大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 平成11年(ワ)28816号 判決

原告

廣瀬孝子

被告

西原紫乃

主文

一  被告は、原告に対し、金三三三万六六九八円及びこれに対する平成八年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金八四五万八四〇五円及びこれに対する平成八年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求である。)。

二  訴訟費用の被告負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成八年一一月二二日午後四時五〇分ころ

(二) 場所 東京都港区白金二丁目四番先の桜田通り(以下「本件道路」という。)西側に設置された自転車の通行可能な歩道(甲五の1、2。以下「本件歩道」という。)上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被告車 被告が運転する足踏み式自転車

(四) 原告車 原告(昭和一一年三月二六日生)が運転する足踏み式自転車

(五) 事故態様 原告車が本件歩道上を五反田(南)方面から古川橋(北)方面に向けて走行し、本件事故現場で三光通り方面に左折進行しようとした原告車が、原告車の後方から直進してきた被告車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の結果

原告は、本件事故により、左膝開放性脛骨高原骨折の傷害を受け、東京慈恵会医科大学付属病院(以下「慈恵医大病院」という。平成八年一一月二二日から平成九年五月二八日までの一八八日間及び平成一〇年二月一一日から三月三日までの二一日間、合計二〇九日間の入院並びに平成九年六月一一日から平成一〇年二月三日まで(実日数一二日)及び平成一〇年三月一八日から同年九月九日まで(実日数四日)の合計一六日の通院)及び直江接骨院(平成九年九月二四日から平成一〇年二月五日までの実日数三三日の通院)において治療を受け、平成一〇年九月九日に症状が固定した。そして、原告には、左下腿のしびれ、知覚鈍麻、左膝痛、可動域制限等の後遺障害が残存した(甲二、三、八、九)。

3  被告の責任

被告は、原告に対し、被告車の運転上の過失に基づく損害賠償責任を負う。

4  損害及び既払金

原告には杖代として九〇〇〇円の損害がある。また、原告は、被告等から合計一五九万七二七一円を受領している。

二  争点

1  本件事故の態様と原告及び被告の過失割合

(一) 被告の主張

本件事故は、原告が、右に膨らんだ後に左後方の安全確認をすることなく急に左折しようとし、その結果、被告車の後輪に原告の前輪が衝突したことによって発生したものである。したがって、原告の損害賠償請求額には八〇パーセントの過失相殺をすべきである。

(二) 原告の主張

本件事故は、原告車が左折を終了した後に、被告車が原告車の後方から原告車の後輪にすごい速度で追突したことによって発生したものであり、原告に過失があったとしても四〇パーセントを超えることはない。

2  損害額の算定

(一) 原告の主張(前記杖代を除く)

(1) 治療費(請求額 一四七万五一七〇円)

入院治療費一四一万九六九〇円、通院治療費五万三二一〇円、検診料二二七〇円の合計額である。

(2) 差額ベッド代(請求額 二八六万五一五〇円)

慈恵医大病院での第一回入院期間中に差額ベッドを利用した。

(3) 文書料(請求額 三万二五五〇円)

(4) 入院付添費(請求額 一一二万八〇〇〇円)

慈恵医大病院の第一回入院期間(一八八日間)中、付添労働を要する状態であった。日額六〇〇〇円として算定する。

(5) 入院雑費(請求額 二七万一七〇〇円)

日額一三〇〇円の二〇九日分である。

(6) 通院交通費(請求額 一万二八〇〇円)

片道四〇〇円の一六日分である。

(7) 休業損害(請求額 四五四万五〇九〇円)

平成八年一一月二二日から平成一〇年三月三一日までの四九五日間、原告は家事労働に従事することができなかった。平成八年の全女子労働者の平均賃金(年間三三五万一五〇〇円、日額九一八二円)をもとに算定すると、前記のとおりとなる。

(8) 慰謝料(請求額 四九二万円)

(9) 弁護士費用(請求額 一五〇万円)

(二) 被告の主張

(1) 差額ベッド代

平成八年一一月二二日から同年一二月一八日までの間の差額ベッド利用の必要性を認めるが(五九万六三七〇円の限度で)、それ以降の必要性及び相当性は争う。

(2) 休業損害

日額五二〇〇円とすべきであり、休業の必要性は入院期間中のみである。

(3) その余は不知または否認する。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様と原告及び被告の過失割合)

1  本件事故の態様について

甲五の1、2、一一から一五、乙一から四、原告、被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件歩道及びその周辺の状況は概ね別紙図面のとおりである。

