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札幌高等裁判所 昭和60年(ネ)32号 判決

当事者

別紙当事者目録のとおり

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、次の金員をそれぞれ支払え。

(一) 別紙請求債権目録の番号1ないし43の控訴人ら各自に対し、同目録の請求債権欄記載の金員のうち各控訴人に対応する期末手当欄記載の金員及びこれらに対する昭和五六年四月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員

(二) 別紙請求債権目録の番号1ないし6、8、9、11ないし13、15ないし21、24ないし26、28ないし32、35ないし40の控訴人ら各自に対し、同目録の請求債権欄記載の金員のうち各控訴人に対応する定着奨励金欄記載の金員及びうち三分の一相当額に対する昭和五八年四月一日から、うち三分の一相当額に対する昭和五九年四月一日から、うち三分の一相当額に対する昭和六〇年四月一日から、各支払ずみまで年六分の割合による金員

3  (当審における予備的請求――訴えの追加的変更)

2(一)と同じ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

請求債権目録

〈省略〉

二  被控訴人

主文同旨(なお、控訴人らの訴えの追加的変更――当審における予備的請求の追加を許さない旨の裁判を求める。)

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほか原判決事実摘示並びに記録中の当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

〔原判決事実摘示の訂正等〕

1  原判決五枚目表九行目の「拘束を受ける」の次に「。」を付加し、同行の「ので」から、同枚目表末行までを削除する。

2  原判決五枚目裏の全文を次のとおり改める。

「4 よって、2掲記の控訴人ら各自は、被控訴人に対し、別紙請求債権目録の請求債権欄記載の金員のうち各控訴人に対応する定着奨励金欄記載の金員及びうち三分の一相当額に対する弁済期の翌日である昭和五八年四月一日から、うち三分の一相当額に対する弁済期の翌日である昭和五九年四月一日から、うち三分の一の相当額に対する弁済期の翌月である昭和六〇年四月一日から、各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。」

3  原判決一四枚目表初行を次のとおり改める。

「条件を付したもの、あるいは被控訴人の再建期間が終了して修正再建計画が達成され、それによって被控訴人の業績が向上して被控訴人が定着奨励金を支払えるようになる時期まで弁済を猶予したものである。」

〔控訴人らの当審における主張〕

一  期末手当の請求について

1 はじめに

(一) いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」といわれるものについて

いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」といわれるものは、そもそも、それがいわゆる「表協定」と内容が矛盾する真の合意内容を念のため表示しておくために作成されるものである上、本件においても、いわゆる「表協定」(昭和五一年度上・下期に関する昭和五一年一〇月一九日付け「協定書」が甲第三号証の一と乙第三号証、昭和五二年度上期に関する昭和五二年七月二六日付け「協定書」が乙第四号証、昭和五二年度下期に関する昭和五二年一一月二五日付け「協定書」が乙第五号証)は、労使間の協約の形をとってはいるが、当時支援を要請していた政府、金融機関及びユーザーに対する説明のための文書であったのに対し、いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」(昭和五一年度上・下期に関する昭和五一年一〇月一九日付け「議事確認」が甲第三号証の二、昭和五二年度上期に関する昭和五二年七月二六日付け「協定書」及び「議事確認」が甲第四号証の一及び二、昭和五二年度下期に関する昭和五二年一一月二五日付け「議事確認」が乙第六号証)は、形式どおり、労使間を拘束するための文書として作成されていることからも明らかなように、対象を異にし、異なる配慮が加えられ、内容において矛盾することがそれ自体からも予定されていることが明らかである。

(二) 被控訴人が昭和五一年当時、既に倒産直前の経営危機に陥っており、政府、金融機関及びユーザーの支援を得て再建計画を達成しなければ当時の窮状から脱却できない状況にあったことに加え、政府(石炭鉱業審議会)から被控訴人の依存的体質を鋭く指摘されていた上、厳しい自己努力を求められていたことは、被控訴人主張のとおりである。

問題は、当時の被控訴人の労使双方(もっとも労働組合側は企業内組合ではなく、産業別単一組合としての炭労として)で、それまでは大手四社と同様の内容で妥結してきた期末手当について、どこまで内容を切り下げることで妥協が成立したのか、ということになる。被控訴人が主張した「残額は『被控訴人の経営状態が好転すること』を停止条件として支払う」というのも一つの妥協点なら、控訴人らが主張する「額は大手四社と同額でも、一部残額の支払時期が遅れる」というのも一つの妥協点なのである。各期末手当に関する協約締結当時、被控訴人において客観的に合意内容の履行が可能であったかどうかということと合意が存在したかどうかということとの間には論理的関連性はなく、諸般の事情から履行が不可能でも合意することは珍しいことではないのであるから、被控訴人の経営が危機的状況にあったとしても、いわゆる「表協定」とは別に、あえていわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」を締結しなければならない労使関係にあったことに着目して「議事確認」の内容を解釈すべきである。

2 「議事確認」は確定的支払義務を表示したものである。

(一) いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」を第一次的に表示している前記書面の表現は、一義的かつ明確に残額について無条件の確定的支払意思が表示されていると解するほかはない。

(二) いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」を右のとおり解釈すべきことは、協定締結の際の次の諸事情からも十二分に根拠付けることができる。

(1) まずもって注目すべきことは、労働組合側がいわゆる「表協定」の内容では妥結できないとの態度を貫徹した上で、いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」を締結せしめたということである。

(2) 次に、右協定の締結過程において、再建計画とは別に、いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」を実現できる財源について、被控訴人側から労働組合側に数字が示され、それに基づき協定が締結されたと認められることが重要である。

ア 昭和五一年度上・下期の期末手当に関する協定を締結した昭和五一年一〇月一九日の時点での「再建計画」によれば、それが一〇〇パーセント達成できたとしても計画実施期間中である昭和五四、五年中に期末手当残額を支払う財源が生み出されることがないことは言うまでもない。

イ しかしながら、被控訴人側は右協定締結過程において、「再建計画」とは別に、残額支払のための具体的数字の裏付けを労働組合側に提示し、昭和五四、五年になれば支払可能となるとの説明をしていた。

ウ 右イのことは、当時は第二次オイルショックの後で、石炭の将来も見直されるなど石炭政策の問題がなおいろいろ論議されていた時期でもあり、様々な不確定要素が存在し、そのことが労使双方の認識に反映されていたこと、現実に、昭和五二年の暮れから同五三年始めにかけては、被控訴人における様々な懸案事項が解決してくるなど、曙光が見え出した時期でもあったことなどからも十分に推認できる。

エ さらに、本件期末手当の「議事確認」に基づく支払時期である昭和五四、五年に先立つ昭和五三年一月一八日、被控訴人は炭労と北炭労連との間で石炭生産部門の分離(いわゆる三炭鉱分離)に関する協定を締結しているが、その協定書(乙第一九号証の一)の「二 労働条件並びに交渉方式について」の「1 労働条件」の項に「(2) 大手四社・炭労間の協定内容は尊重する」と定め、その意味内容について同日付けの「議事確認」(乙第一九号証の二)で、「1 昭和五三年度以降の賃金並びに期末手当は、大手四社と同額とするとの意である。2 期末手当の支払いについては、その都度協議する。一括支払い出来ない場合は、次期期末手当支払い前に精算する」と確認している。

これは、同年五月一〇日の協定で内容が変更されたものの、一旦、確定的なものとして合意されたことに争いがない。当初の再建計画の実施期間中である昭和五三年一月ころまで、いかに経営危機にあるとはいえ、かかる合意をすることが可能との認識を労使双方が持っていたのである。

昭和五一、二年当時、期末手当について、控訴人ら主張のようないわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」が締結されたとしても不思議ではない。

オ また、被控訴人にあっては、それまでも賃金の一部を後払いにしてきたことがあり、しかも、それまではそれが、遅れがちではあったが、一応約束どおり支払われてきたということにも注目しておく必要があろう。

(三) さらに、本件期末手当に関する協定締結後における様々な事柄も、いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」が無条件の確定的支払義務を定めたものであることを示している。

(1) 協約締結時における労働組合の山元説明に対して被控訴人側がとった態度

昭和五一、二年度の各期末手当の労使交渉が妥結した後の山元における労働組合の説明は、被控訴人主張のような条件付のものではなかった。むしろ、いわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」の文言どおりの無条件の確定的内容のものとして説明されていた。

ところが、被控訴人にしてみれば「協定の趣旨を正解していない説明」が繰り返されていたにもかかわらず、会社として組織立って、労働組合に対しても、労働者に対しても、右説明を「是正」する実効ある措置を何らとっていない。各合意が被控訴人主張のとおりの内容であったのなら、その都度実効ある是正措置が講じられていてしかるべきであるし、ましてや、三度の機会のいずれにおいても是正措置が何もとられていないというのは常識外のことといわなければならない。

なお、被控訴人は、炭労及び夕張新炭鉱労働組合の昭和五一年一一月の大会において、本件期末手当に関し、被控訴人主張のとおり報告されていると主張している。しかしながら、右各大会においていわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」は、政府や金融機関などそれを秘匿すべきところとの関係で、別途資料として配布され、大会終了後回収されているのである。

(2) 訴外夕張炭鉱労働組合作成の「新第二炭鉱閉山反対闘争報告書」

昭和五二年七月五日に発行された右報告書(甲第八号証)によれば、「対置要求妥結内容」として一一項目が上げられ、うち「8 未払い賃金」の項目に、「移行する者は、在籍従業員の支払い時期に支払う。退職する者は、従来の取扱いにより支払う」と定められている。

しかしながら、この点についても被控訴人からは何らの是正措置も講じられていない。新第二炭鉱の閉山時には、この期末手当以外未払賃金問題はなかったのであるから、この項目は本件期末手当残額に関するものにほかならない。

(3) 本件期末手当残額の支払方法を昭和五七年度以降五年間の分割弁済とするかわり当初の弁済期を記算点として銀行一年定期預金利子を付して支払うものとした昭和五三年五月一〇日付け「議事確認」

