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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(行ツ)90号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐々木泉の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

医師法七条二項によれば、医師が「罰金以上の刑に処せられた者」(同法四条二号)に該当するときは、被上告人厚生大臣(以下「厚生大臣」という。)は、その免許を取り消し、又は一定の期間を定めて医業の停止を命ずることができる旨定められているが、この規定は、医師が同法四条二号の規定に該当することから、医師として品位を欠き人格的に適格性を有しないものと認められる場合には医師の資格を剥奪し、そうまでいえないとしても、医師としての品位を損ない、あるいは医師の職業倫理に違背したものと認められる場合には一定期間医業の停止を命じ反省を促すべきものとし、これによつて医療等の業務が適正に行われることを期するものであると解される。したがつて、医師が同号の規定に該当する場合に、免許を取り消し、又は医業の停止を命ずるかどうか、医業の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは、当該刑事罰の対象となつた行為の種類、性質、違法性の程度、動機、目的、影響のほか、当該医師の性格、処分歴、反省の程度等、諸般の事情を考慮し、同法七条二項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ、その判断は、同法二五条の規定に基づき設置された医道審議会の意見を聴く前提のもとで、医師免許の免許権者である厚生大臣の合理的な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。それ故、厚生大臣がその裁量権の行使としてした医業の停止を命ずる処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、昭和二五年に医師免許を受け、昭和三三年一〇月以降宮城県石巻市に開設した菊田産婦人科・肛門科医院において医療に従事してきた医師である、(2) 上告人は、胎児が母胎外において生命を保続できるまでに成長しているにもかかわらず人工妊娠中絶(以下「中絶」という。)の施術を求める女性の場合、中絶施術を断るだけでは、その女性において胎児又は新生児の生命を断ち、あるいはこれを遺棄するおそれがあることから、このような事態を避けるためには、その女性から出生した新生児をその養育を希望する者が出産したとする内容虚偽の出生証明書を発行してその者に子の引渡しをあつせんし、戸籍上もその者の実子として登載させる方法(以下「実子あつせん行為」という。)を実施することとして中絶を断念させるしかないと考え、昭和三四年以降独自にこれを実行し、上告人が昭和四八年四月新聞、テレビ等を通じてこのことを公表するまでにその数は約一〇〇件に及んだ、(3) 実子あつせん行為についてはこれを支持する意見もあつたが、その犯罪性、それによる弊害等も鋭く指摘され、ことに産婦人科医師を構成員とする日本母性保護医協会は昭和四八年五月否定的見解を示して上告人にこれを中止するよう説得したが、上告人はこれを聞き入れず、昭和五二年八月ころまでにさらに約一二〇件の実子あつせん行為を行つた、(4) そのため日本母性保護医協会は昭和五〇年五月上告人を除名し、日本産婦人科学会宮城地方部会も同年九月上告人を除名するに至り、さらに、昭和五二年八月三一日愛知県産婦人科医会会長は昭和五〇年一二月ころ行われた実子あつせん行為(以下「本件あつせん行為」という。)につき上告人を医師法違反等の嫌疑により告発し、上告人は、昭和五三年三月一日仙台簡易裁判所において医師法違反及び公正証書原本不実記載・同行使の罪により略式命令で罰金二〇万円に処せられた、(5) 右の事例は、妊婦八か月目ころに相手の男性との関係が破錠し、いつたんは自殺を図つたが思い直して出産一か月前に上告人を訪れ実子あつせん行為を依頼した女性に関するものであるが、上告人は、その女性が実子あつせん行為を断られれば「子とともに死ぬかもわからない」と述べたことから安易に右依頼を承諾し、公的又は私的な扶助を受けて養育すること等について説明しその翻意を求める努力をしなかつた、(6) 厚生大臣は、上告人が右罰金刑を受けたことを理由として、昭和五四年六月八日付で上告人に対し同月一五日から同年一二月一四日までの期間医業の停止を命ずる旨の本件処分を行つた、というのである。右事実関係に基づき検討するに、実子あつせん行為は、医師の作成する出生証明書の信用を損ない、戸籍制度の秩序を乱し、不実の親子関係の形成により、子の法的地位を不安定にし、未成年の子を養子とするには家庭裁判所の許可を得なければならない旨定めた民法七九八条の規定の趣旨を潜脱するばかりでなく、近親婚のおそれ等の弊害をもたらすものであり、また、将来子にとつて親子関係の真否が問題となる場合についての考慮がされておらず、子の福祉に対する配慮を欠くものといわなければならない。したがつて、実子あつせん行為を行うことは、中絶施術を求める女性にそれを断念させる目的でなされるものであつても、法律上許されないのみならず、医師の職業倫理にも反するものというべきであり、本件あつせん行為についても、それが緊急避難ないしこれに準ずる行為にあたるとすべき事情は窺うことができない。しかも、上告人は、実子あつせん行為に伴う犯罪性、それによる弊害、その社会的影響を不当に軽視し、これを反復継続し、本件あつせん行為に至つたものであり、本件あつせん行為が医師の職業倫理に違背する程度は大きいといわなければならない。以上からすると、本件あつせん行為が胎児等の生命を守ろうとする動機、目的でなされたものであることを考慮しても、本件処分はいまだ社会観念上著しく妥当を欠くものとまでは認められず、本件処分が処分権者にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものということはできない。

以上と同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民事法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

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