本件歩道は、南北に走る桜田通り(本件道路)及び本件道路から北西に分岐して三光通り方面に向かう区道三〇三号線(以下「本件交差道路」といい、その交差点を以下「本件交差点」という。)の西側に設置されており、本件歩道を五反田方面から古川橋方面に向かう場合には本件交差点を直進し、本件交差道路を横断するために横断歩道上を進行することになり、五反田方面から三光通り方面に向かう場合には、本件歩道上に沿って本件交差点を左折することになる。

本件歩道の古川橋方面の視界は直線方向であるために極めて良好である。しかし、三光通り方面の視界は本件歩道の西側に並行して続く高い擁壁があるため、全く遮られた状況となっている(乙二)。

本件事故現場は、本件道路から本件交差道路に沿って左に折れる形状になっている本件歩道上である。

なお、本件歩道は五反田方面から古川橋方面に向かって緩やかな下り勾配となっている。

(二) 原告は、本件歩道上の中央部やや左側を五反田方面から古川橋方面に向けて緩やかな速度で走行し、三光通り方面に左折して進行しようとしていた。前示のとおり、三光通り方面の視界が遮られているため、原告は、同方面の歩行者の存在等の交通状況を確認しようと本件事故現場の手前で右に膨らむように進行した。そして、原告は、三光通り方面の目を向けて左ハンドルを切って左折進行を開始した。そして、原告は、原告車の向きが古川橋方面から三光通り方面に向いたのでハンドルを正位置に戻し、三光通り方面に直進する態勢になったとき、左斜め後方を見、すぐに前方(三光通り方面)に目を向き直すときに「あっ」という声を耳にするとともに被告車との衝撃を感じた。

原告車は、被告車と衝突した後、しばらく進行し、原告は左側に降りるように倒れ、原告車は更に前方に空走して左側に倒れた。

(三) 被告は、本件歩道を本件道路に沿って五反田方面から古川橋方面に向けて、本件歩道のほぼ真ん中付近を前照灯を点灯させることなく思い切りペダルを漕いで走行していた。本件歩道が下り勾配であることからすると、かなりの速度で走行していたと認められる。本件歩道を走行中、前方を緩やかに走行する原告車を発見したが、原告車が本件事故現場手前で右に膨らむような走行となったたため、原告車がそのまま直進するものと思い込み、原告車の左側を通過しようとしたところ、原告車の左後方約一ないし二メートルにまで接近したときに、原告車が突然左折進行に転じたために、原告車の左側空間が狭まり自車との衝突の危険を感じた被告は、「あー」と声を発しつつ原告車の左側からこれをかわそうと更に加速したものの、原告車と衝突するに至った。被告車は、衝突後、左右に大きく揺れたが転倒することなく、そのまま横断歩道上に走行して出た。

(四) 原告車と被告車の衝突態様については、前記のとおり、原告と被告のそれぞれの認識が異なるが、以下の理由により、被告車の後輪右側に原告車の前輪が衝突する形態であったと考えられる(ただし、この衝突態様がいずれであっても、後述する過失割合に影響するものではない。)。

(1) かなりの速度で走行し、これから追い抜こうとする被告にとって、前方の原告車の動きは極めて重大な関心事であり、その視認状況の正確性は十分に信用に値する。

(2) 被告車が原告車の後輪に衝突したとすれば、原告車及び被告車の向きからすると、被告車が原告車後輪の左側面のほぼ横又は斜め後方から衝突することになるが、そのような衝突形態からすると、原告車は被告車の走行の勢いを左から右に直接的にかつ激しく受けることになり、その場で転倒する可能性が高い。しかし、原告車は衝突後そのままバランスを崩しながらもそのまま進行を続けている。

(3) 原告は、本件事故現場付近で三光通り方面に左折するに当たり、一旦右に膨らんだこともなく、そうする理由もない旨供述する一方で(甲一四の陳述書二頁)、本人尋問では、右に膨らんだことを理由を付して供述しており、原告の供述内容の基本的で重要な部分に変遷が認められる。

(4) 原告は、左ハンドルを切り、自転車が三光通り方面を向いてハンドルを直進の位置に戻した際、左後方に視線を移し、すぐに前方に視線を戻しているが、本件事故発生時(晩秋の夕刻)相当程度薄暗かったと考えられることや被告の服装(紺色のコート)を勘案すると、一瞬の視線の動きにより被告車の動きを十分に視認しきれなかったとも考えられる。

2  原告と被告の過失割合

(一) 本件は、あらかじめ左側端に寄らない左折自転車と後続直進自転車が自転車通行可能な歩道上で衝突したという交通事故であるが、自転車は、自動車とは異なり、〈1〉後方確認の方法が目視に依らざるを得ないために必ずしも容易ではなく、〈2〉自転車は直進及び右左折の機敏な運転操作が可能な乗り物であることからすると、先行車両が直進するであろうと予測する後続車両の運転者の期待について、自転車と自動車とで同等に評価するのは相当ではない。かえって、後続自転車の運転者が前方自転車の動向を含む交通状況全般を比較的時間的なゆとりをもって目視できる立場にあり、状況次第では機敏に対応して適切に運転走行したり、ベル等で警鐘を促したりすることを容易になし得ることからすると、先行左折車の左折方法の不適切をもって、自動車同士の同種事故事例と同様の過失割合を基本とすることは必ずしも相当ではないというべきである。

