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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)85号 判決

ドイツ連邦共和国バイエルン州 ヘルツオーゲンアウラッハ ヴュルツブルゲル ストラーセ 一三

上告人

プーマ アーゲー ルドルフ ダスラー スポーツ

右代表者

ウルリッヒ ハイド ディーター ボック

右訴訟代理人弁理士

小谷武

大阪市北区中津一丁目六番二四号

被上告人

世界長株式会社

右代表者代表取締役

青木隆

右訴訟代理人弁理士

足立英一

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年一〇月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小谷武の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成七年(行ツ)第八五号 上告人 プーマ アーゲー ルドルフ ダスラー スポーツ)

上告代理人小谷武の上告理由

本件の争点は、英文字と動物図形から構成される本件商標において、動物図形の部分が独立して自他商品識別機能を果たすか否かにある。

原判決は、本件商標ば英文字と動物図形とが一体としてのみ認識されると認定しているが、その理由として述べられている点は総べて妥当ではない。理由は以下の通りである。

(一)本件商標の周知性

原判決は、本件商標が被上告人取扱商品の代表的な出所標識として取引者、需要者に広く知られていたものであると認定している(判決書第一四頁以下)。

しかし、原判決のこの認定は、周知性獲得の前提となる商標の「使用」に関する判断を誤ったものであり、妥当ではない。

商標が周知されたというためには、その前提をして、商標が本来の商標として使用されていなければならない。この商標の「使用」は、商取引の主たる目的物として独立して有償で販売される商品について、標章を直接付するなど商標法第二条第三項に規定する態様で商標を使用することを意味している。

然るに、被上告人が本件商標を使用したことを証する証拠は皆無といってよい程に乏しいものであり、このような証拠方法により本件商標の使用の事実を認定し、さらには本件商標を周知商標であると認定した原判決は違法というべきである。

以下詳述する。

原判決は、被上告人が、昭和五一年十一月ころから、本件商標を付したスポーツバッグの製造販売を始め、同六〇年五月ころまでの間に約八十万個を製造販売したことをまず第一に認定しているが、これがそもそも誤りである。

この事実を認定する根拠として原判決は、乙第一八号証ないし第二三号証、第二六号証ない七第三六号証、第四十号証ないし第四三号証、第四七号証ないし第五十号証を挙げている。

しかし、これらの証拠方法の中、本件商標の指定商品に該当する「スポーツバッグ」に関するのもは、と第一八号証ないし乙第二三号証、乙第四十号証ないし乙第四三号証であり、他は総べて「スポーツシューズ」に関するもので本件とは直接の関係はない。

これら本件に関係する「スポーツバッグ」についての証拠方法を詳しく見ると、

乙第一八号証は、昭和五三年に行なわれたキャンペーンに使用されたパンフレットと被上告人はいうものの、作成時は全く不明であり、、

乙第一九号証は、被上告人会社の社員が作成した証明書、

乙第二〇号証は、乙第一九号証と同じ写真、

乙第二一号証は、昭和五三年のキャンペーンを報じる新聞記事、

乙第二二号証は、その拡大コピー、

乙第二三号証は、キャンペーンが昭和三九年から八年間続けられていることを報じる昭和四七年四月三日付の新聞記事、

乙第四〇号証は、昭和五三年のキャンペーンを報じる新聞記事、

乙第四一号証は、その拡大コピー、

乙第四二号証は、昭和五三年のキャンペーンを報じる新聞記事、

乙第四三号証は、その拡大コピー

である。

すなわち、スポーツバはッグに関する証拠方法は、

〈1〉乙第一九号証の証明書

〈2〉キャンペーンの継続を報ずる昭和四七年当時の記事(乙第二三号証)

〈3〉昭和五三年のキャンペーンに関する記事(その他の乙号証)の三種類に大別される。

最初の乙第一九号証の証明書は、本件商標を表示したスポーツバッグが、昭和五一年十一月から昭和六〇年五月までの間、総数約八〇万個の殆どを大阪市の訴外、個中正雄商店が、被上告人とのライセンス契約によって製造販売し、そのほか社内販売向けに被上告人が同社に裏造を依頼し、納品を受け社内で販売したことを、被上告人会社の社員と思われるフットウエア事業部FW開発課長角谷徹が証明したものである。

