大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)804号 判決

上告人

後藤賢二

右訴訟代理人弁護士

八尋光秀

木下隆一

橋本千尋

桑原善郎

三溝直喜

被上告人

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

水上太平

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人八尋光秀、同木下隆一、同橋本千尋、同桑原善郎、同三溝直喜の上告理由について

監獄内の規律及び秩序維持に障害が生ずること並びに受刑者の改善、更生という懲役刑の目的を阻害することを理由として上告人の本件文書の閲読を不許可とした処分が違法なものといえないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右のような理由でされた本件処分が憲法一三条、一九条及び二一条の各規定に違反するものでないことは、最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁の趣旨に徴して明らかである。その余の違憲の主張は、その実質は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、原判決の法令違背をいうものにすぎず、失当である。論旨は、いずれも独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告代理人八尋光秀、同木下隆一、同橋本千尋、同桑原善郎、同三溝直喜の上告理由

原判決は、憲法一三条、一九条、二一条の解釈の誤り並びに判決に影響を及ぼす審理不尽、理由不備ないしは法解釈を誤った違法があり、破棄を免れない。

原判決は、監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項により本件図書の閲読を禁示した処分について、上告人に本件図書の閲読を許すことによって、「懲役刑の目的を明らかに害し」かつ、「監獄の秩序維持上放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性がある」ことを理由に、本件処分は適法であるとする。以下右二つの制約基準ないし理由につき、破棄されるべき点をそれぞれ述べる。

一 原判決の、要旨「上告人に本件図書を閲読させることは、懲役刑の目的、すなわちその社会復帰のための教化・矯正の目的を明らかに害する」(四四丁以下)とした制約基準ないし理由について

1 原判決の要旨

原判決は、「懲役刑の目的を阻害するとしてその閲読を禁止できるのは、右文書などの内容が閲読を許すことによって明らかに前記懲役刑の目的を阻害すると認められるものに限られ、懲役刑の目的を害するおそれがあるというだけでは足りない」(三四丁)とし、更に、右懲役刑の目的すなわち、上告人の社会復帰のための教化・矯正目的があきらかに害されるとするその具体的な内容としては、「本件文書には刑務作業の安全性が軽視され、労働災害が頻発している旨の記述部分などがあって刑務作業に対する勤労意欲および更正意欲を減殺させる内容となっており、刑務作業による受刑者の教化・矯正上明らかに不適切であるといわなければならず、刑務作業を隷属労働であるとみなしている第一審原告に、本件文書が影響を与え刑務作業を通じてこの更生が阻害されることは明らかである」(四四丁裏)という基準ないし理由を示して、本件処分は適法であるとしている。

2 受刑者の図書閲読の自由および制限

図書閲読の自由は、憲法において個人の尊重、幸福追求権を定めた憲法一三条、思想および良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条、表現の自由を定めた憲法二一条の保障する基本的人権のひとつである。それは、個人主義および民主主義の基礎となる自由権である。

個人の思想及び良心に対する公権力の介入は絶対的に許容されないし、且つ、その表現の自由に対して公権力のする制約は、いわゆる明白且つ現在の危険が存する場合に限られるべきことは当然の理である。

明白かつ現在の危険の基準は、立法による禁止もしくは制限されるべき言論が、近い将来、実質的害悪を招来する蓋然性が明白であって、その害悪の発生が時間的に切迫していると同時に、もたらされる結果が重大であり、しかも、その制限が害悪を避けるのに絶対必要な手段である場合にのみ表現の自由に対する制限を正当化するものである。

すなわち、①危険発生の明白性、②危険発生の切迫性、③その危険による実害の重大性(放任することができないと判断される程度害悪が重大であること)、④制限の必要性(制限の目的と手段が合理的・実質的関係をもつとともに規制手段が適切であること)という諸要素をその核心とする。

