大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)953号 判決

東京都港区芝新橋二丁目二番地

上告人

日本コロイド工業株式会社

右代表者代表取締役

白井陸雄

右訴訟代理人弁護士

渡辺靖一

東京都港区芝愛宕町二丁目一〇三番地

被上告人

芝税務署長

砂田芳雄

右当事者間の昭和三二年(オ)第九五三号法人税課税処分取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和三二年七月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は、青色申告書の提出がなかつたとする原審の事実認定を非難するものであつて、採用のかぎりでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

○昭和三二年(オ)第九五三号

上告人 日本コロイド工業株式会社

被上告人 芝税務署長

上告代理人渡辺靖一の上告理由

第一点 原判決はその理由において

「芝税務署では総務課受付係の窓口で申告書類を受付けることになつており、そこの受付箱に入れられた書類は法人税、間税、総務の各係の所管別に分類された上それぞれの係に送られるのであるが、法人税の申告に関する書類は法人税係に廻されてから東京国税局調査課所管の資本金二百万円以上または所得金額三百万円以上の法人の分とそれ以外の法人の分とに分類され、各別に法人税申告書収受簿に記入されるものであるところ、昭和二四、五年度調査課所管分法人申告書収受簿(乙第一号証)には、被控訴会社の第五期事業年度分の申告書は昭和二五年七月二二日収受されて収受簿に記載されているが、第六期事業年度分の申告書の収受に関する記載は全く存しないこと」を以て被控訴会社が争となつている被控訴会社の第六期事業年度分法人税の申告書を提出しなかつたものと認定する論拠の一としているけれども、法人税申告書収受簿の如きは何等法令に基いてつくられた帳簿ではなく、全く内部的事務処理のため作成せられたものにすぎず、しかも、東京国税局調査課所管分法人(被控訴人会社はそれに該当する法人である。)の申告書は芝税務署としては単に提出せられた申告書を上級官庁たる同局に取次いで送つたかどうかを控えておくものに過ぎない。従つて、芝税務署と同局間の受授を証する書証となり得るとしても、被控訴会社と書類受理官庁たる芝税務署間の受理如何が争となつている本件の直接の証拠とはなり得ない書証である。被控訴人は乙第一号証たる同帳簿は民事訴訟法第三百二十三条に謂う「公務員ガ職務上作成シタルモノ」と認めて、殊更その成立を争はなかつたけれども、その性質は上記の通りであるからこれに過当な証明力を認むべきものではない。

また原審判決は

「昭和二六年七月頃東京国税局調査課勤務の平野毅が破控訴人会社に第六期事業年度の法人税の調査に赴き、その申告がなされていないから、早急に申告するよう勧告したが、その際、被控訴会社社員が申告書を提出した筈だと云いながら、平野毅の請求に対しその申告書の控の交付をせず、単に第六期決算報告書(甲第四号証の二と同一形式のもの)を見せ、その一部を交付したに過ぎなかつたこと」を以て、本件争点の被控訴会社の第六期事業年度の法人税申告書の提出がなかつたと判断する理由の一としているけれども、納税義務ある法人は、各事業年度終了の日から二箇月以内にその確定した決算に基き当該事業年度に対する確定申告書を提出すれば足るのであつて、被控訴会社は争点となつている被控訴会社の第六期事業年度の終了した昭和二十五年九月三十日から二箇月以内である同年十一月当時法定の申告書類を提出したと確信していたので、「提出した筈だ」と答申したのであつて提出して八ケ月を経過した後、突如調査の来訪に遭い即座に提出事実を立証することができなかつたことは甚だ遺憾の事実であつたが当面の答として「提出した筈だ」というに止つたのは、寧ろ常識であり一面提出してある筈だと即答したのは提出事実を雄弁に物語るものと見なければならない。その申告書の控を直ちに提出出来なかつたのは被控訴会社が事務所を移転し書類が散在し、容易に探索し難かつた事情に基く。然るに、原審が平野毅の請求に対しその申告書の控を交付せず、単に第六期決算報告書(甲第四号証の二と同一形式のもの)を見せ、その一部を交付したに過ぎなかつたことを捉え、被控訴会社の主張を排斤しているけれども、法律上「申告書の控の交付」を為すべき義務がないことは勿論、その控が即時調査官吏に示されなかつたからとて調査ができなかつた訳でもないし、現に第六期決算報告書一部を交付したのであるから、調査官吏は税額の算定には事欠かなかつた筈である。従つてこの事実から争点の第六期事業年度分の確定申告書未提出を論ずべきではない。

