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札幌高等裁判所 昭和29年(う)364号 判決

控訴人 被告人 鈴木勇 外三名

弁護人 国府敏男 外一名

検察官 鷲田勇

主文

原判決を破棄する。

被告人坪田春雄を罰金二万五千円に、同鈴木勇、同成瀬清一を各罰金二万円に、同江藤正純を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人成瀬清一に対しては本判決確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

各被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない。

被告人江藤正純から金千円を追徴する。

原審の訴訟費用中証人関晃に支払つた分は被告人等の平等負担、証人亀井タツヱ、同横山丈三郎に支払つた分は被告人鈴木勇、同成瀬清一、同坪田春雄の平等負担、証人太田ヤイ子に支払つた分は被告人坪田春雄、同江藤正純の平等負担とする。

理由

弁護人国府敏男同島田好文の本件控訴趣意は同人等提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから之を引用する。

弁護人国府敏男の控訴趣意第一点について

原判文によれば、原判決は判示第一事実の証拠として被告人坪田春雄の検察官に対する第一、二回供述調書を、判示第二、第三事実の証拠として同第一回供述調書を採用して居り、原審第五回公判調書によれば、同公判廷において同被告人の検察官に対する供述調書一通を取調べた旨記載されていることは所論のとおりである。

よつて本件記録について之を仔細に検討して見るに、右第五回公判調書によれば「証拠の請求取調べ」「別紙証拠の請求及び取調べに関する事項のとおり」の印判が押捺されて居り別紙の「証拠の請求及び取調べに関する事項」と題する書面には各所要欄に甲第二十二号、「被告人」坪田の「司法警察員に対する供述調書」三通、「検察官に対する供述調書」一通、「取調べ決定」「取調済」(以上括弧内の文字は印判押捺)の記載があり之によれば右証拠の請求は一見当日新になされたものであるようであるが原審第二回公判調書にはその他の書証と共に被告人坪田春雄の検察官に対する供述調書二通の請求があつたが、被告人が之等を証拠とすることに不同意であつたため採否を留保したことが記載されてあり、右二通の供述調書が同被告人の検察官に対する第一、二回の供述調書であることは検察官提出の昭和二十八年八月十三日付「第一回証拠請求書」と題する書面の記載によつて明である。

其後右留保された証拠の採否決定は第五回公判廷迄なされた形跡はなく第五回公判調書に前記のような記載があつて当日証拠調が行われたことが認めらるるのであつて、右証拠調に前掲第二回公判において採否留保の証拠を含んでいることは弁護人国府敏男提出の「公職選挙法違反被告事件弁論要旨」と称する書面の内に同被告人の検察官に対する第一回供述調書の供述記載を引用している点からも推認できる。故に、公判調書の記載も亦正確に採否留保中の証拠と、新に請求の証拠とを区別して之に対する決定を明確にすべきであつたに拘らず、単に不動の印判を使用して明確を欠くにいたつたものと推測される。以上の諸点と本件記録に被告人坪田の検察官に対する供述調書が二通編綴されている点、採否留保中の二通の内一通は撤回されるか又は却下されたものとすればその旨調書に記載してある筈であるのにその記載がなく、却つて第五回公判廷において全部の証拠が取調済である点等を綜合すれば、前記第五回公判調書の記載は明白なる誤謬というべく、すなわち同公判調書に「被告人坪田の検察官に対する供述調書一通」とある「一通」は「二通」の誤記であつて、原審第五回公判廷において、被告人坪田春雄の検察官に対する第一、二回供述調書二通が取調べられたものであると認定するを相当とする。而して斯く公判調書の記載を認定することは、刑事訴訟法第五十二条の律意に反するものではないと解すべきである。けだし、原審公判調書の記載に明白なる誤謬がある場合にその誤記であることを認めて解釈することは、上級審の有する解釈権の行使であつて、訴訟手続が公判調書のみによつてこれを証明することができるものとする同条の立法の趣旨と相抵触することがないものと解するを相当とするからである。されば原判決に訴訟手続に法令の違反あることを主張する論旨は理由がない。

同第二点(事実誤認)の一の1、2について

原判決挙示の関係証拠を綜合すると、原判示第一及び第三の各金員は選挙運動の費用及び報酬として不可分的に包含せしめて授受されたことを認定できる。所論引用の各証拠中右認定に抵触する部分はいずれも措信するに足らず、その他記録を精査するも原判決には事実誤認が認められないから、論旨は理由がない。

同点の二について

原判決挙示の被告人成瀬清一の検察官に対する供述調書その他の関係証拠を綜合すると、被告人成瀬は選挙運動者であつたこと及び原判示第一の犯行につき共謀したことを認定できる。所論引用の各証拠中右認定の抵触する部分はいずれも措信するに足らず、その他記録を精査するも原判決には事実誤認が認められないから、論旨は理由がない。

