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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20400号 判決

原告(亡相田健二訴訟承継人)

相田洋幸

原告(亡相田健二訴訟承継人)

相田佐惠子

右原告ら訴訟代理人弁護士

横山哲夫

吉沢寛

被告

右代表者

長尾立子

右指定代理人

東亜由美

外四名

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金九〇〇万円及びこのうち金八〇〇万円に対する平成三年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金五〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告らの長男である亡相田健二が脳動静脈奇形(arter-iovenous malformation以下「AVM」という)に基因するけいれん等の症状を治療するため、国立相模原病院において、その全摘出手術を受けたが、予後不良であり、かえって術前よりも重篤な障害を後遺したとして、同病院を開設する被告に対し、不法行為又は診療契約に基づく債務不履行を理由として損害賠償を請求する事案であり、亡健二の死亡によって、原告らが訴訟を承継している。

二  争いのない事実等

1(一)  原告らは、亡相田健二(昭和四二年一二月一日生)の両親である。

(二)  被告は、国立相模原病院(以下「本件病院」という)を開設し、運営している。

2(一)  健二は、昭和四八年ころから、左半身が麻痺する症状が出はじめ、昭和四九年一〇月一七日、東京女子医科大学付属病院に入院して検査を受けたところ、ラージAVMと診断された。

(二)  AVMは、脳内においては血液が本来、動脈から毛細血管を経て静脈に流れるべきところを、毛細血管がなく、動脈から直接静脈系に移行する血管奇形が形成されている脳の先天性異常をいう。

3  健二は、昭和四九年一一月一三日、本件病院脳神経外科を受診し、被告との間で、健二の症状を医学的に解明し、その症状に応じた適切な診療行為を行うことを内容とする診療契約を締結し、それ以後、概略次のとおりAVMの治療を受けた。

(一) 昭和四九年一一月一三日から昭和五五年一二月までの約六年間は、ほぼ月に一度の割合で通院し、投薬治療を受けた。

(二) 健二は、昭和五五年一〇月一四日に本件病院の診療を受けた際、医師に対し、その前夜に片側けいれん(三〇分間)及び一時的言語障害があったと報告した。そこで、健二は、同年一二月一六日の診療の際、昭和五六年一月五日から血管撮影等の検査のため、入院することになった。

(三) 右入院期間は、同月九日までであり、その間、頭部CT検査(頭蓋全般)、脳血管撮影及び脳波検査が行われた。

右入院時の本件病院看護記録「現病歴」欄には、「発病時1/M(一か月に一度の意味)位発作症状あったが、二年位前より発作症状なし(発作は四〇分間くらいで急にくる)」との記載がある。また、同記録「病床日誌」欄及び「退院時指示」欄には、「六年前よりnidus(AVMを構成する血管塊、以下「ナイダス」という)、feeder(AVMを構成する導入動脈)の成長+opeを前提に退院」の記載がある。

(四) 健二は、右退院後、昭和五六年一月二一日から同年四月二八日までは、月一回程度の割合で通院し、投薬治療を受けたが、特に検査などは受けていない。

(五) 健二は、同年五月二六日、本件病院に再度入院したが、このときには、単独歩行ができ、頭痛はなく、左上下肢に軽度の麻痺があって跛行が認められたが、知覚障害はなかった。

(六) 右入院後、健二は、頭部レントゲン撮影、ルンバール検査(同年五月二八日)、CT検査(同月二九日)及び右CAG(頸動脈撮影、同年六月五日)の諸検査(手術前検査)を受けた。

4  健二は、同年六月一〇日、本件病院において、AVM全摘出手術(以下「本件手術」という)を受けた。

5  本件手術中、脳梁と思われる部位からの出血が止まらず、本件病院の担当医師らが止血操作に難渋しているうちに、周囲脳の急速な膨張及び健側脳内から動脈性の出血が起こるという事態が発生した。

6  健二には、本件手術後、術前よりも重篤な左片麻痺の障害が残った。

7  健二は、本件手術後、孔脳症を発症し、昭和五七年二月三日、本件病院において、V―Pシャント手術を受けたほか、右障害の改善を図るため、本件病院及び社会福祉法人神奈川県総合リハビリテーション事業団七沢障害・交通リハビリテーション病院においてリハビリテーション治療を受けた。

