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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13840号 判決

原告

株式会社メオンフーズ

右代表者代表取締役

田久保芳彦

右訴訟代理人弁護士

山口益弘

被告

甲野一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一四一七万七五九一円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の主張

1  本件の経緯

(一) 原告は、訴外吉川トミ子(以下「吉川」という。)から、福岡地方裁判所小倉支部昭和六〇年(ワ)第八五七号既払金返還請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を、訴外藤本誠ほかから同支部昭和六二年(ワ)第六四九号損害賠償請求訴訟及び訴外村井均から岡山地方裁判所倉敷支部平成元年(ワ)第九四号損害賠償請求訴訟(以下、右三件の訴訟を併せて「本件各訴訟」という。)を提起され、訴外弁護士粟田吉雄(以下「粟田」という。)に右各訴訟を委任していたが、平成元年二月一〇日、粟田が辞任したため、原告は、被告に対し、同年八月一七日、本件各訴訟の追行を依頼し、被告は、これを承諾した(以下「本件委任契約」という。)。

(二) 原告は、被告に対し、本件委任契約締結の際、本件各訴訟の関係資料の一部を交付し、同年一〇月二七日ころ、残部を郵送して、その検討を依頼した。

(三) 原告は、被告に対し同年一〇月三一日、本件委任契約の着手金として一〇〇万円を支払った。

(四) 別件訴訟は、吉川が、ママデリカと称する夕食材料出前システムの普及事業を営む原告(別件訴訟被告)(以下「別件被告」と表示する。)に対して、右事業の参加契約に伴う権利取得金八〇〇万円の返還と遅延損害金の支払いを求めたものであり、その請求は、原告(別件被告)が、吉川に対して契約締結日から九か月以内に同人の株式会社設立を指示指導し、一五パーセント以上の資本金を出資する義務、及び契約締結日から一年以内に同人の惣菜加工工場建設を指示指導する義務があるのに、これらを怠ったため、吉川が原告に対して債務不履行により右契約を解除する意思表示をしたことを理由とするものである。

(五) 被告は、本件委任契約の申込みを受けた際、原告に対し、本件各訴訟の口頭弁論期日変更申請を原告名義で各受訴裁判所宛にするよう指示し、原告はこれに基づき各期日変更申請をした。原告は、被告に対し、別件訴訟の次回口頭弁論期日が平成元年一一月一四日である旨同年九月二〇日付け文書で通知した。次いで、被告は、同年一〇月三〇日、原告に対し、本件各訴訟の被告に対する訴訟委任状及び被告名義の口頭弁論期日変更申請書を交付し、これを各受訴裁判所に送付するよう指示し、原告は、同年一一月一日、右指示に基づき、右各書類を各受訴裁判所に送付し、別件訴訟の次回口頭弁論期日は、平成二年一月二三日に変更された。

(六) 本件委任契約締結当時、原告(別件被告)の防御として答弁書が陳述され請求原因に対する認否がされただけであったが、被告は、平成二年一月二三日の口頭弁論期日に欠席した。右期日では、原告吉川の本人尋問が行われ、被告が実質的な主張立証活動をしないまま弁論終結となった。

(七) 同年二月二七日、別件訴訟につき原告敗訴の判決が言い渡され、同年三月二四日、右判決を債務名義とする債権差押命令が原告に送達され、一〇一六万四六〇二円の債権差押えが執行された。

(八) 原告は、被告への連絡を再三試みたが、連絡がとれず、同月二六日、原告が東京地方裁判所民事第二一部に問い合わせた結果、右言渡の事実が判明した。翌二七日、被告は、原告と面談した際、原告に対し「会社に関することだから放置しておけばいい。欠席判決みたいなもので、内容で負けた訳ではないから心配するな。」と述べたが、原告を納得させる説明をしなかった。

(九) そこで、原告は、被告に対し、同年四月一八日ころ、債務不履行を理由として、本件委任契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、そのころ被告に到達した。

2  被告の債務不履行

(一) 被告は、法律専門家である弁護士として、法律知識に乏しい原告から依頼を受けて締結した本件委任契約に基づき、原告の裁判を受ける機会・期待を保証すること、原告に対し適切な助言をすること、裁判において主張立証をすること、原告に対し裁判について報告をすること、敗訴した場合に上訴の機会を保証すること、及び原告の損害を防止することの各義務を負っていた。

(二) しかるに、被告は、別件訴訟に関し、右各義務を全て怠り、(1)原告から預かった本件関係書類を精査せず放置し、(2)原告との会合は、いずれも適切な指導助言を期し難い新宿の喫茶店で三回したのみであり、(3)訴訟の進展状況に全く注意を払わず、いたずらに期日変更を繰り返し、一度も口頭弁論期日に出頭せず、吉川の本人尋問において反対尋問もせず、このため、原告を敗訴させた上、その判決を確定させて強制執行を受けさせた。

(三) さらに、被告は、別件訴訟の原告(別件被告)の敗訴判決の言渡があったことを原告(別件被告)に報告せず、これを確定させて強制執行を受けさせた。

4  着手金の返還及び損害

被告は、弁護士として、自己の右態度がもたらす結果及び原告の被る損害について十分認識していた。したがって、被告は、原告に対し、前記3の各義務を怠ったことによって原告が被った損害を賠償する責任があるところ、被告の別件訴訟に係る債務不履行により、原告は、被告に対し、原状回復として着手金一〇〇万円の返還請求権、及び損害賠償金一三一七万七五九一円の請求権を有している。損害賠償金の内訳は次のとおりである。