受刑者であっても、個人として等しく憲法の保障する基本的人権を享有する。受刑者もまた在監関係のもとで憲法の前記各条項により図書を閲読する自由を保障されるところである。更には、受刑者の図書閲読自由に対する制約については在監関係下における具体的客観的な情況が考慮されざるをえないとしても、その思想および良心に対する公権力の介入は絶対に許容されないし、その表現の自由に対して公権力のする制約はいわゆる明白且つ現在の危険が存する場合に限定されるというべきである。

3 公権力による思想および良心に対する違法な介入

原判決のように、本件図書閲読不許可処分を、「図書の内容が閲読を許すことによって、懲役刑の目的、すなわち本人の社会復帰のための教化・矯正目的を明らかに害する」ことを理由として許すことは、公権力による個人の思想及び良心へ介入を無制限に許容するものであり、憲法一九条、二一条、一三条の解釈を誤ったものである。

(一) 原判決は、「上告人に本件図書の閲読を許せば上告人の勤労意欲および更生意欲を減殺させ」、上告人に対する刑務作業を通しての更生が阻害され、もって上告人に対する懲役刑の目的、すなわち社会復帰のための教化、矯正目的が明らかに害されるとする。

個々の受刑者の勤労意欲および更生意欲は、もっぱらその個人的な道徳律および倫理感を中心とする人格に支えられている。しかも、個人の道徳律や倫理観は多様であり、勤労意欲および更生意欲の形成ないし発展もまた個々別々である。

図書の閲読が、個人の道徳律および倫理感ならびに内心および人格にどのような影響を与え、その結果として、個人の勤労意欲や更生意欲にいかなる作用を及ぼすこととなるのか、客観的、一義的に明確にすることは不可能である。

原判決は、前記のとおり「刑務作業の安全性が軽視され、労働災害が頻発している旨の記述部分」が存することをもって「刑務作業に対する勤労意欲および更正意欲を減殺させる内容」であると断定している。しかし、個々人の道徳律や倫理観を前提としてその者の「勤労意欲」および「更生意欲」を問題とするならば、原判決のように短絡的に判断しうることではない。

にもかかわらず、刑務作業の安全性についての批判的記述をもって「勤労意欲及び更生意欲を減殺させる」と断定しているのは、公権力による皮相な評価、判断の押し付け、あるいは国家による道徳律および倫理観を前提にした「意欲」の強制であって個人の思想及び良心に対する不当な介入にほかならない。

民主主義は相対的な価値観を前提としたものであり、民主主義社会は、個々人が相対的な価値観をもつことを保障する。図書の記述の内容が公権力のする在監者の刑務作業管理に対して批判的な内容を有することだけを理由に、閲読制限をすることはできないし、且つ、個人の「勤労意欲」に対する図書の影響を一面的に評価して、これを公権力発動の理由とすることを容認しない。

(二) 更に、原判決は、右批判的記述を読むことをもって、「個人の刑務作業を通じて更生が阻害される」とも断定している。

しかし、更生の可能性というものは、受刑者個人の人格や内心の形成にかかわるものであって、個々人の更生が害されるか否かは客観化することに親しまないものである。公権力が一面的に更生の阻害の有無を断定し、且つその評価をもって図書の閲読を制限しうるとすることは個人主義や相対主義を基調とする民主主義的世界感を矛盾するものである。これは、個人の思想および良心に対する公権力の違法な介入を無制限に許容するものにほかならない。

4 原判決の制約基準は、個人の思想および良心に対する公権力の不当な介入を前提としてのみなりたちうるものであるほか、明白且つ現在の危険の法理に準拠するものではなく憲法二一条、一九条、一三条の解釈を誤ったものである。

