大判例

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札幌地方裁判所 昭和33年(ワ)141号 判決

原告 佐藤久子

右訴訟代理人弁護士 林信一

被告 村松博

同 大和運輸株式会社

右代表者 岡本繁信

主文

被告等は各自原告に対し金六拾四万五千九拾七円及び之に対する昭和三十四年四月三日以降完済に至るまで年五分の金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告その余を被告等の負担とする。

この判決は原告において被告等に対しそれぞれ金額拾五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、損害の発生

被告村松が昭和三十一年十月当時自動車運転の業務に従事しており同年十月八日普通貨物自動車(札は〇一九一号)に砂を積んで蘭島から小樽市石山中学校まで運搬する被告会社の業務に従事中同日午前八時十五分頃右貨物自動車に約五屯の砂を積んで運転し小樽市色内町色内小学校東側道路附近の勾配約三十度の上り坂に差しかかつた際その中途辺において積荷の負担から自動車のエンジンが停止し急勾記と過重積荷のためその侭石坂道を約七十米後退し同市稲穂東町二丁目二十二番地福井米吉方店舗内に自動車の後部を突入し同店舗内において原告を右自動車の下敷とし原告に傷害を与えたことは被告村松の自白する事実であり被告会社は前示砂運搬の事業が被告会社の業務に属することを否認するほかその余の事実については明かに争わないからこれを自白したものと看做される。而して成立に争のない甲第十二号証の一乃至四によると原告は右傷害に因り同日から昭和三十二年五月二日まで入院加療を要する両側足背部挫滅創及び右第一蹠骨々折(敗血症併発)傷を受けたものであることが認められる。

二、被告村松の責任

被告村松が前示事故を起した現場が勾配約三十度の上り坂であり且つ運転中の自動車には約五屯の砂が積載されていたことは前認定のとおりであつて斯のような場合には自動車の運転者としては機関の性能積荷の重量及び道路の勾配等と比較検討し安全な運転が可能であるか否かを十分に確認したうえ運転をなすべきであるか否かを十分に確認したうえ運転をなすべき注意義務が当然要求されるところ成立に争のない甲第一同第三同第五同第七同第九号証を綜合すると被告村松は右事故発生当日初めて前記砂の運搬作業に従事したのであるが初めから砂を積んだ自動車が前記坂道を登り切れるか否かに疑問があつたので作業開始の際自動車の所有者である訴外本村憲二から「荷を積み過ぎて坂を登り切れなくなると困るから一たん坂の下で停車して自分が行くまで待つように」との注意を受けていたに拘らずこれを無視しエンジンを一杯にかけて右坂を上り初めたところ途中色内小学校前辺に差しかかつた際積荷の重量のためエンジンが停止する寸前の状態になつたので慌ててフツドブレーキをかけたが積荷の重量に負け自動車が後退しスピードが加わつてその侭後進を続け遂に福井米吉方店舗内に突入し同所において原告を自動車の下敷とし前認定の傷害を与えるに至つたものであることが認められるから被告村松は自動車運転者としての注意義務を怠りその過失によつて原告を傷害したものといわなければならない。もつとも右甲第五同第七同第九号証によれば同被告は同乗の助手平畑由松に対し坂の途中において自動車が停止した場合にはその後進を防ぐため車輛の下に石を置くよう命じ右助手は自動車を降りて坂の中途において石を用意し待期していたがその余裕がなかつたものであることは認められるが右の如き措置を採つていただけでは被告村松の過失を否定する事由とはならないことは因よりであつて他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

三、被告会社の責任

被告会社は被告村松が運転した貨物自動車は訴外本村憲二の所有であつて同被告は右本村の被用者であり又前示砂運搬も本村の業務であるから被告会社に責任がないと争うので判断するに、成立に争のない甲第二十一号証乙第三号証同第四号証、証人阿部松男同本村憲二同平畑由松の各供述を綜合すると被告会社は免許を得て自動車運送事業を営むものであり小樽市住江町に小樽営業所を設けているところ右小樽営業所の実態は各自貨物自動車を所有しているが運送事業の免許を受けていない訴外阿部松男外数名が寄合つて被告会社の営業名義の貸与を受け被告会社小樽営業所なる名称の事務所を使用し各所有の自動車は登録自動車損害賠償責任保険等の関係においては被告会社所有として届け且つ運送の受註、自動車部品の購入等外部に対する関係においては総べて右営業所名義をもつて取引し被告会社に対しては自動車一台につき一ヶ月金五千円の割合による名義使用料を支払いその余は各自の収益とする組織のものであつたこと、運転手、助手は一応右営業所において採用するが各自動車の所有者に配属し給料等は右所有者が支給し直接その指揮監督をなしていたこと及び訴外本村憲二も右組織の一員であつて本件事故を起した貨物自動車は同訴外人の所有に属し被告村松は右自動車の運転手として同訴外人に配属されていたもので本件事故当日従事した砂運搬の事業は前示小樽営業所が石山中学校の工事請負人である訴外阿部建設株式会社の注文により行つた資材運搬の一環として行われたものであることが認められ他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