(一) 別件訴訟判決に基づく吉川の原告に対する債権差押えによって原告が失った債権 一〇一六万四六〇二円

原告が実質的な主張立証を怠ったために別件訴訟で原告(別件被告)が敗訴したのであるから、被告は、右敗訴によって原告が被った損害を賠償する責任がある。すなわち、

(1) 原告の事業は、健康と家計食材費節減を目的とし、システム商品ママデリカと称する惣菜を広域・多数地区での事業展開及び計画的商品準備により低価格で供給する事業であり、その仕組みは、原告が事業参加者の指示指導、統合調整に当たり、参加者らは売り手又は作り手として業務と地域を分担して実施機構を組織形成し、連携して一斉に流通を開始するものである。

(2) 原告は、第一次流通開始分として九州、岡山で事業内容説明会を実施し、資料を配布して参加者を募り、右実施機構の構築作業を進めた。事業参加は全て説明会来場者の自発的意思に委ねられ、元来参加者数の予測は不能であるが、原告は、実施機構の完成を目指し、右説明会による構築作業を約四年間継続して行った。

(3) 参加者らは、説明会及び資料を通じ、事業理念・内容、流通開始の手順等を全て了解し、自発的に事業に参加するものであり、かつ、原告は参加者らに実施機構構築の進行状況を知らせ続けた。

(4) 原告は、昭和五九年二月末日ころから、売り手担当の参加者らに対し、流通開始の予備作業である活動地図作成作業の指示指導を開始した。吉川を含め作り手担当の参加者らは、売り手担当参加者の準備が完了するまで待機することとなっていた。

(5) 吉川も、前記のとおり、説明会及び資料を通じ、事業理念・内容、参加契約の内容、事業進行の方法・手順・状況等全てを熟知し、とりわけ第一次流通開始が広域、多数、一斉を旨とし、一般的な契約通念は妥当しない特殊なものであることを了解した上で、自発的に参加した。契約締結の際は、吉川は、契約書を読み合わせて契約内容を了解し、併せて状況により加工開始時期を原告と吉川の協議の上決定するとの定め(契約書第一三項ただし書)に基づき、右時期を第一次流通開始日とし、契約有効期間の起算点も同様とする付帯文について、「契約書の付帯文につき」と題する書面によって説明を受け、これに同意した上で契約書及び右書面に署名押印した。さらに、念書、誓約書を原告に提出した。そして、吉川は、原告の説明により、第一次流通開始は実施機構の完成後であり、かつ、先行する売り手らの準備作業完了まで作り手である吉川は待機すること、実施機構構築及び準備作業等の進行状況を熟知していた。

(6) 原告(別件被告)には前記(1)ないし(5)の事実に関する多くの主張立証の資料があり、被告が平均的な弁護士の水準にかなった相当な方法によって業務を遂行し、実質的な主張立証を行っていれば、吉川の主張には理由がないとして請求棄却となっていたのに、被告が、これを怠ったため、原告(別件被告)は敗訴判決を受け、前記の債権を失った。

(二) 被告との打合費用 一万二九八九円

(三) 慰謝料 三〇〇万円

原告は、受任弁護士たる被告が、平均的な弁護士の水準にかなった相当な方法によって業務を遂行してくれるものとの期待を抱いていたが、被告は、前記3の債務不履行によって右期待を侵害した。これに対する慰謝料としては三〇〇万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、本件委任契約の別件訴訟に係る債務不履行による解除に基づき、原状回復として前記1(三)の支払済みの着手金一〇〇万円、及び損害賠償として右損害金一三一七万七五九一円の合計一四一七万七五九一円並びにこれに対する右解除の効力が生じた日の後であり、かつ訴状送達の日の翌日である平成二年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  原告の主張に対する認否及び反論

1(一)  原告の主張1(一)のうち、本件委任契約の締結日を否認し、その余は認める。平成元年八月一七日は、関係書類を預かって検討することとしたのみで、受任したとの確答はしていない。受任日は、平成元年一〇月三一日である。

(二)  同(二)のうち、原告が、被告に対し、同年八月一七日、本件各訴訟の関係資料の一部を交付したことは認め、その余は否認する。

(三)  同(三)は認める。

(四)  同(四)は認める。

(五)  同(五)は認める。

(六)  同(六)は認める。ただし、被告は、被告の前任者が構成作成した訴訟資料を精査し、答弁書には認否のほか積極的な主張もあり、これを補足・具体化すれば十分であると考えていた。しかるに、別件訴訟裁判官(以下「別件裁判官」という。)は、原告側の証拠調べもせずに判決したものである。

(七)  同(七)は認める。

(八)  同(八)のうち、平成二年三月二四日、原告が被告に連絡したが被告が不在であったことは認める。原告が同月二六日、原告が東京地方裁判所執行部に問い合わせた結果、右判決の言渡の事実が判明したことは知らない。翌日、被告が原告と面談したことは認め、その余は否認する。被告は、原告に対し、敗訴の理由について詳しく説明し、原告も納得した。

(九)  同(九)は認める。

2  原告の主張2について、(二)(2)のうち、被告が原告と新宿の喫茶店で会合したこと、(3)のうち、被告が、口頭弁論期日に出頭せず、原告吉川の本人尋問において反対尋問をしなかったこと、(三)のうち、別件訴訟判決の言渡があったことを報告しなかったこと及び右判決が確定し、原告が強制執行を受けたことは認め、その余の主張は否認し、争う。

3  同3は、否認し、争う。

4  同4は、否認し、争う。

三  被告の反論

被告は、別件訴訟に関し、対策を講じ、訴訟代理人としての義務を果たしたものであって、債務不履行責任は負わず、また、損害もない。

1  原告との会合に関し、平成元年八月一七日に原告が持参した本件各訴訟の関係書類は膨大な量であり、理解検討に労を要することから、被告は、詳細な打合せを原告事務所で行うことを提案したが、原告から事務所が狭いとして断られ、また、双方の交通の便を考慮して計五、六回新宿で会ったものであり、かつ、被告は原告に対し訴訟上の問題点を指摘してきた。