8  健二は、平成五年八月一日、死亡した。

三  争点

1  健二のAVM治療のため、本件手術を選択した点につき、本件病院の担当医師らに過失があったか否か。

2  本件手術に際して、手術前検査が十分であったか否か。

3  本件手術に際して、健二や原告らに対して手術の必要性、危険性等について十分な説明がなされていたかどうか。

4  原告らの被った損害

四  原告らの主張

1  争点1について

(一) 健二のAVMは、おおむね八センチメートル×五センチメートル×八センチメートルの大きさを有しており、このような巨大なAVMは、手術適応にないものである。医学文献等においても、本件手術当時、全摘出が可能なのは小さなAVMの場合とされていた。

また、一般に、手術が必要とされるAVMは、患部からの出血が見られるものであるところ、健二のAVMについて、出血を示す資料はなく、出血はなかった。そして、大きなAVMの場合、中小のものに比べて、出血を生じる可能性は低く、また、手術によらなくても予後は良好であるから、本件手術を実施する必要はなかった。

(二) 本件手術当時、一般に、脳深部に至るAVMは、手術適応がないとされていたところ、健二のAVMは、脳梁に達するものであり、右基準に照らせば、手術適応にないものであった。

(三) また、一般に、脳の三葉にかかって存在するAVMは、手術適応にないとされていたところ、健二のAVMは、前頭葉、頭頂葉及び側頭葉にわたるものであり、右基準に照らせば、手術適応にないものであった。

(四) 本件手術において生じたような、脳の膨張現象や出血現象は、本件手術以前に既に報告されているものであり、本件病院の担当医師らは右事実を知っていたか、知り得べきであった。

すなわち、本件手術以前の昭和五五年一〇月に開かれた第三九回日本脳神経外科学会総会において、本件病院の医師であり本件手術に助手として携わった宮坂佳男(以下「宮坂医師」という)が、他の医師と共に「脳動脈奇形に対する手術適応の再検討」と題する報告を行い、非出血群の成績不良例は大AVMの例であり、大AVMの手術適応の決定は慎重にすべきであると結論づけている。昭和五六年五月に開かれた第二二回日本神経学会総会において、健二の主治医であった別府俊男医師(以下「別府医師」という)及び松森邦昭医師(以下「松森医師」という)など本件病院の医師らにより「脳動脈奇形におけるsilent hemorrhage(無症状出血)の臨床的意義について」と題する報告がなされている。また、本件病院の右医師らは、「脳動脈奇形における“silent hemorrhage”の臨床病理学的検討とその臨床的意義」と題する論文を作成、発表している。このように、本件病院の医師らは、本件手術以前から、AVMについて専門的研究を行っていたものである。

そして、本件手術で生じた脳の膨張、出血現象は、昭和五三年にシュペッツラーらにより認識され、報告されていたものであり、また、周囲脳膨張及び出血症例に関しては昭和五四年にウィルソンやムーランの報告もなされていたから、AVMの専門的研究を行っていた本件病院の医師らは、これらの現象について当然知っていたはずである。

(五) したがって、健二のAVMは、昭和五六年六月一〇日に行われた本件手術当時、手術適応にはなかったから、治療方法として本件手術を選択した本件病院の担当医師らには、適切な治療方法を選択すべき注意義務又は診療契約上の義務を怠ったものというべきである。

2  争点2について

(一) 本件手術を実施する医師は、手術前に、AVMの導入動脈の数と位置、ナイダスの局在及び導出静脈の広がりを正確に把握しておく必要がある。本件病院の担当医師らが行った手術前検査は、前記二3(六)のとおりの内容であったところ、右諸検査によっては、健二のAVMの導入動脈の数と位置、ナイダスの局在及び導出静脈の広がりが全く把握できていなかった。

(二) 本件病院の担当医師らは、これらの事実を正確に把握した上で本件手術を行うべきであり、諸検査を実施してもこれらについて把握できないときは、再度検査を行ったうえで同手術を行うべき義務があるにもかかわらず、右のとおりこれを怠って、安易に本件手術を実施したものであり、これは、不法行為又は診療契約に基づく債務不履行となるものである。

3  争点3について

(一) 本件病院の別府医師は、昭和五六年五月二六日からの健二の入院の半年ほど前から、原告相田佐惠子(以下「原告佐惠子」という)に対し、「お母さん、毎月薬を取りにくるのは大変だね。手術をすれば今飲んでる薬も飲まなくてもいいようになるんだよ。今手足が重いような感じもうまくいけば治っちゃうんだよ。前に一度健二君ほどではないが、それより少し小さい病巣の女の子の手術をしたことがある。その子は手術もうまくいって、今元気に学校に通っているよ。もう手術をしないと命の保証はしないよ。手術は簡単で入院期間は三か月です。夏休み中に手術をして、二学期には学校に行けますよ。」などと話し、本件手術を勧めた。

