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朝日簡易裁判所 昭和39年(ほ)1号 判決

請求人 検察官

決  定

(請求人氏名略)

本籍並に住居 富山県下新川郡朝日町草野一二七番地

元工員

柳原俊博

昭和一六年九月一八日生

右の者(以下俊博と略称する)に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件につき、昭和三七年五月二八日、朝日簡易裁判所が発付した略式命令は、同年六月一七日確定したところ、刑事訴訟法(以下単に法という)四三五条六号(本件は、有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき)に該当する事由があるから、俊博の利益のために、右請求人から、再審の請求があつたので、当裁判所は、請求人並に俊博の意見を聴いた上、次のとおり決定する。

主文

本件について再審を開始する。

理由

第一、再審事由の要旨

(イ)  本件再審請求の理由とするところは、右請求人名義の再審請求書に記載するとおりであるが、その要旨は、俊博は、暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件につき、昭和三七年五月二八日、朝日簡易裁判所において、

俊博は、小林春男、竹井秀雄と共に、昭和三六年八月八日午後九時二五分頃、東京都荒川区三河島町四丁目三、一一三番地パチンコ遊技場「ノーベル」こと高木鳳学方において同店店員小沼幸四郎(二〇年)および田村宗治(二五年)の両名に対し些細なことに因縁をつけ、右小沼に景品の粉末ジユース入りボール箱および鏡等を投げつけ、更に手拳若しくは木箱等で同人等の頭部顔面等を殴打し、もつて同人等に対し共同して暴行を加えたものである。

という理由で、罰金一万円に処する。右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。との略式命令を受け、その略式命令の謄本を、同年六月二日俊博あてに送達されたが、正式裁判請求期間経過により、同年同月一七日自然確定したものである。

(ロ)  しかしながら右略式命令確定後、本件被告人は、人違いの結果起訴されたことが発覚した。すなわち本件略式命令発付後、俊博から人違いであるとの申立があり、直ちに同人および同人の父柳原新作につき事情聴取したところ、本件は、俊博の弟柳原保久(以下保久と略称する)が真犯人でないかとの疑いがもたれたが、同人は所在不明のため取調不能のまま本件略式命令が確定したものである。

(ハ)  ところが、その後右保久が、金沢市東蚊爪町所在湖南学院に在院していることが判明したので、昭和三九年五月二一日同院で右保久を取調べたところ、保久は、その兄俊博の氏名、生年月日等を詐称して本件の取調べを受けたことが明白になつたから、真犯人は保久であつて、俊博でないことが明瞭なので、俊博に対し、無罪の言渡を認めるべき明らかな証拠として、保久の、司法警察員に対する弁解録取書並に供述調書、裁判官に対する勾留質問書、検察官に対する供述調書、富山県警察本部刑事部鑑識課警察主事の保久に対する指紋原紙と右各調書との指紋鑑定書と事件当時俊博のアリバイの成立を明らかにするため、同人に対する検察事務官の供述調書及び当時の勤務先であつた信越化学工業株式会社親不知鉱業所長作成名義の「俊博の出勤日について」と題する書面など、きわめて有力な証拠があらたに発見されたから、これらの証拠によつて俊博の利益のため、法四三五条六号により、本件再審請求に及ぶというのである。

第二、本件事案の概要

(一)  確定された事実について、

本件再審請求の記録を精査するに、請求人所論の、俊博に対する前記被告事件につき、朝日区検察庁検察官事務取扱検察官検事加藤保夫は、対応の朝日簡易裁判所へ公訴を提起し、略式命令を請求した公訴事実も同裁判所が発付し確定した略式命令の事実も共に同一性があり、前記第一(イ)に記載したとおりであるが、この事実について保久が該事件発生の直後、司法巡査に現行犯逮捕され、それ以来警察、検察庁において取調べられた被疑事実も確定した右略式命令記載の事実も全く同一であり、終始、保久の自陳するところであるから、事実関係については、疑をさしはさみ、争う余地はない。

(二)  人違い発見までの経緯

そこで、本件再審請求は、叙上の如く、その対象である事実は右第二(一)によつて明かであるが、保久が兄俊博の氏名を偽名し、年令を詐称して本件の略式命令を受け、正式裁判の請求期間を徒過して自然確定に至つたものであるが、それを本件再審請求記録によつて、その歴史的経過を辿つてみると、

(1)  先づ、本件の事件が発生したのは、昭和三六年八月八日午後九時二五分頃で、それから五分位過ぎた同日午後九時三〇分頃、保久が、被疑者柳原敏博(二〇年)として、相被疑者竹井秀雄(二七年)、同根本正典(二二年)、同小林秀夫(二〇年)等と共に司法巡査高塚紀美外三名に逮捕され、同日午後九時四〇分頃、警視庁荒川警察署の司法警察員に引致されていることは、同巡査等共同作成名義の現行犯人逮捕手続書(甲)によつて明かであるが、この手続の結果、同日午後一〇時四五分頃、司法警察員巡査倉島保に対し、氏名を柳原敏博、年令を昭和一六年七月一五日(二〇年)と述べ、供述内容を相違なく認めて「柳原保久」と自署、指印していることは、右巡査作成の弁解録取書によつて明かである。

