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札幌高等裁判所 昭和25年(ネ)68号 判決

控訴人 原告 佐藤長松

被控訴人 被告 北海道知事 田中敏文

指定代理人 東忠三郎 外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人が、控訴人のなした北海道上川郡温根別村字温根別三千五百十番地の一畑二町八反五畝中現況地目水田六反畑一反に関する訴外小菅生仙重との間の賃貸借解約許可申請につき、控訴人に対してなした原判決添付目録記載の各指令による行政処分はいずれも無効なることを確認する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

被控訴代理人において、本件許可申請については昭和二十三年二月二十八日に、内部的に右申請不許可の行政処分が成立し、外部的には昭和二十四年六月一日附丑調整第二四六八号指令でこれを控訴人に通知したときにその効果が発生したのである。その他の控訴人主張の指令はいずれも昭和二十三年二月二十八日成立した右行政処分の通知又はその通知の訂正で単なる事実行為に過ぎないのである、と陳述し

控訴人において、右主張はこれを争う、本件許可申請については、控訴人主張の昭和二十三年二月二十七日附指令によつて許可処分がなされこの処分はその性質上最早取消し得ないものである。

と陳述した外はすべて原判決事実摘示の通りであるからここにこれを引用する。

証拠として控訴人は甲第一号証、甲第二号証の一、二、甲第三号証の一ないし三、甲第四ないし第七号証を提出し原審証人宮崎濤治郎の証言を援用し乙第二、三、四号証の成立は知らない、その余の乙号各証の成立を認めるとのべ、被控訴代理人は乙第一ないし第五号証、乙第六号証の一、二、乙第七号証を提出し、原審証人小野兼吉、同藤元喜久子、同石井啓子の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

控訴人が訴外小菅生仙重に賃貸小作させていた北海道上川郡温根別村字温根別三千五百十番地の一、畑二町八反五畝中現況地目水田六反、畑一反について昭和二十二年九月十八日被控訴人に対し当時施行の農地調整法第九条第三項による右賃貸借解約許可の申請をなしたこと、これに対し被控訴人が

(い)  昭和二十三年二月二十七日附子調整第二二号(指令の調整番号、以下いずれも同様)を以つて、その日附の頃控訴人に対し右申請を許可するとの趣旨の指令書を交付したが、その後

(ろ)  昭和二十四年六月一日附丑調整第二、四六八号を以つてその日附の頃控訴人に対し、昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号指令による許可は表示の錯誤により取消す、控訴人の申請は許可し難い、との趣旨の指令書を交付し、次いで

(は)  昭和二十四年六月十日附丑調整第二九〇一号を以つてその日附の頃控訴人に対し昭和二十三年二月二十七日附子調整第一一二号によつてなした指令は誤記があるからこれを取消す、との趣旨の指令書を交付すると同時に、

(に)  昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号を以つて控訴人に、控訴人の申請は許可し難い、との趣旨の指令書を交付し、

たことはいずれも当事者間に争がない。

而して原審証人小野兼吉の証言により真正に成立したと認められる乙第二、三、四号証、成立に争のない乙第五号証、乙第六号証の一、二、ならびに同証人及び原審証人藤元喜久子、同石井啓子の各証言を綜合すると、控訴人のなした前記賃貸借解約許可の申請について地元の温根別村農地委員会では不許可の意見であり、上川支庁長もやはり同じ意見を附して北海道農地部長宛進達し、道庁においても書面審査の結果右申請は許可し難いとして不許可の審議がまとまつたのでそのように知事の決裁を求めたのであるが、その決裁を求めるに当つて書面上は、いわゆる原議の指令案を作成する際に手違いがあつて、その指令案に記載されている「本申請許可する」「申請許可し難い」との二様の文言中誤つて後者を斜線で抹消したのでこの斜線を更に点線で抹消したが前者を抹消しなかつたため、一見後者が抹消され、前者が抹消されていないと解せられる形で知事の決裁がなされたこと、そこで担当の浄書係において此の点について深くたしかめることなく許可申請書に「本申請許可する」との奥書を附し、またその作成日及び指令番号も「昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号」とすべきを誤つて「昭和二十三年二月二十七日附子調整第二二号」と記載して、被控訴人作成名義の申請許可の前記(い)の指令書を作成し、発送係がそのままこれを控訴人宛発送したものであること、しかるにその後被控訴人の補助職員は、(い)の指令書のこのような誤記を発見したので、被控訴人において、(い)の指令を取消しあらためて控訴人の本件賃貸借解約申入許可申請につき不許可の指令をなすために前記(ろ)の指令書を発したが、この(ろ)の指令書にも誤記があつたので更に(い)の処分を訂正し、(ろ)によつてなした不許可の処分を明確にするために(は)及び(に)の指令書を発したものであること、が認められる。

そこで

(一)  まず前記(い)の指令書の作成交付が行政処分としての効力を持つものかどうか、及びいかなる行政処分がなされたことになるか、の争点について考えて見るに、およそ行政行為は表示行為によつて成立するものであつて、行政庁の内部で確定したものであつても外部に表示しない間は、意思表示ではあり得ない、そしてその行政行為が要式行為であると否とを問わず書面によつて表示されたときは書面の作成によつて行政行為は成立し、その書面の交付によつて行政行為の効力を生ずるものである。従つて表示行為として行政庁の内部的意思決定と相違する書面が作成された場合においても右表示行為が正当の権限あるものによつてなされた以上、その書面に表示されているとおりの行政行為があつたものと認むべきである。