2  訴訟進行については、被告は、平成元年一一月一日付け期日変更申請書を出した後、受訴裁判所及び相手方代理人弁護士からの電話連絡を通じ、期日の打合せをしてきた。

3  別件訴訟における勝訴の見込みについて

原告事業の参加契約は、理由のいかんを問わず権利取得金の返還を認めず、参加者は、新規法人の設立、加工工場設置、配下参加者獲得、事業運営等を自らその費用でしなければならないという原告に一方的に有利なものであり、参加者が事業を開始する実現性も認められなかった。そして、右参加契約の契約書では、参加者の事業開始が契約日から一年以内、契約有効期間が契約日から三年とあるのを、付帯文によって右各起算日を「第一次流通開始日とする」と変更されているところ、右第一次流通開始日の説明を欠き、履行期限を無期限とするものとも解され、別件訴訟以外の二件の訴訟では、かかる契約は公序良俗に反し、独占禁止法の不公正取引であると主張された。吉川は、期待に反して契約後一年以上を経過しても原告(別件被告)から具体的な指示指導がなく事業開始ができなかったとして提訴に及んだものであり、右提訴には首肯すべき点があり、被告は、原告(別件被告)の防御に関し、参加契約を合理的に説明する理論構成に苦慮し、参加者は組織として一体であり、中途脱退はこれを破壊するものとして許さず、敢えて脱退する者は自己の権利を放棄するものであり、権利取得金返還を認めない趣旨であるとの論理付けが最善であると考え、他の二件の訴訟について準備書面を作成し、原告代表者に交付していた。

4  被告は、原告から相談を受けた時から二か月以上を経過した平成元年一〇月三一日に、原告の希望を入れて着手金二五〇万円の一部一〇〇万円を受領したのみで残金の支払日時、金額について確答のないまま、打合せの長距離電話費用を支弁した一方、原告は、旅費、宿泊費等の必要経費の支払いに言及せずに、被告に口頭弁論期日への出頭を強いようとしたものであり、被告が右期日に欠席したのは無理からぬことであったから、右欠席は債務不履行には当たらず、仮に債務不履行になるとしても、被告が必要とした費用を支払うことができない状態であった原告が被告に対して債務不履行責任を訴求することは信義則に反する。

5  さらに、別件訴訟判決の言渡後の状況につき、原告は、当時、多額の事業費を支出し、債務を抱えて経済的に逼迫しており、右判決について執行停止や控訴の費用を賄う余裕もなかったものであり、これが確定して原告が執行を受けたこともやむを得なかったことである。

四  被告の反論に対する原告の認否

いずれも否認し、争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告の主張1(一)の事実(本件委任契約締結日を除く。)、同(二)のうち、同年八月一七日、原告が被告に対して本件各訴訟の関係資料の一部を交付したこと、同(三)ないし(七)の各事実、同(八)のうち、平成二年月二四日、原告が被告に連絡したが被告が不在であったこと、及び同月二七日、被告が原告と面談したこと、同(九)の事実、並びに同2(二)(2)のうち、被告が原告と新宿の喫茶店で会合したこと、(3)のうち、被告が、口頭弁論期日に出頭せず、原告吉川の本人尋問において反対尋問をしなかったこと、(三)のうち、別件訴訟判決の言渡があったことを報告しなかったこと、及び右判決が確定し、原告が強制執行を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いがない事実、〈書証番号略〉、並びに代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  別件訴訟における原告(別件被告)の代理人であった粟田は、請求原因に対する認否のみが記載された答弁書(〈書証番号略〉)を受訴裁判所に提出し、陳述した。粟田は、昭和六〇年一二月二八日付け準備書面(〈書証番号略〉)を同裁判所に提出し、原告(別件被告)は、書証として〈書証番号略〉(本件の〈書証番号略〉)を同裁判所に送付していたが、口頭弁論期日において、右準備書面の陳述、書証の提出は行われていなかった。

2  粟田は、平成元年二月一〇日ころ、本件各訴訟の代理人を辞任し、別件訴訟以外の二件については、その後田久保尚武弁護士が受任したが、同弁護士も辞任した。別件訴訟の口頭弁論期日は、追って指定とされていたが、同年八月一一日に次回期日が同年九月一二日と指定された。

3  同月一六日、当時の原告の取締役で、その後原告代表者に就任した田久保芳彦(以下「田久保」という。)は、本件各訴訟の件で被告に連絡を取り、翌一七日、被告が指定した新宿の喫茶店「中村屋」において、被告と初めて面談し、訴訟についての説明をし、田久保弁護士の辞任による事後処理に関し意見を求めた上、本件委任契約の申込みをし、原告の記名捺印をした訴訟委任状を交付した。被告は、田久保に対し、前任弁護士の辞任に伴う着手金の処理について意見を述べた上、原告(別件被告)名義で期日変更申請をするよう指示して自ら案文(〈書証番号略〉)を書いて交付した。また、田久保は、被告に藤本ほかを原告とする訴訟の関係資料(重さ約一〇キログラム)を渡し、残りの資料は後日渡すこととした。

4  原告は、被告の右指示に基づき、原告名義の平成元年九月一日付け期日変更申請書(〈書証番号略〉)を別件訴訟の受訴裁判所へ送付したが、同月一二日の期日は、原告(別件被告)代表者不出頭のまま施行され、別件裁判官は、原告吉川の本人尋問を行う旨の決定をし、その期日を平成元年一一月一四日と指定し、同月一八日、原告(別件被告)に右口頭弁論期日の呼出状が送達された。