昭和五三年六月二五日に開催された訴外夕張新炭鉱労働組合の第五回定期大会資料(乙第二五号証)によると、昭和五三年四月一一日の団体交渉において、被控訴人側から、「〈2〉 目下、夕張新炭鉱出炭計画変更等に伴う見直し計画を作成中であるが、資金面は当初の計画より更に厳しくなり賃金ベースアップ、期末手当を始めとして未払い関係等の諸問題は約束通りに出来ない状況にある。〈3〉 具体的には北炭労連と、上部組織との関連もあり、組織のルールに則って交渉を行いたいが、これに先立って会社の考え方を説明したい。」以上の発言があり、次いで高橋労務部長から、「一、未払い関係について・・(略)・・〈2〉 期末手当 上/51 下/51 上/52 下/52 残額 五十七年度以降分割払いとしたい」との説明がなされた。

次いで、同月一九日、被控訴人から炭労あて正式の団体交渉申し入れがなされ、それ以来、スト権を確立した労働組合側と数次の交渉を重ね、ようやく右「議事確認」の内容で妥結に至ったものである。

これらをみると、本件期末手当残額は、(対外秘)扱いとされている昭和五二年度賃金較差額や昭和五三年度以降の労働条件などと同じく、確定的債務として取り扱われていることが明白である。労働組合が一般組合員に対して、被控訴人側の意向を無視して、一方的に無条件の確定的債務であると吹聴しているものでないことを十二分に看取することができる。

(4) 夕張炭鉱労働組合解散記念誌「夕張の火は消えず」

訴外夕張炭鉱労働組合が昭和五三年一一月一〇日に発行した解散記念誌「夕張の火は消えず」末尾に記載されている「期末手当斗争推移表」によっても、本件期末手当残額は確定的未払分であることが明らかである。

(5) 被控訴人などの控訴人らに対する対応

右(3)の「議事確認」締結後、控訴人などと同じ立場に先立つ元従業員の本件期末手当残額についての問合せに対し、被控訴人など北炭関連会社は右「議事確認」のとおり昭和五七年以降支払う旨何らの留保も付することなく回答している。

(6) 訴外北炭夕張炭鉱株式会社の厚生手続における本件期末手当残額債権の取扱い

訴外北炭夕張炭鉱株式会社の厚生手続において届け出られた本件期末手当残額債権について、管財人が異議を述べることなく確定していることに争いはない。被控訴人は、管財人が異議を述べなかった理由について、あれこれ説明を加えているが、ここで重要なのは、裁判所が関与した手続の中で、本件期末手当残額債権について、何ゆえ異議が述べられなかったかということではなく、それが異議が述べられることなく確定しているということである。合理的理由なく裁判所が異なる判断を示すことは相当ではない。

(7) 労働組合役員に対する本件期末手当残額相当分の支払

北炭労連傘下の各単位労働組合の専従役員は、、その単位労働組合から、被控訴人が従業員に支払うのとほぼ同様の算出方法による期末手当の支払を受けていたところ、夕張炭鉱労働組合や北炭夕張新炭鉱労働組合は、その専従役員の本件期末手当残額相当分についても、当該年度ごとに予算措置を講じ、夕張炭鉱労働組合にあっては昭和五三年一〇月の解散のころ、北炭夕張新炭鉱労働組合にあっては新鉱閉山後も存続した同労組残務処理委員会の解散時である昭和五九年三月三一日に、それぞれ支払った。もっとも、後者にあっては各人への支払は平均四三・六パーセント相当額であった。

右の事実は、本件期末手当残額に関して労働組合は、被控訴人の主張するような停止条件付の、しかも、この停止条件が右の支払期限までに成就する可能性はほとんどなく、したがって、この条件に係る期末手当較差額請求権の権利性が極めて希簿であったものとは考えておらず、また、一般組合員もそう考えていたからこそ、その支払に全く異議を述べなかったことを示している。

3 「被控訴人の経営状況が好転すること」という停止条件について

(一) 右停止条件の主張は、結局のところ内容が特定されておらず、主張自体失当である。

右停止条件の具体的内容に関する被控訴人の主張は、結局のところ、「被控訴人の経営状態が再建計画に基づいて好転し、単年度の経常損益が相償う状況となり、経理上無理なく較差額を支払える能力を回復すること」というにある。

ところで、これを具体的に吟味すると、「被控訴人の経営状態が再建計画に基づいて好転し、単年度の経常損益が相償う状況とな」ったとしても、それだけでは「経理上無理なく較差額を支払える」状態になるわけではないから、右主張は、つまるところ、「経理上無理なく較差額を支払える能力を回復」したらということをいうにすぎない。これでは、「条件成就」の判断は被控訴人の主観に委ねられることになり、客観的に評価し得る程度に条件の内容が特定されているとはいえない。

主張自体失当であると主張するゆえんである。

(二) 「条件」の具体的内容については協定関係者の間でも確認されていない。

「被控訴人の経営状況が好転すること」という条件は、被控訴人の主張自体特定されていないといわざるを得ないが、さらに、協定関係者の間でも十分に詰められていなかった。

このことは、かかる条件など合意されていなかったことを示してさえいる。

4 まとめ

かくして、本件期末手当残額については、それを定めたいわゆる「裏協定」ないし「〈秘〉協定」が控訴人主張のように無条件の確定的債務として協定されたものと解されてはじめて、当時及びその後の状況に矛盾なく合致するばかりか、「経営状況が好転すること」を停止条件とするとの付款を認めるには、主張自体にあっても、また、協定関与者の認識にあっても、より具体的で特定されているべきであるが、それがなされていない。

5 昭和六〇年三月二六日の協定について(被控訴人の当審における追加主張事実について)

被控訴人が昭和六〇年三月二六日炭労及び関係労働組合との間で昭和五一、五二年度の期末手当較差額について被控訴人主張の協定書を交わしたことは認めるが、その趣旨及び控訴人らに対する拘束力はこれを争う。

二  定着奨励金の請求について

1 昭和五三年五月二六日の協定(確認書)について

右確認書が被控訴人主張のような期限の猶予を被控訴人に与えたものと解することはできない。

けだし、右確認書の文言上も、そのように解することは不可能である上、被控訴人が極端な窮状にあるとき、逆にいかに債権を確保するかに労働者の関心が向いているはずなのに、労働組合が債権者である控訴人ら(前掲第一 当事者の求めた裁判 一2(二)の控訴人らをさす。以下、本判決中定着奨励金の請求に関する項において同じ。)の意思を確認することもなく権利の放棄に等しい弁済の猶予をなしたと考えることは、不自然きわまりないからである。

2 昭和六〇年三月二六日の協定について(被控訴人の当審における追加主張事実について)

被控訴人が昭和六〇年三月二六日に、炭労真谷地支部、同登川支部、幌内炭鉱労働組合、北炭真谷地炭鉱職員組合、北炭幌内炭鉱職員組合及び北海道炭礦汽船株式会社社員組合都市連合会との間で、定着奨励金について、被控訴人主張の協定書を交わしたことは認めるが、その趣旨及び控訴人らに対する拘束力は争う。

3 控訴人らの労働組合に対する授権について

(一) 新第二炭鉱や化成工業所の閉山、閉鎖時に、退職する者は、定着奨励金の支払時期決定権限を労働組合に委任するとの協定が締結され、存在する。

(二) しかしながら、右各協定締結時には、既に、第二回目の定着奨励金の支払時期が到来していたのであるから、前記「確認書」による協定は本来各自に帰属する賃金請求権にかかわることであり、労働基準法二四条の直接払いの原則からしても、控訴人らは右弁済期の変更に関する協定に拘束されない。

(三) 仮に右協定に拘束されるとしても、それはあくまで弁済期の変更に関することであり、権利の放棄ないしそれに準ずるような事項についてまでの授権はしていないのであるから、協定の趣旨が原判決認定のとおりであるとすれば、控訴人らはそれに拘束されない。

三  当審における控訴人らの追加的予備的請求(訴えの追加的変更)

1 控訴人らの右予備的請求の原因

仮に控訴人の期末手当残額請求が認められないとしたときは、

(一) 当時の労働組合役員は、各山元において、本件各期末手当額及びその支払時期についてはいずれも各議事確認のいわゆる裏協定どおり確定的なものとして説明してきたのであり、控訴人ら被控訴人の従業員は、その説明どおり賃金として各期末手当残額が支払われるものと理解して各労働に従事してきた。

そうであったからこそ、昭和五三年四月、右各議事確認の支払時期に本件期末手当残額の支払ができないとの意向が被控訴人側から示された際、控訴人らが所属する夕張炭鉱労働組合はストライキを含む戦術をもって右議事確認どおりの履行を求め、その結果、支払時期が延ばされはしたが、銀行一年定期預金利子を付する旨の同年五月一〇日付け議事確認を取り交わすに至ったものである。

また、そうであったからこそ、前記のとおり、当時の労働組合の専従役員に本件期末手当残額相当分の期末手当が支払われたのである。

(二) 被控訴人は、右労働組合役員の組合員に対する説明を黙認してきたばかりか、個別的問合せに対して特にその権利性について留保を付したりすることなく説明し、右労働組合役員の説明に歩調を合わせてきた。

(三) 以上のとおり、被控訴人は、本件期末手当に関する協定締結当時の労働組合役員と共謀の上、控訴人ら組合員に対し、後払賃金の一部を構成する本件期末手当残額を支払う意思がないにもかかわらず、支払う旨申し向け、もって、本件期末手当残額が支払われるものと誤信した稼働をなさしめ、控訴人ら各自に対し右期末手当残額相当の損害を与えたものである。

(四) 右のことは、本件期末手当残額の支払が努力目標でなく、被控訴人主張の停止条件付のものであるとしても、実質的には支払見込みがないものであることに変わりがないのであるから、同様である。

(五) よって、控訴人らは、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき各期末手当残額相当損害金の支払を求める。

2 ところで、被控訴人は、控訴人らのこの予備的追加的請求について、「時機に遅れて提出されたものであって、これについて審理すると更に相当の時間を必要とし、訴訟が著しく遅延すること明白である」とし、「訴変更不許の決定を求める」とするが、追加的請求は主位的請求と裏と表の関係に立ち、一連の事実を評価すれば、主位的請求が否定されたとしても追加的請求が成り立つという関係に立つ。したがって、追加的請求について審理するとしても、主位的請求について十全な審理がなされていれば、基本的に新たな証拠調べは不要で、訴訟の遅延をもたらすものではなく、被控訴人の右非難は当たらない。

