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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)179号 判決

上告人 上田渉 ほか九九名

被上告人 広島営林署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人外山佳昌、同深田和之、同小池貞夫、同竹澤哲夫、同佐藤義弥、同駿河哲男の上告理由第一点及び第二点について

公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁)、また、右規定を国有林野事業に従事する一般職に属する国家公務員(以下「林野職員」という。)に適用する場合に限つてこれを別異に解すべき理由がないこと、及び国家公務員法八二条の規定を適用するに当たり、林野職員の行う争議行為に公労法一七条一項の規定により禁止される争議行為とそうでないものとの区別を設けなくとも憲法二八条に違反するものでないことも、右の判例に照らして明らかである。これと同旨の見解のもとに本件争議行為が公労法一七条一項に違反するとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。

同第三点について

団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(昭和二九年条約第二〇号。いわゆるILO九八号条約)四条は労働者の争議権を保障した規定ではないから、同条が労働者の争議権を保障したものであることを前提とする所論憲法九八条二項違反の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

同第四点について

林野職員が、上司の職務上の命令に反し、公労法一七条一項の禁止を犯して争議行為を行つた場合には、国家公務員法九六条一項、九八条一項、一〇一条一項に違反したものとして、同法八二条の規定による懲戒処分の対象とされることを免れない。また、右の争議行為は集団的行動であるが、その集団性のゆえに、参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではない以上、違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した者が懲戒責任を免れえないことも、多言を要しないところである(最高裁昭和五一年(行ツ)第七号同五三年七月一八日第三小法廷判決・民集三二巻五号一〇三〇頁参照)。これと同旨の見解のもとに本件懲戒処分を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第五点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件懲戒処分が懲戒権の濫用に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見、裁判官坂上壽夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、すでに当裁判所の確立した判例であり、公労法一七条一項の規定を国有林野事業に従事する一般職に属する国家公務員に適用する場合に限つてこれを別異に解すべき理由がないことも、多数意見のとおりであると考えるが、なお、本件が比較的単純な労務に従事する現場作業員による約四時間の単なる労務の不提供を内容とする同盟罷業の単純参加行為に対し、一か月間一〇分の一の減給処分をもつて臨んだ懲戒処分の事案であることに鑑み、懲戒権の濫用の有無について、私の意見を述べておきたいと考える。

公労法一七条一項が現業公務員等の争議行為を一律全面的に禁止したことをもつて直ちに憲法二八条に違反するものとはいえず、公労法三条一項は、同法一七条一項に違反してされた争議行為に対する民事法上の効果として、労働組合法八条の規定の適用を除外することを定め、また公労法一八条は、同法一七条の規定に違反する行為をした職員は解雇される旨を規定していることに徴すれば、同法一七条一項違反の職員の行為が勤務関係上の規律ないし職場秩序に違反するものである限り、右の事由をもつて懲戒処分の事由とされることは免れ難いものといわなければならない(この点において、公労法上特別の罰則のない同法一七条一項違反の争議行為に対する刑事罰の問題とは同一に論ずることはできないものと考える。)。

しかしながら、懲戒処分は、被処分者たる職員に係る非違行為の違法性の程度の比例したものでなければならないことはいうまでもなく、公務員も憲法二八条にいう勤労者に当たるものと解される以上、原則的にはその保障を受けるべきものであるから、公労法一七条一項は一律全面的に争議行為を禁止し、職員が争議行為を行つた場合には違法の評価を免れないものとはいえ、その違法性の程度については、憲法二八条に定める労働基本権の保障の趣旨と公労法が公共企業体等の職員について争議行為を禁止することによつて擁護しようとする国民全体の共同利益との調和の観点に照らし、均衡を失することのないようこれを評価すべきものである。そして、この点について、国家公務員法及び地方公務員法が、いわゆる非現業の公務員の争議行為に対する刑事制裁について、争議行為又は怠業的行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者だけを処罰することとし、同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とする争議行為又は怠業的行為の単純参加行為については処罰の対象から除外しているが、これは国民全体の共同利益のために争議行為又は怠業的行為を禁止することと右の公務員の生存権、労働基本権の保障との調整を図る趣旨に出たものであり、争議行為又は怠業的行為そのものの原動力となる指導的行為と単純参加行為との間に違法性の程度に格段の差異があることを認めているものであると解されること(国家公務員法九八条二項、一一〇条一項一七号、地方公務員法三七条一項、六一条四号参照)、また、多数意見の引用する大法廷判決において、たとえ公労法一七条一項違反の争議行為が他の法規の罰則の構成要件を充たすことがあつても、それが同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とする争議行為である場合には、単純参加者についてはこれを処罰から解放して指導的行為に出た者のみを処罰するのが法秩序全体の趣旨であると解するのが相当であると判示されていることが参考になるものと考える。

