大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)1051号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人本人の上告趣旨のうち、憲法三八条違反をいう点は、記録によるも所論供述調書の任意性および特信性を疑わせる資料はなく、また憲法三三条違反をいう点は、記録によれば被告人の本件犯行は明らかであるから、所論は、いずれもその前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

弁護人磯崎良誉の上告趣意は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。(所論は、本件被害者の傷害は本件姦淫によつて生じたものではないとして、強姦致傷罪の成立を争うが、記録によれば、被害者の傷害は、共犯者水野公正に強姦された後、さらに被告人らによつて強姦されることの危険を感じた被害者が、詐言を用いてその場をのがれ、暗夜人里離れた地理不案内な田舎道を数百米逃走し救助を求めるに際し、転倒などして受けたものであるから、右傷害は、本件強姦によつて生じたものというを妨げず、被告人らについて強姦致傷罪の成立を認めた原判断は正当である。)

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)

弁護人の上告趣意

第一点 〈略〉

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令(刑法一八一条及び審理不尽)の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一、論旨第一点の一記載のとおり、原判決は、第一審相被告人Mについて強姦致傷罪の成立を認め、被告人についてMとの共謀による強姦致傷の共謀共同正犯の成立を認めた。

しかし、当弁護人は、Mについて強姦罪はとも角、後記の理由により強姦致傷罪は成立しないと考える。したがつて、仮りに、被告人についてMを実行正犯とする共謀共同正犯が成立するとしても、強姦致傷罪の責を負うべき理由はないと考える。以下その理由を述べる。

二、強姦致傷罪は傷害という結果が、基本罪たる強姦罪の構成要件の一である「暴行、脅迫行為」によつて生じたか、「姦淫行為」によつて生じたものであることを要する(大判大正四・九・一一刑録二一・一二九二、大判大正一三・一・一七刑集三・七八三)。すなわち、暴行、「脅迫行為」または「姦淫行為」と「傷害」という結果との間に因果関係がなければならない。そして、刑法上因果関係ありとするには、ある行為から一定の結果が発生することが、「日常経験上一般的ナルコトヲ要スルモノニシテ、該結果ノ発生力全ク偶然ナル事情ノ介入ニ因ル稀有ノ事例ニ属シ常態ニアラサルトキハ刑法上因果関係ナキモノト解スルヲ相当トス」(大判昭和八・二・二八新聞三五四五・五)とされている。また、判例は「行為者に対し刑法上の責任を論ずるには、行為と結果との間に一般的見解において普通可能とせられる関係、すなわち、相当の関係があると認められる場合においてのみ因果関係ありとするのであり、右に所謂一般的見解とは全経験的知識の見地即ち経験則に基くこと勿論である。換言すれば、注意深い人間であるならば知り得た事情及び行為者が特に知つていた事情を基礎としてこれらの事情から一般的見解に立つて普通生じたであろうと考えられる範囲内に具体的結果が発生した場合に、行為者の行為をもつて右の結果に対する原因であると解すべきである。若し右相当の範囲を超えた結果を生じたとすれば、それは偶然であり本質的でないから相当因果関係はないものといわなければならない」とする(高裁判昭和二四・一二・二七高裁刑特報三・一二)。

右の判例は、結果的加重犯における因果関係につき、明瞭に相当因果関係説に拠るのるである。尤も、上告代理人も従前の判例の主流が結果的加重犯について条件説を採ることを知らぬではない(大判昭和三・四・六刑集七・二九八、最判昭和二二・一一・一四刑集一・八)。そして、条件説は、行為と条件関係にあるかぎり、すべての結果を結果的加重犯の結果と解する。しかし、この見解は、因果関係の有無を定める一般原理としての条件説を安易に刑法上の構成要件的概念である因果関係に援用したものである。これに対し多数学説が反対するのは、当然である。弁護人も、結果的加重犯について条件説を採る従来の判例に疑問を持つので、あえて上告の論旨とする次第である。

三、論旨第一点の一記載のとおり、原判決の認定事実によれば、K子が負傷したのは、Mが姦淫行為を終え、Kがカローラを出てから数百メートル離れた人家へ辿りつくまでの間である。原判決は、この数百メートルの間いかなる地点で負傷したかを認定しない。カローラを出て数歩の地点で負傷したのか、数百メートルを歩き人家に間近い地点で負傷したのか、判文からは知ることができない。また、Kが闇夜を数百メートル辿るにはかなりの時間を要したであろうことは推認に難くないが、カローラを離れてどの位の時間を経過した時に負傷したかを認定しない。

四、そこで、証拠に基き右の点を検討するのに、

(一) K子は、

(1) 司法警察員に「Mは私の上から降りたので、私は『トイレに行きたくなつたから行かして呉れ』と言つて、ハンドバックからチリ紙とハンカチを取つてもらつて自動車の助手席の所から出たのですが、Mは私が素裸であることから逃げまいと思つたのでしようか後を追いかけて来なかつたので(中略)逃けて何処かの家のところで泣いていたら消防団の人に助けられたのです。」と供述し(昭和四四年八月一七日付調書一〇、一一項)、

(2) 第一審証人として、

「検察官

どういうふうにして逃げようと思いましたか――逃げる方法はないのでトイレに行くといつて。

そのとき、あなたは何も着ていないのですね――はい。

(中略)

逃げたのはどのくらい距離ですか――五〇〇メートルとか。

(中略)