〔被控訴人の当審における主張〕

一  被控訴人の経営危機と再建計画の推移

1 戦後の石炭政策と被控訴人の経営の推移

(一) 第二次大戦後、石炭産業はエネルギーの最大の供給源であって、我が国の経済復興の担い手としてその重責を果たしてきたのであるが、昭和三〇年代に入り、中近東の低廉豊富な石油の供給によるエネルギー革命により、石炭産業は急速に斜陽化の途をたどることになった。

国は、昭和三〇年に石炭鉱業合理化臨時措置法を制定し、国のエネルギー確保の見地から、石炭産業に対し種々の助成措置を実施するとともに、いわゆるスクラップアンドビルドを基本とした政策を推進し、不採算炭鉱を整理して高能率の炭鉱を近代化ないし合理化し、あわせて未開発原料炭田の総合開発を企図した。

(二) 被控訴人は、明治二二年石炭の採掘販売を主たる営業目的として創業され、以来北海道各地に多数の炭鉱を保有し、大手石炭企業の一つとして、我が国石炭産業発展の一翼を担ってきたのであるが、前述のエネルギー革命の波は被控訴人をも襲い、被控訴人は、昭和三〇年代以降徐々に財務体質を弱め、昭和四二年九月には石炭鉱業再建整備臨時措置法(昭和四二年法律第四九号)に基づく再建整備計画の認定を受け、金融機関からの借受金債務について、政府から一〇〇億円の元利補給金の交付を受け(第一次肩代わり)、さらに、昭和四四年五月に九七億円(第二次肩代わり)、昭和四八年五月に一四一億円(ただし、後記夕張新炭鉱の開発資金援助を含む。)の再建交付金の各交付を受け、再建整備を進めていた。

(三) 他方、被控訴人が道内に有していた既存の炭鉱のうち五山(夕張一鉱、夕張二鉱、平和、清水沢及び真谷地の各炭鉱)は、昭和四〇年代前半ごろからいずれも採炭場所が深部化し、あるいは骨格構造(主要坑道の構造)が複雑化したことにより、経済的可採炭量が枯渇して出炭不振に陥るようになった。

そこで、被控訴人は、これらの経営上の悪条件を打開するため、昭和四五年一〇月、国の認可を受けて、高品位の原料炭を埋蔵する夕張新炭鉱の開発に着手し、経営改善に乗り出すこととなったのである。

2 被控訴人の経営危機

(一) ところが、被控訴人が会社再建を図る柱とした夕張新炭鉱の開発は、深部における採炭という厳しい自然条件に阻まれて予定どおり進展せず、更にオイルショックの影響もあって、開発投資額の増嵩を招き、昭和四八年及び昭和五〇年の二回にわたり、生産計画及び資金計画の両面にわたって計画の変更を余儀なくされ、同炭鉱の開発に約三〇〇億円の巨費を投ずる結果となり、これが被控訴人の経営を著しく圧迫した。

また、この間に前述の既存炭鉱が相次いで閉山し、昭和四五年から昭和五一年までの間に約八四億円にのぼる閉山差損金が発生し、被控訴人の財務内容は一層悪化するに至った。

さらに、昭和五〇年一一月、夕張新炭鉱と並び被控訴人の主力炭鉱であった幌内炭鉱において、大規模のガス爆発事故が発生し、これが鉱内火災をもたらし、鎮火のため全山を水没させるのやむなきに至ったため、長期間にわたって出炭不能となり、約一九八億円の損害を被った。

(二) 右のごとき事情により、毎年三五〇万トン前後で推移していた被控訴人の総出炭量は、昭和五〇年度は一挙に二八二万トンに減少し(昭和五一年度は更に二三一万トンまで減少した。)これに伴い、昭和五〇年度末の損失金は一〇三億円、累積損失金は四六八億円、借入金残高は実に八七三億円に達し(後記再建計画策定段階の昭和五一年九月末の累積損失金は更に増加して五三六億円となった。)被控訴人は未曽有の経営危機に陥り、倒産必至の状況に立ち至ったのである。

3 再建計画

(一) 被控訴人は、幌内炭鉱の災害後、一〇箇月余りを費やして会社再建の方策を検討してきたが、政府も、昭和五一年五月、通産省内に「北炭問題検討ワーキンググループ」を設け、同年六月には、通産大臣の石炭政策についての諮問機関である石炭鉱業審議会経営部会に「北炭問題専門委員会」(向坂委員会)を発足させるなどして、被控訴人の再建の方法について検討に入った。

被控訴人は、初め幌内炭鉱の全面復旧は困難と考えて同炭鉱鉱区内の常盤鉱を少規模ながら開発する構想に傾いており、通産省も同炭鉱の全面復旧には消極的であった。しかし、被控訴人は更に検討を加えた結果、全山水没後の取り開けによる採炭の再開が技術的に可能であると判断するに至り、労働組合からの雇用確保の強い要求と地域社会への影響についても配慮して、同炭鉱の全面復旧へと方針を転換し、同年一〇月一九日、同炭鉱の全面復旧と夕張新炭鉱の日産五〇〇〇トン体制の早期確立を二本柱とする再建計画案を作成し、政府に提出した。

(二) 被控訴人の再建計画は、昭和五六年度までを再建期間とし、幌内炭鉱の全面復旧、夕張新炭鉱の生産体制の確立のほか、他の既存炭鉱、附帯事業部門の整備、合理化を断行し、被控訴人の経営内容を抜本的に再編成し、資金面では、政府から幌内炭鉱復旧費として八二億円、金融機関から再建資金として一二六億円の新たな融資を受け、かつ既存債務については昭和五六年度末まで元利金の弁済猶予を要請するというものであった。

被控訴人は、石炭鉱業審議会において指摘された問題点につき再建案に修正を加えた上、昭和五二年八月二六日、通産大臣に正式に再建整備計画変更の認定申請をし、同年九月二八日、これが認定を受けたのである。

(三) 右再建計画についてここで特記すべきことは、

第一に、再建計画は、倒産の危殆に瀕していた被控訴人が、政府及び金融機関、ユーザー等債権者の多大の犠牲の上に、その協力を求めて会社の存亡をかけて策定したものであること、

第二に、全山水没の状況にあった幌内炭鉱について、労働組合の強い要請もあってあえて莫大な資金を導入して全面復旧を企図し、雇用の確保と地域社会の安定を期したものであったこと、

第三に、したがって、被控訴人の労使双方に再建のための自己努力が求められることは当然であって、労働組合側も、賃金の抑制を含む自己犠牲を払い、労使一体となって資金の確保を図るべきことを当然の前提として、再建計画に同意したものであること、

である。

(四) 実際、石炭鉱業審議会経営部会は、再建計画について、企業努力によって調達する資金が乏しく、外部に期待する割合が高いことから、被控訴人関係者すべてが生産性の向上、経費の圧縮等の自己努力をすべきこと、被控訴人の経営再建は厳しい自己努力が前提条件であることを繰り返し指摘しているところである。

しかして、再建計画には、労使の自己努力特に賃金の抑制に関し、役員及び管理職社員の給与カットの継続、係長以上の職員のベースアップの中止、右以外の職員(労働組合員)のベースアップを同業大手四社の五〇パーセントに抑制すべきこと、昭和五一年期末手当について大手四社との較差支給を行うことを明記し、昭和五二年以降についても較差支給について協議すべきことが盛り込まれ、労働組合側もこれに同意し、右計画の実現に協力することを約したのである。

二  期末手当の請求について

1 対角線交渉方式の確立

(一) 賃金、期末手当をめぐる労使の交渉は、従来、被控訴人を含む大手石炭企業五社と炭労との統一交渉によって決せられるのが常であった。

炭労は、全国の石炭企業の労働組合の上部組織であって、いわゆる産業別単一組合として、炭鉱労働者全体の労働条件の確保及び統一、人員整理や閉山等の大規模な企業整備及び石炭政策への対応等の業務を行い、傘下の組合から権限の委譲を受け、団体交渉等を行うのである。

昭和五一年度は、被控訴人が前述のような非常事態に直面し、大手四社並みの労働条件の維持は望むべくもなかったことから、被控訴人は同年四月、炭労の春闘諸要求に対し、賃上げ及び期末手当はゼロという立場で統一交渉を拒否し、被控訴人一社で炭労と交渉することを申し入れ、炭労もこれを受け入れることとなった(いわゆる対角線交渉)。

(二) 炭労は、右の経緯につき、「大手四社と被控訴人間に企業間較差が表面化し、幌内災害をかかえた被控訴人が賃上げゼロ、期末手当ゼロという問題提起をしたが、一応これを撤回させ対角線交渉を確立したことは、今日的な最大の解決といえよう」との総括を行っている。

こうして、組合側は、被控訴人に大手四社並みの支払能力がなく、他社との間に較差を生ずることはやむを得ないとの基本的態度を固めたものであって、以後右の基本的認識に基づいて被控訴人との交渉に臨んだのである。

(三) 対角線交渉方式の確立後、最初に行われた労使交渉は、昭和五一年度の賃上げ交渉であり、同年五月二〇日労使合意に達し、決定額自体は大手四社と同額となったものの、賃上げ額のうち四〇パーセントは年度内に支払い、残額六〇パーセントは昭和五二年度に支払うよう努力するが、資金繰り上支払が困難な場合は、昭和五三年度に支払うとする確認書を手交して、支払方法につき明確な較差が設けられた(実質的にも六〇パーセント分については昭和五二年四月分から支払うことになった。)のである。

2 昭和五一年度期末手当に関する交渉経過

(一) 昭和五一年度上期及び下期の期末手当について、組合側は、同年七月一六日付けで鉱員平均約四〇万円の要求書を提出したが、被控訴人は一三万五〇〇〇円の回答をして交渉が決裂し、組合側は数次にわたってストライキを実施したが、容易に妥結に至らず、この間の同年八月には、炭労が労働金庫より借入れして鉱員一人一〇万円ずつを支給した径緯もあった。