右のような観点からすれば、本件において、上告人ら現場作業員が全林野労働組合の組合員として同組合本部の指令及び同組合大阪地方本部役員の指導に従つて行つた約四時間の単なる労務の不提供を内容とする同盟罷業の単純参加行為に対し、一か月間一〇分の一の減給処分をもつて臨むことが、その行為の違法性の程度に比して権衡を失していないか、いささか疑念の余地がないではない。しかし、同盟罷業の単純参加者に対しては懲戒処分として常に裁定の戒告処分しか課し得ないとすることも明らかに不合理であり、公務員に対する懲戒処分は、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる者の裁量に委ねられているものであつて、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものであることに鑑みれば(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)、上告人らに対する本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を濫用したものとは認められないとした原審の判断は、その確定した事実関係のもとにおいて、これを違法なものと断ずることはできないものと思われる。

裁判官坂上壽夫の反対意見は、次のとおりである。

公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の規定と憲法二八条との関係については、主として刑事事件に関してであるが、その説示に変遷を伴いながら、多くの判例が積み重ねられてきたことは、ここに改めて論ずるまでもない。多数意見が引用する名古屋中郵事件判決(最高裁昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決)は、その集大成版ともいうべきものであるが、右判決は、

「憲法二八条は、『勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利』、すなわち、いわゆる労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法二五条いわゆる生存権の保障を基本理念として、憲法二七条の勤労の権利及び勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて、勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このような労働基本権の根本精神に即して考えると、国家公務員の身分を有しない三公社の職員も、その身分を有する五現業の職員も、自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては、一般の勤労者と異なるところがないのであるから、共に憲法二八条にいう勤労者にあたるものと解される。

しかしながら、ここで、全農林事件判決が、非現業の国家公務員につき、これを憲法二八条の勤労者にあたるとしつつも、その憲法上の地位の特殊性から労働基本権の保障が重大な制約を受けている旨を説示していることに、留意しなければならないであろう。(中略)これを要するに、非現業の国家公務員の場合、その勤務条件は、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によつて決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されているものとはいえないのである。

右の理は、公労法の適用を受ける五現業及び三公社の職員についても、直ちに又は基本的に妥当するものということができる。それは、五現業の職員は、現業の職務に従事している国家公務員なのであるから、勤務条件の決定に関するその憲法上の地位は上述した非現業の国家公務員のそれと異なるところはなく、また、三公社の職員も、国の全額出資によつて設立、運営される公法人のために勤務する者であり、勤務条件の決定に関するその憲法上の地位の点では右の非現業の国家公務員のそれと基本的に同一であるからである。」

と説示している。

私は、公労法一七条一項の規定が、憲法二八条に違反するものでないとの確立された判例に、あえて異を唱えるものではないが、名古屋中郵事件判決が、「右の理は、公労法の適用を受ける五現業及び三公社の職員についても、直ちに又は基本的に妥当するものということができる。」とすることに、更には、右判決が、公務員の地位の特殊性について論じ、その勤務条件の決定に関する憲法上の地位に言及するのは理解できるものの、その故に、団体交渉権の保障はなく、争議権もまた、憲法上当然に保障されているものとはいえないと結論することに、いささかの疑問なきを得ない。等しく、公に奉仕すべき立場であるといつても、非現業公務員と、民間の勤労者と同質の業務に従事するのが通常である現業公務員等との間には、その職責、ひいては、その提供すべき労務の内容に質的な差があることを認めないわけにはいかないのである。もとより、現業公務員等の勤務条件についても、勤務条件法定主義、財政民主主義からする制約があるべきことは当然であるが、国会の議決に至るまでの過程において、団体交渉の余地が存することはいうまでもない(公労法八条はこれを当然としている。)ところであり、それを有効ならしめるため争議権を認めても、勤務条件法定主義にも財政民主主義にも反するものではない。