この証明書にはいくつかの問題点が認められる。

まず第一に、この証明書が被上告人自身が作成した自己証明である点である。自己証明が証拠力を欠くか、あるいは証拠力が如何に弱いかはいうまでもない。

原判決は、この自己証明で述べられている「八〇万個」という数字をそのまま鵜呑みにして本件商標の周知性を認めたものであり、果たして証明者の角谷徹がかかる証明を行なうべき地位にいるか、約二〇年も前の昭和五一年当時以降のスポーツバッグの取引状況を知り得たのか、如何なる資料に基づいて販売実績を確認したのか、田中正雄商店が実在するのか、どのような販売ルートを通じて販売したのか、などいずれも疑問といわざるを得ない。

次に、本件商標を表示したスポーツバッグを田中正雄商店がライセンスにより製造販売したとあるが、通常ライセンスには二形態あり、ライセンス商品をライセンサーの商品として販売する場合と、ライセンシー自身の商品として販売する場合がある。もし後者の形態であれば、これにより本件商標が被上告人の代表的な出所標識と認識されることはない。

以上のように、乙第一九号証の証明書はそのまま信頼するには疑問が多過ぎるのであり、このような安易な自己証明書により、商標の周知性という重大な事実が認定された例は知らない。

次に、キャンペーンの内容を検討するに、乙第二一号証によれば、問題のキャンペーンは被上告人の主たる商品である「運動靴」の販売促進のためのものであり、クイズに応募した者の中、二等はの商品として本件商標を表示したズポーツバッグが無償でプレミアム(販売促進材料)として、二〇〇〇人に配布されるというものである。その期間は八月二〇日から一〇月一〇日までの僅か五〇日間である。

乙第二三号証によれば、このようなキャンペーンが昭和三九年から、少なくとも昭和五三年まで行なわれたことが理解される。

しかし、プレミアムに表示された標章は、プレミアム自体の商標の使用ではなく、主たる商品についての商標の宣伝広告的使用と認められるものはである。つまり、本件においては、「スポーツバッグ」の商標ではなく、被上告人の主たる商品である「運動靴」の商標として本件商標が表示されていたことになる。

「スポーツバッグ」が商取引の直接の目的物として有償で販売されるものでない限り、そこに使用された標章は「商標」ではない。このことは、プレミアムについて、昭和六二年八月二六日大阪地裁の所謂「BOSS事件」の判決が商品性を否定している通りである。

これをまとめると、二〇〇〇個のスポーツバッグが昭和三九年から昭和五三年までの一四年間無償で配布されていたので」合計でも僅か三万個が配布されたことを乙号証は示しているに過ぎない。それでは、八〇万個の残りの七七万個を訴外の田中正雄商店が販売したというのであろうか。いずれにしても、その証拠はない。

辛うじて、被上告人が「スポーツバッグ」に本件商標を付して販売したことを窺わせる証拠としは、甲第一八号証のパンフレットがあるのみである。

このパンフレットには「スポーツバッグ」三品種が掲載され、二一〇〇円、二六〇〇円、三六〇〇円の標準小売価格がつけられている。また「シューズとの相乗効果が期待でき、店頭にて展示、販売できる恰好の訴及媒体として顧客の誘因にお役立ていただけます」との記述が見られる。つまり、この「スポーツバッグ」は主たる商品である「運動靴」との相乗効果を狙ったものであり、は甲第一八号証のパンフレットは「運動靴」の小売店向けのものであるはことが理解される。

甲第一八号証は、ただこれだけの事実を証するに過ぎないものであり、既述のように作成年月日や作成枚数なども不明である。まして「スポーツバッグ」の製造販売数量などの事実を証するものではない。