(二) 期末手当交渉が被控訴人の再建案をめぐる交渉と不可分の形で進められたことは、前述のとおりである。

被控訴人は、同年八月中ごろ、前記幌内炭鉱の復旧を断念し、常盤鉱の開発を行うという縮小再建案を通産省に提出したが、これに対し、組合側は、雇用確保等の見地から幌内炭鉱の全面復旧を求めて被控訴人に厳しく抗議し、被控訴人も同炭鉱の再開が技術的に可能であるとの判断に基づいて、全面復旧へと方針を転換した上、同年九月一六日、札幌で開催された特別労使協議会の席上、組合側に正式に再建案を提示し、かつ被控訴人のひっ迫した財務状況を説明し、大手四社並みの期末手当の支給は不可能であるとし、危機打開のため組合の協力をあらためて要請した。

なお、被控訴人の再建案に関する問題は、炭労の交渉事項ではあっても、まず右労使協議会のような会社内の協議機関に提案され内部的な協議が行われるのが通常であり、次いで組合側はこれを炭労に報告して指導を受け、前述の権限委譲の手続を経て、炭労が最終的な交渉を行う仕組みとなっている。

(三) その後、被控訴人は、炭労及び北炭労連と度重なる交渉を行い、被控訴人に大手四社並みの支払能力がないことについて組合側の理解を得、資金繰りの問題等についても組合側に十分検討させた上で、同年一〇月一九日、再建協定(基本協定)締結の運びとなり、同年上期及び下期ともに大手四社妥結額(上期三三万一〇〇〇円、下期三三万六〇〇〇円)の五五パーセント相当額(上期一八万二〇〇〇円、下期一八万四八〇〇円)とすることに合意をみたのである。(乙第三号証、甲第三号証の一)。この結果、被控訴人の前述の再建計画を通産大臣に提出することとなったのである。

3 期末手当較差額の権利性

(一) 被控訴人らは「議事確認」(甲第三号証の二)をもって、被控訴人が大手四社と同額を支払うことを約したものであると主張するが、右に見たとおり、組合側は、被控訴人の経営危機と再建の困難性、被控訴人労使の依存的体質に対する政府、金融機関等の厳しい批判、及び再建についての組合の協力の必要性について十分に認識した上、期末手当額を大手妥結額の何パーセントとすべきかをめぐり、ぎりぎりの交渉を重ね、その結果五五パーセント相当額との結論に到達したのであって、かかる状況下で、大手妥結額と同額を支払う旨の合意が成立するなどということは、あろうはずがないのである。

右「議事確認」の趣旨は、再建協定(乙第三号証)と統一的かつ合理的に理解されねばならないのであって、右「議事確認」は、再建協定に「較差分については経営が好転した場合に考慮する」とあるとおり、組合員の労働意欲や会社の将来に対する期待感を維持させるためには、労使の努力によって被控訴人の経営状態が好転した場合には、大手四社との較差額を支払う旨の「努力目標」を表明することが再建を促進する方策であるとの労使共通の認識に基づいて作成されたものであって、支払義務を承認する確定的な意思を表示した趣旨ではなく、仮にそうでないとしても、経営好転を停止条件とする債務というべきものである。

なお、「経営好転」とは、被控訴人の経営状態が再建計画に基づいて好転し、単年度の経常損益が相償う状況となり、経理上無理なく較差額を支払える能力を回復することを意味するものであり、「議事確認」に較差額を「昭和五四年度及び昭和五五年度に支払う」とあるのは、一応の努力目標を設定したものにすぎず、確定的な支払時期を定めたものではない。

(二) また、控訴人らは、「議事確認」に〈秘〉の印があることを殊更に取り上げ、協定書は表向きの文書に過ぎず、〈秘〉とされた「議事確認」こそが真実の合意内容を記載したものであると主張しているのであるが、たとい「努力目標」又は条件付債務であっても、当時較差額の支払を云云すること自体が許されない状況にあり、労使ともこれを十分認識して秘密扱いにしたにすぎず、〈秘〉文書であるから真の合意内容だとするのは余りに短絡的発想というべきである。

(三) 実際、被控訴人が昭和五一年一一月二九日、再建計画案に見直しを加えて最終的に通産省に提出した再建計画には、昭和五一年度の期末手当につき、大手四社の五五パーセントとする旨明記されているところであり、被控訴人が再建計画の裏付けとして政府に提出し、組合側にも検討させた「再建計画資料」にも再建整備期間の終期である昭和五六年度末に至るまで較差額の総額二五億円についての支払は全く計上されていないのである。

(四) また、同年一一月、炭労は臨時全国大会を、夕張新炭鉱労働組合は代議員大会を、それぞれ開催して、再建協定締結に至る経過と妥結内容を報告しているが、その報告中において、期末手当が大手四社の五五パーセントにとどまったことについて、右が「被控訴人が当時の状況下で支給しうる最大のものであると判断した」とし、被控訴人の「当初の回答を打ち破ることができたこと」を自己評価し、「将来較差の復元を期待する」と述べて組合員の理解と協力を求めているのであって、議事確認の存在や較差額を昭和五四年度及び五五年度に支払うなどということについては全く言及していないばかりか、較差の存在を認め、「復元を期待する」としているのである。

もし、控訴人らの主張するように、較差額の支払が確定的な債務であるとすれば、右大会においてこれを秘匿すべき道理はなく、また右のような報告では組合員の納得も得られなかったはずである。

(五) 右に関連して、控訴人らは、協定締結後の山元での報告において、組合幹部が較差額の支払が確定的債務であるかのごとく説明していた旨主張しているが、被控訴人と炭労又は北炭労連間の協定については、炭労又は北炭労連が傘下の組合から権限の委譲を受けて締結するものであって、締結後に組合員による批准を要するものではなく、もとより締結後の組合幹部の報告内容によって協約の趣旨が変容することもあり得ない。

むしろ、組合の大会において協定の趣旨が正当に報告されていることが明らかである。

4 昭和五二年度上期の期末手当をめぐる交渉経過

(一) 被控訴人と炭労は昭和五二年七月二六日、同年上期の期末手当について大手四社妥結額(三五万一五〇〇円)の六〇パーセント相当額(二一万〇九〇〇円)、同年一一月二五日、同年下期の期末手当についても同率(大手妥結額三六万〇五〇〇円、六〇パーセント相当額二一万六三〇〇円)とする旨の協定を締結した(乙第四号証、同第五号証)。

当時被控訴人は、幌内炭鉱の操業再開の遅れと夕張新炭鉱の出炭不振から再建計画を予定どおり実施することができず、早くもその見直しを迫られる状況にあり、組合側は被控訴人の経営状況の悪化を十分認識し、被控訴人の提案を受け入れたものである。

(二) 右各協定と同時に作成された「議事確認」(甲第四号証の二、乙第六号証)には、較差額を昭和五五年度中に支払う旨の記載があるが、これも昭和五一年度の場合と同様、再建協定(甲第三号証の一)の趣旨を踏襲し、努力目標とする趣旨、又は自然債務、心裡留保による意思表示ないしは経営状態の好転を条件とする趣旨である。

このことは、乙第六号証に「昭和五五年度中に支払うよう努力する」との表現があることによっても明らかであって、確定債務であるとすれば炭労がかかる表現による協定を承諾するがごときはありえないことである。

(三) なお、昭和五二年度上期の期末手当については、大手四社と同額の協定書が存在するが(甲第四号証の一)、これは、炭労が「内容はともあれ、大手四社と受ける条件を統一にしよう」との見地から、本来の協定書とは別に、大手四社と同額の協定書の作成を要求し、ともに交渉に当たった北炭労連としては、不毛な要求をしても無意味であるとの見解を炭労に表明したが、産業別組合として労働条件の統一という形式的側面に重きを置く炭労の立場に配慮してこれに賛成し、締結に至ったのであり、「空証文を承知のうえで」作成されたものであることは明らかである。

5 協定締結後の経過

(一) 被控訴人は、昭和五三年五月一〇日、炭労及び北炭労連との間で、各期末手当較差を昭和五七年度から五箇年で支払い、かつ「銀行一年定期利子」を付する旨の「議事確認」を取り交わしている(甲第六号証)。

しかしながら、右「議事確認」は、後に三の1項で詳述するとおり、被控訴人が再び経営危機に陥り、修正再建計画の策定をめぐる交渉の過程で締結されたものであって、実際には支払のめどは立っておらず、あくまでも被控訴人の経営状況が好転することを前提として、従前の「議事確認」に記載された努力目標としての支払時期を、再建計画期間経過後に形式的にスライドさせただけのものであることは明白である。また、「銀行一年定期利子」の点も、厳しい労働条件の下で再建に協力を願う組合員に対し、将来経営が好転した場合には利子をつけて払うようにしようという「光めいたものを与える」趣旨であり、前述した較差額の性質を左右するものではない。

(二) 被控訴人は、昭和五三年七月、夕張新炭鉱、幌内炭鉱及び真谷地炭鉱の各石炭生産部門をそれぞれ別会社として分離独立させる内容の修正再建計画を策定し、これを実施に移したが、昭和五六年一〇月、分離独立後の北炭夕張炭鉱株式会社において、空前のガス突出による大災害が発生し、同会社は同年一二月一五日会社更生手続の開始を申し立てた。

更生会社従業員らは、昭和五一年度及び五二年度の期末手当較差額について更生債権の届出をし、管財人はこれに対し異議を述べなかった経緯がある。

しかし、管財人は、更生会社には労務債を支払える能力がなく、当時組合側が訴外三井観光開発株式会社に対し、労務債の支払保証を要求し、労使交渉が進行していたことから、一切を右交渉に委ねる趣旨で、較差額の権利性等を十分吟味せず、異議を述べることもなかったのである。

いずれにせよ、結局のところ更生計画では、較差額についてはその権利性、他の債権との対比から全額免除を受けると定められ、かつ右更生計画は認可確定しているのである。

その上、被控訴人及び訴外三井観光開発株式会社は、昭和五七年一〇月八日、管理人とは別に炭労との間で、更生会社の旧労務債の支払に関する協定を結び、未払退職金、社内預金及び賃金未払分について支払を約したが、右協定においても、本件較差額は全く支払の対象となっていないのである。