思うに民法第七百十五条にいう使用者責任の根拠は、他人を支配してその労働力を利用し自己の活動範囲を拡張する者はそれだけ社会的勢力を増し利益を収める可能性を拡大しているのであるからその拡張せられた範囲内より生ずる損害については責任を負うものとするいわゆる報償責任の理念に立脚するものと考うべきである。ところで前認定の事実によれば自動車運送事業を営業とする被告会社は訴外本村憲二等にその営業名義を貸与し同一事業を行わしめていたのであつてその内部関係においては小樽営業所の収益は名義の貸与を受けた者らに属していたとはいえ被告会社は営業名義使用料なる企業利潤を得ておりしかも外部的に観察すれば名義の貸与を受けた者の営業活動は総べて被告会社小樽営業所名義をもつてなされていたのであるから客観的には右の者等の営業は被告会社の企業を構成し被告会社としてはそれだけ販路を拡張し利益を収め得る関係に在るものということができる。しかして被告村松は訴外本村憲二に配属され同人所有の自動車を運転しており直接には同人の指揮監督を受ける立場に在つた者であるがその活動は客観的には被告会社の拡張された企業の範囲に属し前示各自動車の登録等が被告会社名義をもつてなされ又運転手助手等の採用についても被告会社小樽営業所が行つている事実及び事業の性質等よりすれば運転手の素質、運転状況等については被告会社としても全然無関心たり得ず訴外本村憲二を介し被告村松に対してその指揮監督を及ぼしているものとみるのが相当である。はたしてしかれば被告会社は民法第七百十五条の法理に従い被告村松が本件事故によつて原告に蒙らしめた損害につき使用者として賠償の責任を負うものと結論しなければならない。なお被告会社は本件については既に訴外本村憲二において原告と示談解決済であるから被告会社には責任がない旨主張しているが右事実を認め得る証拠がないからこれを排斥する。

四、損害額

(い)  原告が本件自動車事故により傷害を受けた結果昭和三十一年十月八日から昭和三十二年五月二日まで入院しその費用として合計金五万弐千九拾弐円右期間中附添人の費用として合計金五万壱千七百五拾円、右入院期間中に使用した燃料その他の雑費として金九千八百九拾五円及び昭和三十二年四月一日から昭和三十二年一月三十日までの間にマツサージ治療代金として合計金参万五千九拾円を夫々支払つたことは被告村松の自白する事実であつて成立に争のない甲第十三号証の一乃至十七同第十四号証の一乃至八同第十五号証の一乃至二十一及び同第十六号証の一乃至十三によれば被告会社との関係においても右事実を認めることができる。

(ろ)  成立に争のない甲第十七号証、証人佐藤清治並びに原告本人の各供述を綜合すると原告は負傷当時その実母の経営する文具店において働いており一ヶ月金九千円の給料を得ていたところ前示負傷に因り入院加療のため昭和三十一年十月分は金六千九百円同年十一月以降昭和三十二年五月までは一ヶ月九千円の割合による計金六万参千円以上合計金六万九千九百円の給料支払を受けることができなかつたことが認められる。

(は)  成立に争のない甲第十二号証の五証人佐藤清治及び原告本人の各供述を綜合すると原告は前示負傷の結果今なお右足跟骨折治療後遺症があり足跟部の各骨が癒合しそのため関節機能がそ害され該部に歩行時疼痛を覚え右膝を折つて正坐することができず将来においても従前の健康体に復し難い状況に在りこれがため通常の身体状況の場合に比し尠くとも三割の労働力の低下を来していることが認められ他に右認定を覆し得る証拠はない。而して未婚の女子が不具癈疾となつたことにより将来の得可かりし利益を失つた場合の損害額を算定することは頗る困難な問題であるけれども原告本人の供述によれば原告は新制中学校を卒業し事故当時二十一歳であつたこと又前掲甲第十七号証によれば原告は昭和三十二年六月以降も従前どおり文房具店に勤務していることが認められるから新制中学卒業の女子の平均賃金を基礎として将来の損害額を算定することも亦一応妥当と考えられる。ところで被告会社との間では成立に争がなく被告村松の関係においても成立を認められる甲第十九号証によると統計上新制中学校卒業の女子の平均賃金は一ヶ月金七千八百六拾四円(新制中学卒業男子の平均賃金壱万八千弐百八拾九円に女子の平均賃金格差四三%を乗じて得た額)であることが認められるところ第九回生命表(修正表)によれば満二十一歳の女子の平均余命は四八・七二年であることが明かであるから原告の稼働力が五十五歳まであるとしても原告は本訴提起から尚三十四年間稼働し得ることとなりこの間前示平均賃金の三割に当る一ヶ年金弐万八千参百円の割合による合計金九拾六万弐千弐百円の得べかりし利益を失つたことになりこれをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると現在において賠償を請求し得る金額は金参拾五万六千参百七拾円(円以下切捨)となる。

(に)  原告本人の供述によると原告は新制中学校を卒業し当年二十二歳の未婚者で本件負傷により将来の結婚生活も断念し文房具店に勤務する傍ら今尚マツサージ治療を続けひたすら傷の回復に専念しているもので本件事故によつて受けた精神的苦痛は甚大なものがあると認められるので前示負傷の程度、後遺症、被告等の地位その他諸般の事情を斟酌し原告の精神的損害を慰藉すべき金額は金弐拾万円をもつて相当と認める。

五、賠償の範囲

被告村松は本件事故については原告にも過失がある賠償の額につき斟酌せらるべきものである旨主張しているが原告に過失ありと認むべき事実の存在を肯認し得る資料がないから右主張は採用しない。それならば被告等は各自原告に対し前項(い)乃至に(ろ)認定した合計額金七拾七万五千九拾七円を賠償すべき義務があるところ原告は既に自動車損害賠償保障法により支給を受けた金額等合計金拾参万円を右賠償額より控除すべきことを自ら認めているからこれを控除すると被告は各自原告に対し金六拾四万五千九拾七円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三十三年四月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うこととなる。

六、結論

原告の本訴請求は以上認定のとおり被告等に対し各自六拾四万五千九拾七円及びこれに対する昭和三十三年四月三日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において正当として認容しその余は失当として排斥すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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