さらに被上告人の主張によれば、被上告人は、この甲第一八号証のパンフレットを昭和五三年八月のキャンペーンに使用したというのである。既述のように、このキャンペーンは「運動靴」の販売促進のために行なわれたものであり、本件「スポーツバッグ」を抽選で二〇〇〇人に無償で配布したというものである。

「スポーツバッグ」を抽選で無償配布するキャンペーンに、定価がつけられた小は売店向けのパンフレットをどのようた使用したのであろうか、理解に苦しむ処である。

以上に述べたように、被上告人が提出した証拠方法では、被上告人の商標として本件商標が表示きれた「スポーツバッグ」が、八〇万個製造販売されたという事実は到底立証不可能といわざるを得ない。

ましてや、原判決が認定しているような本件商標の登録時である昭和五五年一二月二五日当時の本件商標の使用の事実が確認された訳でもない。

繰り返すが、被上告人が本件商標を「スポーツバッグ」に表示したのは、主たる商品である「運動靴」の販売促進という宣伝広告のためだけであり、本件商標が「スポーツバッグ」の自他商品識別のための商標として付せられ、それが販売されたとの事実に毫も立証されていない。

このような証拠方法により本件商標の周知性を認定した原判決は、違法の誹りを免れない。

(二)本件商標の要部の認定について

上告人は、本件商標中の猫科の動物図形が商標の要部として独立して自他商品の識別に機能することの理由として、以下の四点を列挙した。

〈1〉構成上の分離可能性

〈2〉動物図形の特異性

〈3〉特許庁の審査例

〈4〉被上告人の使用商標

然し乍ら、原判決はこれら上告人の主張をを悉く斥けているが、その理由とするところはいずれも妥当ではなく、違法というべきである。

一、構成上の分離可能性

本件動物図形は、所謂べた塗りの黒色で中央に顕著に描かれているのであり、これが看者の第一の注意を引かないことはあり得ない。この顕著な動物図形は文字部分に対して明らかに前景を成している。

原判決も、文字部分が背景であり、動物図形が前景であることを認めて居り乍ら、「前景を構成するもののみが自他商品の識別標識としての機能を有するものとは必ずしもいえない」と判示している。

もちろん、ここでいう背景を構成する文字部分も動物図形と共に自他商品の識別に機能することを上告人も否定するものではないが、上告人の主張は、顕著な動物図形が前景である点に看者である需要者は着目し、これが独立して自他商品の識別に機能するというものである。何も前景しか商標として機能しないとは主張していない。

前景と背景があるとき、背景にくらべて前景の方がより当然に看者の注意をひくという社会生活上の経験則的な観点から主張しているのである。

しかも、本件商標においては、前景が動物図形であり、背景が英文字であり、しかも文字の一部が欠損している英文字であり、注意して見れば「panther」と読めるかも知れないが、やや傾いた一二本の細い縦線から成る英文字が背景である点に鑑みれば、より親しみやすい動物図形がまず注目され、商標の要部として自他商品識別機能を果たすことは当然といえる。

原判決は、これに続けて「欧文字部分は動物図形と同色で」と認定しているが、これも商標法第七〇条の存在を無視した議論である。

商標法第七〇条は「登録商標に類似する商標等についての特則」と題され、第一項は「登録商標」には、その登録商標に類似する商標であって、色彩を登録商標と同一にすれば登録商標と同一の商標であると認められるものを含むものとする、と規定している。

要するに、商標として非類似なものにならない限り、登録商標を様々な色彩に使用しても良いといっているのであり、現実の取引社会にあって、登録商標が様々な色彩で使用されることを前提としていることが分かる。

これを本件について当てはめて見ると、動物図形と英文字とは、たまたま同一色彩で表示されてはいるが、商標法第七〇条の趣旨からは、現実に本件商標を使用するに当たり、動物図形と英文字とを異なる色彩で使用しても商標法上何ら差し支えはないのである。

つまり、被上告人には動物図形と英文字とを異なる色彩で使用することが法律上許されているのである。特に商標の色彩は、使用される商品の背景の色彩によって適宜変更して使用されることもあるのが実情である。