5  同年一〇月二七日、原告は、被告に別件訴訟関係の残余の資料を郵送した。同月三〇日、田久保と被告は、被告が指定した新宿で会い、被告は、田久保に対し、訴訟委任状の受任者欄に被告の名を書き入れて平成元年一〇月三一日と日付けを付した訴訟委任状を交付して本件委任契約を締結した上、被告名義の期日延期申請書(〈書証番号略〉)を渡し、これらを別件訴訟の受訴裁判所へ送付するよう指示した。

6  同月三一日、原告は、被告から、本件委任契約の着手金を本件各訴訟の合計訴額の七分に相当する金二五〇万円とし、その支払いを求める電話を受け、田久保は、被告と被告の指定により新宿で会ったが、六分相当の金二一七万円に減額してもらい、その一部として一〇〇万円を支払った。

7  田久保は、前示5の被告の指示に基づき、別件訴訟の受訴裁判所へ訴訟委任状及び口頭弁論期日変更申請書を送付した(〈書証番号略〉)。右変更申請は、被告が受任直後で訴訟記録の精査ができないことを理由に口頭弁論期日を平成元年一二月中旬以降とするよう希望するものであった。別件裁判官は、次回口頭弁論期日を平成二年一月二三日と変更し、平成元年一一月一二日、期日変更通知とともに右次回口頭弁論期日の呼出状を被告に送達した。田久保は、被告に対し、平成二年一月一六日付けで、同月二三日の別件訴訟の口頭弁論期日への出頭方を依頼する書面(〈書証番号略〉)を出した。しかし、被告は、右期日に出頭せず、右期日において、原告本人尋問が行われ、弁論終結となった。

8  その後、別件訴訟の受訴裁判所から、被告に対し、判決言渡のための口頭弁論期日呼出状(〈書証番号略〉)と書証写しが書留郵便に付する方法によって送達され、同年二月二七日、判決が言い渡された。右判決は、吉川の請求原因事実をほぼ認め、吉川の事業開始は契約後一年とされていた(「契約日は第一次流通開始日とする。」旨の変更は無効であると判断された。)のに、履行期限を徒過したとして請求を認容したものであった。同年三月二日、被告に対して右の判決正本が送達され、右判決は、同年同月一六日の経過により確定し、同月二〇日、右判決に基づき、原告が株式会社富士銀行赤坂アークヒルズ支店に有していた預金に対する債権差押命令が出された。同年三月二四日、別件訴訟判決に基づく債権差押命令が原告に送達され、一〇一六万四六〇二円の差押えが執行された。田久保は、直ちに被告への連絡を試みたが、連絡がとれず、同月二六日、東京地方裁判所民事第二一部(執行部)に問い合わせた結果、右言渡の事実が判明し、翌二七日、田久保は、被告と面談し、被告から別件訴訟の判決正本や吉川提出の書証等を受領したが、被告は、「原告本人尋問は被告が知らない間に行われ、反対尋問をさせないまま結審された。」「会社に関することだから放置しておけばいい。欠席判決みたないもので、内容で負けた訳ではないから心配するな。別の形で訴えを起こして数倍にして取り戻せる。」と述べた。田久保は、その後、二回被告に面会したが、納得できる説明が得られず、原告は、被告に対し、同年四月一八日ころ、債務不履行を理由として本件委任契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、そのころ被告に到達した。

三以上の事実を基に、被告の債務不履行の存否及び契約解除の効力を判断する。

1 被告が、原告(別件被告)から本件各訴訟の訴訟委任を受けて遅くとも平成元年一〇月三一日に本件委任契約を締結した者であることは前示二のとおりであるところ、このように訴訟委任を受けた弁護士は、善良なる管理者の注意をもって、依頼者の法律上の権利・利益を擁護し、損害を防止するのに必要な最善の訴訟活動を行う義務を負うが、その義務には、口頭弁論に出頭して、有効適切と判断される主張立証を行い、依頼者の裁判を受ける機会・期待を確保すること、依頼者に対し、事件の進行状況、見込み等を適宜報告し、これに基づき処理方針の検討をするなどして、依頼者の利益を図り、かつ、その意向が反映されるような措置を講ずること、及び事件の終了後は、その結果を依頼者に報告し、爾後の処理を検討し、特に敗訴した場合には、遅滞なく報告して依頼者が上訴するか否かを判断する機会を与え、裁判を受ける権利の喪失や判決確定による損害を防止することを包含するものと解される。

2 そして、前示二の事実によれば、被告が、原告吉川の本人尋問が施行された別件訴訟の期日につき、その呼出状を受け、かつ、原告(別件被告)から右期日の出頭方の依頼を受けていながら欠席し、結局、別件訴訟終結まで実質的な主張立証活動をしなかったこと、被告が、別件訴訟判決の言渡の口頭弁論期日の呼出状の送達により弁論が終結し、別件訴訟の判決正本の送達により原告(別件被告)が敗訴したことを知りながら、これを原告に報告しなかったことは明らかである。

3  被告は、訴訟進行に関し、平成元年一一月一日付け期日変更申請の後、受訴裁判所及び相手方代理人弁護士からの電話連絡で期日の打合せをしてきたと主張するけれども、右主張を前提としても口頭弁論期日に欠席し、実質的な主張立証活動をしなかったことを何ら正当化するものでない。また、被告は、結果を報告しなかったことにつき、原告(別件被告)が勝訴する見込みはなかったと主張するが、訴訟経過に鑑み弁護士としての専門的見地からは敗訴判決はやむを得ないと判断される場合であっても、依頼者の意向を十分尊重し、かつ、依頼者の損害を最小限にとどめるために、訴訟の結果を報告し、依頼者が検討する機会を確保すべきことも当然であり、被告の右主張によっても、右報告を怠ったことを正当化するものではない。