また、別府医師は、本件手術に先立ち、原告佐惠子に対し、繰り返し、本件手術が心配のないものであること及び万一障害が残ってもリハビリで簡単に治ると説明したが、障害の具体的内容については説明しなかった。

以上のとおり、別府医師らは、本件手術実施の承諾を受けるに際して、その危険性についての説明をしておらず、手術をしなかった場合の予後についても不正確、不十分な説明しか行っていない。

(二) 本件病院において、別府医師と共に健二の治療に当たっていた松森医師は、本件手術の前日、原告佐惠子に対し、本件手術によって起こり得る障害について若干の説明をしたが、これも到底十分なものとはいえなかった。

(三) したがって、本件病院の担当医師らは、本件手術を実施する医師として事前に尽くすべき説明義務又は診療契約上の説明義務を尽くしていない。

4  争点4について

(一) 健二は、五歳のときにAVMを発症して以来、地元の小学校及び中学校に通学していたが、病院へ通院するとき以外に欠席もなく、体育の授業にも普通に参加し、運動会の徒競争でも活躍していた。

(二) ところが、健二は、本件手術によって、片麻痺により身体障害者等級二級の障害を残すこととなった。

そのため、健二は、死亡に至るまで、日常生活の起居動作に関して、原告佐惠子らの介護がなければ立ちいかない状態になってしまった。

また、健二は、本件手術後、AVM手術後けいれんに悩まされ、一〇年間にわたり抗けいれん剤の服薬を欠かすことができずにいた。

(三) 健二は、平成五年七月三一日午後八時ころ、自宅において、沸かしていた風呂の様子を見に行った際、誤って浴槽内に転落し、全身にやけどを負い、それが原因でその数時間後に死亡した。

健二が健常であれば、浴槽に転落することもなく、仮にそのようなことになっても自力で脱出できたのであるから、本件手術後の前記障害が本件事故を招来したものである。

(四) 健二は、被告の不法行為又は債務不履行により、次のとおりの損害を被った。

(1) 治療関係費

① 入院雑費 三八万七四〇〇円

② 付添・介護費

一九九四万八五〇〇円

(2) 逸失利益

① 死亡までの分

二四二五万六四〇〇円

② 死亡後の分

六〇六五万二五六五円

(3) 受傷、後遺障害及び死亡による慰謝料 三〇〇〇万円

(4) 弁護士費用 一〇〇〇万円

(5) 合計

一億四五二四万四八六五円

(五) 原告らは、健二の死亡の結果、相続により、右損害賠償請求権を各二分の一ずつの割合によって取得した。

(六) よって、原告らは、被告に対し、不法行為又は本件診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、右金額のうち一億円につき、二分の一である各五〇〇〇万円及びこれに対する本件手術後である平成三年六月一〇日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

五  被告の主張

1  争点1について

(一) 一般に、大AVMの場合、長期予後が良好であり、出血の可能性が比較的少ないことは原告主張のとおりであるが、本件病院の担当医師らは、健二のAVMが徐々に成長しており、また、AVMの周囲において小出血を疑わせる徴候が見られたことから、本件手術は不可避と判断したものであり、健二の治療につき、本件手術を選択したことについて、同医師らに落ち度はない。

(二) 本件病院における健二の症状の変化と治療内容は、おおむね次のとおりである。

(1) 昭和四九年一一月一三日の健二の初診当時、健二には、激しい運動や入浴後、叱られた後などに三〇分程度の可逆性の左半身麻痺(左片麻痺)が出現することがあった。これは、AVMが前頭葉運動領にあるために生じる脳虚血が原因と考えられた。しかし、健二に神経学的症状(神経欠落症状)は見られず、差し迫った生命の危険は認められなかった。

東京女子医科大学付属病院からの紹介では、AVMのナイダスが大きく、今後症状の増悪が見られるまで手術は延期する方針とのことであり、同病院では、退院時に、ヒダントールF(抗けいれん剤)、アドナ(止血剤)、トランサミン(止血剤)及びカルニゲン(昇圧剤)をそれぞれ一日二錠処方していた。

本件病院では、この時点で、ヒダントールF、アドナ及びトランサミンを右同量処方したが、その後、同年一二月二五日から昭和五〇年四月七日までは、ヒダントールFとアドナのみの投与とした。