商標出願に当たり、白色の用紙に黒色のインクで商標を表記していることは単に出願手続上の便宜に過ぎないものであり、これを登録後に異なる色彩で使用しても類似の範囲を出ない限り登録商標の使用と認めるとの第七〇条の規定があるので出願人は安心して白黒の色彩で商標出願しているに過ぎないものである。

このように法律上の観点からも取引の一般的な実情からも、「欧文字部分は動物図形と同色で」との原判決の認定は皮相な判断であり、妥当性を欠くことが理解される。

二、 動物図形の特異性

上告人は、甲第七号証ないし甲第九号証を提出し、本件商標中の動物図形が猫科の動物を描いたものとしては特異であるので、この動物図形が独立して自他商品識別の要素になると主張した。

これに対して原判決は、乙第九号証(世界動物百科)を採用し、ここに同様の態様の図形が掲載されていることを理由に、本件商標中の動物図形が特に特徴のあるものとは認められないと判示し、上告人の主張を斥けた。

しかし、本件は商標の問題であり、ある動物図形が特異なものはどうかば、取引社会で使用されている様々な動物図形の中において特異なものであるかどうか、という観点から行なわれなければならない。蓋し、仮令動物図形の表現態様としてありふれたものであっても、他に類似の表現形態の動物図形がない限り、その動物図形の態様は商標としては特異なものと判断されるべきであり、需要者においてもより顕著な商標として認識され自他商品の識別に強く機能するものである。

このような観点から、上告人は甲第七号証ないし甲第九号証を提出したのであるが、甲第七号証は本件商標が属する商品の分類第二一類における猫科の動物図形の商標の公報を十一件集めて一覧表にしたものである。ここでは、前足と後足とを腹部でからめた態様を描いたものは本件商標と上告人の引用A商標だけであり、他の図形は前後の足を伸ばしたものか、普通に四足立っているものばかりである。それ故、本件商標の動物図形の表現態様が特異なものであり、これと構成を同じくする引用A商標とは類似すると主張したのである。

甲第八、九号証も同様の趣旨であるが、甲第八号証は商品の区分第二二類の状況を示すもので、前後の足を腹部でからめたものは、被上告人の商標のみであり、他に同様の構成のものは一件もない。

甲第九号証は第二四類に関するもので、二一件の商標の中、前後の足を腹部でからめたものは、被上告人の商標四件だけである。

しかも、甲第八号証、甲第九号証には、本件商標の英文字が付加されていない、動物図形のみの商標の登録例が掲載されているのであるからして、被上告人自身が動物図形自体を特異な図形であると自認していることは明らかである。

また原判決が引用した乙第九号証は世界動物百科であるが、誰しも成長期にこの種の百科図鑑を一度や二度見ることもあろうが、成長後商品取引の渦中に入るようになって、果たしてどれだけの人が子供のときに見た百科事典の多数の動物図形の中の、その一頁に掲載されたに過ぎない動物図形の形態を思い出すであろうか。

その意味でも原判決が乙第九号証を採用したことは妥当ではなく、動物図形商標の特異性は商標の中で判断すべきとの上告人の主張が採用されるべきである。

三、 特許庁の審査例

上告人は、商品の区分第二二類と第二四類において本件商標と同一構成の商標と動物図形のみの商標とが連合商標となっているとの審査例を挙げ、両商標が類似商標であることの証左であると主張した。

これに対して原判決は、特許庁において動物図形が独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものと判断されたものと認められるが、前記(二)において認定、説示したとおり、動物図形が独立して自他商品の識別標識として機能を有するものとは認めがたく、また、特許庁の上記判断が当裁判所の判断を拘束するものではないことはいうまでもないから、原告の主張は採用できないとして上告人の主張を斥けた。