更に原審判決は

「昭和二十八年六月十日東京国税協議団本部に勤務していた伊藤一衛が、被控訴会社に赴いた際、その前の事業年度即ち第六期事業年度の法人税の申告書が提出されているかどうかをも調査する必要があり、社長田中謹治郎及び経理担当者に対し、右第六期事業年度の申告書の控を見せて貰いたいと申し出たが、会社が移転して書類が散在しているため見つからないとて、右申告書の控の提出を受けることができなかつたところ、その後同年同月十五日税理士越塚正造が国税局協議団本部に出頭し、伊藤一衛に対し「被控訴会社の第六期事業年度法人税の申告書の控が見当らなかつたから関係書類をみて作成して来た」と言つて第六期事業年度の法人税申告書と題する書面及び同事業年度の決算報告書(甲第四号証ノ一、二)持参したこと」を以て、被控訴会社が争点の第六期事業年度分の法人税の確定申告書を提出しなかつたと判断する理由の一としているけれども、所謂税金の申告制度は租税債権の確定を納税義務者の申告行為によつて納税者自からが具現し、その具体的に成立した自己の負担する債務を自己の責任において納付するのを原則とする制度であつて、通常の状況においては経験上法人は事業年度の終了の後法定期間内に適式の法人税の確定申告をしたと思料するのが通常の成行である。殊に税理士である越塚証人が申告事実を主張(証言)し、その控が見当らなかつたから関係書類をみて作成して来たと言つたとしても、「控が見当らなかつた」ということは、控がかつて存した事実を前提していることは論理上明白なことであり、更に控の存否を云為することは、基本事実である確定申告の正式申告書の提出をした要証事実を立証しているものである。してみれば、この事実は却て、被控訴会社の主張となり挙証とこそなつても争の第六期事業年度の法人税の確定申告書を提出しなかつた積極的な証拠とはすることはできないものである。これに対して確定申告をしていないことによつて、同期の事業年度の繰越欠損金を第七期事業年度の所得の計算において損金に算入されないとすること、即ち事物の通常の成行において生ずべき法律効果の発生を妨げる特別の異常の事実は何等かの証拠によつて否定されなければならないものである。

以上のとおり本件において被控訴会社が自昭和二十五年四月一日至同二十五年九月三十日第六期事業年度の法人税の確定申告をしたに拘らず、これを申告したことがないとした原判決は審理不尽ないし理由不備の違法があり破棄を免れない。

第二点 原求判決は

「証人川崎勝治は当時被控訴会社に勤務し、計理会計の事務を担当していたが、昭和二十六年三月末日同人が被控訴会社を辞職するまで一回だけ青色申告を提出したことがあり、それは第六期事業年度終了の日から二ケ月の申立期間の経過した頃、即ち、昭和二十五年十二月頃に芝税務署に持参し、窓口の受付箱に入れて提出し、その旨同月中旬頃被控訴会社の顧問をしていた税理士越塚正三に報告した旨証言していながら、同証人は当審においては、「私は被控訴会社に勤務中二、三度芝税務署に、越塚税理士からたのまれて、封筒に入つたものを持つて行つたことがあるが、それが青色申告書であるかどうかについて記憶がないし、自分は青色申告書を作成したことはない」旨供述している点から考えて、同人が第六期事業年度の法人税の青色申告書を提出したとか、また右提出の旨を越塚税理士に報告したとの原審における証言はたやすく信用することができないし、また原審並びに当審証人越塚正造の証言中、同証人が本件第六期事業年度の法人税申告書を川崎勝治に浄書させた上同人をして税務署に提出させ、且つ同人からその提出事実の報告を受けたとの部分もにわかに信用することができない。なお右証人越塚正造の証言のうちさきに認定したところと相反する部分は、他の証拠と対比して措信できない」としているけれども、現行法人税法の施行により所謂申告納税制度が実施されたのは、昭和二十二年三月以降のことに属し(従つて第一回申告納税の実際取扱上の受領は概ね同年九月終了事業年度分を同年十一月)被控訴会社は昭和二十三年五月第一期事業年度分の申告したのが初めてであつたが爾来引続いて本件事案がおきるまで毎事業年度申告をしているのであつて、争になつた第六期の前期にも、後期にも、確定申告書を提出していて、殊更ら第六期のみ申告をしない特別の事情は毫も存しなかつたし常識上そんな筈もない。また、申告書受領の税務署側においては第六期分の申告書を受理した昭和二十五年当時はその取扱力に習熟せず、提出した申告書の受理については、何等その受領を証する方法を講じていなかつた、その頃申告書の提出が為されたか否かについては申告者と税務署との間に争を生じたのは稀ではなく、独り芝税務署と被控訴人会社のみに限らず一般にもそうであつた。そのため何時しか申告者は申告書提出の際申告書控に税務署の受付スタンプを押捺してもらい後日の紛争を避けるようになり税務署側においてもそのような取扱方法をとり現在はそれが殆んど慣例となつているが、申告納税制度の施行当初の経験としては、明らかに故意の無申告でない限り争となつたものは提出後行衛不明となつたとみるのが寧ろ常識であり、その場合には再提出をして処理されていた。

また川崎勝治証人の原審証言を「たやすく信用することができない」というけれども、同証人の供述の青色申告書を作成したことはないというのは当然のことである。何となれば、その作成(様式の記入、税額の算出)は証人越塚税理士が作成したものであり、川崎証人の供述は自ら浄書したことがないとの趣旨である。してみれば、被控訴会社が特別の事情のない限り、第六期事業年度の法人税の確定申告書を提出したのは経験上然りと認めらるべき事実であり、これに反し、芝税務署の取扱に絶対に過誤がなかつたと断言することは経験則に反する。

本件のような場合事実認定は裁判官の自由だとしても原審判決のような極めて広い否定の表現を用いても、このような裁判官の言葉自体に拘束力はない。結局原審判決は同判決の如く判断することが経験則に合していることを説明していない違法があり、審理不尽乃至理由不備であつて、破棄を免れない。

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