大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(あ)367号 決定

本籍

京都市左京区北白川追分町三八番地の二

住居

京都府北桑田郡美山町大字長谷小字弓立七〇番地

社会保険労務士

山内健一

昭和四年三月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六三年二月一二日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人矢野保郎の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点の実質は、単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

○上告趣意書

昭和六三年(あ)第三六七号

被告人 山内健一

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告趣意は左記のとおりである。

昭和六三年五月二五日

弁護人 矢野保郎

最高裁判所

第二小法廷 御中

第一点 原判決には憲法第三一条の違反があり、原判決は破棄されなければならない。

一 原判決が支持する第一審判決における適用罰条は、刑法第六〇条、所得税法第二四四条一項、同法第二三八条一項および二項であるが、そのうち本件犯罪の成否を決定する最も重要な罰条は所得税法第二三八条一項である。

その構成要件のうち、本件に関連あるものは、

(1) 所得税法第一二〇条一項三号に規定する所得税の額につき所得税を免れたこと。

(2) 前号の所得税を免れたことにつき、偽りその他不正の行為があったこと。

((3) 前二号につき故意があったこと。)

である。

即ち、(1)号における「所得税を免れた」者とは、確定的に所得税を免れることを要し、唯単に所得税法第一二〇条一項の確定所得申告に際し、偽りその他不正の行為があっただけ(前記(2)の要件のみ)では足りない。本件罰条の目的は、偽りその他不正の行為により国家の微税権を不当に消滅せしめ、国家に損害を生ぜしめることを防止せんとするものであるから「所得税を免れた」とは確定的であることを要し、唯単に「所得税を免れるおそれがある」だけでは構成要件を充足しないというべきである。

二 単なる「偽りその他不正の行為」による確定所得申告に基づいた所得税の納付については、国税通則法第二四条(第七〇条一項)により「更正」により所得税の追徴を、更に同法第六五条および第六八条によりそれぞれ過少申告加算税および重加算税という微罰的な賦課金を課することが認められ、国家の徴税権には充分な保護が与えられているのである。

三 本件犯罪につき、原判決のように「単に所得税を免れるおそれがあれば足りる」と解するならば、それは本件罰条の文理を無視した不当な拡張解釈であり、罪刑法定主義の原則に反した、従って憲法第三一条に違反した判決というべきである。

四 従って本件犯罪が成立するためには、国税通則法第七〇条一項所定の期間が経過し「更正」を行なう機会が喪失し(または同法第七二条一項所定の期間が経過し微税権が時効により消滅し)た結果、所定の「所得税を免れた」ことを要するというべきである。

五 本件罰条の文理をみても第一項記載のとおりであり、仮に原判決および第一審判決のような解釈をとるとすれば、その構成要件は単に

(1) 所得税法第一二〇条一項に規定する申告書(確定所得申告書)の提出に際し、偽りその他不正の行為があったとき。

((2) 前号につき故意があったとき。)

と規定すれば足り、かつそう規定すべきであって、「…所得税法第一二〇条一項三号に規定する所得税の額につき所得税を免れた…者」という要件は掲げる必要がなく、かつ掲げてはならないことであろう。

六 そして本件においては、昭和六〇年七月三日本税不足額金七七、〇六〇、〇〇〇円、延滞税金一、六九五、三〇〇円が京都信用金庫を介して、同年八月一五日重加算税金二三、一〇九、〇〇〇円(三〇パーセント相当)が京都銀行を介して現に納付され(弁第四五ないし四七号証 記録第四冊九六三-一丁および九六四丁)、それ相当の微罰的な賦課金が徴収されている。

七 以上のとおり本件においては、本税不足額のみならず、延滞税、重加算税も完納されているので、前記構成要件の一つである「所得税を免れた者」には該当せず犯罪は成立しないというべきである。

前記構成要件を看過して、恰も該当せずとも犯罪が成立するかの如く解釈した原判決には憲法第三一条の違反ありというべきである。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 被告人にとっては事後的に判明したことであるが、所得税法第一二〇条一項に基づく本件確定所得申告に際して、その申告書には第一審判決判示のとおり、株式会社ワールドが有限会社同和産業から三億円の借入れをなし、本件納税者山﨑健二が連帯保証人となり、株式会社ワールドが破産したことから連帯保証債務を履行するために本件不動産を譲渡して、譲渡代金で二五、〇〇〇万円を履行したが株式会社ワールドに対する求償不能により同額の損害を蒙ったとの架空の債務が計上されていたもののようである。しかし、被告人にはその点についての認識は全くなかったのである。証拠も全く存在しない。被告人は、曽って社会問題として大きく取り上げられた所謂「同和対策」の一環として税務の実務においても格別の優遇措置がとられているということを堅く信じて疑わなかったものである。

二 そして昭和六〇年一一月六日付大阪国税局長より京都地方裁判所第二刑事部あて「昭和六〇年一〇月二八日付照会に対する回答書」によれば、「国税庁長官および大阪国税局長から発せられた通達などについては、昭和四五年二月一〇日付で『同和問題について』と題する長官通達が発遣されている」旨の回答がなされている(原審記録三二八丁)事実よりみても、その内容が若干誤って認識されていたとはいえ、被告人がそう信ずるに足るべき理由が存したことは、充分首肯できることである。

本件所得税として僅か金一〇九万円を納付したときも、納税面においても同和関係者はこれ程優遇されているのかと感謝の気持で一杯だったものと思われる。

三 被告人は昭和六〇年五月三〇日付検察官に対する供述調書(記録第三冊五八一丁)において、「私は長谷部純夫に対して『何でそんなに税金が安くなるのや』と聞くと、右長谷部は『全日本同和会と大阪国税局との間で話ができていて全日本同和会が税金の申告手続を代行した場合は事後調査はしないことになっている』と説明を受けた」旨述べている。

第一審裁判所第一回公判期日においても被告人は「私は山﨑さんと脱税について相談したこともありませんし、同和会の人たちとも脱税とかどうかという問題で相談したことは一切ありません。従って共謀の事実はありません。」と述べている。

従って長谷部純夫から、カンパ金のうち一、六二〇万円を受領したときも、一、五〇〇万円については被告人が同和会のため老人ホーム建設予定敷地を購入した代金立替金の弁済として(ただし一部については購入代金の前渡金として)(弁第二号証の一ないし八 記録三七六丁以下)、また一二〇万円については同和会北条支部の活動資金として受領した旨供述している。

四 即ち、被告人には全く脱税の事実についての認識がなく、ただ同和会のために貢献したとの認識しかなかったものである。

従って被告人には故意および違法性の認識がなく、無罪とさるべきである。

第三点 原判決の刑の量定が甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 第二点において述べた事実は、そのまま情状としての事実にも該当するので、これを引用する。

二 加うるに被告人は頸椎症の罹患者であり(初診は昭和五九年四月二〇日記録三二二丁診断書)、余りにも高額な罰金が完納できないため労役場に留置されるとすれば、病状は益々悪化するばかりであり、労役場出所後も到底健康で文化的な最低限度の生活を営むこともできなくなる。

三 そこで第一審判決により適用され、原判決により支持された所得税法第二三八条二項(情状による罰金刑の加重)は適用さるべきではないと思料する。

以上。

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