それから医者に行つたのですか――はい。

どの辺に傷はついていましたか――足から腰の辺りです。

鈴木弁護人

起訴状によるとあなたは手にけがをした――はい。

逃げるとき全裸で脱出したためなつたと――はい。

逃けたためになつたのですね――そうです。

Mが乱暴するときけがをしたのではないですね――はい。」

と供述している。

(二) Mは、

(1) 司法警察員に「K子は小便が出たいからチリ紙をとつてというので、K子のカバンからチリ紙をとつてやつたら裸のまま車から降りて出て行つたのです。(中略)私はK子が車から外に出て行つたとき何時になつたのかと一寸時計を見たら午後八時十五分になつていました。K子は、裸のまま出て行つたきりなかなか戻つて来ないのでおかしいと思つて私が車から降りて来て附近を探したが、姿が見えず近くに川もあるので、川にでも落ちたのではないかと思い、皆んなにK子がいないことを知らせ自動車を少し前に出してライトをつけその明りで附近を探したが何所え行つたのか全然判らなくなつてしまつたのです」と供述し(昭和四四年八月二一日付調書八、九項)

(2) 検察官「そのうちいくらか気分が出たのでやめて女からおりたら、女は、『オシッコして来る、紙とつて』と言うので、ハンドバックから紙をとつてやつたら女は真裸のまま外に出て行きました。ところが五分位しても戻つて来ないので、私一人でパンツ丈はいて車の前の方へさがしに行つて、『Kちやんどこにいるんだ』と言いながら約三十米先の道路の曲り角まで行きましたが暗くて見えないので車に戻りそこにいたパンツ一枚のI君に『どこへ行つたか判んねい、川に落ちたかも判んねい』と言つて私はズボンセーターを着て五人で道路の前の方をさがしていたのです」と供述し、

(3) 第一審公判廷で、

「検察官

女の人はどうしましたか――私の左に坐り直し、トイレに行くと

紙を取つてくれといつたか――はい、カバンが運転席にあつたのでとりました。

着物をとつてといいましたか――おしつこならすぐ行つて来いといいました。

丸裸か――はい。

逃けるとは思わなかつたか――感じでそう思いませんでした、

しばらくしても帰らなかつたのですね――はい。私はさがそうとして下着をつけてサマーセーターを着て、車の前の方をさがしに行きました。前に川があつて、そこを渡つて五メートルぐらいさがしたのです。K子さん、K子さんといいながら、

しかし、見えなかつた――そうです。

それでもどつたのか――はい

と供述している。

五、K子およびMの前記各共述調書の記載および公判での供述によれば、

(一) Mは、K子が小便にゆくといつてカローラを離れたとき同人の言を信用し、同女を自由に行かせたのであつて、Mが同女を追跡し、または威圧的言動に出た形跡は全くないこと、

(二) K子自身もMから追跡される危険を全く感じなかつたことを明らかに認定できる。そして、他の第一審相被告人四名は、Kがカローラを出たことすら知らなかつたのであるから、Kを追跡し、または威圧的言動に出ていないこと並びにKが右四名から追跡される危険を感じていなかつたであろうことは、前述の事実関係から明らかである。

右のとおり、Mその他四名が小便をするといつてカローラを出たKを追跡する意図もなく、また現実に追跡もせず、K自身も巧みにカローラを逃げ出し、M等が追跡してくる懸念を全く持たなかつた本件においては、Kの負傷がMの「暴行、脅迫行為によつて生じた」ものとはいえないこと、明らかである。

六、次に、K子の負傷は、Mの「姦淫行為によつて生じた」ものであるか、どうかを検討する。当弁護人は、Kが負傷した時期と場所とが、仮りに加藤敏彦方附近に到達した後であつたとすれば、Kの負傷は、Mの「姦淫行為によつて生じた」ものとは、為し得ないものと考える。

Kが本件カローラを出たのは八時一五分であり、同人が磐梯町大字赤枝一〇三番地農業加藤敏彦方へ辿りついたのが同日午後八時四〇分頃であつて、その間約二五分間を経過している。また本件カローラの位置から右加藤敏彦方までの正確な距離を知るべき資料は記録中に見当らないが、K子の供述によれば約五〇〇米である。そして、Kが第一審判決認定の負傷をしたのは、本件カローラを出て加藤敏彦方に到達するまでの間、すなわち、時間にして約二五分、距離にして約五〇〇米を歩く間である。すでに述べたとおり、K子の負傷が、カローラを出た直後か、それとも加藤敏彦方附近であるかについては、原判決も、第一審判決も認定していない。

仮りに、Kの負傷が同女がカローラを離れてから二〇分余を経た後であり、またカローラから約五〇〇米離れた加藤敏彦方附近においてであつたとすれば、Kの負傷はMの「姦淫行為によつて生じた」ものとは、為し得ないのであるまいか。

尤も、Kがカローラから脱出し、車外に出たとたんに転倒負傷したのであれば、自ら事情を異にし、姦淫行為と負傷との間に因果関係を認めるべきかも知れぬ。しかし、原判決および第一審判決は、前述のとおり、Kがカローラを出た後、どの程度進行した地点、またどの程度の時間経過後に負傷したかにつき何らの判断をも示さないのであつて、その点審理不尽の違法がある。

七、以上、いずれの理由によるも、Kの致傷とMの姦淫行為との間に因果関係を認めることはできない。もしそれ、本件のごとき事案においてまで、安易に条件説を適用し、因果関係を認めるとすれば、余りにも不当であり、被告人に苛酷であるまいか。

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