これらのことから見ても、本件較差額が通常の債権と性質を異にするものであることがうかがわれるのである。

(三) (当審における追加主張事実)

前述のとおり、北炭夕張炭鉱株式会社について更生手続が開始されたことに伴い、被控訴人の収益も期待を大幅に下回り、一層経営危機の状況を深めることとなったのであるが、昭和六〇年三月二六日に至り、被控訴人は、炭労及び関係労働組合との間で、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の期末手当較差額について新たな協定を締決し、「期末手当較差額については、目下企業再建の途上にあり、安定経営が達成された時点から支払を開始のこととする。安定経営の達成状況及び支払の可能性については、昭和六三年三月に改めて協議する」旨の合意をした。

ここに、労使双方は期末手当較差額の支払が、経営が好転した場合の「努力目標」ないしは経営好転を条件とするものであることを改めて確認したのであり、換言すれば、交渉当事者であった炭労が自ら「議事確認」における較差額支払の法的性質を改めて明確にしたものということができる。

結局、現時点において期末手当の較差額の支払を受けた者は一人もいないのである。

6 控訴人らの労働組合の対応に関する主張(一2(三)(7))について

控訴人らの主張は、夕張炭鉱労働組合及び北炭夕張新炭鉱労働組合残務処理委員会の解散時において、組合の残余資産を組合専従者に配分したというだけのことであって、仮に右事実が認められたとしても、本件期末手当較差額の権利性には何ら消長を及ぼすものではない。

三  定着奨励金の請求について

1 修正再建計画をめぐる労使交渉

(一) 被控訴人は、定着奨励金の未払分については、期末手当較差額と異なり確定的な債務として取り扱ってきたものであるが、昭和五三年五月二六日、北炭労連との合意によって、右債務の性質が変じ、被控訴人の経営状態が好転してから支払うべきものとする条件が付されたものである。

(二) 被控訴人は、前記のとおり昭和五一年一〇月、再建計画を策定し、昭和五二年九月、石炭鉱業再建整備臨時措置法に基づく再建整備計画の変更の認定を受けたものの、夕張新炭鉱の出炭が計画を大幅に下回ったことから、再建計画決定後一年にして早くもその遂行が極めて困難な状態に陥り、再建期間が満了する昭和五六年度末までに、更に三九〇億円にのぼる不足資金が生ずることが明らかとなり、これを政府からの融資等によって確保しなければ、再び経営破綻を来す事態となった。

(三) そこで、被控訴人は、生産計画の下方修正、石炭生産部門の分離独立、政府の新たな助成措置の要請等を内容とする修正再建計画案を練り、昭和五三年一月一八日、炭労及び北炭労連と再建計画見直しに関する協定を締結し、同年五月一〇日、昭和五六年度までの労働条件に関し、昭和五三年度のベースアップは行わないこと、並びに同年度から昭和五六年度までの期末手当は大手四社妥結額の五〇パーセントとすることを内容とする協定を締結した。

組合側は、被控訴人が「企業として存在が不可能の事態に直面」し、「現状はまさに更生会社そのものであるとの認識に立って、労使が再建を心から願っていることの意欲とその態度を一日も早く内外に示し」、再建をめぐる被控訴人と政府の交渉等を促進すべきものと判断し、前記協定に同意したのである。

2 昭和五三年五月二六日協定の趣旨

被控訴人は、同月二六日、右のような状況下で、北炭労連との間に、定着奨励金を昭和五七年度以降三年間で支払う旨の協定を締結したのであるが、倒産か否かの瀬戸際に立たされていた被控訴人にとって、昭和五七年以降これを支払える見通しのあろうはずがなく、再建途上において支払を約すること自体、政府、金融機関等の批判を招くことが必至であり、組合自身もこのことは十分承知していたのである。

したがって、右協定は、被控訴人の再建期間が満了する昭和五六年度末までに修正再建計画を達成し、それによって被控訴人の業績が向上し、定着奨励金を支払えるようになることを前提として、再建期間経過後である昭和五七年度から三箇年で支払えばよいとする趣旨であることは明白である。

しかして、昭和五六年三月に至り、石炭生産各社が、各組合の同意を得て政府に提出した「新再建計画」には、右昭和五三年の協定で昭和五七年度以降支払うべきものとされた定着奨励金については全く記載がなく、これによっても経営好転を条件として支払うべきものとなっていたことが明らかである。

3 昭和六〇年三月二六日の協定(当審における追加主張事実)

さらに、被控訴人は、昭和六〇年三月二六日、関係労働組合との間で、定着奨励金の支払についても、「昭和五三年五月二六日付確認書の定めに拘らず、昭和六五年度以降五ケ年間で年賦均等額を支払うものとする。現下、厳しい再建途上にあり、これが支払については万全を期するも、不測の事態が伴う場合は、改めて協議する」との合意をした。

これにより昭和五三年の協定において定められた支払目標時期を更に形式的に延長するとともに、被控訴人の業績が向上して定着奨励金が支払えるようになる時期まで弁済を猶予する旨を改めて合意したものである。

4 控訴人らの労働組合に対する授権について

(一) 控訴人らは、新第二炭鉱や化成工業所の閉山、閉鎖時に退職した者が、定着奨励金に関する交渉権限を関係労働組合に委任したことを認めるとしながら、他方では、本件第二回の定着奨励金は弁済期の到来した債権であるから、労働基準法二四条の賃金直接払いの規定からして、控訴人らは弁済期の変更に関する協定に拘束されないと主張している。

控訴人らが被控訴人会社を退職したのは昭和五二年九月から昭和五三年二月までの期間であり、第二回の定着奨励金の弁済期は昭和五一年九月三〇日であるから(この事実については争いがない。)控訴人らの退職時において、すでに弁済期が到来していたことはいうまでもない。

控訴人らは、従前本訴訟において、控訴人ら各自に帰属する弁済期の到来した賃金債権である定着奨励金について、それぞれの退職時に、組合に対し、これに関する交渉権限を委任したと主張し、昭和五三年五月二六日協定により、弁済期が昭和五七年度から三箇年間の均等払とする旨変更されたとして、未払額の三分の二と、内二分の一に対する昭和五八年四月一日から、内二分の一に対する昭和五九年四月一日から各内金完済に至るまでの遅延損害金、並びに残額三分の一につき将来の給付請求をしていたのである。

したがって、控訴人らが、未払定着奨励金が「控訴人ら各自に帰属する賃金請求権」であるから右弁済期の変更に関する協定に拘束されないと主張するのは、明らかに従前の主張に反するのみならず、理由がないことが明らかである。

なお、労働基準法二四条の賃金直接払いの原則は、労働者に賃金の入手を確実ならしめるため、その支払方法につき、代理受領等を禁止し直接労働者に支払われるべきことを要請したものであって、労働者がその意思に基づいて賃金の支払時期を変更することは、賃金の支払方法に関することではないから、何ら右規定に反するものではなく、右規定が協定の効力に影響を及ぼすものではない。

(二) また、控訴人らは、仮に右協定の拘束を受けるとしても、あくまで弁済期の変更に関することで、権利の放棄ないしそれに準ずるような事項についてまでの授権はしていないとする。

しかし、定着奨励金の弁済を猶予することは、決して権利の放棄又はこれと同視しうるものではなく、控訴人らの主張は失当である。

(三) もし、控訴人らが右協定に拘束されないとの主張を維持するのならば、右は自白の撤回に該当するから、被控訴人は右自白の撤回に異議を述べるものである。

四  控訴人らの訴えの追加的変更について

1 控訴人らは昭和六一年一二月一二日付け準備書面により、訴えの変更を申し立て、新たに不法行為に基づく損害賠償の請求を追加するに及んだが、被控訴人は右訴えの変更には異議がある。

2 控訴人らの新請求は、不法行為の要件事実について明確な主張を欠く不完全なものであり、当然釈明を要するものであるが、被控訴人としても、控訴人らの主張に応じて、種々反論の余地があり、当然新たな証人等の尋問も必要である。

本件は既に重要な証人の尋問が終了し、控訴審における口頭弁論終結の直前の段階にあるものであり、控訴人らの新請求は時機に遅れて提出されたものであって、これについて審理すると更に相当の期間を必要とし、訴訟が著しく遅延することは明白である。

このように、控訴人らの訴えの変更は不当であり、訴変更不許の決定を求める。

理由

第一当事者

請求原因第一項1及び3の各事実は当事者間に争いがない。同項2の事実は、番号30及び36の控訴人らとの間では争いがなく、その余の控訴人らとの間においても、同控訴人らが早ければ昭和五二年九月一五日、遅くとも同年一一月一日までに退職していること及び退職時期を除くその余の事実について争いがない。

第二期末手当の請求について

当裁判所は、当審における証拠調べの結果を斟酌しても、控訴人らの本件期末手当に関する請求は理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由二に説示のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決理由二4(一)の事実の認定資料に、(証拠略)を加え、認められる事実を「被控訴人の当審における主張一(被控訴人の経営危機と再建計画の推移)の事実」と改める。

2  原判決理由二4(二)(1)ないし(7)の事実の認定資料に、当審証人里谷和夫、同橋本俊隆の各証言を加える。もっとも、右里谷証言中には、右認定に反するかにみえる部分も見られるが、それは、同証人が本件協定締結当時炭労の委員長であり、全国的な労働条件の統一を志向していたこと(そのため、北炭労連の代表者等の反対にもかかわらず、昭和五二年度上期の期末手当について大手四社と同額であることを形式的に示す協定書(甲第四号証の一)の作成を求めたこともあったこと)を反映しているものであり、前記認定に反するかに見える部分は採用しないこととする。

3  原判決二二枚目裏四行目から一〇行目までのかっこ内の全文を「右の弁済期までに被控訴人の経営状態が好転する見通しはなく、したがって右停止条件がそれまでに成就する見通しはほとんどなかったが、右弁済期は、再建計画の達成に向かって労使が一丸となって協力し努力し合って行く中で経営状態を好転させたいとする労使双方の願望を時期的目標として掲げたものであり確定的な支払期を定めたものではないから、それまでに条件が成就する見通しがなかったことをもって、不能の停止条件を付したものとはいえない。」と訂正する。