(2) 昭和五〇年三月四日、左片麻痺の発作が、安静時及び就眠時に発生した。そこで、同年四月八日以降、発作予防の目的でヒダントールFを一日四錠に増量したところ、その効果が認められた。

この時期においても、右のほか恒常的な神経欠落症状もなく、生命の危険も認められなかった。

(3) 同年五月二二日、非発作時においても、恒常的に左上下肢及び左顔面の知覚低下のあることが観察された。これは、大脳中心後回にAVMによる不可逆的な障害が及んできたためと考えられた。また、このころ以降、頭痛の訴えも見られるようになった。

昭和五一年一月六日、左手足から口に及ぶけいれん発作が見られた。これは、それまでの脳虚血による症状ではなく、AVMが大脳中心前回の運動領に存在し、周囲脳のグリオーシス化(神経細胞が死んで膠化すること)をもたらしているために生じたてんかん発作と考えられた。

このため、同年三月一一日に、デパゲン(抗てんかん剤)一日八〇〇ミリグラムの追加投与を始めると共に、同年一一月二九日からはヒダントールFを一日六錠に増量した。

昭和五二年三月七日の診察時には、健二の歩行が不安定であり、左下肢を引きずるようにして歩くことが観察されたが、他覚検査(片足立ち)では明瞭な運動麻痺は証明されなかった。

昭和五三年一月一一日の診察時には、左上下肢の筋力低下が恒常的に存在することが観察された。

昭和五四年六月二二日の診察時には、学校で左下肢の動きが悪いと注意を受けることが多い旨の報告があった。

さらに、昭和五四年九月一〇日の診察では、左片足立ちが悪いことが他覚的に確認された。

この時期においては、右のとおりけいれん発作の出現と神経欠落症状の進行及び頭痛の出現が認められる。これらは、虚血が繰り返された結果、AVMの周囲脳の神経細胞のえ死及び脱落が進んでいることを示している。しかし、投薬の増量で対応が可能であり、社会生活は十分可能であったから、手術の適応は生じてきてはいたものの、手術の差し迫った必要までは認められない状態であった。

(4) 昭和五五年七月一五日の診察時には、通学途中、左上下肢のしびれ感が一過性に出現し、バスに乗ろうとしたとき転落した旨の報告があった。また、左上肢の間代(クローヌス)性けいれんも認められた。このため、ヒダントールFを一日七錠に増量した。

同年一〇月四日の診察時には、三〇分間の左半身の間代性けいれんと一過性の失語症が出現した旨の報告があった。別府医師は、健二らに対し、AVMの状態を把握するため、脳血管撮影を受けるように勧めた。

昭和五六年一月七日実施の脳血管撮影の結果によれば、健二のAVMのナイダス及び導入動脈は、東京女子医科大学付属病院での撮影時に比べて成長していた。そこで、右諸症状の発現、進行は、ナイダスの成長による前頭葉運動領及び頭頂葉知覚領の広範な直接障害、すなわち神経細胞の脱落によるものと判断された。この段階では、出血の蓋然性の判断は極めて困難であったが、これ以上の症状の進行等があれば、出血による生命の危険も懸念される状況であった。また、このとき、左半身の不全麻痺及び知覚低下が認められた。そこで、別府医師は、健二らに対し、今後外来での観察で、激しい頭痛や症状の一層の進行、けいれん等があれば、生命の危険も生じ、手術が回避できないことを説明した。

(5) 昭和五六年四月二八日の診察時には、左足関節の痙性が進行し、伸展及び屈曲制限が見られ、左踵をくじきやすくなっていることが観察された。右のような症状の急激な進行から、別府医師は、右前頭葉の下肢運動領に小出血を来したのではないかと推定し、外来による投薬療法では対応が困難であり、生命の危険もあると判断し、健二らに対し手術目的での入院を勧めた。

(6) 同年五月二六日の入院時には、健二は歩行入院したものの、跛行があった。また、左半身の不全麻痺及び知覚障害があり、左足に間代性けいれんがあり、左のワルテンベルク反射(母指以外の四本の指を抵抗に逆らって屈曲させたとき母指が著しく内転、屈曲すること)が陽性であった。

同月二八日実施のルンバール検査においては、出血の確認はできなかったが、この際、脳圧が一九〇mmH2O(正常値は一五〇から一八〇mmH2O)であった。

同月三〇日には、左上下肢のけいれん発作が観察され、同月三一日及び同年六月一日にも左上肢けいれん発作が観察された。

そこで、右発作時にフェノバールを筋肉注射すると共に、同年六月一日からアレビアチン0.2グラム、フェノバール二錠、デパゲン四錠及びマイソリン一錠(いずれも抗てんかん剤)を投与した。