(一) 原判決は要旨「その閲読を禁止できるのは、図書の内容が閲読を許すことによって明らかに懲役刑の目的を阻害するものと認められるものに限られ、懲役刑の目的を害するおそれがあるというだけでは足りない」とする。しかし、右「明らかに懲役刑の目的を阻害するものと認められる」という基準はこれと区別されるべき「懲役刑の目的を害するおそれがある」という場合と明確に区別できず、基準として曖昧である。現に、本件においても原判決自身、いかなる事実をもって、本件図書が「害するおそれ」以上に「明らかに阻害する」ものと認めたのか不明である。もちろん、その判断について客観的・具体的な基準は示しえていない。基本的人権の制約基準としての「明らかに」という要件であれば、いかなる客観的・具体的な事情をもって「明らか」とし、「おそれ」にとどまるものではないかが明確にされなければならない。そうでなければ、原判決の「明らかに」という要件は単純に裁量権者の主観を意味する要件にとどまるものにすぎないことになる。これでは基本的人権に対する制約のための基準としては何らの意味を持たない修飾語に過ぎず、原判決が「おそれでは足りない」とした同じ理由で不十分なものといわざるをえない。

原判決の示す、「明らかに阻害」するという基準は明白且つ現在の危険の法理に示される危険の明白性、切迫性を満たす基準たりえないとともに、後述するとおり、本件では「明らかに阻害する」と認められる事情もなかったのである。

(二) 原判決の示す基準には、明白かつ現在の危険の法理に示されるその危険による実害の重大性が考慮されていない。図書閲読による更生の阻害が放任することができない程度に重大であることを要件としていない。本件では、図書閲読による上告人の更生の阻害が放任することができない程度にはもちろん、いささかも阻害することはなかったのである。

(三) 基本的人権の制約は、合理的で必要なものに限られなければならない。それは、制限の目的と手段が合理的・実質関係をもつとともに規制手段が適切でなければならないとされる。

本件では、本件図書の閲読を制限することが上告人の更生を阻害することは考えられなかったし、むしろ読書の効能として上告人の更生の進展が期待し得たものというべきである。

5 原判決は、本件図書の内容であるところの刑務作業の安全性が軽視され労働災害が頻発するとする具体的な事実について、その真否を判断することなくその図書の閲読を制限しているが、これは憲法二一条(知る権利)の解釈の誤り並びに判決に影響を及ぼすべき審理不尽、理由不備ないしは法解釈を誤った違法がある。

(一) 原判決は本件図書に記載されている刑務作業の安全性軽視の事実および刑務災害の頻発の事実について、その内容が真実か否かについて全くふれていないし調べてもいない。

原判決は本件図書に記載されている右事実が真実であった場合にも刑務作業による受刑者の教化、矯正の目的を阻害することを理由として、図書閲読を禁止しうるとするのであろうか。

ここで阻害されるとする刑務作業による受刑者の教化・矯正すなわち、刑務作業に対する勤労意欲の減殺を問題とするときには、当然に作業環境の安全がその大前提となっていなければならない。

(二) 刑務作業は受刑者に強制的に課せられるものである。その安全性が軽視され、そこで労働災害が頻発するなどということはあってはならないことである。

しかし、現実には多くの労災事例が報告されその安全性軽視にかかる問題点がつとに指摘されている。法務省の統計資料によってさえ昭和四九年次負傷件数は七〇六件、うち重傷一〇八件とされている。しかるに懲役受刑者の総数は三万人に満たないとされている。統計的数字の概略からしても、刑務作業の安全性軽視とりわけ労働災害が頻発するという問題は無視できないものである。

(三) 本件図書が指摘する安全性軽視および労働災害の具体的事例が仮りに真実であれば、これを隠してそのまま更生目的を達成するという国家的な利益が優先されるべきではない。刑務作業を強制される受刑者の真実を知る権利がより保障されなければならない。とりわけ刑務作業の安全性に関する正確な情報について知る権利は、刑務作業を強制される受刑者にとって、何よりも優先して保障されるべきである。

(四) 本件図書の指摘する具体的事実が真実であれば、公権力の「更生を明らかに害する」といった基準をもって、知る権利を制約することはできないというべきで、この点を看過してなした原判決は破棄を免れない。

6 原判決が、前記制約基準にもとづき、「刑務作業を通じての更生が阻害されることは明らかである」として本件図書の閲読を禁止した処分は理由不備ないしは法令解釈を誤った違法がある。

