大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)333号 判決

上告人(被告)

三井海上火災保険株式会社

被上告人(原告)

並木義雄

ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝呂木商太郎の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない(最高裁昭和五九年(オ)第六九六号同六一年一〇月九日第一小法廷判決・裁判集民事一四九号二一頁参照)。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島敏次郎 木崎良平 大西勝也 根岸重治)

上告代理人溝呂木商太郎の上告理由

第一点(原判決は民法四一二条三項の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 原判決は「自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として発生し、保険会社は、民法四一二条三項の規定により、被害者から履行の請求を受けた時から遅滞の責めを負うものと解する(最高裁判所昭和六一年一〇月九日第一小法廷判決)。」という。

二 しかしながら、民法四一二条三項の解釈として、債務者は請求を受けた債務の内容が具体的に特定していなければ履行のしようがないから、そのような状態で債務者に遅滞の責を問うことは不合理であり、したがつて民法四一二条三項は履行すべき債務が具体的に特定していること、即ち金銭債務にあつては金額が具体的に特定している場合に適用ありと解すべきである。小山教授は、「金額請求を次の二種に分けることができる……。一は、金銭そのものの価値の給付を求める場合である。貸金請求はその典型的のものである。二は、侵害された利益の回復や損失した利益の返還を目的としそれらの利益に代わるものとしてそれらを金銭で評価しその評価額を求める場合である。損害賠償請求がそうである。と説かれているが(小山昇・金額請求について―民事訴訟法雑誌六号一〇九頁)、民法四一二条三項は前者の場合にのみ適用されると解すべきである。

損害賠償額の算定は創造的・裁量的性格をもつといわれ(平井宣雄・損害賠償法の理論四七四頁以下)、藤原弘道裁判官も「損害額の算定が特定の事実を認定することではなくて、不法行為に基づいて被害者に発生したもろもろの不利益な事実についての法的評価をその中核とするものであり、その意味で創造的・裁量的作用であるとするならば、その法的評価・価値判断は、弁論終結時点までに主張・立証された諸般の関連事実に基づいて、言い換えれば、その時点を基準時としてなされるものといわなければならない。……以上のような損害額算定の性格・実態を前提として考えるならば、不法行為に基づくものであれ債務不履行に基づくものであれ、損害賠償債務の履行が訴訟において請求される場合においては、これが遅滞に陥る時期はその口頭弁論終結時(正確には、その翌日ということになろうか。)であり、遅廷損害金の起算日もその時である、ということになつてくるであろう。」。と述べておられる。(藤原弘道・損害賠償債務とその遅延損害金の発生時期―民事判例実務研究第五巻二四八参照)。

してみれば自賠法一六条一項に基づく損害賠償額支払請求も被加害者間の損害賠償請求訴訟において被害者の損害賠償額が適式に確定して、被害者がこれを自賠法一六条一項に基づき保険会社に請求したときは、保険会社は請求を受けたときから遅滞の責に任ずると解すべきであろうが、それ以前の請求にあつては、保険会社は遅滞の責を負わないというべきである。

第二点(原判決は自動車損害賠償保障法一六条第一項の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 被害者の自賠法一六条一項に基づく損害賠償額支払請求に対し、自賠責保険会社が損害の査定をなすに当つては、保険業法所定の大蔵大臣の認可を受けた事業方法書の一部を構成する「自動車損害賠償責任保険損害査定要綱」(以下「査定要綱」という)に準拠することを要する(但し損害の査定は保険会社で行わず、第三者機関である特殊法人の自動車保険料率算定会に委嘱し、その調査事務所の調査結果に基づいて処理することが自賠責保険制度の確立した慣行になつているが、損害の査定が査定要綱に準拠して行われることに変りはない。)のであるから被害者の請求に対し査定要綱に適式に準拠した損害査定額の支払がなされている限り、後日被加害者間の損害賠償請求訴訟の判決等において認容された被害者の損害額が保険会社の右査定した損害額を上回つたとしても、その超過差額について保険会社が被害者の請求時に遡つて支払遅滞の責を負うべきいわれはない。

二 原判決は「自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務が具体的に確定される手続は、控訴人主張のとおりであるけれども、右債務は、被保険者である加害者において被害者に対する損害賠償債務の履行として支払うべき額を保険者が保険金額の限度において被害者に対して直接に支払うべきものであつて、右の具体的な確定手続のいかんにかかわらず保険事故の発生と同時に一体的に生ずるものである。そして、右の具体的な確定手続と右債務の付遅滞の時期をいかに解するかとは別次元の問題であり、後者が前者の手続に拘束されるべきいわれはないというべきである。このことは、例えば、被害者の加害者に対する損害賠償額は当事者の合意(示談等)又は確定判決により最終的に確定されるが、右損害賠償債務は、主として沿革上の理由と公平の観点から不法行為時から遅滞の責めに任ずるものとされていることを考えれば、容易に理解されるところである。」というが、原判決は、保険事故の発生と同時に一体的に生ずる保険会社の被害者に対する自賠法一六条一項に基づく抽象的な損害賠償額支払債務が、損害賠償額の確定手続を経ずに何が故に被害者の請求時点から当然に付遅滞となり、遅延損害金が発生するのか、その理由について何ら判示するところはない。

三 ちなみに、最高裁第一小法廷昭和六一年一〇月九日判決(判例タイムズ六三九号一一八頁)は、自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として発生し、民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものと解するのが相当であると判示するが、当該事案は、被害者が保険会社に対し自賠法一六条一項に基づく損害賠償額の請求をする以前の損害賠償額に対する遅延損害金を訴求したのに対しこれを棄却したものであり、自賠法一六条一項に基づく請求における損害賠償額に対する遅延損害金の発生時期を(事故時ではなく)消極的に請求時以降としたもので、保険会社に対する自賠法一六条一項に基づく抽象的な損害賠償額の請求時点から当然に損害賠償額に対する遅延損害金が発生するとまで判示したものではない。

四 のみならず、仮りに原判決の如く自賠法一六条一項に基づく保険会社の損害賠償額支払債務が期限の定めなき債務として損害賠償額の確定を俟たず請求時点から付遅滞となると解するにしても、またそのように解するならば尚更のこと、保険会社の支払うべき金額は遅延損害金を含み保険金額の限度であるべきであり、本件上告人はすでに被上告人らに対し保険金額限度額全額の支払を了しているのであるから、上告人らの本訴請求は失当であり、これを認容した原判決は破棄されるべきである。

以上

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