(三) AVMが存在する場合、最も危惧されるのは頭蓋内出血であるところ、以上の経過に見られるように、健二のAVMのナイダスの増大と症状の確実かつ急速な進行を見たときには、出血の蓋然性が高いと判断せざるを得ず、また、小出血を疑わせる症状が出現した以上、より大きな再出血のおそれが大きいと考えられた。

また、AVMが破綻することなく推移したとしても、右のとおりの症状の確実かつ急速な進行状況から見て、そのまま投薬のみで対応した場合、増大するAVMの周囲脳の神経の脱落が進み、重篤な障害を招来する蓋然性は極めて高かった。

したがって、本件病院の担当医師らが右段階で手術を選択したことは、正当かつやむを得ないものであった。

(四) 一般に、大脳運動領皮質や、感覚領皮質における手術では、片麻痺や半身知覚障害の招ずる可能性は避けられない。そのため、本件手術実施前においても、片麻痺や半身知覚障害が増悪することはあり得るものと考えられていた。しかし、AVMの場合、他の運動領野が運動中枢の機能を代償している場合があるため、ナイダスが運動領野にあっても、その全摘出後に必ずしも片麻痺が出たり、増悪するとは限らないとされている。健二の場合も、幼児期から大きなAVMが存在し、代償機能の働いている可能性が高く、右側非優位脳であることから、手術による機能障害は最小限度のものですむ可能性があり、また、若年であるゆえリハビリテーション等により神経脱落症状は最小限度のものにし得ると考えられた。

また、健二のAVMにおいては、ナイダスが脳実質内に向かってくさび状に存在していたので、脳実質を傷つけることなくナイダスを摘出することは不可能であったから、本件手術により脳実質を傷つけた可能性は否定できない。しかし、摘出したナイダスの病理所見によれば、その周囲脳にはグリオーシスが見られ、既に機能していなかったものと考えられるから、本件手術により健常な脳を不必要に傷つけたということはない。

さらに、健二のAVMは、三葉にまたがるものではなく、二葉にわたるものであったから、手術不適応ではなかった。

(五) 本件病院の担当医師らは、本件手術中、健二の脳に生じた急激な膨張及び出血現象を予測していなかったが、右現象が起こり得ることは、本件手術当時、臨床医学の医療水準において周知の事実とはされていなかったものであり、同医師らがこのことを知らなかったことにつき過失はない。

(六) 以上のとおり、本件病院の担当医師らが本件手術を選択したことは、当時の医療水準に照らして正当であり、過失はない。

2  争点2について

本件病院においては、前記二3(三)及び(六)のとおり、十分な検査を行い、ナイダスの局在、大きさ、導入動脈及び導出静脈の位置等を的確に把握したうえで、本件手術を施行したものであるから、手術前検査の実施につき過失はない。

3  争点3について

(一) 別府医師は、原告佐惠子に対し、本件手術前に、数回にわたり、健二のナイダスの成長とそれに伴う症状の説明、健二が頭痛等の症状を示した場合には小出血が疑われ、大出血による生命の危険があること、本件手術を行えば長く生きることができ、現在飲んでいる薬も飲まなくても良いようになり、手足が重いような感じもうまくいけば治る可能性もあること、本件手術により障害が残る可能性があるものの、リハビリテーションによって回復する可能性があることを説明した。もっとも、具体的な説明内容は、昭和六〇年八月二四日に別府医師が死亡したため、不明である。

また、松森医師も、原告佐惠子に対し、左半身麻痺が増悪する可能性について補充的に説明している。

(二) そもそも、本件手術のように脳の一部を切除する手術がそれ自体極めて難易度の高い手術であることは、何人であっても容易に理解されるものである。

また、健二のAVMについては、もともと、手術が危険であるため、保存的療法を行ってきたものであり、このこと自体、原告佐惠子の認識しているところであるから、別府医師が手術の危険性を全く説明せず、原告佐惠子が右危険性を理解していなかったとは考えられない。

4  争点4について

原告らは、本件病院の担当医師らの過失相殺について、これと健二に生じた障害及びその後の死亡によるすべての損害との因果関係を主張し、全損害を請求しているが、健二は、本件手術後、平成三年一月一一日当時には装具着用のもとで自力歩行が可能なまでに回復していたのであり、これら障害及び死亡と、同医師らの手術選択、実施又は説明内容の問題との間には相当因果関係は存しない。

