完全な給付を求めうる場合であれば、その履行を催告し、その履行のないことを理由に代金支払の履行を拒み、あるいは、催告に応じて完全な履行をしないことを理由に売買契約を解除して代金債務の消滅を主張すべきであり、また、もし、もはや完全な給付を求めえない場合であれば、右瑕疵の程度に応じ、右売買契約を解除して代金債務を免れ、あるいは損害の賠償を請求することによつて、その債権と代金債権とを相殺する旨を主張すべきものである。上告人は、かような事実のうち、そのいずれかを主張・立証するのでなければ、本件売買代金の支払を拒むことはできないのであつて、原判決が説示するところも、またこの趣旨にほかならない。したがつて、上告人が前記のような事実を主張・立証しないことを理由に、同人に対し本件売買代金の支払を求める被上告人の本訴請求を認容した原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法はない。

なお、論旨は、本件の場合、上告人において、被上告人に対し、なお完全な給付を求めうることを前提とするもののようであるが、本件バーナーの瑕疵として上告人の主張するところのものは、被上告人の設計製作上の欠陥に基づく製品の不適格性にあるのであるから、あらためて完全な給付を求めることは、容易に期待しえないことが、その主張自体からうかがわれるのである。のみならず、原審の確定するところによれば、被上告人は暖房機器製造販売業者であり、上告人は種苗卸業者であるというのであるから、両者はともに商人であつて、本件売買契約が商行為であることは明らかである。それゆえ、買主たる上告人は、目的物を受け取つた後遅滞なくこれを検査し、もし、これに瑕疵があることを発見したなら、直ちに被上告人にその旨の通知を発しなければ、その瑕疵によつて契約の解除または損害の賠償を請求することはできないのであり、その瑕疵が直ちに発見しえないものであるときでも、受領後六か月内にその瑕疵を発見して直ちにその旨の通知を発しなければ、右と同様な結果を招くのである(商法五二六条一項)。そして、この規定の趣旨に照らせば、右により契約を解除しえず、また、損害の賠償をも請求しえなくなつた後においては、かりになお完全な給付が可能であるとしても、買主は、売主に対して、もはや完全な給付を請求しえないものと解するのが相当である。ところで、原審の確定するところによれば、上告人が、本件バーナーの受領後一年余の間に、被上告人に対し、完全な給付を求めたとか、さらに進んで契約を解除したり、損害の発生を通告したとかいう事実の在したことは認められないというのであるから、上告人は、結局、本件売買代金の支払請求に対し、これを拒むことができないものというほかはない。したがつて、この点からしても、原審の判断は相当であつて論旨は、すべて採用することができない。

よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一)

上告代理人の上告理由

第一点 当事者間に売買契約した暖房機ライトバーナーは「代金は各商品引渡後三カ月以内に支払う約定で売渡し」たものであることは、被上告人の主張するところであり、又原判決の認定するところである。その引渡は被上告人において、上告人の指示せる同人の転売約先に梱包のまま送荷し、需要者のビニールハウス内に据付けて行われていた。そして右引渡は売買契約の目的に適合した物件であつて、買主の債権の目的を達することができる給付でなければならない。本件はその被上告人の給付が債務の本旨に従つて履行されていないので、買主の債権の目的を達することができなかつたという点について問題がある。

尚、被上告人は売約の時期は一応証明しているが、引渡の時期については立証していない。

当事者の売買において買主たる上告人の債務の目的を達することができる給付とは、乙第一号証で証明する通り左記条件を具備した暖房機ライトバーナーでなければ契約の目的に適合しないのであるから、これに該当する物件の引渡でなければならない。

(1) 強力な暖かさと独特の水分蒸発装置を備え、経済的且つ完全性を主眼として設計製作された簡易暖房機であること。

(2) 常時八〇〇度Cの高温にも耐えること。

(3) 安全性が高いこと。

(4)灯油を燃焼するとき、バーナータンクで完全に霧化されるため煙が全くなく、したがつて効率も非常に良い、又構造がいたつて簡単な為故障がなく取扱いも容易であること。