また、被告は、原告が、着手金の一部である一〇〇万円を支払ったのみで、旅費、宿泊費等の必要経費を支払わずに被告に口頭弁論期日への出頭を強いようとしたのであり、被告が右期日に欠席したのは無理からぬことであり、債務不履行には当たらず、仮に債務不履行になるとしても、経済的に逼迫し必要な費用も賄い得なかった原告が被告に対して債務不履行責任を訴求することは信義則に反すると主張する。確かに、受任者には費用前払請求権(民法六四九条)が認められ、必要欠くべからざる費用の支払いを委任者が拒絶するときは、受任者において事務処理を中断することができる場合もあると解されるが、右は、同条が示すとおり、必要性と内容を示してする前払請求を要件とするところ、本件において、被告が原告に対し右請求をしたことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、現行の民事訴訟手続において、手続や期日の懈怠は、訴訟関係者の迷惑となるにとどまらず、各種の失権効が伴い依頼者に多大な不利益を与えるものであるから、特段の事情のない限り、いったん訴訟代理を受任した弁護士が、費用前払いのないことを理由に出頭等を怠ることは許されず、出頭等に支障が生じるやむを得ない場合でも、裁判所に事情を疎明して期日変更申請等の措置を講ずるべきであると解するのが相当であり、本件においては、右特段の事情及び被告が何らかの措置を採ったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告の右主張は失当である。

さらに、被告は、原告が経済的に逼迫し、別件訴訟判決について執行停止や控訴の費用を賄い得なかったから、右判決が確定し、原告が執行を受けたこともやむを得なかったと主張するが、右は、被告が判決結果を報告した後、その後の推移や執行の可能性の見込み、残された処理方法等を依頼者に説明し、その経済状況等に応じた適切な指導助言をした上で、依頼者自身の意向を尊重してその最終的判断に委ねられるべきことがらであって、代理人限りの判断で判決確定を容認することが許されるものではなく、右主張も失当である。

4 その他、前示の被告の各所為がやむを得ないものであったことを認めるに足りる証拠はなく、被告は、専門的資格を有する弁護士として、訴訟代理人としての自己の行為の結果を認識していたことは明らかであって、被告の前示の各所為は、その余の義務違反の存否にかかわらず、本件委任契約を解除させるに足りる義務違反に当たる。そして、原告が、平成二年四月一八日ころ、被告に対し、本件委任契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、前示二の経緯に照らすと、右解除が信義則に反するとはいえず、被告は、原告に対して債務不履行による原状回復及び損害賠償の責めを負うものというべきである。

四債務不履行による着手金の返還及び損害賠償

1(一) 一般に、着手金は、弁護士の委任事務処理に対する報酬の一部前払いという性質を有するところ、訴訟委任契約が受任者たる弁護士の債務不履行によって解除された場合には、原則として既に支払われた着手金はこれを返還すべきであるが、右解除までに委任契約の趣旨に沿う一部の事務処理がされたと認められる場合は、その事務の割合、内容に相当する着手金の額はこれを返還することを要しないと解するのが相当である。

(二) 本件において、前示二の事実及び〈書証番号略〉によれば、前示一〇〇万円の着手金は、別件訴訟を含む本件各訴訟に関するものであるところ、前示二のとおり、被告は、田久保と三回会談し、訴訟について説明を受け、前任弁護士の着手金の処理について意見を述べ、訴訟進行について田久保に指示して本件各訴訟の期日変更申請をさせた上、岡山地方裁判所倉敷支部の事件については東京地方裁判所への移送申立てをしたことが認められ、右は、訴訟委任契約の申込みを受け又はこれを締結した者として、その本旨にかなう事務処理であったと認められること、及び着手金として当初二一七万円程度が予定されていたことに鑑み、右事務処理に対応する報酬として五〇万円が相当である。

そうすると、被告は、原告に対し、支払済みの一〇〇万円から右五〇万円を控除した残り五〇万円を返還する義務があるというべきである。

2  損害

(一)  被告との打合せ費用

本件全証拠によっても、その具体的内容及び支出の事実は認められないから、その返還請求は理由がない。

(二)  強制執行による損害

原告(別件被告)が別件訴訟の確定した敗訴判決に基づき強制執行を受けて被った損害と、被告の債務不履行との間に因果関係を肯定するには、右債務不履行がなければ別件訴訟において原告(別件被告)が確実に勝訴できたことが証明されることを要すると解すべきところ、次に説示するとおり、原告(別件被告)の勝訴が確実であったとは認められないから、右損害の賠償請求は理由がない。

(1) 別件訴訟の請求の原因は、原告(別件被告)が、吉川に対して契約締結日から九か月以内に同人の株式会社設立を指示指導し、一五パーセント以上の資本金を出資する義務、及び契約締結日から一年以内に同人の惣菜加工工場建設を指示指導する義務があるのに、これらを怠ったことにあったことは前示二のとおりである。

(2) これに対し、原告は、原告の主張4(一)のとおり、別件訴訟が請求棄却されるべきものであったと主張し、原告本人尋問の結果はこれに沿うものであり、また、〈書証番号略〉、並びに原告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、

ア 「メオン事業を提示する印刷資料集」(〈書証番号略〉)、これに綴られた実施展開・流通開始等に関するポイントを記した書面(〈書証番号略〉)を初めとして、〈書証番号略〉には、①原告の事業理念、内容、事業展開のあり方、②事業参加希望者が説明会、資料検討、原告の承認を経て資格を取得し契約に至る経過・履践内容、③原告の紹介、指示指導・統合調整の役割、④作り手、売り手の業務・作業内容、進行順序、速度等は異なること、⑤広域・多数の参加者で一斉に流通開始をすること、売り手先行で準備すること、具体的手順、原告からの指導等記載され、その内容は、原告の前記主張にほぼ沿うものであること、