二  条件内容の特定性について(控訴人らの当審における主張一3について)

控訴人らは、被控訴人の主張する条件の内容が特定されていないから、主張自体失当であると主張するが、被控訴人は、停止条件として、再建計画に基づいて被控訴人の経営状況が好転し、単年度の経常損益が相償う状況となり、経理上無理なく期末手当の較差額を支払える能力を回復すること、を主張しているのであって、右条件内容は不特定ということはできないし、被控訴人の意思のみに係る随意条件ということもできない。

なお、原審証人高橋留藏、当審証人橋本俊隆の各証言によれば、被控訴人と炭労及び北炭労連は、期末手当の較差額に関する交渉において、右停止条件の内容を十分に認識し合った上協定ないし議事確認に及んでいることが認められるから、条件の内容につき協定関係者の間で詰められていなかった旨の控訴人らの非難は当たらない。

三  昭和五一年度期末手当の交渉に至る経過

(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人とその従業員との間の賃金及び期末手当をめぐる労使の交渉は、昭和五〇年度までは、被控訴人を含む大手石炭企業五社と炭労との統一交渉によって決するのを常としていた。

ところが、昭和五一年度においては、被控訴人は、昭和五〇年一一月の幌内炭鉱のガス爆発事故等に基づく前認定に係る非常事態に直面し、他の大手四社並みの条件を提示しえなかったことから、昭和五一年四月、炭労の春闘諸要求に対し、賃上げ及び期末手当の支給はしない(ゼロ)との立場で統一交渉を拒否し、被控訴人一社で炭労と交渉することを申し入れ、炭労もこれを受け入れた(この交渉は対角線交渉と呼ばれた。)。

2  炭労は、右対角線交渉に応じたことについて、「賃金ゼロ、期末手当の一年間ゼロという内容にわたる北炭資本の問題提起を現時点において一応撤回させたなかで四社の集合交渉と同時併行の対角線交渉を確立したことは今日的な最大の解決といえよう。」などと総括した。

3  右対角線交渉方式の確立後、最初に昭和五一年度の賃上げ交渉が行われ、同年五月二〇日被控訴人と炭労は合意に達し、賃上げ額自体は大手四社と同額としたものの、「賃上げ額のうち四〇パーセントを昭和五一年度に支払う。残額六〇パーセントについては昭和五二年度に支払うよう努力するが、資金繰り上支払が困難な場合は、昭和五三年度に支払う。」旨の確認書を取り交わし、この結果、賃上げそのものについても被控訴人と大手四社との間には明らかな較差が生ずることとなった。

4  次いで、昭和五一年度上期・下期の期末手当の交渉が行われた。組合側は同年七月一六日付けで鉱員平均四〇万円の要求書を提出したが、被控訴人は当初一三万五〇〇〇円の回答を示して、交渉が決裂し、組合側は数次のストライキを実施したが、容易に妥結に至らず、このため同年八月には、炭労が労働金庫から借入れして鉱員一人当たり一〇万円を支給した。

5  昭和五一年度の期末手当交渉は、被控訴人の再建案をめぐる交渉と不可分の形で進められた。

被控訴人は、同年八月、幌内炭鉱の全面復旧を断念し、同炭鉱鉱区内の常盤鉱を小規模ながら開発するとの縮小再建案を通産省に提出したが、組合側は、雇用確保等の見地から幌内炭鉱の全面復旧を求めて被控訴人に厳しく抗議し、被控訴人もその後全面復旧へと方針を転換した上で、同年九月一六日の特別労使協議会において組合側に正式に再建案を提示し、同時に被控訴人のひっ迫した財務状況を説明し、大手四社並みの期末手当の支給が不可能であることを訴え、改めて危機打開のための組合側の協力を要請した。

6  その後、被控訴人と炭労及び北炭労連は度重なる交渉を行った結果、組合側も、被控訴人の倒産を回避するためには被控訴人の再建計画に同意し実現に協力しなければならない状況にあることを認識して、同年一〇月一九日、再建協定(基本協定)を締結し、その中で昭和五一年度上期・下期の期末手当につき「大手四社妥結額の五五パーセントとする。但し、較差分については、経営状況が好転した場合に考慮する。」旨を合意するに至った。

四  協定の意義等に関する控訴人らの主張について

1  控訴人らの当審における主張一1について

控訴人らは、そもそも世上裏協定といわれるもの(〈秘〉のもの)は、表協定と内容が矛盾するものであり、裏協定の方が真実の合意内容を念のために表示しておくために作成されるものであると主張するが、一般に裏協定なるものが右のような性質であると断ずることはできない。

また、本件において、昭和五一、五二年度の期末手当に関しては協定書と〈秘〉の判を押した議事確認とが存在し、両者の内容が形式上矛盾するかにみえることは、控訴人ら指摘のとおりであるが、そうだからといって直ちに議事確認の方が真実の合意を表示したものと解することはできず、期末手当に関する労使の合意内容を確定するについては、当時の被控訴人の経営環境とこれに対する労働組合側の認識、労働協約締結に至る労使の交渉の経緯、協定締結の際の具体的事情、協定書と議事確認とが作成された事情等に即し、協定書と議事確認とを統一的に考察して、協定の合理的意味を確定すべきものである。

2  控訴人らの当審における主張一2(一)について

次に、控訴人らは、昭和五一、五二年度の期末手当に関する議事確認は確定的支払義務を表示したものであると主張し、たしかに、昭和五一年度上・下期の期末手当に関する昭和五一年一〇月一九日付け議事確認(甲第三号証の二)及び昭和五二年度上期の期末手当に関する昭和五二年七月二六日付け協定書及び議事確認(甲第四号証の一、二)の記載自体は、前記のとおり、確定的支払義務を表示したかのようにみえるところである。

しかしながら、昭和五二年度下期の期末手当に関する昭和五二年一一月二五日付け議事確認(乙第六号証)は、前記のとおり「残額については、昭和55年度中に支払うよう努力する。」と記載されているのであって、記載自体の中に不確定的な要素があることを示しており、また、昭和五一年上・下期及び昭和五二年度上期の各期末手当については右議事確認等と矛盾する協定書(甲第三号証の一、乙第四号証)が存在するのであって、これらが存在するに至った諸般の事情を考慮して、両者を統一的に考察し協定の意味内容を合理的に確定すべきものであることは前示のとおりであるから、右議事確認等の文言自体が一義的であるとしても、そのことから直ちに協定の意味内容を確定することはできない。

3  控訴人らの当審における主張一2(二)(1)について

控訴人らは、労働組合側がいわゆる表協定の内容では妥結できないとの態度を貫徹した上で議事確認を締結せしめたものであるから、議事確認の方が真の合意を示すものであると主張するが、組合側が表協定の内容では妥結できないとの態度を貫徹させたと認むべき証拠はなく、かえって協定書のほかに議事確認が取り交わされた経緯は原判決理由二4(二)(2)ないし(4)のとおりと認められ、いわゆる表協定が主たるもので、裏協定たる右議事確認は従たる性質のものであったことが認められるのである。

4  較差額支払の実現可能性について(控訴人らの当審における主張一2(二)(2)について)

控訴人らは、昭和五一、五二年度の期末手当に関する協定の締結過程において、被控訴人側から、再建計画とは別に裏協定の内容を実現できる財源についての数字が示されたと主張し、いくつかの間接事実を指摘するので、検討する。

(一) まず、証人里谷和夫の証言中には、被控訴人側も、昭和五四年、五五年には被控訴人の経営が黒字に転じて昭和五一、五二年度の期末手当較差額の支払いが可能になると説明したかのような供述があり、また、当審証人三浦清勝の証言中には、昭和五〇年一〇月一九日当時夕張新炭鉱労働組合の書記長の地位にあった同人が同組合委員長から説明を受け、再建計画どおり夕張新炭鉱の石炭を出炭すれば支払可能な財源はできるとの理解を持った旨の供述がある。

しかし、前記里谷証言中には、他方で、前記議事確認は再建計画を実施し、再建計画を上回る実績を出すことによって支払うという願望のようなものを表明したものである旨、及び経営好転というのは願望に近いものであった旨の供述も存するのであって、同証言を全体としてみると、被控訴人側から昭和五四、五五年に期末手当較差額の支払が可能になるとの明確な説明があったわけでもなく、同人もそう信じていたわけではないと認められ、また、前記三浦証言も、あくまで再建計画どおり出炭すれば、としているのであって、再建計画どおりの出炭が確実にできると供述しているのではないのである。

(二) また、(証拠略)によると、昭和五三年一月一八日に被控訴人と労働組合が石炭生産部門の分離に関する協定を結んだこと、右に係る協定書及び議事確認には控訴人ら主張(控訴人らの当審における主張一2(二)(2)エ)のとおりの記載のあることが認められるが、(証拠略)によれば、右は、石炭新会社の発足に当たって、この際労働条件の基本を正しておきたいとする炭労の申入れに沿って協定されたものであって、その後間もない同年五月一〇日に「昭和五三年度は、ベースアップは行わない。」「昭和五三年度期末手当は、大手四社妥結額の五〇パーセントとする。昭和五四年度以降昭和五六年度迄の期末手当については、大手四社妥結額の五〇パーセントとする………」等と変更されているのであるから、昭和五三年一月一八日付け協定書及び議事確認の記載から控訴人ら主張のようなことを肯認することはできない。

(三) また、弁論の全趣旨によれば、被控訴人においては、本件昭和五一年、五二年度の期末手当に関する協定に至るまで、賃金の一部が後払いとされたことはあったが、その場合にも遅れつつも全額が支払われたことがうかがえるけれども、そうとしても、本件期末手当の較差額の支払が確実であることを被控訴人が示したことになるとは解されない。

(四) そして、原審証人高橋留藏、当審証人里谷和夫、同橋本俊隆、同三浦清勝の各証言によれば、昭和五三年、五四年には再建計画が順調に進めば、本件期末手当較差額の支払が可能になるかも知れないとの淡い期待めいた認識が労使双方になかったとはいえないが、労使双方とも再建計画が順調に進み、その達成が確実であるとは考えていなかったものと認められ、あくまでも被控訴人の業績が向上したときを前提に前記協定書及び議事確認を取り交わしたものというべきである。

