大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 平成10年(ワ)12133号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 津山齊

被告 株式会社プラズマシステム

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小沢征行

同 秋山泰夫

同 香月裕爾

同 露木啄磨

同 宮本正行

同 吉岡浩一

同 北村康央

同 小野孝明

同 安部智也

同 御子柴一彦

同 上野和哉

同 山崎篤士

主文

一  被告は原告に対し、金五八三万三三三三円及びこれに対する平成七年一二月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  原告は、被告は原告に対し、①金六八三万三三三三円及びこれに対する平成七年五月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え②訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び右①に対する仮執行宣言を求め、次のとおり請求の原因を述べた。

1  当事者

(一)  原告は、もと被告の取締役として、被告大阪営業所に勤務し、現在は退職している者である。

(二)  被告は電子工業関連機器の製造及び販売を目的とする株式会社である。

2  役員在任

原告は、平成元年三月三一日に被告の取締役に就任し、平成七年三月三〇日に取締役を退任した。

原告は、このうち平成七年一月及び二月を休職した。

3  被告の役員退職慰労金規程

被告には、原告が取締役を退任した当時、取締役在任期間一年間当たり金一〇〇万円の退職慰労金を支払う旨の明文の役員退職慰労金規程があった。

仮に右の明文の規程がなかったとしても、被告には、在任期間一年間当たり少なくとも金八一万八一八一円の役員退職慰労金を支払う旨の慣行が成立していた。

(事情)

原告と同時期に役員を退任した訴外B(在任期間三年八か月間)に対して、被告は平成七年一二月に、役員退職慰労金として金三〇〇万円を支払った。

4  被告における決議

(一)  被告は平成七年三月三〇日に第二三回定時株主総会を開催し、原告の取締役退任を決議するとともに、原告に対する退職慰労金贈呈の件につき、原告の在任中の労に報いるために、被告の定める基準及び相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈する旨決議し、その支払の時期、方法等について取締役会に一任する旨決議した。

(二)  被告は同日に取締役会を開催して、原告に対する退職慰労金贈呈の件について、被告代表取締役に一任する旨決議した。

(三)  被告代表取締役は、原告に退職慰労金を支給しない旨決定した。

5  原告の主張

(一)  不法行為に基づく損害賠償請求

被告は株式会社であるから、退職役員に支給すべき退職慰労金の額の決定を他の機関に委任するに当たっては、商法二六九条などの法規を遵守して、受任機関をして適切な額を決定せしめるべき義務がある。

しかるに被告は、株主総会において、右注意義務に違反して、明確な基準を設けずに退職慰労金の額の決定を取締役会に委任し、取締役会は明確な基準を設けずに代表取締役に再委任し、代表取締役は自由裁量により原告に対して退職慰労金を支給しないものと決定した。

被告の右決定は、商法二六九条などの法規の趣旨に反する違法な決定であり、右決定により、原告は本来支給を受けるべき退職慰労金相当額の損害を受けた。

また、被告は、遅くとも原告が退任した平成七年三月三〇日の一か月後である同年四月三〇日までには、原告に相当額の退職慰労金を支払うべきであった。

(二)  不当利得

被告は、前記のとおり、原告に退職慰労金を支給しない旨を決定し、原告に支払うべき退職慰労金を支給しなかった。

これにより、被告は同額の支出を免れて利得し、他方原告は、本来支給を受けるべき退職慰労金の支給を受けることができず、同額の損失を被った。

被告の右利得は、被告が法人として一体的になした、商法などの趣旨に反する運用の誤りに基づくものであり、法律上の原因は欠缺している。

被告は、右利得につき原始的に悪意である。

6  原告に対する役員退職慰労金の相当額

被告が原告に支払うべき役員退職慰労金の相当額は、

金一〇〇万円×(七年-二か月)=金六八三万三三三三円

である(なお原告は、在任期間を七年とする右算式が違算であることを認めたうえで、退職慰労金の相当額は金五九一万六六六六円である旨主張している。)。

7  まとめ

よって原告は被告に対し、(一)不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、あるいは、(二)不当利得返還請求権に基づき、退職慰労金相当額である金六八三万三三三三円及びこれに対する平成七年五月一日から支払済まで商事法定利率である年六分の割合による金員の支払を求める。

二  被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、請求原因については、請求原因1及び2は認め、同3のうち、明文の規程が存在したとの部分は否認し(役員退職慰労金については、明文の規程は存在せず、一応の目安として、取締役在任期間一年(一年未満の端数は切り捨て)に対して約一〇〇万円を支給する旨の基準が存在していた。)、被告が訴外Bに金三〇〇万円の退職慰労金を支払ったことは認める、同4は否認する(被告の株主総会においては、原告に退職慰労金を支給するか否かを含めて、この件が取締役会に一任され、その後開催された取締役会においてこの件を代表取締役に一任する旨が決議され、最終的に代表取締役の判断で、原告に退職慰労金を支給しないことが決定されたものである。)旨を述べ、さらに、原告に退職慰労金を支給しないことを決定した理由を次のとおり主張した。