私は憲法二八条の団体交渉権・争議権の保障が、公務員、特に現業公務員等に及ぶか否かは、やはり、同条が勤労者に対して保障している権利と、公務員としての立場のもつ高い公共性の故に、その団体行動を制限することによつて保護される国民生活全体の利益とを比較衡量して決すべきものであると考える。そして、現業公務員等も国民全体の奉仕者であり、現実に、現業公務員等の罷業、怠業等が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれが大であることの故に、現業公務員等の争議行為を禁じた公労法一七条一項の規定は、憲法二八条に違反するものでないとの結論を支持するものである。私は、東京中郵事件判決(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁)が、憲法二八条の保障する労働基本権には、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内包していること、しかし、具体的にどのような制約が合憲とされるかについては、慎重に決定する必要があるとして、考慮すべき条件について説示するところに賛成であるが、なお、本件に鑑み、私の考え方を含めて述べておきたい。

東京中郵事件判決もいうとおり、いわゆる三公社及び五現業(本件当時。以下同じ)の職員の行う業務は、多かれ少なかれ、また、直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃が国民全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑いをいれず、争議行為を行つた現業公務員等に対しては解雇を含む懲戒処分の不利益を課することにしても、それは必要な限度を超えない合理的な制約であるというべく、したがつて、公労法一七条一項、一八条は憲法二八条に違反するものではない。

しかしながら、公労法一七条一項の定める争議行為の禁止は、労働基本権の保障と国民生活全体の利益の保障との比較衡量においてその合憲性を肯定することができるものであるとする私の考え方からすると、争議行為禁止規定違反行為の違法性は、当該争議行為の国民生活全体の利益に及ぼす影響の程度と密接に関連するものといわざるをえない。したがつて、争議行為の禁止違反を非違行為として職員に対し懲戒処分の不利益を課するについては、その行為の違法性の程度に密接に関連するものとして、職員が行つた争議行為の国民生活全体の利益に及ぼす影響の程度を重視すべきものと考える。そして、右の観点から職員の非違行為の違法性の程度を論ずるに当たつて考慮すべき当該争議行為の及ぼす影響は、当該職員の参加した争議行為が全国的な規模で一斉に、又は時間を接して行われた争議行為の一環として行われたものであつても、いわゆる単純参加者については、それぞれの任命権者の統轄する事業所の範囲(国有林野事業に従事する常用作業員又は定期作業員にあつては各営林署単位)における争議行為の規模、態様等によつてこれを考えるべきものである。

また、争議行為の国民生活全体の利益の及ぼす影響という点では、それぞれの事案の具体的状況を考えねばならないのはいうまでもないが、ここで、一般論としていつておきたいのは、いわゆる三公社及び五現業の職員が行う業務が「多かれ少なかれ、また、直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有する」とはいつても、三公社、五現業それぞれの業態によつて、国民生活とのかかわり方が全く一様でないことから、国民生活全体の利益に及ぼす影響には差のあることも考えねばならないということである。短時間の罷業あるいは怠業でも、国民生活に直接の害を及ぼすような事業もあれば、また、国家財政ひいて国民生活に重大な影響を及ぼすことの考えられる事業もある。ところで、国有林野事業の現場作業員等の争議行為は、それが国民生活に直接影響することは、特別の場合を除いて考えられないように思われる。もとより、労務の提供が行われなかつたことの影響が何らかの形で残ることは否定できないが、それが作業の繁忙期等特定の時期に行われ、あるいは、地域的、時間的に大規模にならない限り、年間の作業計画の中で吸収することが概ね可能であると考えられ、その影響は通常比較的軽微であるということができるように思われるのである。

そこで、これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、上告人らは、その任命権者である被上告人に常用作業員又は定期作業員として雇用され、広島営林署管内の国有林野事業に従事する現場作業員であるところ、全林野労働組合の指令により、同組合の広島営林署分会員として、昭和四六年四月二三日午前中約四時間の同盟罷業(組合集会参加又は自宅待機の方法による単純な労務不提供)に参加した、というにすぎないものであり、右同盟罷業の行われた時期、規模、態様等を考えると、それによつて国民生活にどれほどの害を及ぼしたかは疑問の存するところであり、上告人らの単純参加行為の違法性は、前述の労働基本権の保障と国民生活全体の利益の保障との比較衡量による禁止の観点に照らし、極めて軽微なものといわざるをえないものと思われる。それ故、上告人ら単純参加者に対し、一か月間減給一〇分の一の懲戒処分をもつて臨んだ本件処分については、上告人らの行為の違法性の程度に比べ甚だ過酷であつて、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用した違法なものと考える。したがつて、原判決は破棄を免れず、本件処分を取り消した第一審判決は結論において相当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきものである。

(裁判官 安岡滿彦 伊藤正己 長島敦 坂上壽夫)

当事者目録 <略>

上告理由 <略>

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