大判例

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札幌高等裁判所 昭和25年(う)364号 判決

控訴人 被告人 計良芳雄

弁護人 坂谷由太郎

検察官 小松不二雄関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人坂谷由太郎の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

第一点について、

原裁判所が、被告人において原審相被告人札幌水産工業株式会社の業務に関し、昭和二十三年五月中旬頃竹内広悦外三名からその生産に係る一等検鰊粕合計三十四俵を四回に亘つてそれぞれ物価庁告示を以て指定された製造業者販売価格の統制額を超えた代金で買い受けることの契約をなした旨の公訴事実について、審判の請求を受けたことは本件記録に徴し明白であるから、論旨は理由がない。

第二点について、

被告人が昭和二十三年五月中旬頃原判示の人々から判示鰊粕をそれぞれ当時の製造業者販売価格の統制額(むしろ包正味三十七、五キログラム当六百九十二円)を超え、近く改定増額せらるべき統制額で代金を精算することとし、その内払金として一俵につき金二千円を支払つて、これを買い受けることの契約をなしたこと原判文上明瞭で、この事実は、原判決挙示の証拠によつてこれを認めるに足りる。されば被告人が近く改定増額せらるべき統制額(昭和二十三年八月十四日物価庁告示第六百七十三号を以て製造業者販売価格の統制額は中味売正味三十七、五キログラム当千四百九十八円十銭、なお包装込とする場合の価格は莚包三十七、五キログラム一俵につき四十七円十銭を加算した額と増額されたことは当裁判所に顕著である)が、よし契約当時数字的に明確でなかつたとしても、契約当時の統制額を超える額に増額せらるべきことを承知の上で、その額を代金として買い受けることの契約をなした以上、物価統制令第三条にいわゆる「統制額を超えてこれを契約し」に該当するものと解するを相当とする。従つて、被告人の原判示所為につき、物価統制令第三条第四条第三十三条等を適用した原判決は正当で、原判決には所論のような違法が存じないから論旨はこれを採用しない。

第三点について、

物価統制令にもとつく昭和二十二年十一月二十五日物価庁告示第千五十三号(魚粕等の販売価格の統制額指定の件)が同二十三年八月十四日物価庁告示第六百七十三号(魚粕等の販売価格の統制額指定の件)によつて、又同告示が同二十五年四月二十日物価庁告示第三百三号によりいづれも廃止されたが、右販売価格の統制額指定の告示の直接規定するところは、魚粕等の販売価格の統制額であつて、これ等告示の廃止は要するに魚粕等の販売価格についての統制額の指定の廃止であつて、直接に刑罰法規の廃止でない。従つて右告示の廃止を以て、直ちに刑の廃止があつたものということができない。されば原審が本件につき、刑法第六条又は刑事訴訟法第三百三十七条第二号を適用し、被告人に対し無罪又は免訴の判決の言渡をしなかつたのは正当で論旨は理由がない。

第四点について、

本件記録及び原審において取り調べた証拠に現われている、弁護人主張のような事情は勿論その他諸般の情状を考察するも原判決の量刑が必ずしも不当であるとは考えられないから、論旨はこれを採用しない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人坂谷由太郎控訴趣意

一、原判決は刑事訴訟法第三百七十八条該当の違反がある。

本件事案は被告人の行為が札幌水産工業株式会社取締役として取扱つた商取引が偶々物価統制令に違反すると云う理由で摘発されたものである。被告人個人が起訴されたものでない。即ち被告人は右会社の代表者として行為したことに対する責任を問はれたものであるに拘はらず原判決は被告個人の問題として之を審理判決したことは極めて違法である(起訴状、第三回公判調書二四丁、被告人の検察官に対する供述調書一〇一丁以下……参照)。

判決理由によると、本件被告人の魚粕買付契約行為は其会社代表者としての如く又然らざるものの如く明瞭を欠いているけれども被告人定表示に対照して、判決は被告人個人を対象としたものであることは明かである、「被告人は被告会社の取締役として被告会社の業務に従事していたもの」とは単に被告人個人の経歴を説明したものと解される。

被告人が会社代表者としてか、個人として訴罰されたかの問題は被告個人と其会社間の私法上の諸権利に影響する処あるから被告人利害関係上軽視し得ない点である。

追て会社代表者として別段の定めあり之を登記してあるが此事実は被告人の本件行為の性格に関し矛盾せない、尚ほ物統令第四十条の法人代表者の取扱について本書同解の判例がある東地刑事第十七部二四、九、六。