1  経理処理に関して被告代表者に対し不当な追及を行った件

原告は、平成六年六月ころ、訴外シャープ株式会社と被告との取引に関し、代金の一部が被告代表者にキックバックされたのではないかと邪推して、被告代表者に確認を求め、何ら違法性はない旨回答した被告代表者に対し、「出るところへ出てもよいか。」「客先に直接問い合わせるがよいか。そうすると会社としても大変困るのではないか。」などと執拗に迫った。

さらに原告は、虚偽の売上伝票(乙第四号証)を作成したうえ、平成八年に、右取引が不正取引である旨を国税局に通報した。この結果、同年一一月に被告及び取引先に対して国税局の調査が入るところとなり、これにより被告の信用は著しく失墜した。

2  大阪営業所において有能な部下二名を退職に追い込んだ件

原告は、被告の取締役大阪営業所長として、部下を監督し、その能力を最大限に発揮させるべき職責にありながら、当時課長職にあった有能な部下二名(C氏、D氏)を、被告代表者の指示を仰がずに退職に追い込んだ。

3  経営会議の欠席

原告は、被告の経営会議を欠席した。

4  海外渡航

原告は、取締役在任中に海外渡航した。

5  重要書類の未返却

原告は、退任後に重要書類を返還していない。

三  原告は、被告の主張する不支給事由について、次のとおり反論した。

1  被告は、平成八年六月一八日の時点では、原告に対し、退職慰労金不支給の理由は前記二の3ないし5のみを挙げていたにもかかわらず、本訴において一及び2の理由を追加主張するのは時機に遅れた主張である。

また、被告の主張を前提としても、国税局の調査がなされたのは平成八年のことであり、被告が原告への退職慰労金不支給を決定した平成七年より以前のことであるから、この件は退職慰労金不支給の理由になり得ない。

2  原告が被告代表者を不当に追及したこと、虚偽の売上伝票を作成したこと、国税局に通報したことはいずれも否認する。

原告は、平成六年一一月上旬ころ、営業担当者及び管理担当者から指摘を受けて、本件取引に関する経理処理について知り、これを訴外E部長に問いただしたところ、同人が「会社の方針として社長の指示でやっているので、一般社員は口を出すべき問題ではない。」旨発言したことから、右の経理処理を社内的に問題にしたものであり、取締役会メンバーの職責として当然のことをしたに過ぎない。

3  原告が取締役に就任した際、被告との間で、大阪勤務である原告は東京で開催される経営会議には、業務に支障がない場合にのみ出席すればよい、との合意がなされていた。

4  原告が在任中に二回カナダに渡航した事実はあるが、いずれも事前に被告の許可を得ている。

また、右の海外渡航が被告の業務の支障となった事実はない。

5  原告が在任中に取締役として被告から交付・寄託を受けた書類等は、合理的必要性のある最小限を除き、平成七年三月三〇日までにすべて被告に返還した。

四  当裁判所の判断

1  まず、原告が平成元年三月三一日ないし平成七年三月三〇日の間、被告の取締役に在任していたこと、被告には、取締役に対する退職慰労金に関して、明文による規程ではないものの、取締役在任期間一年に対して約一〇〇万円を支給するという不文の基準が存在していることは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告において、原告に対する退職慰労金の不支給が決定された経緯をみると、乙第一号証ないし第三号証によれば、平成七年三月三〇日に開催された被告の第二三回定時株主総会において、議長である被告代表者から、第五号案件として、本総会終結の時をもって任期満了となる原告及びBに対し、在任中の労に報いるため、被告の定める基準に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、その支払の時期、方法等については取締役会に一任する旨の提案がなされ、これが承認可決されたこと、同日に開催された取締役会においては、株主総会における右の決議を受けて、原告及びBに対する退職慰労金の決定につき、これを代表取締役に一任する旨が決議されたこと、そして、同年一二月一九日に開催された取締役会においては、被告代表取締役から、原告に対しては退任時の諸般の事情から支払わないこととしたい旨の報告がなされ、取締役会において異議なく承認されたことの各事実を認めることができる。

3  そして、右の株主総会における決議内容に鑑みれば、右決議の趣旨は、基準にしたがった相当額の退職慰労金を原告に支給することを前提に、その具体的金額や支払時期、支払方法の決定を取締役会に委任したものと解釈することができる。

したがって、右委任を受けた取締役会としては、右委任の趣旨にしたがい、社内基準に基づいて原告に対する退職慰労金の額を算定し、その支払時期等を決定すべき責務を負っていたものと解するべきである。

しかるに被告の取締役会は、右事項の決定を自ら行わずに代表取締役に再委任したばかりか、代表取締役から、退職慰労金を支給しない旨決定したいとの報告を受けてこれを承認したのであるから、代表取締役及び取締役会における右決定は、特段の事情のない限り、株主総会からの委任の趣旨を逸脱する違法不当なものといわざるを得ない。