(2)(イ)  次に、その翌八月九日、司法警察員田尾永三に対し氏名を保(たもつ)こと柳原敏博年令を前記のとおり述べ、事件の内容等を自陳し、(保こと)柳原敏博と署名指印し、

(ロ)  同月一〇日東京地方検察庁検察官検事大村行雄に対し柳原敏博、二十年と述べて署名指印し、

(ハ)  同月一一日東京地方裁判所裁判官に対する勾留質問に際し、氏名、年令等は、警察で述べたとおりですと答えて柳原敏博と署名指印し、

ていることは、それぞれ係官作成の各調書によつて明かである。

そこで同日、保こと柳原敏博当二〇年の氏名、年令で代用監獄荒川警察署留置場に勾留され、同月二六日東京地方検察庁で釈放されていることが認められる。

ついで同年一一月一〇日東京北区検察庁検察官は、前記(1)記載の被疑者中根本正典を除く三名(起訴状には、柳原敏博の年令を、昭和一六年九月一八日生と表示しあり)に対し、対応の東京北簡易裁判所へ公訴を提起し略式命令を請求した結果、同日、同庁において同人等三名に対し、同庁昭和三六年(い)第六三二四号略式命令により、各罰金一万円に処する。右罰金を完納することができないときは各金一〇〇円を一日に換算した期間労役場にそれぞれ留置する。旨の命令を発付されたが、右柳原俊博に対する略式命令は、被告人所在不明のため送達不能となり、その結果、法四六三条の二、一項二項により、右昭和三六年一一月一〇日発付の略式命令(右昭和三六年(い)第六三二四号柳原俊博に対する分)を取消され公訴を棄却されたが、その後、東京北区検察庁の所在捜査の結果、俊博が、その本籍地である富山県下新川郡朝日町草野一二七番地に居住する旨の荒川警察署の回答により富山地方検察庁へ右公訴を棄却された被疑事件を移送されてきたところ、同庁検察官検事加藤保夫は、所轄入善警察署山本巡査の電話回答により、俊博は、本籍地に居住していて現に親不知方面に通勤している旨を承知して、昭和三七年五月二五日、朝日区検察庁検察官事務取扱検察官として対応の朝日簡易裁判所へ、右東京北簡易裁判所で公訴棄却された事実について略式命令の請求をしたところ、同庁は、前記のとおり略式命令を発付し、該命令の名宛人に適法な送達をしたところ、俊博はその直後、人違いである旨を申立たもので、これらの事実は前記第一(イ)(ロ)(ハ)に記載したとおりであるから茲にこれを引用する。

(三)  俊博より人違いの申立があり、略式命令確定前における捜査状況等。

俊博は、昭和三七年六月二日、朝日簡易裁判所より本件略式命令謄本の送達を受け、その翌六月三日ごろ、該謄本を持参して同裁判所へ出頭し、人違いである旨の申立をなし、同庁裁判所事務官西島友行から、俊博の意思に基いて正式裁判を求めてその救済を求めることのできる旨の説明をも聞き入れず、右略式命令の謄本を差し置いて立去つた事実は、西島事務官の当裁判所宛の報告書によつて明らかである。

そこで、右西島事務官は朝日区検察庁へ右の次第を通知したところ、同検察庁は、次のとおり捜査したことが認められる。

(1)  昭和三七年六月五日、検察官検事加藤保夫は、俊博の父柳原新作に対し供述調書を作成し、

(2)  同年同月七日、検察事務官加藤担は、俊博に対し供述調書を作成し、

(3)  森山事務課長は、俊博の勤務先である信越化学工業株式会社親不知鉱業所長より、同人の出勤状況の調査回答書を徴してそのアリバイ関係の成立を確認し、

(4)  同年同月一二日、検察官副検事杉村政義は、「被告人の所在について」と題し、本件被告人柳原俊博こと柳原保久は調査の結果、所在不明である旨を記載し、俊博の指紋対照調査結果報告書を添えて、朝日簡易裁判所へ報告書を提出している。

第三、本件再審請求についての判断

(イ)  本件人違いを生じた経緯などについては、以上説明のとおりであるが、先づ、東京北区検察庁より被疑事件の移送を受けた所轄担当検察官として、当該事件の記録を精査すると、保久が警察官に検挙され、同人が現行犯逮捕された当時、その氏名を保久と述べて署名指印しており、その後、保(たもつ)こと俊博と偽名しておることが一見して明らかであるが、さらに、東京北簡易裁判所の発付した略式命令は、被告人所在不明のため該命令を取消した上、公訴棄却の裁判がなされているのであるから、こうした経路を辿つた被疑者の所在が判明した旨の警察官からの報告があつたからとて現実に被疑者が、果して真犯人であるかどうかをも確めるの取調べをもなさず、かつ、法四六一条の二、同規則二八八条(略式手続の告知と被疑者の異議なき旨の書面添付)の手続は、右公訴棄却の裁判以前に、東京地方検察庁検察官大村行雄が徴した書面をその侭利用して、対応の朝日簡易裁判所へ略式命令の請求をしたことは、検察官として妥当な取扱であつたかどうかは、あえて経験則を待つまでもなく、職責上当然疑問を起さねばならぬことであると判断せざるを得ない。