また、健二らが健二の財産的損害として主張するものは、もっぱら本件手術そのものによって生じたものであり、それは、同医師らの説明義務とは無関係である。したがって、仮に被告に説明義務違反に基づく責任が認められるとしても、それと相当因果関係を有する損害は、当該医療行為を受けるか否かに関して判断の機会を失ったことによって生じる慰謝料に限定されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  本件手術に至る経過について

1  前記争いのない事実等と証拠(甲五、甲七の一から四まで、甲一二、乙一から五まで、乙七、乙九の一及び二、乙一〇の一及び二、乙一一の一から三まで、乙一四、証人松森)を総合すれば、本件手術に至るまでの健二の症状及び治療の経過は次のとおりであると認められる。

(一)(1) 健二(満五歳)が、昭和四八年五月三一日、友達と遊んでいるとき、急に左下肢に力が入らなくなり、五分後左上肢も動かなくなる症状が現れた。この症状は四〇分位継続した。

同年八月一〇日、入浴後に、左上下肢及び口角に進行性麻痺(不全麻痺)が起こり、ろれつが回らないという症状が起こった。この症状は一時間から二時間で消失した。

同年九月一一日にも、右と同様の発作が起き、三〇分くらい持続した。同年一〇月一日、幼稚園において、左上下肢が重くなるという症状が現れた。

同年一二月八日、原告佐惠子が健二を叱った際、頭痛、嘔吐を伴い、前記同様の発作が起こったほか、同月一〇日にも、発作が起こった。

このころ、一か月に二、三回程度の頻度で、入浴後や強く叱られたとき、長距離歩行の後などに、左足に力が入らなくなり、跛行することがあった。

(2) 健二は、当初神奈川県南足柄市所在の大内病院を受診していたが、そのときには、健二の右症状は心理的な原因によるものであろうとの診断がなされていた。その後、健二は、昭和四八年一二月ころに東京女子医科大学病院を受診して精密検査を受けたところ、脳血管の異常が発見された。昭和四九年一〇月一七日同病院に入院してさらに検査を受けたところ、ラージAVMとの診断であった。このときのナイダスの大きさは、左CAGによれば、前後径が四三ミリメートル、上下径が五〇ミリメートル、左頸動脈の内径が六ミリメートルであり、右CAGによれば、前後径が最大六五ミリメートルであった。なお、このころ、左上下肢の麻痺の発作後、くも膜下出血のときにみられるような重度の頭痛及び嘔吐が併発することが観察された。

同病院では、健二のAVMについて手術の適否についても検討されたが、AVMの領域が大きいため、今後の症状の推移を見てゆくこととした。

退院後にヒダントールF、アドナ、トランサミン及びカルニゲンをそれぞれ一日二錠処方した。

(二)(1) 昭和四九年一一月一三日、健二は、経過観察のため、本件病院を受診した。ヒダントールF、アドナ及びトランサミンをそれぞれ一日二錠処方した。

(2) 同年一二月四日の診察時には、片足立ちの検査をしたが、結果は両足とも良好であった。前回受診時から当日までに一五分ほどの二回の発作があった。

(3) その後同月二五日の診察時までの間に、三〇分間の左半身不全麻痺の発作が起こった。また、左下肢の反射亢進が認められた。このときから、処方をヒダントールFとアドナの一日各二錠に変更した。

(4) 昭和五〇年二月三日の診察時には、左下肢の反射亢進が認められた。

(5) 同年二月五日及び三月四日にそれまでと同様のけいれん発作が起こったほか、三月四日には就寝時に左下肢のトッドの麻痺(てんかんのジャクソンけいれんを起こした四肢において、発作が終わった後に生じる一過性の麻痺)が起こった。同年四月七日の診察時以降、処方を、ヒダントールFを一日四錠、アドナを一日二錠に変更した。

(6) 同年五月二二日の診察時の検査で、左顔面を含む左半身の知覚低下が認められた。また、左下肢の深部反射に亢進が見られ、間代(筋肉の急速で連続した収縮と弛緩を特徴とする動き。クローヌスともいう)も陽性であった。

(7) 同年六月五日の診察時には、頭がきついという訴えがあった。このときは、クローヌスは陰性であった。

(8) 同年七月三日の診察時には、左上肢が重く感ずるという訴えがあった。このときには、左下肢の深部反射及び左膝蓋腿反射の亢進が見られた。発作は認められず、さらに経過観察を続けることとした。

