大判例

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札幌高等裁判所 昭和42年(う)107号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事青山利男作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

そこで考えるに、地方公共団体が本件のようないわゆる「公安条例」をもつて、表現の自由の一内容をなす、道路その他公共の場所における集会もしくは集団行進および場所のいかんにかかわりない集団示威運動(以下、これらをあわせて「集団行動」という。)を地方公安委員会の許可にかからせることの趣旨、さらにはそれが憲法上是認される根拠は、集団行動は、その特徴ないし社会的性格にかんがみ、いきおいの赴くところ実力によつて法と秩序をじゆうりんし、集団行動の指揮者はもちろん警察力をもつてしてもいかんともなし得ないような不測の事態に発展する危険性を内包するものであるから、地方公共団体において、このような不測な事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最少限度の措置を事前に講ずる必要があるということに求められよう。そして、地方公共団体としては、集団行動が行なわれるに際して右の措置を適切に講ずるためには、単に多数人が集団行動を行なうということにとどまらず、当該集団行動の日時、場所ないし進路はもとより、その目的、主催者、参加予定団体および参加予定人員等を適確に把握しておく必要があると解される。本条例二条が、他の同種条例と同じく、集団行動の許可の申請に際して、主催者の住所氏名、集団行動の日時進路場所、参加予定団体、参加予定人員、集団行動の目的および名称等の明示を要求しているのも、この観点から是認できるであろう。反面、これらの事項は公安委員会が許可の対象とした集団行動を特定する要素と解せられるのであつて、現になされた集団行動が公安委員会が許可の対象としたそれと同一性を欠くか否か、すなわち無許可の集団行動となるか否かは、両集団行動につきこれらの事項を対比検討することによつて決せられなければならない。ただ、集団行動を公安委員会の事前の許可にかからせることの趣旨が、前述したように、地方公共団体において、右集団行動が不測の事態に発展した場合を慮つて必要かつ最少限度の措置を事前に講ずる必要があるという点にあるとするならば、現になされた集団行動に関し、これらの事項の若干が公安委員会が許可の対象としたところと異なつたとしても、それによつて地方公共団体が講じた事前の措置に特段の変更を加える必要がなかつたと認められるときは、当該集団行動はなお公安委員会が許可したところのものと同一性を有し、無許可の集団行動とはならないと解するのが相当である。

右の観点から本件を考察すると、一件記録および原審で取り調べた証拠によれば、本件においては、昭和四〇年一一月二日久志本秀夫名義によつて、主催者氏名久志本秀夫、実施年月日昭和四〇年一一月五日、集会実施時間自午後五時三〇分至午後六時、集会場所札幌市北二条西六丁目道庁内広場、集団行進および集団示威運動実施時間午後六時至午後七時三〇分、同集合場所前記道庁内広場、同解散場所札幌市北四条西四丁目、参加予定団体名全道労協加盟労働組合青婦部及び目的を同じくする民主団体市民、参加予定人員一、〇〇〇名、同車両三両、集団行動の名称ベトナム戦争反対日韓条約批准阻止全道青年統一行動、同目的ベトナム戦争反対日韓条約批准阻止の宣伝啓蒙、現場責任者久志本秀夫等の記載のある適式な許可申請書が北海道公安委員会に提出され、同月四日同公安委員会から右久志本秀夫あてに四項目の条件を付して右申請どおりの許可がなされたこと、昭和四〇年一一月五日午後五時四五分頃から、予定どおり、「ベトナム戦争反対、日韓条約批准阻止」を目的とする集会が開かれ、全北海道労働組合協議会青年婦人部協議会議長久志本秀夫と社会主義青年同盟北海道本部西本委員長のアピールがなされたあと、午後六時頃にいたり札幌地区労働組合協議会青年婦人部協議会および札幌地区反戦青年委員会の各事務局長である西館泰広から集会参加者全員約一二〇名に対し、天候が悪くなつたので、その後に予定していた集団行進等をとりやめ集会の終了をもつて解散する旨が表明され、つづいて前記久志本秀夫も同趣旨のことを集会参加者全員に表明し、その結果前記札幌地区反戦青年委員会傘下の札幌地区労働組合協議会青年婦人部協議会等に所属する労働組合はこれを了承して帰途につき、久志本も午後六時五分頃にはその場を立ち去つたが、被告人両名を含む合計約七五名の学生はこれを納得せず、久志本らの意向に反して午後六時五分頃から本件集団行進および集団示威運動(以下、「本件集団行進等」という。)に移つたこと、右集団行進等は、北海道公安委員会が久志本にあて許可の対象とした集団行進および集団示威運動(以下、「許可済みの集団行進等」という。)の時間のわく内において、これと同一の進路をたどり、ただ若干進路を延長して解散するにいたつたことがそれぞれ認められる。そして、本件集団行進等と許可済みの集団行進等とにつき前述した諸事項を対比検討すると、まず両者の目的は同一であり、かつその間、日時、場所ないし進路についても取りたてて論ずべき差異をみない。また前者の参加者が後者の参加予定人員の一〇分の一以下であつたことも、両者の同一性を判断するについて重要ではないであろう。若干問題になるのは、許可済みの集団行進等の参加者として予定されていたのは――少なくとも主催者として届け出られていた久志本の認識において――、主として札幌地区労働組合青年婦人部協議会およびこれと同じく札幌地区反戦青年委員会の傘下にあつた他の友誼団体所属労働組合員であつたのに対し、本件集団行進等は労働組合員を含まない学生のみによつて行なわれたということである。しかし、この事実は本件で問題になつている集団行進等の同一性に影響を及ぼすものとは認められない。なぜなら、本件において、集団行動の許可申請書には、前認定のように参加予定者として「市民」も掲げられており、実際にも久志本らは街頭等で一般市民に集団行動への参加を呼びかけた事実があつたと認められるから、学生も一般市民たる立場において集団行動に参加することが予定されていたと解せられるし、また札幌地区反戦青年委員会の傘下団体である社会主義青年同盟の班が北海道大学に存在しており、その関係からも学生の参加が予定されていたと解せられるからである。このことは、本件集団行進等に先立つて行なわれた前記ベトナム戦争反対等を目的とする集会において、本件集団行進等に参加した学生が何ら当惑、奇異等の感を抱かれることなく参加者として迎えられている事実からも窺われよう。そうすると、本件集団行進等と許可済みの集団行進等が同一性を有するか否かは、許可済みの集団行進等においては久志本が主催者とされていたのに対し、本件集団行進等は右久志本の意思に反して行なわれ、したがつて、少なくとも現実の集団行進等の段階においては、必然的に久志本をその主催者とみることはできないということをいかに評価するかにかかつているといわなければならない。