イ 原告は、希望者の参加契約手続まで四回の説明会を実施し、来場者は、〈書証番号略〉を初めとして、「資格取得の書類手続までに必ず渡す印刷資料類の題名」(〈書証番号略〉)及び「主な資料の一覧」(〈書証番号略〉)と題する各書面記載の各資料を渡され、参加取得の条件・過程を教えられ、参加強制はなく、参加中契約成立日から一四日以内の解約を認められていたところ、参加資格を取得した者には、第一次流通開始のための実施機構の構築状況等について継続的に書面で報告され、資料の送付保存の作業もされたこと、昭和五九年二月末ころ、流通開始の具体化へ向けて売手らの予備作業指示指導が開始されたが、その指示書(〈書証番号略〉)には、第一次流通の手順とともに、右作業の完了まで作り手は待機すると記載されているところ、右指示書は、吉川ら作り手らにも送付されたこと、

ウ 吉川は、昭和五八年二月一〇日以降、事業説明会に出、諸資料を受け取り、権利取得金額の支払いを完了した同年一一月五日付けで参加契約手続をしたが、参加契約書(〈書証番号略〉)には「13」のただし書として「状況によっては甲(吉川)、乙(原告(別件被告))協議の上、加工開始時期を決定するものとする。」、及び契約書末尾に「本書13・18・の『契約日』を第一次流通開始日とする」との文言があること、吉川は、右契約に先立って同年二月と三月に売り手としての参加契約を締結していたが、その契約書(〈書証番号略〉)にも同趣旨の記載がある上、「契約書の付帯文につき」と題する書面(〈書証番号略〉)には、右のとおり付帯文を付して変更するのは、第一次流通の組織が構築途中であるためであること、及び右変更に同意すれば契約を締結し、異議があれば払込金を返還すること、疑問等があれば契約手続はやめるものとすることについて説明を受けた旨記載されているが、吉川は、参加契約に際し、これに署名押印したこと、吉川は、原告(別件被告)の指示指導に従い、違背すれば無条件解約を受け入れるとする契約書(〈書証番号略〉)と念書(〈書証番号略〉)を差し入れていたこと、

が認められる。

(3) しかしながら、他方、

ア 吉川と原告間の契約書(〈書証番号略〉)においては、「加工開始日は、契約日から一年以内とする。但し、状況によっては、甲、乙協議の上、加工開始時期を決定するものとする。」(13)、「契約の有効期間は、契約日から三カ年とする。」(18)とされているのに、契約書の末尾にゴム印でもって、「本書13・18・の『契約日』を、第一次流通開始日とする。」とあって、「第一次流通開始日の意味が契約書上明らかでない上、末尾記載の本文が併記されている意味及びその関係が右書面上明らかでないこと、

イ 吉川は、別件訴訟の本人尋問において「すぐにでも始まると思い」と述べている上、別件訴訟の吉川の陳述書(〈書証番号略〉)では、田久保が事業開始時期は昭和六〇年春ころであろうと述べたとする部分があること、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、「早期流通希望者だけ必読」と題する書面(〈書証番号略〉)が配付され、右書面には参加者の行為に起因する準備遅滞に言及する一方、流通開始の決定権は参加者にあり、説明会への伺向によりその時期も早まる等の記載があって、伺向に応じれば早急に事業を開始できると理解される体裁となっていること、「いつから流通か?」と題する書面(〈書証番号略〉)においては、「売手確保を優先し、その体制が整った地区から商品供給を開始する、体制が整えば明日からでも可能」という説明があり、これと一斉開始という原告の主張との整合性ないし原告の方針の変更の有無等が明らかではないこと、参加者宛の昭和五九年一〇月四日付け書面(〈書証番号略〉)には、流通可能な段階に達した地区があり、作業は大詰めに差しかかっているとの記載があり、参加者に流通開始が近いとの印象を与えるものとなっていること、

ウ 原告は、「作業指示説明書」(〈書証番号略〉)において、作業が遅延した参加者の処遇についての参加者の見解を問い、選択枝として他の参加者は先へ進む措置をも掲げていることに照らすと、吉川に対して実施機構の完成と流通開始の連動は絶対のものであったとの表明がなかった可能性も否定できないこと、

エ 吉川の陳述書(〈書証番号略〉)においては、田久保が実施機構が整わない限り事業は開始しないと言ったとする部分がある上、参加者宛書面(〈書証番号略〉)においては、実施機構を形成する参加者が一名でも不足すれば未完成であるとされていること、原告(原告代表者本人尋問の結果)自ら、流通開始の目安はあるが、元来参加者の事情により明確には確定できないものであったと述べていること、

オ 参加資格の取得に関し、事業説明会の出席者の中から、「事業内容を正しく理解した」(〈書証番号略〉)適格者を原告が選択するものとされ、これによると、原告の意向・判断に実施機構完成という流通開始の条件成就又は期限到来が左右され、また、ある参加者の準備未了によりなお実施機構が未完成のままとなり、これに関知しない他の参加者らの流通開始も遅れる仕組みであるといわざるを得ないこと、

カ 弁論の全趣旨によれば、本件各訴訟のうち他の二件については、契約が公序良俗に反し、独占禁止法の不公正取引であると主張されたことが認められること、

キ 原告の事業は、吉川との契約が成立した昭和五八年一一月五日から二年余り経過しても、開始せず、別件訴訟が提起された昭和六〇年にも開始せず、昭和六二年一一月ころから、九州の小倉地区も含めた九州方面と岡山県の一部で開始したが、昭和六三年八月には、北九州地区の流通は停止されたこと(原告代表者本人尋問の結果)、