(一) 原制決は、「本件図書には刑務作業の安全性が軽視され、労働災害が頻発している旨の記述部分」が存することおよび、上告人が「刑務作業を隷属労働であるとみなしている」ことをもって、上告人が本件図書を閲読すれば「刑務作業を通じての更生が阻害されることは明らか」としている。

(二) しかし、刑務作業の安全性とりわけ労働災害が頻発するという問題点については、日本弁護士連合会の調査報告などをはじめ多くの公刊物が指摘し続けていることである(たとえば、「監獄と人権」日本評論社一八二頁)。また上告人は「刑務作業を隷属労働である」などとみなしていなかった。むしろ刑務作業といえども隷属労働であってはならない旨の主張をしていたにすぎない。

(三) 更に、上告人は、昭和五四年三月一四日、長崎刑務所に移監されてきた当時の作業等工は見習いであったところ、その後九等工から三等工まで進級しており、且つ、この間の昭和五四年一〇月一九日から同年一一月二七日まで本件図書を閲読したという客観的な事実が存する。右閲読により、上告人の更生が阻害された具体的な事実は全くなく、逆に右閲読によっても上告人に対する刑務作業を通じての更生は順調に進展したものというべきである。

(四) また本件図書が指摘する刑務作業における安全性軽視および労働災害事例における具体的な刑務作業は集団による機械工の作業など一定の危険を伴うものである。しかるに、上告人が当時課せられていた刑務作業は独居房内における自己労働であり手作業の類いであって、作業の安全性が問題とされるまでのようなものではない。加えて、上告人は長崎刑務所における集団による刑務作業の実態を知る由もなかった。

このように、上告人は本件図書にある事例を示し、その安全性の軽視を理由とし、自己の刑務作業の安全性の改善を求めあるいは拒否しうるような関係にはなかった。更に、長崎刑務所の機械工の労働環境も知りえなかったのであるから、上告人が本件図書を閲読したからといって、図書の示す問題点を指摘し、改善を求めることがありうることなどとはとうてい考えられない。

(五) 上告人には、受刑者として過去に本件図書を閲読したもののその刑務作業を通じての更生が順調に進展したという事実が存する。反面、これを前提にしてもなおかつ本件図書の閲読が上告人の更生を明らかに阻害すると認められるための客観的な事由が何ら存在しなかった。にもかかわらず、上告人の更生が本件図書の閲読によって明らかに害されるとした原判決は、判決に影響を及ぼすべき理由不備ないしは法令解釈(法三一条)の誤りが存する。

二 原判決の、要旨「上告人が本件図書を閲読することにより長崎刑務所の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性がある」(四六丁裏)とした制約基準ないし理由について

1 原判決の要旨

原判決は、文書等の閲読の自由に対する制限が許されるためには、「当該文書等の閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるだけでは足りず」、「受刑者の性向、行状、監獄内の管理、保安の情況、当該文書の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性があると認められることが必要であり」、「かつその場合においても右の制限の程度は、右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である」と判示した(三四丁裏から三五丁表)。

2 抽象的な制約基準

図書閲読の自由は、原判決自ら認めるように憲法一三条、同二一条で保障された基本的人権であり、又、同一九条、二三条とも深く関連する民主主義社会においては最も基本的な人権の一つである。

このような人権の制限につき、原判決が示した右「相当の蓋然性」の基準は、人権制約基準としては抽象的にすぎるものである。

原判決の基準の「相当の蓋然性」という概念は何段階にもその程度は分けられるものであり、どの程度をこえたら「相当の蓋然性」というかは、まさに裁判官の自由ということである。

これではどのような場合に、人権の制限を受けるのかということが国民に事前に明確であるとは言えず、しかも、その判断に際しても十分な客観的具体的な裏付けを欠いたまま、「相当の蓋然性」があると言い放つことも可能になる。

