大判例

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札幌地方裁判所 昭和42年(わ)385号 判決

被告人 伊藤節夫

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年五月一七日札幌市の通称真駒内開拓団地方面へ赴いた際、同市真駒内二八〇番地に住む田辺忍方に以前知人に頼まれてペンキを運んだことを思い出して午後一時半頃同人宅に立ち寄り、ひとり留守番をしていた同人の長女田辺万里子(当時一五才)と茶の間で話をしているうちにペンキを塗つた部屋が見たくなり、同女に案内させて二階の六畳と四畳半の室内のペンキ塗装の状態を見ていたところ、同家には同女と二人きりであることから劣情を催し、同女を強いて姦淫しようと企て、同女が階下に降りようとするのをやにわにその手首をつかんで右四畳半の室に引つ張り込み、必死に抵抗して隣人の助けを求める同女の首を絞めながら、「声を出したら殺すぞ。」などと言つて脅迫し、同女を仰向けに押し倒し、同女のズボンやズロースなどを脱がせ、その上にのしかかるなどの暴行を加えて反抗を抑圧し、同女を姦淫しようとしたが、同女が中学三年生であるということを知り、かつその幼い姿態を見るに及んでにわかに憐憫の情にかられ、自己の意思で中止し、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(累犯前科)

被告人は、(1) 昭和三七年一月一九日社幌地方裁判所において業務上横領罪により懲役一年、三年間の執行猶予に処せられ、昭和三九年八月一五日右執行猶予は取消されて、昭和四〇年一二月六日その刑の執行を受け終わり、また、(2) 昭和三九年四月三日同地方裁判所において詐欺罪により懲役六月に処せられ、同年一二月六日その刑の執行を受け終わつたものであつて、右事実は前科調書によつてこれを認める。

(確定裁判)

被告人は、昭和四一年七月六日札幌地方裁判所で詐欺、横領、窃盗罪で懲役一年二月に処せられ、右裁判は同月一五日確定したものであつて、この事実は前科調書により認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第一七九条、第一七七条前段に該当するところ、右の罪は前記(1) (2) の前科とはいずれの関係においても再犯であるから、同法第五六条一項、第五七条により同法第一四条の制限内で再犯の加重をし、右は中止未遂であるから同法第四三条但書、第六八条三号により法律上の減軽をする。ところで、右は前記確定裁判があつた罪とは同法第四五条後段の併合罪なので、同法第五〇条によりまだ裁判を経ない判示強姦未遂罪についてさらに処断することとし、前記の刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法第二一条により未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとする。訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、被告人に負担させない。

(中止未遂を認めた理由)

被告人は、当公判廷において、本件犯行に着手するまでは、被害者田辺万里子の年齢を二〇歳前後と思つていたが、犯行に着手後右万里子が中学三年生であることを知り、また肉体的に幼いことにも気づき、被害者に対して悪いことをしたと思つて、自己の意思で姦淫することを中止した旨述べているが、証人田辺万里子の当公判廷における供述の態度等からすると、当初同女を二〇歳前後と思つたという被告人の供述はとうてい信用することができない。しかし、一方本件犯行のなされた家屋がいわゆる開拓団地に位置し、一軒だけの隣家とは約二〇メートルも離れていること、右家屋には犯行当時被告人と被害者との二人だけしかいなかつたこと、右両人の体格、体力等には著しい差があつたこと、その他右犯行の際の状況等を仔細に検討すると、当時被告人が姦淫の目的を遂げようと思えばこれを遂げることのできる余裕があつたことは十分に認めることができ、反面被告人が犯行を中止するについて、なんらかの外部的な障害で、その決定的な要因をなしたような事実は証拠上確定することができない。そうすると、被告人の供述のうち前記信用できない部分を除くその余の点については、むげにこれを退けることはできず、むしろ、前記のような状況のもとにおいては、被害者の年齢、姿態がともに幼いことから、被告人が犯行に着手後にわかに憐憫の情にかられ、みずからの意思により犯行を中止したということも十分に考えられることである。したがつて、本件においては、以上の理由により中止未遂と認めるのが相当である。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件の被害者田辺万里子の告訴は代理人によつて取消されたから、本件公訴は棄却されるべきであると主張するので、この点について判断する。