の各点を指摘することができ、早期事業開始を望む参加者の地位は極めて不安定であることを免れず、原告において実施機構を完成させる意思と作業を継続させ、かつ、その後実際に流通開始に至ったとしても、契約書付帯文について別件訴訟の判決に示された「第一次流通開始日については全く説明がなく、意味不明なので、このような履行期限を無期限と解せられるような変更はとうてい有効と認めることはできない。」とする認定、解釈が成立する余地は十分にあり、かかる契約の効力、拘束力については、直ちに一義的な結論が導かれるとは言い難い。

(4) 以上の検討によれば、被告が、別件訴訟において原告(別件被告)のため相当なものと認めるに足りる主張立証活動を行っていたとしても、なお原告(別件被告)の主張のように吉川の請求が棄却され、原告(別件被告)が勝訴したことが確実であったとまでは認められないというべきであり、これを理由とする請求は理由がない。

(三)  慰謝料について

原告は、被告と本件委任契約を締結し、着手金も一部ながら支払い、資料も授受した上、専門的資格を有する弁護士である被告が、少なくとも平均的水準にかなう相当な方法によって訴訟活動及び原告に対する指導助言をし、原告の権利・利益を保護してくれ得るものと期待を抱くことは当然であると解されるところ、前示二のとおり、実質的な主張立証活動もされず、訴訟の状況・判決言渡の事実も知らされず、控訴の機会も失い、債権差押命令の送達を契機として事の顛末を知るに至った原告が、精神的打撃を被ったことは明らかであり、被告はこれに対する慰謝料を支払う義務があると解するのが相当である。そして、前示二の本件の経緯、別件訴訟後の被告の対応・言動等を総合考慮すれば、慰謝料額として二〇〇万円をもって相当とする。

五以上の次第で、原告の被告に対する請求は、五〇万円の着手金の返還と二〇〇万円の慰謝料の合計二五〇万円及びこれに対する訴状送達による催告の日の翌日であることが本件訴訟記録上明らかな平成二年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官筧康生 裁判官深見敏正 裁判官内堀宏達)

《参考・控訴審判決》

主文

一 第一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1 第一審被告は、第一審原告に対し、三七〇万九〇四〇円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 第一審原告のその余の請求を棄却する。

二 第一審被告の本件控訴を棄却する。

三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その二を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。

四 この判決の主文一項1は、仮に執行することができる。

事実

第一 当事者の求めた裁判

一 第一審原告

1 控訴の趣旨

(一) 原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告に対し、一四一七万七五九一円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2 第一審被告の控訴の趣旨に対する答弁

(一) 第一審被告の本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審被告の負担とする。

二 第一審被告

1 控訴の趣旨

(一) 原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。

(二) 第一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

2 第一審原告の控訴の趣旨に対する答弁

(一) 第一審原告の本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審原告の負担とする。

第二 当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、以下に記載するほか、原判決の事実欄の第二記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

一 原判決二枚目表七行目の「から、」の後に「昭和六〇年八月三一日」を、同九行目の「訴外藤本誠」の前に「昭和六二年七月一五日」を、同一〇行目の「損害賠償請求訴訟」の後に「(以下「藤本ら訴訟」という。)」を、同行の「訴外村井均」の前に「平成元年五月一六日」をそれぞれ加え、同一一行目から同二枚目裏一行目の「(以下、右三件の訴訟を併せて「本件各訴訟」という。)」を「(以下「村井訴訟」という。なお、右三件の訴訟を併せて、以下「本件各訴訟」ともいう。)」に、同二行目の「右各訴訟」を「別件訴訟及び藤本ら訴訟」に、同三行目の「粟田が辞任したため」を「粟田が辞任し、その後、田久保尚武弁護士に藤本ら訴訟及び村井訴訟につき委任したが、同年八月一五日に同弁護士が辞任したため」にそれぞれ改める。

二 同五枚目表一〇行目の「4」を「3」に、同裏二行目の「前記3」を「前記2」に、同八枚目表二行目の「前記3」を「前記2」にそれぞれ改める。

理由

一 当裁判所の認定した本件の経緯並びに第一審被告の債務不履行の存否及び契約解除の効力については、以下に補正するほか、原判決の理由欄の一ないし三の説示のとおりである。

1 原判決一二枚目裏七行目の「甲第三〇号証の一、第三一号証の一、」を削り、同八行目の「第三四号証ないし第三七号証」を「甲第三四号証ないし第三七号証、第九五号証、第一〇〇号証」に、同一三枚目表一〇行目の「本件各訴訟」を「別件訴訟及び藤本ら訴訟」にそれぞれ改め、同裏一行目の「同弁護士」の前に「平成元年八月一五日」を加え、同四行目の「同月一六日」を「同年八月一六日」に改め、同七行目の「初めて」を削り、同行の「説明をし」の前に「若干の」を加え、同一四枚目表二行目の「藤本ほかを原告とする訴訟」を「藤本ら訴訟」に、同裏三行目から四行目の「(甲第三〇号証の一)」を「(甲第一号証の二五及び四三)」に、同一五枚目表九行目の「原告」を「原告吉川」にそれぞれ改める。

2 同一六枚目裏一行目の次行に次の文章を加える。

「9 村井訴訟及び藤本ら訴訟は、その後、他の訴訟代理人が受任し、現在なお第一審裁判所に係属中で審理をしている。なお、村井訴訟については、平成元年六月一九日に前任の田久保尚武代理人が答弁書を提出し、その中で、本案前の抗弁として移送の申立てをしていたが、第一審被告がその後何らの訴訟活動をしなかったところ、平成二年一月二二日にこの移送の申立ては却下された。」