されば本件において控訴人の許可申請について、道庁の内部においては右申請不許可の審議がまとまつたにせよ、実際には前記の如く申請許可の被控訴人名義の指令書が作成されて控訴人に交付された以上、これによつて控訴人の賃貸借解約許可申請についてこれを許可する趣旨の行政処分がなされその効力を生じたものと云わなければならない。

此の点に関する被控訴人の主張はこれと反対の見解に立つものであつて採用することが出来ない。

(二)  而して成立に争ない甲第二号証の一、二によれば、控訴人は被控訴人より前記(い)の指令により訴外小菅生仙重との間の本件農地の賃貸借解約の許可を受けたので昭和二十三年四月二十一日同訴外人に対し書留内客証明郵便で右賃貸借解約申入の意思表示を発し同書面は同年同月二十三日同訴外人に送達されたことが認められるから、右賃貸借はこれにより同日から一年を経過した昭和二十四年四月二十二日の経過と共に終了したものと云わなければならない。

(三)  そこで次に前記(ろ)指令の効力について判断する。

この(ろ)の指令書には前記の様に昭和二十三年二月二十八日子調整第一二二号指令による控訴人の本件農地解約申入の許可申請に対する許可はこれを取消す、右申請は許可し難い、との記載がされていてそこに記載されている取消すべき許可指令の日附及び番号は前記(い)の指令とは違うが、甲第三号証の一、二、三((ろ)の指令書)によれば、此の指令書には申請人たる控訴人及び相手方たる前記訴外人の氏名及び賃貸借の目的たる本件農地の表示、控訴人の此の農地の賃貸借解約許可申請についての右処分をなすものであること等の趣旨の記載がなされているからこの指令書を見れば、そこに記載されている取消すべき指令の日附及び番号は明かに誤記であること、そしてこの指令によつて前記(い)の許可処分を取消し、あらためて、控訴人の本件解約申入許可申請につき不許可の処分をなす趣旨のものであることが明かに看取せられるのである。そうだとすると此の(ろ)の指令書の交付によつて控訴人に対し前記(い)の許可処分取消の処分がなされると共に控訴人の本件解約申入許可申請につき不許可の処分がなされたものと云わなければならないのである。

しかしながら、かしのある行政処分の処分庁自身による取消は任意にこれをなし得べきものでなく、そこには一定の限界がある、殊に本件のように旧農地調整法第三項による知事の許可は農地の賃貸借解約申入の効力の発生の要件であつて、此の許可によつて解約申入の効力が発生し賃貸借は終了するのであるから、このような場合にはその許可処分にただ表示の錯誤があつたと云うだけ、つまりその処分にかしがあつたと云うだけでは足らず、此の既成の法律効果を遡つて覆えし、これによる当事者の利益を犠牲に供してまでも、なお右処分の効力を存続せしむべきでないとする強い公益上の必要がある場合でなければこれを取消し得ないものと解すべきである。

されば本件において、控訴人に対し前記(い)の許可処分があつたことによつて控訴人の訴外小菅生仙重に対する本件農地の賃貸借解約申入は有効になされ右賃貸借は、本件(ろ)の取消処分以前に既に終了してしまつていることは前記(二)において判断した通りであり、しかもこの許可処分を取消さなければならないとする公益上の必要性を推測すべき事実については主張もなくまた本件の証拠によるもこれを見出し得ない以上、この許可処分は最早取消し得ないものと云わなければならない。そうとすれば本件(ろ)の指令によつてなされた本件(い)の許可処分の取消の処分、従つてまた控訴人の本件申請不許可の処分はいずれも無効と認むべきである。

(四)  そこで更に前記(は)及び(に)の指令の効力について判断する。

この(は)及び(に)の指令は前記(い)及び(ろ)の指令書の記載に誤りがあつたのでこれを訂正する趣旨で発せられたものであることは前記認定の通りである。しかしながら成立に争ない甲第四、五号証(指令書)によれば、そこには単に(い)、(ろ)の指令書の記載を訂正する趣旨の記載があるばかりでなく、(は)の指令書には(い)の指令による本件申請許可の処分を取消す趣旨の、また(に)の指令書には控訴人の本件解約申入許可申請につき不許可の処分をなす趣旨の各記載がなされていることが認められるから、これ等の指令書はその趣旨とするところはどうあろうとも、その外観上は明かに(い)の許可処分を取消し、あらためて不許可の処分をしたものと解釈せられるのである。そうして外観上このような趣旨に解釈せられる(は)及び(に)の指令書が交付された以上やはり(に)よつて(い)の許可処分を取消し、(に)によつて本件申請についてこれを不許可とする、各独立の行政処分が存在するものと見なければならないのである。

此の点に関する被控訴人の主張はやはりこれと異る見解に出でたもので採用し得ない。

そしてこの(は)及び(に)の各指令書の交付によつてなされた右行政処分は前記(三)において判断したと同じ理由でやはり無効のものと云わなければならない。

(五)  されば本件(ろ)、(は)、(に)の各指令書の交付によつて、いずれもそれぞれ前記認定の行政処分がなされ、しかもその処分はいずれも無効であるから、この各行政処分の無効宣言を求める控訴人の本訴請求は正当である。

よつて控訴人の請求はこれを認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 臼居直道 判事 松永信和)

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