ところで、一般に、「主催者」とは、集団行動を行なうに際し中心をなす発起人として集団行動の実現実施を主宰した者をいうと解されており、右主催者が集団行動において果たす役割はきわめて大きいと認められるが、ただ、ここで留意を要するのは、このことは現実の集団行動の前段階をなす多数人をなす多数人を一定の思想的目的の下に結集させるという集団の形成過程においてはそのまま妥当するけれども(本件においても、主催者として届け出られた久志本は、この段階では実質的にも主催者としての役割を果たしたといつてよいであろう。)、現実の集団行動の段階においてはやや異なつた評価を必要とするということである。もとより現実の集団行動の段階においても、主催者の有する事態の洞察力や指導力が集団行動の態様、成果に少なからざる影響力を及ぼす面のあることはこれを否定できないところであるが、反面、集団が共通の目的の下に参集した多数人によつて構成されている以上、それは固有の目的意思と秩序とを備えているのであつて、主催者といえども集団を構成する者の意思を全く無視し、独自の判断で集団を動かすことのできないものであることも、また社会的事実として承認しなければならないであろう。そして、集団をこのように主催者の意思に盲従するものでなく、一定の目的意思と秩序とを備えた有機的な組織体として理解するならば、所論のように、主催者の意思あるいはその地位の変動、承継者の有無等が直ちに集団ないし集団行動の同一性に影響を及ぼすと解するのは相当でないといえよう。すなわち、集団行動の特定要素としての「主催者」は、その変動が直ちに集団行動の同一性に影響を及ぼすほどの重要性は持ち合わせていないのであり、この点、日時、場所ないし進路および目的等は集団行動を特定するきわめて重要な要素であり、公安委員会が許可の対象とした集団行動と現になされた集団行動とでこれらが相違すれば、その相違が些少である場合を除き集団行動としての同一性は失なわれると解されるのとは異なると認められるのである。

そうすると、本件集団行進等は、主催者として届け出られかつ集団の形成過程においては実質的にも主催者としての役割を果たし久志本の意向に反してなされたものではあるけれども、そのことから当然に許可済みの集団行進等と同一性を欠くということはできず、かえつて、前認定のように、本件集団行進等が許可済みの集団行進等と目的、日時、場所ないし進路において特に問題にすべき差異なく、かつ許可済みの集団行進等において参加者として予定されていた者によつて行なわれている(しかもその数は、前認定のように当日の参集者の約三分の二に及んでいる。)こと、一方、このような事態のもとにおいては、地方公共団体としても許可済みの集団行進等のため事前に講じた措置に特段の変更を加える必要があつたとは認められないことからすれば、本件集団行進等はなお許可済みの集団行進等と同一性を有し、無許可のものとはならないと解するのが相当である。

以上述べたところによれば、その余の点について判断するまでもなく、本件被告人らの行為は、無許可の集団行進及び集団示威運動を指導したとの訴因については、罪とならないことに帰する。原判決の説くところは必ずしもこれと同一ではないが、結局、当裁判所の見解と同じく、本件集団行進等が許可済みの集団行進等と同一性を欠くとはいえないとの理由をもつて被告人らに無罪を言い渡しているのであるから、所論のような法令適用の誤りがあるとはいえない。所論は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。(斎藤勝雄 黒川正昭 小林充)

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