3 同一七枚目裏三行目の次行に次の文章を加える。

「そして、藤本ら訴訟及び村井訴訟については、その後、他の訴訟代理人を選任して訴訟活動を重ね、現在においても第一審裁判所に係属中であり、その訴訟の結論いかんはさておき、別件訴訟においても、第一審原告のために様々な訴訟活動を行い、第一審原告の利益を擁護すべき余地は十分にあったものというべきで、これらの事実にかんがみ、第一審被告が訴訟委任の趣旨に沿った事務処理をほとんど行わなかったことは、明らかであるといわざるを得ない。」

二 第一審被告の本件着手金の返還義務及び損害賠償について

1 着手金の返還

訴訟委任に伴う着手金は、弁護士への委任事務処理に対する報酬の一部の前払いの性質を有するものであり、この訴訟委任契約が受任者である弁護士の債務不履行によって解除された場合には、原則として、受領した着手金を返還すべきであるところ、その契約の解除に至るまでの間に委任の趣旨に沿った事務処理が一部されたときは、委任契約全体に占めるその事務の重要性及びその事務量等を勘案して、その分に見合う額は返還することを要しないと解すべきである。

ところで、前記認定の事実並びに〈書証番号略〉によれば、本件の着手金は、本件各訴訟すべてに関するものであるが、第一審被告は、田久保と三回面談し、訴訟について若干の説明を受け、前任の弁護士の受領した着手金の処理についての意見を述べ、訴訟の進行につき田久保に指示をして本件各訴訟の期日の変更申請を裁判所に提出させたのみであることが認められるが、本件各訴訟については、その内容も複雑であり、書証の分量も膨大であって、その精査のために時間を要することから、期日の変更を申請することはやむを得ないところであり、この点については一応事務処理を行ったものと認められる。しかし、これは、本件各訴訟の訴訟活動を推進していく上の準備的な作業であって、全体からみれば微々たる事務にすぎず、本件で支払が予定されていた着手金総額が二一七万円であったことを考慮しても、この事務処理に対する報酬としては三〇万円を越えないと認めるのが相当である。

なお、前述のように、第一審原告は、村井訴訟につき岡山地方裁判所倉敷支部に移送の申立てをしていたが、これは、第一審被告が受任後に行ったものではないので、これを報酬の対象とすることはできない。

また、第一審被告は、藤本ら訴訟及び村井訴訟については準備書面の原稿を作成し、これを田久保に交付した旨主張しており、第一審原告代表者尋問の結果によれば、田久保は第一審被告からメモのようなものを受け取ったが、判読が困難なものであったことが認められ、果たしてどの程度の内容のものであったのかが不明であり、前述の第一審被告のその後の事務処理態度に照らして、訴訟資料を調査して準備を行ったものか否か疑問であり、これを事務処理に対する報酬として考慮することは相当でない。

以上により、第一審被告は、第一審原告に対し、受領した着手金一〇〇万円のうち七〇万円を返還すべき義務があるというべきである。

2 損害賠償

(一) 第一審被告との面談の費用

〈書証番号略〉及び第一審原告代表者尋問の結果によれば、田久保は、平成元年八月一七日、同年一〇月三〇日及び同月三一日の三回、新宿の喫茶店等で第一審被告と面談し、本件の訴訟の委任に伴う説明や着手金の支払をし、また、期日の変更申請の指示等を受け、その席での飲物の代金合計三九四九円を支出したこと、その後、前述のように、第一審原告が吉川から差押えを受けたので、田久保は、平成二年三月二七日、同月三一日及び同年四月一七日の三日間四回にわたり、新宿の喫茶店等で第一審被告と会って経過の説明を求め、その席での飲物等の代金合計九〇四〇円を支出したことが認められる。右のうち、前者の飲物代金三九四七円は、訴訟委任に伴う社交的負担であって、本件の債務不履行によって生じた損害には当たらないと認めるのが相当である。しかし、後者の飲物等代金九〇四〇円については、第一審被告の債務不履行によって生じた出費であり、第一審原告はこの分につき損害を被ったものというべきである。

したがって、第一審原告の面談費用の損害は、右九〇四〇円の限度で理由がある。

(二) 強制執行による損害

これについては、以下に訂正するほか、原判決の理由欄の四の2の(二)の説示のとおりであり、第一審原告主張の損害を認めることはできない。

原判決二二枚目表二行目の「第二〇号証」を削り、同二三枚目裏七行目から八行目の「甲第一号証の七二」を「甲第一号証の五三及び七二」に、同二四枚目表二行目の「と三月」を「二一日と二三日」に、同裏五行目の「前掲甲第一号証の五三」を「前掲甲第一号証の五三及び七二」に、同二六枚目表七行目の「(エ)」を「エ」に、同九行目の「前掲甲第二一号証」を「前掲甲第二一号証の一ないし六」に、同裏一〇行目の「他の二件」を「村井訴訟」に、同二七枚目表二行目から三行目の「吉川との契約が成立した昭和五八年一一月五日から」を「当初、吉川との売り手としての参加契約が成立した昭和五八年二月から」にそれぞれ改める。

(三) 慰謝料

その金額を「二〇〇万円」から「三〇〇万円」に改めるほかは、原判決の理由欄の四の2の(三)の説示のとおりである。

三 以上の次第で、第一審原告の第一審被告に対する請求は、七〇万円の着手金の返還、九〇四〇円の面談費用の損害賠償金及び三〇〇万円の慰謝料の合計三七〇万九〇四〇円並びにこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるので、これを認容するが、その余の請求は失当であるので、これを棄却することとする。

よって、第一審原告の控訴に基づき、原判決を右のとおり変更し、第一審被告の控訴については、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官岩井俊 裁判官山崎潮)

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