つまり、特許庁は類似と判断するが、東京高等裁判所は特許庁の判断には拘束されないというものである。

一般論として、上告人もこれを認めるに吝かではない。年間の商標出願の件数が二〇万件を超える今、特許庁の審査官が行なう二〇万件の判断には妥当なものもそうでないものもあるであろう。また審査官の判断が審判で覆ることも、さらに審決が東京高裁で覆されることがしばしばあることも事実である。それ故、個々の審査官や審判官の判断に裁判所が拘束されるものでないことも事実である。

しかし、このことは特許庁の審査結果や審決がいつもまちまちであり、統一性がないことを意味するものではない。特許庁としても、商標審査基準を作成公表し、また特許庁内部でも勉強会を重ねるなど審査の統一に努力しているものである。そして、登録すべき商標については商標公報を発行することにより一般社会に開示し、審決についても審決公報を発行することにより審判の公正さを常に公にしているものである。

そして商標を使用する一般企業はもちろんのこと、我々弁理士や商標事件に携わる弁護士は、これらの特許庁の審査例や審決例を参考にして、他社の商標権を侵害しないよう配慮しているものである。つまり、特許庁の判断に絶対的な拘束性はないものの、実務上の最も需要な指針として実務家はこれを見ているのである。この事実を原判決は明らかに見逃している。

本件について言えば、本件商標と同一の構成の商標と英文字を欠いた動物図形商標のみの商標とを類似商標として連合商標と判断した例が、もし僅か一例か二例に過ぎないのであれば、その判断には普遍妥当性はないかも知れない。

しかし、甲第八号証及び甲第九号証に示すように、本件においては多数の被上告人の商標が連合商標と判断されているのである。甲第八号証で言えば、本件商標と同一の構成の商標(商公昭四八-四一一四五)と動物図形のみの商標(商公昭四九-六六一三)とが類似商標として連合商標となっているのみならず、商公昭五五-二五四九三号、商公昭五五-二五四九六号が連合商標であり、また商公昭五五-二五四九四号と商公昭五五-二五四九五号も連合商標である。

甲第九号証でも、本件商標に当たる商公昭五四-一八二二〇号と動物図形のみの商公昭五四-一八二二一号、そしてローマ字「YP」と覚しき文字を背景とする動物図形商標(商公昭五七-四一三三二号)、さらに二頭の動物図形から成る商標(五七-五九六二四号)が連合商標となっている。

しかも、この判断は最近でも継承されて居り、甲第一七号証に示すように、本件商標のように黒塗りではなく、引用A商標と同じく輪郭線のみで描かれた動物図形のみの商標さえも類似商標として連合商標となっている(商公平四-一一七九一四号)。

これらの商標の審査を、唯一人の審査官が行なったものでないことは言うまでもない。正に特許庁の総意ともいうべき判断であり、ここに英文字と動物図形との結合商標と、これと同一の動物図形のみの商標とは、取引社会において出所の混同が生ずるおそれがある、つまり類似する商標であるとの実務上の指針が提示されているものである。

これを、裁判所は特許庁の判断に拘束されない。という原則論のみで一蹴することは、官民協力して、これ迄に築き上げて来た商取引社会の法的安定性を損ない、混乱させるもので許されるものではない。

少なくとも本件においては、特許庁の類否判断は妥当なものであり、裁判所もこれを尊重すべきである。

四、被上告人の使用商標

上告人は、被上告人が猫科の動物図形のみから成る商標を使用していると主張し、甲第一五号証として「Shoes Post」に掲載された類似商標の使用を警告する被上告人の新聞広告を提出した。ここには類似商標の使用を禁止する登録商標として、被上告人は猫科の動物図形のみから成る商標を掲載している。

その冒頭の文言を引用すると、

「さて、二十年近くご愛顧を賜っております弊社パンサーマークにつきましては、走る豹のようなたくましさと伸びやかさに満ちたシルエットマークとして、下記のとおり連合商標登録が確定しておりますことをお知らせ申し上げます。」

とある。

この文面からは、被上告人が二十年にわたり使用して来た商標は、英文字を含む本件商標ではなく、動物図形のみの商標であるとの印象を受けるものである。「Shoes Post」に広告が掲載された昭和六二年十一月十五日当時、本件商標は既に商標登録されていたのに、実際に使用し、より大切である筈の、本件商標と同じ構成の英文字を含む商標は掲載していないのであろうか。このことは一体何を意味するのであろうか。