(ロ)  そこで、略式手続=ことに従来の略式手続=は、違憲論さえある簡易な手続であるから、(当裁判所は、合憲性ありと解する。)憲法の保障する被告人の迅速な裁判を受ける権利などをも考慮に容れ、刑罰の個人責任主義の観点から、本件再審請求事件を観ると、本件公訴提起の時点において、公訴提起の加藤保夫検察官は、当該被疑事件に対する慎重な配慮が充分でなかつたものと認めざるを得ない。

(ハ)  かくして本件略式命令が、俊博に対し、適法な送達をされた後、同人から、人違いである旨の申告があつて捜査を開始された結果、右略式命令確定前に、真犯人は俊博でなく保久であることの確信を得たものと認めることのできるのは、略式命令の請求があり、その起訴状に被告人として記載されてあつたのは、俊博であつたのに、検察官杉村副検事は、右略式命令確定前に、「本件被告人俊博こと保久は調査の結果、所在不明である」旨の報告書を、朝日簡易裁判所へ提出している(前記第二(三)(4)参照)。これは、被告人俊博に対する略式命令に対し、法四六三条の二、一項二項による公訴棄却の裁判を求める意思表示と解される。

そこで、起訴状に記載された被告人の氏名が、略式命令発付後に、誤記その他虚偽であることが判明した場合、該命令中、被告人の氏名を訂正することができるかを検討するに、略式命令発付後、該事件が通常手続に転移して審判手続中である場合は、被告人の同一性が明らかである限り起訴の効力には影響がなく、また検察官は、訴訟手続の如何なる段階においても被告人の氏名、住居、本籍等を訂正することができるものと解するが、口頭弁論を経ずして片面的に、検察官の提出した資料のみを調査して罰金又は科料を科する簡易な手続である略式手続において、被告人の氏名は訂正できないものと解する。従つて略式命令は、告知によつて対外的に効力を生ずるのであるから、その後においては、裁判所も、その撤回、取消または変更等をすることは許されないものと解する。

(ニ)  そこで、本件偽名者保久に対する略式命令を、被偽名者俊博に対し適法な送達をしたのであるから、本件略式命令の告知の効力が生じたものと解するので、俊博の正式裁判請求があつたときは、これを適法とし、それに対し無罪の判決を言渡し、偽名者保久に対し検察官は、更に訴追すべきものと解するが、この訴追するかどうかは、検察官の専権に属する権限である。

(ホ)  しかし、検察官も現行の法(昭和二三年七月一〇日法律一三一号)四六五条によつて、新たに正式裁判の請求権者に加えられたのであるから、本件の場合も、略式命令が発付され、未だ法定期間が経過しない前に、真犯人が俊博でなく保久であることが判明し、その確信を得た以上、公益を代表する検察官としては、潔よく正式裁判の請求をなし、第一義的には、法二五七条、同規則一六八条により、公訴を取消すべきであるのに、あえて正式裁判の請求期間を徒過し、その経過によつて確定判決と同一の効力を生じた後の救済方法として、わざわざ本件再審の請求をしたことは、後記第四で説明するとおり、不適法とはいえないが、妥当な措置とは認められない。

第四、再審事由についての法的見解

再審制度は、いうまでもなく、判決の確定力と実体的真実の要求との衝突を調和するためのものである。判決の確定力を重視することは、裁判の威信を保つ上に必要ではあるが、判決の確定力を重視する余り、もしこれを確定不動のものとすれば、実体的真実の要求が犠牲となり、かえつて裁判の威信を傷つけることになる。そこで法は、確定判決の効力を消滅させる再審事由として法四三五条各号に列挙されているが、この再審事由は、要するに原判決の事実認定に誤認のあることを、あらたな証拠によつて著しい確実さをもつて推測されることを必要としている。

そこで本件再審請求は、前記法条六号所定の「有罪の言渡を受けた者に対し無罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」に該当することは当然である。

そこで「証拠をあらたに発見したとき」とは、証拠のあらたのことをいい、その存在が判決と同一の効力を有する略式命令の以前から存続すると、その以後あらたに発生したとを問わない趣旨と解する。

従つて本件略式命令発付後、本件行為は、真犯人保久の行為であり、俊博の氏名を詐称したものであるという明らかな証拠が存在ししかもその証拠は、証拠能力を有し、かつ証拠価値をも一応具有するものと認められる前叙の各証拠によつてなした本件再審請求は、適法であると解する。

第五、結論

さて、本件事案は極めて明瞭であり、本件請求人は、確定の略式命令を受けた俊博の利益のためになされた本件再審請求は、以上判断のとおり理由があるので、法四四八条一項に則り、再審開始の裁判をなすべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 桜井伊三松)

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