(9) 同年八月二日の診察時には、健二から、プールに行ったが問題がなかったこと、頭痛がまれにある旨の報告があった。

(10) 同月二七日の診察時には、同年七月一五日に発作があった旨の報告があった。このときには、左の角膜反射に低下が見られたが、クローヌスは陰性であった。

(11) 同年九月一七日の診察時には、その一週間前に発作があった旨の報告があった。このときには、神経所見は前回と特に変化がなかった。運動会での急激な運動は避けるようにとの指示をした。

(12) 同年一一月六日の診察時には、前月二五日に左半身に発作があった旨の報告があった。このときには意識消失はなかった。

(13) 同年一二月八日の診察時には、頭痛はない旨の報告があった。

(14) 昭和五一年一月八日の診察時には、同月六日に、左手、左足及び左口の順にけいれん発作が起こった旨の報告があった。意識消失はなかった。従前処方されていたアドナ及びヒダントールFに加え、パントシン一日二錠を処方した。

(15) 同年二月一二日の診察時に、パントシンを飲むと吐き気があるという訴えがあったため、同薬の処方を中止した。知覚検査の結果は良好であった。

(16) 同年三月一一日の診察時に、従前処方されていたヒダントールF及びアドナに加えて、デパゲン一日八〇〇ミリグラムを追加処方した。

(17) 同年六月一七日の診察時に、深部反射亢進が認められたが、麻痺は認められなかった。

(18) 同年一一月二九日の診察時に、同年一一月一日の前回通院の帰り道で上肢の一過性の運動麻痺があった旨の報告があった。このときから、アドナ及びパントシンを各一日二錠、ヒダントールFを一日六錠、デパゲンを一日八〇〇ミリグラムとする処方をした。

(19) 昭和五二年一月二四日の診察時に、再びパントシンを飲むと気分が悪くなるという訴えがあったため、同薬の処方を中止した。

(20) 同年三月七日の診察時には、最近歩行が不安定である旨の報告があり、左下肢の引きずり、間歇性跛行及び麻痺性歩行が認められた。しかし、片足立ち検査の結果は良好であり、頭痛は認められなかった。

(21) 同年七月二九日の診察時には、けいれんはなかったが、片麻痺の発作はあった。また、朝頭痛があった旨の報告があった。

(22) 昭和五三年一月一一日の診察時には、脱力発作はないが、左半身の運動麻痺は普段もある旨、飛び箱が五段までできる旨の報告があった。

(23) 同年二月一四日に、CTスキャンの検査が行われた。

(24) その後、昭和五五年六月ころまで、片麻痺の発作が起こったとの報告はなかった。

(25) 昭和五三年一一月一三日に、CTスキャンの検査を行ったが、その結果、高吸収域が広くなっており、ナイダスがかなり拡大していることが認められた。また、頭痛がある旨の報告があった。

(26) 昭和五四年六月二二日の診察時には、学校で、下肢の動きが少し悪いため、注意を受けることが多く、本人が気にしている旨の報告があった。

(27) 同年九月一〇日の診察時には、左足が上がらないことがある旨の報告があった。片足ジャンプの検査をしたところ、左足では上手にできないという結果であった。

(28) 昭和五五年一月二三日の診察時に、片足立ちの検査をしたところ、左足では上手にできないという結果であった。このとき、春休みに学校で一キロメートルのマラソンをする旨の報告があったので、マイペースでやるようにと指示した。

(29) 同年四月二二日の診察時に行った左足の片足立ち検査の結果は一、二秒であった。

(30) 同年五月二七日の診察時には、健二がテニス部に入っている旨の報告があった。

(31) 同年七月一五日の診察時には、通学途中左上肢に一過性のしびれ感があり、バスに乗ろうとして転落した旨の報告があった。このとき、左肘より末端の部分について知覚低下が認められた。右診察時以降、ヒダントールFを一日七錠に増量する処方をした。

(32) 同年九月二日及び同月三〇日の各診察時には、左半身について知覚低下が認められた。

(33) 同年一〇月一四日の診察時には、約三〇分間続く片側けいれん発作及び一過性の失語症があった旨の報告があった。

(34) 同年一二月一六日の診察時には、冬になって間歇的に跛行がある旨の報告があった。診察でも跛行が認められ、片足ジャンプの検査においても、左は二回くらいと右の八回以上に比べて劣るという結果であった。