商標登録制度は、自己の商品について使用する商標を登録することである。そして使用された登録商標に化体したグッドウィルを保護することが商標法の目的である。つまり、商標登録をすることは、その商標を使用することを前提としている。逆に使用しない商標を登録し、そのまま放置することは第三者による商標採択の余地を狭めることになり妥当ではない。

そうであれば、甲第八号証、甲第九号証のように、動物図形のみの商標を被上告人が商標登録したことは、動物図形を独立した自他商品識別標識として被上告人自身が認識し、使用するとの意思の表われということになる。

翻って原判決に従えば、被上告人は、使用している商標よりも、使用もしない商標を業界紙に掲載し、類似商標の使用を警告していることになる。誠に奇異な現象である。

ここではむしろ、被上告人は猫科の動物図形のみから成る商標を使用する意図があると解釈すべきであろう。

それ故に、引用商標と同じく輸郭線のみで描かれた動物図形のみの商標さえも登録出願し、平成四年に出願公告されているのである(甲第一七号証)。

そしてこのことこそ、被上告人が動物図形を特別顕著な、自他商品の識別能力のある商標として認識している証左であり、このような被上告人の意思を無視した原判決は妥当性を欠くことになる。

ここで被上告人提出の乙号証を仔細に見たとき、乙第二三号証のキャンペーンを報ずる業界紙に掲載されたポスターの写真の最下部には、動物図形のみから成る商標が表示されていることが認められる。すなわち、被上告人が動物図形のみの商標を使用した事実があるのである。それがどの程度の頻度かは分からないが、過去にこのような事実があり、そして将来的にも十分にある得るのである。

商標の類似は、商品の出所の混同を想定した概念である。商品の出所の混同は、現在の具体的混同の有無を見ることは当然大事だが、将来の混同の可能性を予め予想し、これを回避することも同様に重要である。特許庁に於ける審査は正にこのような将来の混同の可能性を想定して行なわれている。

被上告人は、猫科の動物図形のみから成る商標を現在は使用していないようであるし、また本件の商品の区分第二一類では商標登録出願もしていないようである。しかし、第二二類や第二四類に於ける被上告人の商標の登録状況を見るに、被上告人がいずれ猫科の動物図形のみから成る商標を使用し、登録出願することも十分な程想定できるものである。

このような場合を予め想定し、将来の出所混同の可能性を回避することも商標法の責務である。もしこれを怠るのであれば、本件商標より二年ほども先願であるにも拘らず、特許庁の登録に時間がかかったため本件商標より登録が六年も遅れてしまった引用A商標の保護に欠けるところは甚大といわざるを得ない。

上告人は引用商標が登録されるまでこれを使用していない。蓋し、もし未登録で引用A商標を使用すれば、上告人より商標権侵害の疑いを受け兼ねないからである。また英文字を含む商標と含まない商標とが類似商標と判断されていることは特許庁の多数の審査例からも明らかであるので、もし被上告人から商標権侵害の警告を受けた場合、これに反論することは難しく、結局は引用A商標の使用を中止せざるを得ないであろう。

果たしてこれが、先願主義を採用するわが商標法のあるべき姿であろうか。もし上告人が、本件商標の動物図形と酷似する引用A商標の使用を開始した場合、先願商標である引用A商標の方が逆に本件商標を模倣し追随する商標であると需要者等に誤解され兼ねないものである。

よって、商標法が予定する本来の姿に戻すためにも、原判決は破棄されるべきである。

以上のように、本件商標中の猫科の動物図形は、独立して自他商品の識別機能を果たすものであるにも拘らず、原判決はこの認定を誤り、その結果、本件商標と引用A商標とは外観上類似するものではないと判決したものである。

よって、原判決は商標法第八条第一項の適用を誤り、同法第四六条の規定に該当しないと判断したものであり、破棄を免れない。

以上

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