そして、この弊は、後に述べるように原判決に如実に認められる。

これでは、基本的人権の制約基準を設定する意味がない。

その意味で、もっと具体的でかつ限定的な制約基準が考えられるべきであり、現在、考えられるものの一つとしてすでに述べた明白かつ現在の危険の基準がある。

すなわち、受刑者の図書閲読の自由に対する制限が正当化されるのは、「監獄内において、図書閲読を許せば、近い将来、実質的害悪を招来する蓋然性が明白であって、その害悪の発生が時間的に切迫していると同時にもたらされる結果が重大であり、しかも、その制限が害悪を避けるのに絶対必要な手段である場合に限定されるべきである。」

以上の意件において「相当の蓋然性」という抽象的な基準によって基本的な人権を制約し得るとした原判決は、憲法一三条、二一条の解釈を誤った違法があり破棄を免れない。

3 「本件図書の閲読を上告人に許せば、長崎刑務所の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性がある」として、「本件処分は、その裁量権の範囲内にあった」とした原判決について

(一) 仮に、原判決の「相当の蓋然性」という受刑者の図書閲読制限の基準を一応前提としたとしても、原判決には次のような判決に影響を及ぼす理由不備ひいては解釈の誤りがある。

すなわち、原判決が述べるところは、どうみても監獄内の規律及び秩序が害される一般的・抽象的なおそれにとどまるものであり、具体的かつ客観的な状況として放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性を何一つ明らかにしていない。

しかも、そこで述べているのは「長崎刑務所の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性」(四六丁裏)であって、自らが設定した「監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性」の有無ではない。原判決は、この二つの点において明らかに理由不備があると言わざるを得ない。

以下、原判決が右結論を認めるに至った理由について個別に検討する。

ただ、その前に、以下の三点を確認しておく必要がある。一点は、当時の上告人に対する収容・管理体制であり、二点は上告人の原審第五準備書面で述べた昭和四八年一二月七日付矯正局長通達(〈書証番号略〉)であり、三点は、以前に同じ図書を上告人が読んだことがあるということである。

収容管理体制について、原判決は、「第一審原告を厳正独居としたうえ、要注意者に指定した。そして、第一審原告を他の受刑者から可能な限り隔離することとして、釈放直前の受刑者や新入受刑者を短期間収容する第六舎のうち、担当台に近く職員の目が最も届きやすい西側独居房の二房と一五房に交互に収容した」(原判決四一丁裏四行目から九行目まで)と認定している。

次に、上告人の原審第五準備書面で述べた昭和四八年一二月七日付矯正局長通達(〈書証番号略〉)とは、「単に当該在監者がいわゆる処遇困難者であり、当該図書を閲読することにより、その者の職員に対する不平・不満が増加して、その処遇が更に困難となり、あるいはその者が職員を牽制して処遇の緩和を図る目的で苦情申立て等の手段を利用するおそれがあることのみをもって『規律を害するおそれ』があるものと解するべきではないこと」とする通達である。

そして、すでに上告人は本件図書を本件処分以前に閲読しているが、その際、右閲読によって、ことさら、刑務所内の規律及び秩序が害されたという事実もなかったということである。

(二) 原判決は、本件図書の中で管理部長を人質にとろうとした部分の記述を取り上げて、その内容は、刑務所内の秩序を紊乱するものであり、ひいては逃走にもつながりかねないものである、とする。

しかし、ここで問題にされるべきは、そのような内容の図書を読んだ場合に、読む者をして、刑務所内の秩序を紊乱する行為に出たり、あるいは逃走をしたりする相当の蓋然性が認められるか否かでなければならない。

単に、図書の内容がそのようなものだからという理由で、右相当の蓋然性を認めることは、主観的なものにすぎず飛躍である。客観的な状況としては、具体的に何も述べられていない。単に、規律及び秩序が害される一般的・抽象的なおそれが述べられているにすぎない。

ここでは、以前本件図書を読んだ際に上告人がそれによって、刑務所内の秩序を紊乱したかあるいは逃走しようとしたことがあったか、又、当時の収容状況下で具体的にどのような徴表があったかなどの相当の蓋然性の有無が明らかにされなければならないはずである。