二、原判決は刑事訴訟法第三百八十条第三百八十二条該当の違法がある。

原判決は被告人の本件罪体構成事実として「近く改定増額せらるべき統制額で精算することを特約して前渡内払金とし、一俵につき金二千円を支払つて之を買受する契約をし」云々と説示しながら敢て之を違反行為と判定したが、もともと売買特に商取引に於て売買代金額は当初から確定していなくとも確定し得るべきことになつておれば其の契約の成立に差支ないものとせられることは判例及通説として認められている処であるから、「近く改定増額せられる統制額で精算する云々」と云ふことは即ち代金額は物価統制指定額改定の際其の金額に拠つて之を定めるべきこととするとの意味であるから右の契約は適法、有効のものとすべきこと論を待たない。而して前渡内払金として一俵につき金二千円支払ふ契約をしたことは右代金後定の特約の内容の一部を為すものであつて単純に代金一部の支払を契約した事実に関するものではない故に名義は前渡内払金であつても質上は前貸金又は保証金の性格を有するものである。

又売買目的物である魚粕は此場合売買成立によつて引渡を受くるもので相手方売人(生産者)等の謂ふ如く販売受託のためではない。

以上の次第で本件魚粕売買については代金額が確定していないのであるから「公価を超過」の問題は起り得ないし兎に角犯意はないのである。

原判決は売買代金額の確定し得べき状態にあつたとする当事者の意思内容とこの意思内容のもとに契約した所謂特約の意味内容について深く究むるところなく、又其特約の有効か否かに就いても瞭かな判断を欠くものであるが被告人等売買当事者の意思、目的は将に右の通りであつたので原判決の理由説示の「特約」の内容をも之れと同解のものとし所論したり、

次ぎに本件事案は、右特約内容が代金未確定に関するものとせば之を以て物価統制令第九条の適用を受くべきことに関係ありや、前段既に所論の如く右は適法有効の契約で問題外であるから唯だ単に右特約が法規の適用を免れんとして為されたものだとするに非らざれば同条項によつて之を非議することは出来ない、右特約は近く増額せらるべき改定公価を以て売買契約を成立せしめんとせる当事者の唯一の目的であつたのである。当時(二十三年五月中旬)公価倍増が内定して居り被告人等は此点に着眼して新公価取引をしたのであるから脱法的意思の余地はなかつたのである。原判決には別段其点認定はしていないが。

昭和二十三年八月十四日改定告示魚粕二十四貫換算約金三、六〇〇円第六百七十三号(官報号外九十六条)(主張事実の本件記録対照)

第一項

一、被告人が会社代表者として本訴取引をしたこと(起訴状、第二四丁公判調書被告人供述書、第一〇一丁以下)

第二項

一、被告人等の本件取引に於て売買代金額は近く改定せらるべき新公価に拠ることとしたため当初之を決めてなかつた(売人竹内広悦外始末書六六-六八丁、同略式命令書三二丁-三八丁、後藤茂市供述書(検察官)六九丁、中川秀雄始末書八五丁、計良茂雄供述(検察官)九十六丁、)

一、新公価で同年十月頃精算した(第四回公判調書後藤茂市証言四九丁-五〇丁、右六回、右同計良茂雄供述七七丁)

三、原判決は刑事訴訟法第三百八十条該当の違法がある。

物価統制令第四条に基く本件魚粕等に関する統制額の指定は昭和二十五年四月二十日(及同十六日)物価庁告示第三百三号を以て廃止された。従て本件事犯行為は刑法第六条の趣旨及精神刑事訴訟法第三百三十七条に基き当然無罪又は免訴の言渡を為すべきであつたに拘らず原審は有罪の判決を為したから違法と言わねばならない。現時裁判例等に於て多くの異論があるけれどもこれは理論上の問題に関せざる点を主とするもので即ち受刑巳罰者との均衡如何の問題に関するものである。然し理論を貫くことは要するに正義、公平に合致するものと謂わねばならない。

四、原判決は量刑上妥当を欠くものである。(予備主張)

本書趣意一、二、三点何れも理由なきものとしても被告人は事実被告会社の常務取締役として会社の身代りで会社の為めに其の業の執行に当つたものである。且つ現在統制も解けて居る事でもあり、取引自体も決して脱法的意思なく新公価で精算する事は適法有効なものとして契約したものである。

一方社長である土門孝は被告人と同様行為したるに不拘起訴所罰を受けなかつたことは公平を欠くものである。

被告会社は被告人と共に所罰せられ罰金六万円に処せられたけれども同会社は有効

被告人については右の如く多くの同情すべきものがあるから二万円の罰金は量刑上妥当ではないと信ずる。

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