五  協定締結後の経過について

1  労働組合の山元での報告について(控訴人らの当審における主張一2(三)(1)について)

控訴人らは、協定締結時に労働組合(執行部)が山元でした報告ないし説明には被控訴人主張の条件は付されておらず、かつ、被控訴人は右組合の説明を是正する措置をとらなかったとし、したがって、本件期末手当に関する協定は無条件の確定的債務であったと主張する。

ところで、本件期末手当に関する協定の内容は、まずもって、その締結に当たった当事者双方の意思表示によって決せられるのであって、山元での組合の説明によってその内容が決められるものでないことはもとより、山元における組合の説明が協定の真の内容を伝えていないこともありうるから、山元における組合の説明から協定の意義・内容を推認することにも、限界があるというべきである。

ところで、原審証人高橋留藏の証言によれば、同人は、組合執行部に対し、山元での報告に当たっては、議事確認の文書を示さないことを要請し、また議事確認の内容を口頭で説明する場合には、議事確認に至った経緯を含めて、すなわち被控訴人主張のような条件の付されたものであることを説明するよう期待し信用していたのに、それと異なった行き過ぎた説明が組合によってされているのを知り、そのことに関して異議を述べたことがあることが認められる。

しかし他方、(証拠略)によれば、昭和五一年一一月、炭労は臨時大会を、夕張新炭鉱労働組合は代議員大会を、それぞれ開き、同年一〇月一九日に締結した再建計画協定の交渉経過及び妥結内容を報告したが、その中で、(1)会社側の期末手当に対する最終回答に不満はあるが、被控訴人が右時点の状況で提示しうる最大のものであると判断したこと、(2)同年度上期及び下期の期末手当は大手四社の五五パーセントとなったが、今後格差復元を期待すると妥結を決意した理由を説明し、妥結内容については再建計画協定(甲第三号証の一、乙第三号証)を掲載したのみで議事確認(甲第三号証の二)については言及していないことが認められる(なお、右の各大会において議事確認(裏協定)が別途資料として配布され、回収されたと認むべき証拠はない。)。

さらに、当審証人三浦清勝の証言によれば、昭和五一年一〇月一九日締結された再建計画に関する協定の妥結内容についての夕張新鉱労組員に対する説明は、同年度の上・下期の期末手当に係る議事確認(甲第三号証の二)中の較差分の支払は、夕張新鉱の出炭量が再建計画どおり達成され会社の経営が好転することが前提であり、昭和五四、五五年になれば無条件で支払われるといったものではない、との趣旨のものであったことが窺知される。

以上のとおり、労働組合の大会における正規の報告としては、協定書(表協定)のとおり報告されていたと認められるのであって、正規の報告に付随して、あるいはそのほかに議事確認の内容が説明されたことがあっても、いわゆる裏協定が無条件であるかのごとき説明されたのは山元の一部においてのことであり、全体としては議事確認の記載が真実の協定であると説明したわけではなかったと認めるのが相当である。

2  甲第八号証の記載について(控訴人らの当審における主張一2(三)(2)について)

当審証人里谷和夫の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる甲第八号証によれば、夕張炭鉱労働組合作成の「新第二炭鉱閉山反対闘争報告書」(昭和五二年七月五日発行)中に、右閉山反対闘争による対置要求妥結内容の一つとして、

「8 未払い賃金

移行する者は、在籍従業員の支払い時期に支払う。退職する者は、従来の取扱いにより支払う。」

と記載されていることが認められるが、右里谷証言によれば、右報告書に記載のある「未払い賃金」は毎月支払われる賃金のうち支払の遅滞していたものを指すものであって、期末手当を含むものでないと認められるから、右報告書に関連する控訴人らの主張は失当である。

3  昭和五三年五月一〇日付け議事確認について(控訴人らの当審における主張一2(三)(3)について)

(証拠略)によると、昭和五三年五月一〇日付け議事確認に至る労使の交渉の経過として、控訴人らの当審における主張一2(三)(3)の第一段及び第二段のごとき事実があったことをうかがうことができる。

しかしながら、右事実に、(証拠略)を総合すると、当時、夕張新炭鉱の出炭が計画(一日五〇〇〇トン)を大幅に下回ったことから(一日四三〇〇トンないし四五〇〇トンにとどまった。)、被控訴人には再建期間中更に三九〇億円に上る資金不足が生ずることが明らかとなり、このため被控訴人は修正再建計画案を策定せざるをえなくなったものであって、昭和五三年五月一〇日、労働組合との間に昭和五三年度のベースアップは行わないこと及び昭和五三年度から昭和五六年度までの期末手当は大手四社妥結額の五〇パーセントとする旨の協定を締結したことが認められるのであって、これら事実をもあわせ考えると、昭和五三年五月一〇日付け議事確認の作成された趣旨は原判決理由二4(二)(5)のとおりと認むべきである。

4  夕張炭鉱労働組合解散記念誌「夕張の火は消えず」について(控訴人らの当審における主張一2(三)(4)について)

(証拠略)によると、夕張炭鉱労働組合の解散記念誌「夕張の火は消えず」(昭和五三年一一月一〇日発行)中に、期末手当斗争推移表が掲載されているところ、同表には、昭和五一、五二年度の上期・下期の期末手当の妥結額として大手四社と同一の金額が記載され、備考欄にはたとえば昭和五一年度上期として「(一八二、〇〇〇)五五%」と記載されていることが明らかであるが、右記念誌は、協定締結当事者である北炭労連傘下の一組合にすぎない夕張炭鉱労働組合の編纂に係るものであることにかんがみると、右の表の記載によって、本件期末手当に関する協定の意義についての前記認定判断(原判決理由二)を左右することはできない。

5  従業員の問合せに対する被控訴人の回答について(控訴人らの当審における主張一2(三)(5)について)

(証拠略)によると、控訴人橋本繁行の期末手当に関する問合せに対し、被控訴人が昭和五五年一一月三日、書面で、同控訴人の期末手当較差額が未払として本訴における同控訴人請求額のとおり記載されていること、右について前記昭和五五年五月一〇日付け議事確認のとおり昭和五七年度以降五箇年で支払うが銀行利子を付するものと協定されているので、右の時期まで待たれたい旨回答したが、右回答書には右期末手当較差額の支払時期について被控訴人主張のような条件が付されていることは記載されていないことが認められる。

右回答が昭和五三年五月一〇日付け議事確認において形式的に定められた支払期が未到来の段階におけるものであること及び右議事確認がそもそも再建計画を達成するための労使双方の取組意欲の高揚を期待してのものであること等の前記認定の事情にかんがみると、それが退職者の控訴人高橋繁行に対するものであったとしても、右のような回答をした事実をもってしては、本件期末手当に関する協定についての前記認定判断を覆すには足りないというべきである。

6  北炭夕張炭鉱株式会社の会社更生手続における本件期末手当較差額の取扱いについて(控訴人らの当審における主張一2(三)(6)について)

(証拠略)によると、昭和五六年一〇月、分離独立後の北炭夕張炭鉱株式会社においてガス突出による大災害が発生し、同会社は同年一二月一五日会社更生手続開始の申立てをしたこと、更生会社従業員らは、昭和五一年度及び昭和五二年度の期末手当較差額について更生債権の届出をしたところ、管財人はこれに対し異議を述べなかったこと、右会社の更生計画においては、右期末手当較差額については全額免除を受けるものと定められ、右更生計画は確定したこと、また、被控訴人及び訴外三井観光開発株式会社は、昭和五七年一〇月八日、管財人とは別に炭労、夕張新炭鉱労働組合、北炭夕張炭鉱職員組合との間で更生会社の旧労務債の支払に関する協定を結び、未払労務債約一二三億円のうち八九億二一〇〇万円の支払を約したが、右協定においても本件期末手当較差額は支払の対象となっていなかったことが認められる。

そして(証拠略)によると、管財人が異議を述べなかったのは、更生会社には労務債を支払う能力がなく、当時組合側が三井観光開発株式会社に対し労務債の支払保証を要求し、労使交渉が進行していたことから、一切を右交渉に委ねる趣旨で、本件期末手当較差額の権利性、条件等について十分吟味せず、異議を述べなかったものと認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

右認定の事実によってみると、右更生会社の債権届に対し管財人が異議を述べなかったことから、本件期末手当較差額の支払時期に関する前記認定判断を左右することはできないというべきである。

7  労働組合役員に対する本件期末手当較差額の支払について(控訴人らの当審における主張一2(三)(7)について)

(証拠略)によれば、北炭労連傘下の各単位労働組合の専従役員(常任執行委員)は、所属単位労働組合から、炭鉱における平均的給与の受給者である支柱員とほぼ同額の給与及び一般従業員と同一の算出方法による期末手当の各支給を受けていたこと、夕張新炭鉱労働組合においては、その常任執行委員の期末手当に関し、昭和五一、五二年度の各上期及び下期の期末手当較差分について、毎年度予算措置を講じてきたこと、夕張新炭鉱労働組合は、昭和五八年一〇月解散大会を開き、従来の常任執行委員等をもって構成する残務処理委員会を設けて残務処理にあたらせ、昭和五九年三月三一日をもって右残務処理委員会も解散したが、その際、右残務処理委員が困難な職務を行ってきたことに対する慰労の趣旨も含めて、同組合の剰余金(期末手当較差分として予算措置を講じてきた金員)の中から、該当する元常任執行委員に対し、昭和五一、五二年度の期末手当較差分の支払であるとして、一定の金額を支払ったこと(右支払金額は、平均すると、較差額の四三・六パーセントに相当するものであり、前記剰余金からはそのほか町内会・浴場組合助成金、道炭労オルグ必要経費も支払われた。)、夕張炭鉱労働組合にあっても、右に先だつ昭和五三年一〇月ころ該当常任執行委員に右較差相当額を支払ったごとくであることが認められる。

