大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成4年(あ)821号 決定

本籍

大阪市平野区平野本町三丁目九番地

住居

大阪府豊中市新千里西町三丁目二三番一号

会社役員

井阪昭

昭和一〇年四月二六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年七月一五日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人上原茂行の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、違憲をいう点は、その実質は単なる法令違反の主張であり、その余は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

○ 上告趣意書

被告人 井阪昭

右被告人に対する貴庁平成四年(あ)第八二一号所得税法違反被告事件の上告理由は、次のとおりである。

平成四年一〇月一二日

右被告人弁護人

弁護士 上原茂行

最高裁判所第二小法廷 御中

第一点 原判決が、被告人の本件株式取引の事業性を否定し、昭和六〇年分の有価証券の売買損失六四五三万六四一八円を事業活動によって生じた損失として事業所得から控除すべきものとは云えないとするのは、これまでの高等裁判所の判例に反するものである。

一 原判決及び原判決が是認できるとする第一審判決は、本件株式取引の事業性を肯定できない理由は、〈1〉被告人の株式取引の実態、〈2〉信用取引の投機性にあるとする。

二 所得税法七条一項にかかる「事業」の意義に関しては、多数の裁判例があるが、名古屋高等裁判所金沢支部は、この点につき、「事業は、営利を目的とする継続的行為であって、社会通念に照らし事業とみられるものすべてを含み、特に事業場を設置したり人的物的要素が結合した継続的組織によるものであると否とを問わない。」し、「(商品取引の)清算取引が、他の堅実な営業と比較し、営利性に不確実な点があることは明白であるが、個別的にみて各個の取引に関する利益の発生が不確実で偶発的であるからといって、直ちに本件の如く反復継続して大量に行なった取引まで事業性を否定することはできない。」旨判示する(昭和四三年二月二八日判決・行集一-二巻二九七頁)。

三 原判決(及び原判決が是認できるとする第一審判決。以下、同じ。)は、本件株式取引に事業性が認められない被告人の株式取引の実態を次のとおり判示する。

(1) 被告人は、医薬品容器等販売業を自己及び家族の生計を維持するための本業とし、この本業により安定した収入を確保しながら、その傍らで株式取引を行なっていた。

(2) 被告人は、株式取引のために人を雇用したり、物的設備を整えたこともなく、情報収集のために格別の経費を支出したり、調査のための特別な機構を持つものでもない。

(3) 本件まで株式取引による収益を所得として申告したことはなく、所得税法二二九条による事業開始届も提出していない。

(4) そうすると、被告人の行なった株式取引の実質は、証券会社のごく一般の個人投資家の取引と何ら異なるものではない。

しかし、前記高等裁判所判決からして、右(1)(2)の事実を、事業性を否定する理由とすることは誤っている。実質的に考えても、事業者がある事業により安定した収入を得ることができている場合に、さらなる発展を求めて他の業種に事業範囲を拡張したとき、これに関する経済活動をもって、当該事業者の個人的活動であって事業活動としてのそれではない、ということができないのは明らかである。また、株式取引は、最低電話一本あれば可能なものであり、ことに、最近、証券会社が提供する株式に関する情報は、質、量ともに豊富であり、株式取引を事業活動として行なう場合、これによる情報収集が第一次的でまた最大なものである。したがって、規模にもよるが、人の雇用、格別の経費の支出等を必ずしも要するものではない。原判決の立論は株式取引の実状を無視してなされたものである。そして、原判決が掲げる右(3)にいたっては、所得として申告したかどうかは、およそ「事業性」認定の資料たり得ないし、事業開始届の有無は単に行政法規に従っているかどうかだけの問題であり、これをしていないことにより「事業性」が否定されるものでもない。

事業の意義は、「結局、一般社会通念によって決めるほかないが、これを決めるにあたっては営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費やした精神的あるいは肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点が検討されるべきである。」(東京地裁昭四八・七・一八税務訴訟資料七〇号・六三七頁)ものとすると、被告人の場合、

(1) 被告人は、昭和三四年ころから、昭和容器の屋号で、医薬品の容器等の販売を行なっていた。その業務のやり方は、取引量の九八パーセントを占めるミドリ十字株式会社から電話等による注文を受け、これを決められた日に、契約した運送会社等に委託して、メーカーから受け取り、ミドリ十字に納品するというもので、従業員は、繁忙時に臨時的に雇うパートタイマーがいるにすぎず、いわゆる電話一本の商売である。したがって、営業所は、自宅兼営業所の程度であり、他の設備は、机一台、電話、物置用のガレージ等に過ぎない。

(2) 被告人は、昭和五〇年ころから株に興味をもち、昭和五二年ころから次第にその取引量が増えていったが、これは、医薬品の容器が従来のガラス製からプラスチック製の物に切り代ろうとしており、被告人の商売は先行きが暗く、他に商売のあてもないところから、株式取引により利益を得ようとしたものである。

(3) そして、被告人の業界におけるこの傾向は、昭和五七年ころに顕著となり、被告人は、この対応に苦慮していたところ、慢性肝炎を患い、食後は横になって安静にしなければならない体になり、容器販売業の維持をしていくことが困難な状況に立ち至り、横になったまま電話一本で商いのできる株式取引で今後は利益を得ていこうとした。