しかし、原判決は、右の点について何一つ述べてはいない。

(三) 原判決は、さらに続けて、本件図書は刑務所職員が暴力によって、受刑者を虐待し一方的に人権を剥奪している趣旨の記載が随所にあることから、受刑者の教化・矯正上不適切であるだけでなく、規律違反行為を誘発し、刑務所内の秩序維持に支障をきたすおそれがある、とする。

原判決は、結局のところ、刑務所又はその職員に対する不信感や敵対心をあおる内容であることをもって、刑務所内の秩序維持に支障をきたすおそれがあるとしたのであるが、ここでは、すでに述べた通達(〈書証番号略〉)の趣旨を想起すべきである。右通達をみても、原判決が理由とするところは、単に、規律及び秩序が害されるおそれを述べているにすぎないことが明らかである。

(四) さらに、原判決は、受刑者の中には上告人に対して、反感を持つ者や、上告人に対する刑務所側の取扱いに不満を持つ者がいて、このことを口にする受刑者がいたとし、さらにそのようなことから刑務所内が喧騒に陥ることがあったとして、秩序維持に支障をきたす危険性は具体的・現実的なものであったとする。

しかし、このことと上告人の本件図書の閲読がどのように結びつくのかということが、まさに問題なのである。そして、この点については、すでに述べた上告人の収容管理体制を十分考慮すれば、本件図書の閲読によって秩序維持に支障をきたす具体的・現実的な危険性など考えられず、原判決は、単に、一般的・抽象的な危険があったことを指摘するにとどまるものでしかないことは明らかである。

(五) さらに、原判決は点検時の挨拶を指導している刑務所職員に対し、不当な指導であると抗議している上告人の言動をもって、自己の主義、主張を他の受刑者に宣伝し煽動することが予想されるとする。しかし、右上告人の言動をもって、何故にそのようなことまで予想しうることになるのか合理的理由は何一つ述べられていない。ましてや、それまで上告人が自己の主義・主張を他の受刑者に宣伝しようとしたことなど全くなかったのである。

さらに続けて、原判決は、自由行動による点検を獲得した受刑者の手記のみならず、これを戦いの勝利であると論評する部分や刑務所職員が暴力によって受刑者を虐待し、一方的に人権を剥奪している趣旨の記載部分は、これにより上告人の規律及び秩序違反に拍車をかけることが明らかであるばかりか、他の受刑者にも同調を求めることが充分予想されると判示する。

しかし、上告人において、他の受刑者に同調を求めるなどしたことは、それまでにも全くなかったことであり、特別の理由を示すこともなく単に他の受刑者にも同調を求めることが充分予想されるとの判断は、全くの一方的な憶測の域を出ず、その合理的理由はなく、理由不備を免れない。

又、そこでは、上告人が規律及び秩序違反に拍車をかけることが明らかであると判示しているが、この部分は、すでに述べた通達(〈書証番号略〉)における「当該図書を閲読することにより、その者の職員に対する不平・不満が増加して、その処遇がさらに困難になる…おそれがあることのみをもって『規律を害するおそれ』があると解すべきでない」とする趣旨を全く無視するものである。

通達を併せ考えれば、原判決の右部分は、規律及び秩序維持において放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性を理由づけたことにはならないことは明らかであり、理由不備といわわざるを得ない。

(六) さらに、原判決は、当時の長崎刑務所の状況に言及し、刑務所内の規律及び秩序が安定して落ち着いた状況にあったとはいえず、暴力団関係者が闊歩する状況に立ち戻り、規律及び秩序が再び乱れる可能性があったことを述べている。

しかし、このように規律秩序が再び乱れる可能性があったということは、逆にいえば、当時は、少なくとも規律・秩序が乱れていなかったことを前提としているということであり、しかも、再び乱れる可能性ということをいいだせば、どこの刑務所においても言いうる一般的・抽象的なものである。長崎刑務所だけが再び乱れる可能性があったことを裏付ける特別の具体的事実は何ら指摘されていない。