田辺万里子、田辺忍各作成の各告訴状、田辺忍作成の告訴取下願と題する書面に証人田辺万里子、同田辺忍、同伊藤豊治の当公判廷における各供述を綜合すると、つぎの事実が明らかである。すなわち、本件被害の日である昭和四一年五月一七日ころ、被害者およびその親権者である父田辺忍が前後してそれぞれ告訴をしたが、その後約一年を経過した昭和四二年六月初旬ごろ、被告人の義兄伊藤豊治は在監中の被告人からの依頼により、ゴルフ場で勤務中の田辺忍夫妻を訪ね、告訴を取消してもらいたい旨懇請した結果、その場で一応告訴取消についての内諾を得、その後同年六月六日告訴取下書の文案をたずさえて再び田辺忍を、今回はその自宅に、訪ねた。たまたま田辺夫妻は留守で、本件の被害者である娘の万里子が弟二人と留守番をしていたが、伊藤豊治は前に一度田辺忍と面談の上すでに話もすんでいることなので、右万里子にはことさらに来意を告げることもなくしばらく待つうちに、田辺夫妻が帰宅し、八畳の茶の間で田辺夫妻と右伊藤が話し合いの末、伊藤が用意してきた文案とほぼ同趣旨の内容で告訴取下願と題する書面が田辺忍によつて作成された。この間わずか二〇分程のことであり、田辺忍は、父親としてこれ以上この事件については娘を刺激したくないとの配慮から、万里子にはその間の事情を説明せず、また万里子がみずから告訴をしたという事実を知らなかつたため、自己の告訴を取消しさえすればよいとの考えから、告訴取消について万里子の意向を確かめるということもせず、一方万里子はその間同し八畳の茶の間にいたが、弟二人とテレビを見、これに興じていたため、両親が来客の伊藤豊治とどのような話をしているかについては特に注意をはらうというようなことはなかつた。右伊藤は告訴取下願の交付を受け、後日これを司法警察員に提出した。以上の事実からすると、右田辺忍名義の告訴取下願が受理されたことにより、同人の法定代理人としての告訴が有効に取消されたことは疑いのないところである。

ところで、一方田辺万里子が父忍に対して、明示的に特に自己の告訴の取消についての代理権を授与したような事実がないことも明らかである。したがつて、前記田辺忍による告訴の取消が、娘万里子の告訴を代理して取消したのと同様の効果をも持つかどうかは、右両人の身分的な関係に加えて、先に明らかになつたような告訴取消に至つた事情、その間の経緯、告訴取下願が作成された際の状況、これについての右両人の関与の度合い等の具体的な諸事実を綜合して、実質的に代理関係が存在すると認められるかどうかを検討することによつて明らかにすべきことである。

右のような観点から本件を見ると、まず、前記のような状況においては、万里子は父の田辺忍が告訴取下願を書いたことを知らなかつたものであり、またみずから告訴を取消す意思もなかつたものと判断するのが相当である。告訴取下願が提出されたということを万里子がのちに知つたときに、父親に対して明らかに不満の意を表明したこと(この点は証人田辺忍の当公判廷における供述により認める)、また告訴取下願が作成された翌日である昭和四二年六月七日付の田辺万里子の検察官に対する供述調書中に、「このようなひどいことをする男は是非重く罰して下さい。」との供述部分の記載があることは、いずれも右の判断を首肯させるものである。

一般的には、告訴の代理人による取消については、明示の特別授権の存在は必ずしも要せず、代理関係が実質的に証明されればよいと解すべきであるが、本件のように被害者の真意に反する取消が、被害者の不知の間になされている場合には、外部からはいかに代理関係があるかのように見えても、もはや実質的な代理権の存在は認められないのであつて、この点は被害者の意思を尊重する法律の建前からいつても当然の帰結といわなければならない。

もつとも、弁護人が指摘するように、わが国における一般の家庭を念頭に置くかぎり、一五、六才の子供が社会的に重大な意義を有する行為に出るについては親の意思に頼らざるをえず、逆に、親の意思として表示されているものは通常の場合子供の正当な意思と合致することが多いと考えるべきことは、きわめて常識的な判断であり、このような点において、一般に未成年の子と、同居する親との間には、代理関係を認めるべき実質的な根拠が強く存在することは否定しえないところであり、本件についてもこの点は例外でないものと考えられる。また、本件においては、前記のように、たまたま田辺忍が娘の告訴があつたことを知らなかつたために娘の名による取消をしなかつたという事情がうかがえ、もし同人がこれを知つていたら、おそらく娘の万里子を説得し、あるいはその反対を押し切つてでも結局万里子の名においても告訴取下願を作成し、そうなれば万里子としても終局的にはあえてこれを争わなかつたかもしれないと推測すべき事情がうかがえ、いわばわずかな手ちがいで訴追されることになつたともいうべき被告人には酷な結果を生じたものということもできる。しかし、右のいずれの点も、前記の、本件においては告訴の取消について実質的な代理権を認めることができない、との判断を覆す根拠となりうるものではない。

告訴がないから本件公訴は棄却されるべきであるとの弁護人の主張は、以上の理由により、採用できない。ほかに、弁護人は、本件起訴は公訴権を濫用してなされたもので違法であるから、本件公訴は棄却されるべきであると主張するが、この点は理由がないから、採用のかぎりでない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原寿雄 秋山規雄 新村正人)

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