同第三点の一について

原判示の各金員が選挙運動の費用及び報酬として不可分的に包含せしめて授受されたものであることは前段説示のとおりであり(同第二についても同じ)、原判示も亦同趣旨であると解することができるから、従つて費用と報酬とが不可分であることを明示せずして罰条を適用した原判決は法令の適用を誤つたものであるとの所論は前提を欠き採用するを得ない。論旨は理由がない。

同点の二について

原判決は法令の適用において判示第一の所為につき刑法第六十条の適用を示していないこと所論のとおりであるが、しかし、「被告人鈴木、成瀬、坪田は共謀の上」と判示し共同正犯であることを認定していることが明らかであるから刑法第六十条を事実上適用したことが肯認できる。而して斯る場合刑法総則規定である同条は必ずしもこれを判文上明示するを要するものではないと解するのを相当とすべく、従つて同条の不適用を云為して法令適用の誤を論旨とする所論は理由がない。

弁護人島田好文の控訴趣意第一点について

被告人鈴木、同成瀬、同坪田が共謀して亀井に渡した原判示第一の本件五千円の金員が選挙運動の費用のみでなく報酬をも含むものであることを知り乍ら相談の上渡した事実は原判決挙示の被告人鈴木の検察官に対する第一回供述調書(記録三〇七丁乃至三〇九丁)、同成瀬の同供述調書(記録三三八丁乃至三三九丁)、同坪田の同第一、二回供述調書(同上、三四四丁乃至三四八丁)の各供述記載によつて肯認できるものであるから、共謀の点を否認し事実誤認を主張する論旨は理由がない。

同第二点について

原判決挙示の関係証拠を綜合すると、原判示第一の金員は選挙運動の費用及び報酬として不可分的に包含せしめて授受したことが認めらるるのであるから、右金員授受の趣旨を否認し事実誤認を主張する論旨は理由がない。

弁護人国府敏男の控訴趣意第四点同田島好文の控訴趣意第三点について

所論は原判決が各被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の公民権停止の規定を適用しない旨の宣告をしなかつたのは不当であるというにある。

按ずるに、被告人等の本件各犯行はいずれも公正なるべき選挙を汚濁するものとして罪質決して軽いとは認め難く、原判決の罰金の量刑は重いとは認め難いのであるが、記録に現われた本件各犯行の動機、態様、被告人等には前科もなく、授受された金員も左して多額ではないこと、その他諸般の情状を勘案すると、原判決が被告人等に対しいずれも公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない旨の宣告をしなかつたのは、刑事訴訟法第三百八十一条にいわゆる刑の量定が不当である場合に該当するものと認められるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当審において更に判決する。

原審の認定した各事実に法令を適用すると、被告人鈴木勇、同成瀬清一、同坪田春雄の原判示の所為は各公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条(共犯関係部分については刑法第六十条、被告人鈴木勇に対しては昭和二十九年十二月八日法律第二百七号公職選挙法の一部を改正する法律附則第四項をも適用)に、被告人江藤正純の同判示の所為は同選挙法第二百二十一条第一項第四号同措置法第二条にそれぞれ該当するので各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人坪田の同判示第一、第二の二罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項により各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で、其他の被告人に対しては所定金額範囲内で被告人等をそれぞれ主文の如く量刑処断し、右罰金不完納の場合につき各同法第十八条を適用し主文の如く労役場留置期間を定め尚被告人成瀬に対しては情状により刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項罰金等臨時措置法第六条により本判決確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、各被告人に対し情状に因りいずれも前示選挙法第二百五十二条第三項に則り第一項の規定を適用しないこととし、被告人江藤正純が収受した原判示の利益はその全部を没収することができないので、同選挙法第二百二十四条後段により同被告人からその価額金千円を追徴し、当審の訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し主文末項掲記の如くその負担を定めることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水島亀松 裁判官 山崎益男 裁判官 中村義正)

弁護人国府敏男の控訴趣意

第一点原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続の法令違反がある。

原判決は証拠を挙示するに際し「第一の事実につき、被告人坪田の検察官に対する第一、二回各供述調書、第二、第三の事実につき同被告人の検察官に対する第一回供述調書」を掲げている。ところが原審第五回公判調書(記録一三三丁以下)を見ると検察官が取調を請求し且つ取調決定になつた同被告人の検察官に対する供述調書は一通である。然るに原判決は、さきに示した如く証拠として同被告人の検察官に対する供述調書を二通挙げており、且つ記録にも二通の供述調書が編綴してある。(記録三四三丁以下及び三四七丁以下)右は適法な証拠調をしない証拠を他の証拠と綜合して犯罪事実を認定した違法がある。而して本件においては各被告人の供述調書が唯一の証拠であり、且つ原判決も亦これら供述調書のみによつて犯罪事実を認定しているのであるから、この違法は重大であつて判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二点原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある。