(二) 本件では、前示の原告車及び被告車の各走行態様のほか、本件事故現場が歩道上であること、本件歩道が狭隘ともいうべき幅員であること、を考慮すると、被告が原告車の直進に対して抱いた予測をさほどに保護するのは相当ではなく、原告の過失内容(左後方確認の不十分)と被告の過失内容(前方不注視及び本件歩道の規模に不適な走行速度)を総合的に考慮すると、原告及び被告の過失割合は五〇対五〇の同等と評価するのが相当である。

二  争点2(損害額の算定)

1  治療費 一四七万二九〇〇円

甲三により認める。

なお、検診料(二二七〇円。平成九年五月二七日領収分)の内容及び必要性を基礎付ける具体的事情が明確ではないので、これを除外する。

2  差額ベッド代 五九万六三七〇円

被告が認める平成八年一二月一八日までの限度でその必要性を認める。

平成八年一二月一九日以降の差額ベッドを使用する必要性を基礎付ける具体的な事情が明らかでない上、右必要性を裏付けるに足りる医学的な観点からの証拠がない。

3  文書料 一万〇五〇〇円

原告は、文書料として平成九年五月二九日に二万七三〇〇円、平成一〇年一〇月一三日に五二五〇円をそれぞれ出捐したが、領収書からは何通の文書を取得しそれらをいかなる用途で使用したのかが明確でなく、書証として提出された診断書(甲二、八)の作成費用として相当な一万〇五〇〇円について、その必要性を認める。

4  入院付添費 認めない

原告の入院に誰が、いつ、どの程度の時間付き添ったのか、付添労働の具体的な内容は何か、その付添労働の必要性いかん、などが明確ではなく、入院付添費の費目として損害額を計上するよりは、むしろ、後述するとおり、原告の入院に伴って親族に相当な面倒と負担をかけたであろうことを慰謝料の加算事由として考慮するのが相当である。

5  入院雑費 二七万一七〇〇円

日額一三〇〇円を相当と認め、入院期間二〇九日分を算定した。

6  通院交通費 一万二八〇〇円

通院のための相当な出捐と考え、前示の通院日数分を認める。

7  休業損害 三四九万四六六九円

(一) 基礎収入

原告は、本件事故当時、同居する四人の家族の家事全般の面倒を見ていたほか、夫の病気の治療のための付添等を行っていたこと(甲一〇)からすると、主婦労働に係る休業損害を算定するための基礎収入として一般的に合理的な数値である全女子労働者の平均賃金(平成八年は三三五万一五〇〇円、日額九一八二円)をもって算定するのが合理的である。

(二) 休業期間

入院期間中(二〇九日間)については主婦労働に係る休業を全面的に余儀なくされたと評価することができる(休業の必要度を一〇〇パーセントとする。)。また、平成一〇年三月三一日までの通院期間中(二八六日間)については、同居する家族の協力を得たり、時間をかけたりするなどして部分的に家事を行っていたと認められること(甲一〇)から、家事労働の休業を余儀なくされた程度(休業の必要度)を全体として六〇パーセントと評価する。

(三) 計算式

九一八二円×(二〇九+二八六×〇・六)=三四九万四六六九円

8  慰謝料 三二〇万〇〇〇〇円

原告の受傷内容や程度、治療状況、左足の使用困難な状況下でも可能な限り家事労働に従事して家族を支えてきたと考えられること、入院期間中はもとより治療期間中全般にわたって親族に相当な面倒や負担をかけたであろうこと(本人の精神的苦痛として評価する。)、原告には前示の後遺障害が認められ、それらは原告の稼働能力を相当程度左右するとまではいえないとしても、日常生活を送る上で相当な支障となっているとうかがえること、を総合的に考慮し、慰謝料として、三二〇万円をもって相当と認める。

9  小計(杖代九〇〇〇円を含む。) 九〇六万七九三九円

10  過失相殺(五〇パーセント)後の金額 四五三万三九六九円

11  控除金額(一五九万七二七一円)控除後の金額 二九三万六六九八円

12  弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円

事案の内容や難易度等を総合的に考慮した。

13  結論 三三三万六六九八円

三  結論

よって、原告の請求は、被告に対し、金三三三万六六九八円及びこれに対する平成八年一一月二二日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 渡邉和義)

交通事故現場見取図

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com