控訴人らは、右の支払の事実は、各山元において、本件期末手当較差分が被控訴人の主張するような条件付のものと考えられていなかったことを示すものであり、ひいて右のような条件は存しなかったと主張するのであるが、労働組合の残務処理委員会がその委員に右のような金員を支払ったことから、控訴人主張のように推論することはできず、本件期末手当の協定の意義に関する前記認定判断を左右するには足りない。

8  昭和六〇年三月二六日の協定について(被控訴人の当審における追加主張事実について)

昭和六〇年三月二六日、被控訴人が炭労及び関係労働組合との間で、昭和五一年度及び昭和五二年度の各上期及び下期の期末手当較差分について次のとおりの協定を結んだことは、当事者間に争いがない。

(1) 期末手当較差額については、甲(被控訴人)は目下企業再建の途上にあり、安定経営が達成された時点から支払を開始のこととする。

(2) 安定経営の達成状況及び支払の可能性については、昭和六三年三月に改めて協議する。

右によってみると、被控訴人と関係労働組合は、本件期末手当較差額の支払が経営好転を条件とするものであることを改めて明確な形で確認したことが認められる。

第三定着奨励金の請求について

当裁判所は、当審における証拠調べの結果を斟酌しても、控訴人らの本件定着奨励金に関する請求は理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由三に説示のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決理由三2(1)ないし(4)の事実の認定資料に当審証人橋本俊隆の証言を加える。

2  原判決二五枚目表六行目の末尾に次のとおり加える。

「なお、右協定は、弁済期限について右のごとき不確定期限を付与したものと認められるから、被控訴人の業績が向上することなく推移し、何らかの事情で被控訴人が定着奨励金を支払えないことが確定したときには、期限が到来したことに至るものと解すべきである。また、後述するとおり、定着奨励金については、更に昭和六〇年三月二六日の協定により改めて弁済期限の猶予がなされたので、結局、昭和六〇年三月二六日付け協定に記載された昭和六五年度以降において被控訴人の業績が向上し、被控訴人が定着奨励金を支払えるようになる時期(又は右が不可能であることが確定したとき)まで弁済期限が猶予されたものである。」

二  昭和五三年五月二六日の協定について

控訴人らは、右協定に係る確認書(乙第二一号証)の文言上期限の猶予があると解することができないし、労働組合がそのような猶予を与えたと考えることは不自然であると主張するので、案ずるに、成立に争いのない乙第二一号証によると、右確認書の文言は、

「2 定着奨励金

昭和五七年度以降三ケ年間の均等払いとする。

なお、経営事情が好転した場合には、早期に支払うよう努力する。」

というものであって、たしかに被控訴人主張のような期限の猶予に関する記載はない。

しかしながら、前記引用にかかる原判決理由三2掲記の各証拠及び当審で取り調べた前掲の証拠によると、右確認書は原判決理由三2(1)記載の状況下において同(2)記載の趣旨で取り交わされたと認むべきであり、労働組合も被控訴人の窮状に理解を示して右確認書に調印したものであって、その内容は原判決理由三3のとおりであると認むべきである。

この点に関し、原審証人林千明の証言中には、同証人は定着奨励金は右昭和五三年五月二六日の協定締結後も、昭和五七年度以降分割して支払われるべき被控訴人の債務であるかのごとく受け取れる供述部分がみられるが、同証言全体をみれば、右は、定着奨励金は債務ではあるが、被控訴人の主張する時期まで弁済期限を猶予されたものであると供述しているものと解されるから、前記認定判断と矛盾するものではない。

また、昭和五三年五月二六日協定の趣旨を原判決理由三3のとおり理解すべきことは、次に述べる昭和六〇年三月二六日の協定内容に照らしても、これを肯認することができる。

三  昭和六〇年三月二六日の協定について

1  被控訴人が昭和六〇年三月二六日関係労働組合との間で、定着奨励金について被控訴人の当審における主張三3掲記のとおりの協定書を取り交わしたことは、当事者間に争いがない。

2  そして、右協定書の文言にかんがみると、右協定は、前記昭和五三年五月二六日の協定と同じく、定着奨励金残額は被控訴人の受給資格者に対する確定債務ではあるが、被控訴人の経営状況が悪く、昭和六〇年三月二六日の協定の時点においてはこれを支払うことができないため、被控訴人の業績が向上して支払える見込みの時期を一応定め、それまで弁済を猶予したものと解される。

四  控訴人らの労働組合に対する授権について

1  控訴人らが夕張新第二炭鉱及び化成工業所の閉山・閉鎖に伴って退職した際、定着奨励金の支払時期決定に関する権限を労働組合(北炭労連ないし夕張新炭鉱労働組合)に委任したことは、控訴人らの自認するところである(もっとも、本件記録により右自認がなされた経過をみると、右自認は、定着奨励金の支払時期を変更し確定期限をもってこれを定めることを委任した趣旨にとどまり不確定期限をもってこれを定めることを委任したとまで自認したものと解することは困難である。)。

2  ところで、控訴人らは、労働基準法二四条の直接払いの原則からしても、弁済期の変更の協定に拘束されないと主張する。

控訴人らの第二回定着奨励金の当初の弁済期が昭和五一年九月三〇日であったことは、当事者間に争いがないから、昭和五三年五月二六日の協定は、右定着奨励金の弁済期到来後に弁済期限を変更したものである。

労働基準法二四条一項本文の規定は、賃金全額が確実に労働者の手に渡ることを保障しようとするものであり、その内容のひとつとして賃金の直接払いの原則を規定しているけれども、労働者がその意思に基づいて賃金の支払時期を変更する権限を労働組合に授与することは、同項の禁止するところとは解されない。

3  次に、控訴人らは、定着奨励金に関する権利の放棄ないしそれに準ずるような事項についてまでの授権はしていないと主張するところ、昭和五三年五月二六日及び昭和六〇年三月二六日の各協定の趣旨は前認定のとおりであり、それは確定期限を付与して弁済を猶予したものではなく、不確定期限を付与して弁済を猶予したものではあるが、それは定着奨励金支払請求権を放棄したものではないことは明らかであるのみならず、放棄に準ずるものということもできない。

また、原審証人林千明、同高橋留藏、同赤石昭三、当審証人橋本俊隆の各証言及び弁論の全趣旨によると、被控訴人とその従業員との間においては、労働条件については在職者のみならず退職者の労働条件についても被控訴人と労働組合との間で決定してきた労使慣行があること、本件定着奨励金の問題についても、被控訴人及び労働組合は在職者と退職者を全く同一に扱って交渉を行ってきており、退職者からもこれに異を唱える者がなかったことが認められるのであり、これらに照らすと、控訴人らは、定着奨励金の支払時期の決定・変更については、不確定期限を付与して弁済を猶予することをも含め、その権限を労働組合に与えたものと認めるのが相当である。

第四訴えの変更(予備的請求の追加)について

控訴人らは前記のとおり訴えの変更(予備的請求の追加)を申し立て、被控訴人はこれに対し異議を述べたので、右変更の許否について検討する。

一  本件記録によれば、本件訴えの変更に至る経緯は次のとおりである。

1  控訴人らは、昭和五七年一一月四日(札幌地方裁判所昭和五七年(ワ)第二八九八号)及び同年一二月一五日(同第三二一四号)、本件の期末手当較差額請求及び定着奨励金請求の訴えを提起し、原審において右両事件で合計一二回の口頭弁論期日を重ね、この間控訴人らは甲第一ないし第八号証を提出したが、人証等としては控訴人高橋福親本人尋問の申請をした(後に撤回)のみであり、原審は、右甲号証、被控訴人提出の乙号証三八点及び証人三名を取り調べた上で弁論を終結し、昭和五九年一二月一七日控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。

2  当審において、控訴人らは、原判決の認定判断の誤りを主張し、甲号証を追加提出したほか、新たに証人四名を申請した。当裁判所は、右書証を取り調べたほか、本件期末手当及び定着奨励金に関する各協定の締結に関与した控訴人ら申請の証人二名を採用して取り調べた。控訴人ら申請の他の二名の証人は本件期末手当に関する協定が各山元でいかに説明されたかを主たる立証事項とするもので、関連性に乏しいものであり、右に関しては双方から既に書証が提出されていた。

このようにほぼ証拠調べを終了して当審の審理も終結に近い段階に達していたところ、控訴人らは、昭和六一年一二月一二日付けの準備書面を提出し、当審第一一回口頭弁論期日において、右準備書面をもって新たに訴えの追加的変更を申し立て、予備的請求として前記不法行為に基づく損害賠償請求をすべく訴えの追加的変更に及んだものである。

二  本件主位的請求たる期末手当の請求と予備的請求との間には、たしかに控訴人らの主張するとおり資料を共通にする点も少なくないが、本件においては主位的請求が認められない場合に直ちに予備的請求が認められるといった関係にあるものではなく、予備的請求について判断するためには、不法行為の要件である故意過失、損害、因果関係等についてなお主張を明確にし、かつ新たな立証を要するものというべきであり、更に審理のための期日を要するものである。そして、これらの点に、前記本件訴訟の経過、殊に控訴人らが原審において本件期末手当及び定着奨励金の各協定の趣旨を立証する証人の申請を全くせず、当審において初めてその申請をしたものであること、その重要証人の尋問が終了し、審理が終結に近い段階に至って本件訴えの追加的変更を申し立てたものであることにかんがみると、本件訴えの追加的変更は、本件訴訟手続を著しく遅滞させるものというべきであるから、当裁判所は、これを許さないものとする。

第五結び

以上のとおり、控訴人らの本件期末手当の請求及び定着奨励金の請求はいずれも理由がなく、訴えの追加的変更は不許可にすべきであって、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野益男 裁判官 松原直幹 裁判官 岩井俊)

当事者目録

控訴人 高橋福親

(ほか四二名)

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 三橋彬

同 郷路征記

同 佐藤太勝

同 高崎裕子

同 佐藤哲之

同 石田明義

同 高崎暢

同 細木昌子

右三津橋彬訴訟復代理人弁護士 長野順一

右郷路征記訴訟復代理人弁護士 内田信也

被控訴人 北海道炭礦汽船株式会社

右代表者代表取締役 粕谷直之

右訴訟代理人弁護士 井関浩

同 伊東孝

同 山本穫

同 市川茂樹

同 藤田美津夫

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