一、原判決は事実摘示に於て本件各金員の授受が「選挙運動の費用及び報酬として」行われたものであると認定し、この事実に対し被告人鈴木、坪田、成瀬については公職選挙法第二百二十一条第一項第一号被告人江藤に対しては同条同項第四号を適用しているのであるが、これは明らかに事実誤認である。1 即ち亀井忠也に供与した金五千円について見るならば、同人の検察官に対する各供述調書(記録一八八丁以下)司法警察員に対する第四回供述調書(記録一八四丁以下)及び原審亀井証人(記録九〇丁以下)横山証人(記録一〇六丁以下)の各供述を綜合すれば、同人が五千円を受け取つたという四月二十日頃までに、七回は確かに赤平から深川まで出ており且つ、四月七日頃中食準備のため千五百円を費つている。そうすると、同人のいう汽車賃千百円及び中食準備千五百円計二千六百円は未精算になる費用であること明らかである。而して、中央選挙管理会告示第二号(記録六四丁)によれば一日の弁当料は三百円であるから七日分とすれば二千百円であり、これを右の費用に加算するならば合計四千七百円の未精算費用ということになる。更に原審横山証人の供述によれば、四月十一日頃にも亀井が中食を準備したとのべており、亀井は司法警察員に対する第四回供述調書で四月二十一日に千円準備したとのべている。証言を真なりとするか、又は原判決も摘示するごとく金員の授受された四月二十日頃が二十一日なりとすれば、更に費用は千円加算されて合計五千七百円となるのである。従つて原判決が「費用及び報酬と認定した五千円は明らかに凡て費用であり、又は少くとも内四千七百円は費用であり三百円のみが報酬である。これを直ちに費用及び報酬として不可分的に認定し前顕罰条を適用した原判決は明らかに事実を誤認しており、この誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。2 次に被告人江藤が受けた千円について見るならば同被告人が四月五日午前零時頃初めて深川の選挙事務所に現われ、その時旅館に宿泊した後歌志内に帰つたことは同被告人の各供述調書(記録二八二丁及び三五〇丁以下)被告人成瀬の検察官に対する供述調書(記録三三三丁以下)被告人鈴木の検察官に対する第二回供述調書(記録三一二丁以下)同被告人の原審公判廷における供述(記録一三五丁以下)原審太田証人の供述(記録九三丁以下)及び証拠物たる日記の四月四日、五日の記載部分によつて認められるところである。然らば宿泊料は前顕告示により八百円深川から歌志内までの汽車賃は二百円であるから、合計千円即ちこの被告人江藤が受けた千円は凡て費用である。従つて原判決がこれを「費用及び報酬と認定し前顕各罰条を適用したのは明らかに事実誤認であり、この誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、原判決は被告人成瀬をも選挙運動者と認定し、第一の事実について共謀共同正犯の責任を問うているが、同被告人が運動者ではなく労務者であつて、本件金員の授受は単に機械的に行つたにすぎないものであることは、同被告人の各供述調書、被告人鈴木、坪田の各供述調書、亀井忠也の司法警察員に対する第三回供述調書(記録一八〇丁以下)及び原審若原証人の供述(記録九七丁以下)によつて明らかである。従つて同被告人を直ちに選挙運動者として共謀共同正犯と認定した原判決には明らかに事実誤認があり、この誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第三点原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤がある。

一、原判決は本件授受された金員をいずれも「費用及び報酬」であるとして公職選挙法第二百二十一条第一項第一号及び第四号を適用しているが、同条項によつては費用の授受は処罰されないのであるから、費用と報酬とが不可分であることを明示せずに同条項を適用したのはその適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、原判決は第一の事実につき「被告人鈴木、成瀬、坪田は共謀の上と摘示し、共同犯行の事実を認め乍ら法令適用に当つては「被告人鈴木、成瀬、坪田の判示行為は、各公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に該当し」と記載するのみで、刑法第六十条を適用しておらない。右刑法第六十条を適用せずして前記各被告人を正犯として、処罰したのは明らかに法令適用の誤りであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第四点原判決は刑の量定が不当である原審に顕出せられた各証拠を綜合するならば、本件に於ける被告人江藤並びに亀井忠也は選挙運動者というよりも労務者であると認めるのがより妥当であり且つ、その性格は多分に選挙ブローカー的である。そこで授受された金員については多分に労務者に対する日当の性格も帯びており、且つ、被告人鈴木、成瀬、坪田は、選挙については所謂素人であつて種々の手違を起していることが認められる。以上の事情から、本件金員の授受は当選を得しめる目的というよりも前記二名の者に手を引いてもらいたいために行われたというのが真相であり、且つ、本件金員を入れてもなお法定選挙費用内のものであつて決して悪質な選挙犯罪というべきものはない。然るに原判決が被告人鈴木が出納責任者であつたことにとらわれ右情状を考慮することなく、被告人等に対し、一律に選挙権及び被選挙権を剥脱してしまつたことは刑の量定が甚しく不当なものであるといわなければならない。

以上の理由により原判決は破棄せらるべきものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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