このことを考えると、原判決が述べる長崎刑務所の状況をもって、本件図書の閲読を禁止できる合理的理由の一つとすることは、許されないところと言わねばならない。

4 まとめ

以上、検討してきたように、原判決は、図書閲読を制限しうる場合として、規律及び秩序が害される一般的・抽象的なおそれがあるだけでは足りず、監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性があると認められることが必要であるとしながら、その述べるところは、いずれも一般的・抽象的な理由のみをならべるにとどまる。

ちなみに、未決拘禁者の「閲読の自由」に関してではあるが、最高裁判所大法廷が昭和五八年六月二二日に判決した際の「監獄内における規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の葦然性」を認めた理由は、

① 数名の者によって、東京拘置所内の規律及び秩序に対するかなり激しい侵害行為が相当頻繁に行なわれていた状況があったこと

② 抹消処分に係わる新聞記事の内容がいずれも赤軍派学生によって敢行された航空機乗っ取りに関するものであること

をあげている。これらの理由に比べて、原判決の理由をみるかぎり、右相当の蓋然性を認めるに足る客観的・具体的事実は何一つ明らかにされていないと言わざるを得ない。この点において、原判決は、理由不備ないしは「相当の蓋然性」についての法解釈を誤った違法がある。

さらに、問題なのは、原判決自ら監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が発生する相当の蓋然性がある場合には図書閲読の自由を制限し得るとしながら、そのような認定をしないまま本件における図書閲読の制限を合法であるとしたことである。

原判決が認定したのは「長崎刑務所の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性」でしかない。「規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害」と「正常な管理運営を阻害」とでは、その要件は全く違う。

原判決は、この点においても理由不備あるいは憲法解釈を誤った違法がある。

三 原判決は、上告人の、本件図書と同一内容の新聞の閲読を許可されていたのに本件文書閲読を禁止したのは恣意的であり違法であるとの主張について、「そのほとんどはスローガンとして述べているにすぎないのに比べ、本件文書の記述は、……監獄内の事象を幅広く、しかも集約的に取り上げて記述しているので、前記新聞等と比較すれば読む者に与える感銘力は格段に大きい」、さらに、「前記新聞の中には刑務所や拘置所の職員が被拘禁者に対し暴力を振るった旨の記事や手記等が掲載されているものもあるが、右は個別の被拘禁者に対する暴力を振るった記事であるのに対し、本件文書は、その小見出しや論評部分から、刑務所や拘置所のほとんどが被拘禁者に対し暴力を振るったり、いやがらせをすると理解しかねない記載内容となっており、本件文書の影響は前記暴力記事を扱った新聞等と比較にならないほど大きい」とする。

しかし、第一に、本件図書と同一内容の新聞(たとえば「救援」)は、獄中実態を具体的に記した記事があり、しかもその記事が抹消されずに閲読を許可されたものが数多くあることは、上告人の原審第四準備書面で指摘したとおりであり、「そのほとんどはスローガンとして述べているにすぎない」とする原審の判断は理由がない。

第二に、本件図書と同一内容の新聞は、毎号、監獄内の事象について全国各地の監獄に関する記事を載せ、かつその内容はさまざまのものを含んでいるのであるから、「前記新聞等と比較すれば読む者に与える感銘力は格段に大きい」とする理由付けとして「監獄内の事象を幅広く、しかも集約的に取り上げて記述しているので、」というのは全く根拠がない。

第三に、本件文書に記載されている事実はいずれも個別具体的な刑務所や拘置所に関するものであり、上告人が閲読を許可されていた新聞等も毎号全国各地の刑務所や拘置所に関する個別的具体的な記事を載せていたのであって、上告人が閲読を許可されていた新聞等と何ら異なるところはない。また、小見出しや論評部分はこれら個別具体的な内容を離れず、上告人が閲読を許可されていた新聞等とその内容に異なるところはない。このように本件文書はこれらの新聞等と特別異なるものではなく、原判決の右判示部分もまた理由がない。

以上のとおり、原判決は理由不備ないし理由齟齬の誤りがあり破棄を免れない。

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