4  もっとも、被告は原告に退職慰労金を支給しない旨を決定した理由として、前記二の1ないし5の各事由の存在を主張している。

(一)  経理処理に関する不当な追及

そこでまず、被告が不支給決定の最大の理由とする前記二の1の事情(経理処理に関する不当な追及)についてみると、甲第七号証によれば、被告は原告に対し、平成八年六月一八日付内容証明郵便をもって、退職慰労金不支給の理由が、経営会議への欠席、海外渡航、重要書類の未返還にあることを通知するとともに、この件は既に決着済みであり、原告から問い合わせがあっても被告から回答することはしない旨通知している事実を認めることができる。つまり被告は、右通知を原告に対する最終的な回答である旨を断りながら、会計処理について不当な追及を行ったとする前記二の一の事情には何ら言及していないのである。したがって、退職慰労金の不支給を決定するに当たり、被告代表取締役ないし取締役会が右事情を理由に不支給を決定したとの主張には強い疑いを抱かざるを得ない。また、取締役が、不当との疑いのある経理処理を追及するのは、取締役として正当な職務行為というべきであるから、それ自体が退職慰労金不支給の理由になるとは考えがたいし、原告が、被告において不正取引がなされている旨を国税局に通告したとする被告の主張を前提としたとしても、右通告がなされたのは平成八年のことであるから、右通告による信用失墜が、平成七年における不支給決定の理由になり得ないことは明らかである。さらに、被告は、原告が被告代表取締役を陥れるために虚偽の売上伝票を作成した旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。したがって、前記二の1の事情については、これを理由として不支給の決定がなされたとの事実を認めることはできない。

(二)  部下の退職問題

次に、前記二の2(部下の退職問題)の事情について検討すると、被告は、この点についても、前記の平成八年六月一八日付通知において、これを不支給の理由には挙げておらず、右事情を理由として不支給を決定としたとの事実を認めることはできない。

(三)  経営会議の欠席、海外渡航及び重要書類の未返還

他方、前記二の3ないし5の事情は、被告の前記通知書においても不支給の理由として挙げられており、これらの事情を理由として不支給が決定されたであろう点については、その事実を推認することができる。

しかしながら、まず前記二の3(経営会議の欠席)の点についてみると、甲第一一号証の原告の出勤簿によれば、平成六年一月ないし一二月において、原告は、月当たり三回ないし四回にわたって被告の本社における経営会議に出席していた事実が窺われるのであって、被告において経営会議がどのような頻度で開催され、原告がこれにどの程度の頻度で欠席していたのか、被告の主張によっても明らかではないが、被告の経営方針の策定及びその徹底を図るために重要な会議であるとされる経営会議の性格や、原告が大阪営業所長であったことなどの事情を考慮すると、たとえ原告が経営会議に欠席したことがあったとしても、それが退職慰労金の不支給を正当化するほど深刻な事情に該当するとは考えにくい。

次に、前記二の4(海外渡航)の点についてみると、原告が取締役在任中に海外渡航したことがあるとの事実は当事者間に争いがないが、被告の主張によっても、原告の海外渡航によって被告の業務に何らかの支障が生じたとの主張はなされておらず、実質的にみて、右の点を退職慰労金の不支給を正当化し得るほどの重大な事情と評価することはできない。

最後に、前記二の5(重要書類の未返還)の点についてみると、まず、右の事情は取締役退任後の事情であり、これをもって、職務執行の対価としての性格も帯びる退職慰労金の減額理由とすることには違和感を覚えざるを得ないし、被告の主張によっても、書類の未返還によって被告の業務に何らかの支障が生じたとの事情は主張されていない。したがって、この点も、実質的にみて、退職慰労金の不支給を正当化し得るほど重大な事情と評価することはできない。

(四)  まとめ

以上より、前記二の1及び2については、これを理由として不支給が決定されたとの事実を認めることはできないし、前記3ないし5については、これを理由として不支給が決定されたとの事実は認められるものの、いずれも不支給を正当化し得るほどの事情と評価することはできないというべきである。

5  したがって、株主総会において、原告に対し、被告の定める基準に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することが決議され、その支払の時期等の決定について決定するよう委任を受けながら、退職慰労金を支給しないこととした被告代表取締役ないし被告取締役会の決定は、これを正当化し得る実質的な根拠を欠く、違法不当な決定というべきである。

そして原告は、本来相当額の退職慰労金の支給を受けるべきところを、被告代表取締役ないし被告取締役会の右決定により、その支給を得られなかったのであるから、右は被告による不法行為を構成し、被告は原告に対し、右相当額の損害について賠償すべき責任を負うものと解する。

6  そこで、原告に対する退職慰労金の相当額について検討すると、退職慰労金に関する被告の前記基準に鑑みれば、原告に対する退職慰労金としては、在任期間である六年から休職期間である二か月を差し引いた五年一〇か月に、一年当たり金一〇〇万円という金額を乗じて算出した、金五八三万三三三三円という金額が相当である。

また、被告の前記不法行為は、被告代表取締役の決定を取締役会が承認した平成七年一二月一九日になされたものと解するのが相当であるから、被告の前記損害に対する賠償債務は、同日を支払期とするものと考えるのが相当であるから、原告は被告に対し、金五八三万三三三三円に対する、右支払期日の翌日である平成七年一二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

7  まとめ

以上より、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する請求は、主文第一項記載の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条ただし書を、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井俊和)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com