(4) 被告人の株式取引高は、このころから年間四〇億円ないし五〇億円にのぼり、最盛期の昭和六一、六二年ころは、年間一〇〇億円にものぼる。

一方、容器販売業の取引高は、昭和五九、六〇年で年間四億五〇〇〇万円ないし五億円程度である。

(5) 被告人は、容器販売については、一日に一、二本の電話に受け答えし、電話等により納品等のための注文、指示等をするだけである。その一方では、株式取引を業としている以上当然のことながら、証券取引所が開くと常時その値動きに注意を払い、取引依頼先である山一證券京橋支店(現在大阪支店)の担当者に売り買いの指示をしており、一日、大半の労力は株式取引に注いでいる。

以上のような被告人の本件株式取引の実態からすると、被告人の本件株式取引は、前記高等裁判所判決が明らかにした、所得税法にいう「事業」にあたるとされなければならない。

さらに、被告人は、税務一般についての知識はなく、申告については顧問税理士に一任していたのであり、株式取引を事業として行なった場合の課税方法について知る由もないうえ、含み損の存在により株式取引における申告すべき所得はないものと考えていたものであるから、本件において、被告人が事業所得として申告していなかったこと、修正申告にあたり雑所得として申告していることは、前記高等裁判所判決に照らすまでもなく、株式取引の事業性ないし所得の種類を判断するための要素となり得ないことは明らかである。

四 原判決は、本件株式取引が信用取引によってなされており、投機性があることをも一つの理由として、本件株式取引の「事業性」を否定する。

しかしながら、投機性は、賭博性とは根本的に異なるものであり、あらゆる取引行為に様々なヴァリエーションをもって内包されているといっても過言ではなく、要はその程度の問題に過ぎないうえ、前記名古屋高等裁判所金沢支部判決が、商品取引に関して詳細に説示し、判示したように、株式取引における投機性の故にその事業性を否定するのは、右判決に反する。

なお、信用取引の利用は、少額の元手でより高い収益を得ようとすれば当然のことであり、さらには、信用供与はより高い収益性を求めて経済活動を展開する現在の体制においては不可避のことであって、原判決がことさら信用取引を取り出して説示している趣旨が理解できない。

第二点 原判決が、被告人の所得を算出するにあたり、昭和六〇年分の有価証券の売買損失六四五三万六四一八円を控除しない取扱いを是認したのは、法の下の平等を定めた日本国憲法一四条に違反する。

営利を目的とする会社が株式取引をした場合、利益があったときはそれが事業所得になるのは当然であるが、損失が生じた場合には、その損失は当然所得から控除される。ところが、個人として事業を営む者が、株式取引をして損失が生じた場合には、これを損失として計上し、利益ないし所得から控除することは認められない。しかし、会社と個人とでこのような異なった取扱いをすべき合理的根拠は、何らない。わが国においては、株式会社、有限会社等の法人組織の形態をとっていても、その多くが、個人会社ないし個人企業と呼ばれ、実質的には、個人が経営しているのと変わらず、また、平成二年商法改正によりいわゆる一人会社が認められることをも併せ考えると、その区別した取扱いの合理性がないことは、より鮮明となる。殊に、被告人の医薬品容器販売業は平成二年二月に法人成りして有限会社となっているところ、その業務形態は法人成りした前後と全く変わっていない。しかるに、法人成りする前では損失控除が認められず、法人成りした後には損失控除が認められるとすることは、余りにも不平等な取扱いである。

以上のとおり、右売買損失の控除も認めず、法人組織により株式取引を行っている者と個人で株式取引を行っている者とでその取扱いを異にするのは何らの合理的根拠がなく、日本国憲法一四条に違反する。

第三点 原判決は、刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反すると思料する。

原判決は、本件脱税額、ほ脱率、ほ脱の態様などの事情に徴すると、本税等を全て完納したなどの情状を斟酌しても、被告人を懲役一年一〇月及び罰金六、〇〇〇万円に処し、懲役刑の執行を三年間猶予することとしたのは、相当である旨判示する。

しかしながら、被告人は、偽りの帳簿、伝票等を作成するなどの通常のほ脱犯に見られる行為は一切しておらず、犯行の手口は単純である。

また、被告人は、本件株式取引にかかる所得の申告をしていないが、これは利益をはるかに越える他の手持ち株式の値下がりによる損失(評価損)が存在したため、申告すべき利益がないと考えたものであり、結果的には「秘匿」ではあっても、そこに通常のほ脱犯に見られる悪性はない。

このことは、同時に、本件ほ脱率の高さが被告人の本件所得税法違反事実の悪質さに通じるものでないことを意味するものであるところ、原判決の甚だしく不当な刑の量定は、右ほ脱率の高さに目を奪われ、実質を見なかったものと考える。

さらに、被告人は、所得税、地方税も含め、本件にかかる本税、重加算税、延滞税をすべて完納しており、国家・地方財政に対し損害を与えておらず、かえって、右各税の総納付額は、所得の額を越えており、また本件起訴による新聞報道等により近隣、取引先等の関係で指弾され、既に大きな社会的制裁を受けており、前記のとおり、被告人には通常のほ脱犯に見られる悪性はなく、本件を深く反省しているのであって、再犯のおそれはない。

以上の次第であり、原判決の刑の量定は甚だしく不当であって、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと信ずる。

以上

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