然るに被上告人が上告人との売買契約にもとづき一応引渡した暖房機ライトバーナーは右条件を具備しない不適合品で、特に甚しい五六台について、被上告人の請求する代金額及びその数量に対して約相当するので、その代金の支払債務の存在を否認しているのである。因に右五六台中五一台分は上告人の転売先から上告人の許にその故障物件が返品されている。

本件当事者間の売買が不特定物の売買なることは、原判決も認定するところである。されば被上告人が債務の本旨に違反した給付をなした場合、買主はその不完全履行に対し、給付の目的物の瑕疵が買主の債権の目的を達することができないときは買主は本来の債権を失つていない。従つて買主は瑕疵のない物の給付を請求することができる。又同時に瑕疵のある給付に因つて生じた損害の賠償を請求できることは当然である。

右当事者間の売買は先ず売主たる被上告人が契約の目的に該当する物件を引渡し、買主はその後三カ月の経過を見て始めて代金支払債務の履行期日が到来するのである。しかるに先行すべき被上告人の給付がその債務の本旨に違反したものであつた場合未だ売買の目的物の引渡を了したとはいえない。この場合右不完全履行後三カ月を経過しても、同時履行の抗弁を待つまでもなく未だ代金支払債務の履行期日が到来しないと解すべきであると信ずる。

第二点 原判決は

「控訴人が被控訴人から卸売りを受け、需要者らに売渡した本件ライトバーナーのうち、その一部にバーナータンク等に亀裂を生じ故障した不良品があつたことは認められる」

と認定せられた。

本件売買の目的たるライトバーナーのバーナータンクは乙第一号証に徴しても明らかな通り、灯油を燃焼するとき完全に霧化すべき機関でライトバーナーの最重要部分である。しかるに一応引渡されたライトバーナーが、売買の目的として乙第一号証記載の条件を具備しない不適合品で最重要なバーナータンクが亀裂する不良品であつたことは、その買主の目的を達することはできなかつたのである。上告人は右不完全履行に対し被上告人代表者、又はその工員を需要者の許に出張せしめて屡ゝ故障部品の取替えをなさしめたのであるが、使用できるように成功しなかつた。元来暖房機は冬季のみ使用するものであるのに使用の時期を失し需要者の激しい苦情があつたのに遂に被上告人は買主の債権を達せしめる契約の目的に適合するライトバーナーを給付しなかつた。それは即ち本件の場合売主たる被上告人の先行すべき契約の目的に適合せる物件の引渡による給付を了していないことに該当する。この場合仮に買主が売主に対する信頼を失い無益であるとあきらめ、売主に対し更に瑕疵のないものの給付を明に請求しなくても、売主は代金を請求せんとせば、更めて瑕疵のないものの給付をなし三カ月の経過を見て代金請求すべきである。これは本件売買契約の売主の債務として当然なすべき行為であり、又それは信義則上相当と認められる。

しかるに原判決は右点に関し、

「被控訴人が控訴人との間の売買契約の履行として給付した物の一部に隠れた瑕疵があつたとしても、その一事をもつて被控訴人の請求を却けることは当裁判所のなし得ないところであると判断している。しかし誤つていると信ずる。原判決は売主が瑕疵あるものの給付をした場合買主は常に損害賠償の請求のみなし得ることを考え、売主が債務の本旨に違反し瑕疵あるものの給付をなし、買主はその債権の目的を達することができない場合、なお売主は債務の本旨に従つたものの給付をなす義務を負うものであつてもそれが瑕疵ある不完全履行であれば、未だ給付を了したとはいえない。尚不完全履行によつて別に損害生じた場合その賠償請求をもなし得ること当然である。本件の場合上告人は買主として契約をなした目的を達することのできないライトバーナーの最重要部分に重大な瑕疵のある物件が一応引渡されたとて、未だ以て売買契約の目的に該当する物件の引渡ありしものとは解することができない。従つて代金支払を履行すべき義務が生じていないと信ずる。原判決の前記判断は理由不備、理由そご及び審理不尽あるのみならず、法律の解釈を誤り判決に影響を及ぼすこと明なるときに該ると信ずる。

依て原判決の破棄を求める次第である。

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