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札幌地方裁判所 昭和38年(む)1501号 判決

被告人 田中徳治

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する売春防止法違反被告事件につき、昭和三八年八月一四日札幌地方裁判所裁判官がなした保釈請求却下決定に対し、弁護人庭山四郎から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一、被告人が昭和三八年七月一八日、売春防止法(一二条)違反の被疑事実について札幌地方裁判所裁判官の発した勾留状により勾留せられ、同月三一日右事実について同地方裁判所に公訴を提起されたところ、弁護人からなされた同年八月一〇日付の保釈請求に対し、同月一四日同地方裁判所裁判官東原清彦が右は刑訴八九条四号に該当し且つ保釈不相当であるとしてこれを却下する旨の決定をしたことは、本件被告事件記録および勾留処分関係記録によつて明らかである。

二、ところで、弁護人の本件準抗告の理由の要旨は、「本件公訴事実は、被告人が相被告人田中コマ等と共謀のうえいわゆる管理売春をした、というにあるが、被告人は自己の行為に関してはすでに捜査官の取調に対してこれを全面的に自白している。しかるに、原決定の趣意とするところは、捜査段階における被告人の供述と相被告人田中コマの供述との間に喰い違いのあることを以て、被告人に罪証隠滅の疑いを肯定したものと忖度される。しかしながら、刑訴八九条四号にいわゆる『罪証』とは、当該被告人につき現に起訴されている犯罪事実に関する証拠をいうのであつて、他人についてのそれを含むものではない。それにもかかわらず、東原裁判官が、全面的に自己の行為を認めている被告人に対する保釈の許否を判断するに当り、相被告人の供述との齟齬を理由として、被告人の罪証隠滅の疑いを認めたことは、帰するところ、他人が罪証隠滅行為に出ることの疑いを根拠に被告人についての保釈請求を却下したものと解するのほかなく、かかる却下決定は、刑訴八九条四号の解釈を誤まつた違法がある。のみならず、被告人は、相被告人たる妻の田中コマを庇おうとする心情から、あえて同女の行為についてまで自己の行為である旨を捜査官に供述している程であつて、被告人に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の存しないことは明白である。かように、本件は、刑訴八九条四号に該当する何らの事由もなく、したがつて、当然権利保釈の許されるべき事案であり、且つ、被告人は現在宅地建物取引の正業に従事し、改悛の情また顕著であるから保釈不相当と認められるいわれもない。よつて、本件保釈請求却下の決定は違法且つ不当なものであるから、これを取消したうえ保釈許可の裁判を求める」というにある。

三、そこで判断するに、被告人に対する昭和三八年七月三一日付起訴状記載の公訴事実(勾留の理由とされている被疑事実との間には同一性が認められる)は、「被告人田中コマ、同田中徳治は佐藤優子等と共謀の上昭和三八年四月初旬頃から同年五月三日頃までの間山本トキ子を札幌市南六条西六丁目ニユー六番地二階アパートの佐藤優子方に居住させ同所付近の旅館で不特定多数の客を相手に売春させ、その報酬から周旋料を差引いた金額の大半を取得し以つて人を自己の管理する場所に居住させてこれに売春させることを業としてたものである」というにある。

しかして、刑訴八九条四号にいわゆる「罪証」とは、当該被告人に対して現に起訴されている犯罪事実(ないしは、勾留の基礎とされている犯罪事実)に関する証拠を指称し、他人についてのそれをいうものでないことは、もとより弁護人の指摘するとおりである。ところで、原決定がこの点につき弁護人の所論のように誤まつた解釈のうえに立脚して本件保釈の請求を却下したものと認められるか否か、さらに、被告人に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるか否かを検討すると、本件被告事件記録、勾留処分関係記録および当裁判所が札幌地方検察庁から取寄せた捜査記録によれば、(1)被告人は、昭和三八年七月一五日本件公訴事実に対応する被疑事実に基づき逮捕されて以来、当初、捜査官の取調に対し、その供述内容に多少の変遷と動揺を示しつつも、おおむね否認を続け、とくに相被告人たる妻コマの行為についての関与と加功の点に関しては強固に否認していたが、同月二六日付の司法警察員に対する供述調書においてはじめてほぼ前記公訴事実に幅うような自白をするに至つたこと(2)そして、右自白に及んだ動機として被告人の供述するところは、「……何故今まで嘘を申しあげたかと言いますとわたしばかりでなく家内も一諸に逮捕されたりしていた関係でそのことを考えると家のことも心配で将来のことを考え合わせてみてなかなか本当のことがお話し出来なかつたのであります」というにあること(3)他方、相被告人コマは、昭和三七年九月一九日札幌地方裁判所において、売春防止法違反罪により懲役一年・三年間執行猶予および罰金一〇〇、〇〇〇円に処せられ、現在懲役刑についての執行猶予期間中であること(4)同女は、昭和三八年七月一〇日同じく前記公訴事実に対応する被疑事実によつて逮捕されたが、同女もまた、捜査官の取調に対し、はじめはこれを否認し、取調の進行に伴い徐々に不利益な事実を認めるに及んでいるものの、同女の供述は前示山本トキ子を佐藤優子方居室に居住させた期間およびその態様をはじめとして、右居室についての管理関係、夫である被告人との共謀事実の存否等の諸点にわたり、被告人の供述とはかなり大幅な喰い違いを示していること等の事実が肯認される。思うに、本件のような夫婦共謀による管理売春行為を訴因とする被告事件においては夫婦相互の間で、起訴事実についての加功態様等に関し、口裏を合わせて策動工作をはかる手段に出で、徒らに罪証隠滅的行動をとるおそれが少なくないばかりでなく、事件関係者である売春婦その他公訴事実の立証に重要な役割を果たす第三者に対し隠密裡な働きかけの行なわれることが稀ではないが、前判示のごとき被告人の捜査官に対する一連の供述経過に徴すると、前記のような罪証隠滅の行為を弄するであろう疑いを肯定するに足る相当な理由を優に認めることができる。しかも、相被告人田中コマに対する勾留処分記録によれば、同女については、昭和三八年八月一四日、弁護人の請求に基づき保釈が許可され即日釈放されているのであつて、かような事情をあわせ考慮すると、被告人の保釈を許可した場合の罪証隠滅の疑いがいつそう顕著なものであることを否みがない。なお、本件のように、共同正犯の構成のもとに起訴されている事案にあつては、被告人等の共謀ないし共同の実行行為によつて発生した事実の全部につき、各被告人がその責任を負うべき関係に立つているのであるから被告人が自己の担当した範囲の行為を全面的に自白しているからといつて、先に判示したとおり、本件公訴事実のいわば中核をなすともいうべき前示山本トキ子の居住期間およびその態様、佐藤優子方居室に対する管理関係、被告人夫妻の共謀事実の存在の諸点についての相被告人コマの供述との喰い違いは、被告人の罪証隠滅の疑の有無を判断する資料として、重要な意味をもつものといわざるをえない。右に説示したとおりであるから、他人が罪証隠滅行為に出ることの疑いを根拠に原決定が被告人についての保釈請求を却下した点の違法を争う弁護人の所論は原裁判の趣意を正解しないものであり、また、本件被告事件に対する何らの実体的な審理もなされていない訴訟の現段階では、刑訴八九条四号に該当すること明らかである。さらに、弁護人の主張するような事由があるからといつて、本事案の性格および前記のように罪証隠滅の疑いのすこぶる強い本件被告人の場合には、裁量保釈を許可する余地も認められない。

四、よつて、原決定は相当であり、本件準抗告は理由がないから刑訴四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 高升五十雄)

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