このとき、血管撮影を行う必要を感じて、翌年一月に入院させることとした。

(三) 昭和五六年一月の入院の際には、CTスキャンのほか、右PAG(逆行性橈骨動脈撮影)及び右CAG(頸動脈撮影)による脳血管造影を行った。脳血管造影については、当初PAGのみを行う予定であったが、造影が不十分であったため、CAGによる造影を追加して行った。

その結果、健二のAVMは、前後径が七五ミリメートルであって、主に右前頭葉、頭頂葉に拡がっており、導入動脈は右前大脳動脈及び右中大脳動脈であること、側面像によれば、前方は中心前回を含む大部分、後方は中心後回を含む頭頂葉部分にかかること、前後像によれば、左半球内側面から脳梁に至るくさび状の形で存在すること、導出静脈が皮質静脈(上矢状洞、ラッベ静脈及び内大脳動脈)であることが認められた。そして、このことから、前記東京女子医科大学付属病院での検査結果に比べて、ナイダスが大きくなっていることが判明した。

(四)(1) 右の検査入院後の昭和五六年一月二一日の診察時には、左肩の麻痺及び左半身に軽度の知覚異常があることが認められた。

(2) 同年四月二八日の診察時には、左足関節の強剛痙性が認められ、走ると左踵をくじきやすくなった旨の報告があった。足関節の屈曲及び伸展制限が認められた。

別府医師は、このとき、症状の急激な進行から、右前頭葉の下肢運動領皮質に小出血を来したのではないかと推定し、生命の危険もあると考えて、五月末に入院するよう指示した。

(五)(1) 健二は、同年五月二六日の本件病院への入院の際、自分で歩いて来た。このときの健二の神経症状として、左半身に軽度の運動麻痺と知覚障害のあることが認められた。また、左のワンテンベルク反射(母指以外の四本の指を抵抗に逆らって屈曲させたとき、母指が著しく内転し、屈曲すること)及び左足のクローヌスがいずれも陽性であった。

(2) 入院後の同年五月二八日、ルンバール検査をしたが、髄液は水様透明であり、出血は確認できなかった。そのときの脳圧は、正常値が一〇〇から一八〇mmH2Oであるところ、一九〇mmH2Oであり、髄液を四ミリリットル採取した後の脳圧は一六〇mmH2Oであった。

(3) 同月二九日に、CT検査を実施した。このときには、水平断CTのみではなく、冠状断CTも実施し、ナイダスの深部への拡がりの状態を確認した。

(4) 同月三〇日、三一日及び同年六月一日には、けいれんが認められたほか、同月二日から六日にかけて、左上肢に重い感じがある旨の訴えがあり、麻痺も認められた。

(5) 同月五日に、松森医師が、左CAGによる脳血管造影を行った。これは、同年一月の入院時の検査で、右CAGを実施し、ナイダスに対する右側の導入動脈及び導出静脈を確認していたので、左内頸動脈からの導入動脈及び左大脳半球の導出静脈の有無を確認するために行ったものであった。

その結果、左前大脳動脈が太く変化していること、左前大脳動脈の約三本が導入動脈であること、導出静脈が皮質静脈であること並びにナイダスが前回検査同様、前頭葉及び頭頂葉に広く拡がっていることが確認された。ナイダスの大きさは、前後径五七ミリメートル、上下径七〇ミリメートルであった。このことから、前記東京女子医科大学付属病院での検査結果に比べて、ナイダスが大きくなっていることが再度確認された。

(六) 本件病院の担当医師らは、以上の健二の症状の変化から、AVMを発症した昭和四八年から昭和五六年六月までの間に、途中昭和五三年ころから五五年ころにかけての特段の症状の見られない時期を経つつも、そのAVMが成長していて、そのため昭和五六年以降、左半身の障害が徐々に悪化していること及びこれに対応して、内服薬を増量したが、健二のけいれんや麻痺などの発作を防止できていないことを認識した。同医師らは、健二の診療を始めた当初は東京女子医科大学付属病院の医師と同様、手術による治療には消極的であったが、昭和五五年の末から遅くとも昭和五六年の検査入院の結果の出た段階までの間に、今後更なる症状の進行があれば手術の必要があると考えるようになった。

(七) 同医師らは、本件手術を行えばある程度健二の脳実質を傷つけることは避けられず、それによって健二に何らかの障害が残る可能性があることは認識していたが、それまでの症状の進行状態からすれば、既にAVMの周囲の脳実質で脱落症状が起こり、他の部分の脳が右不全部分の機能を代替している可能性が高く、そうであれば、脳実質の損傷程度を低くすることが期待できること、また、健二が若年であって、リハビリテーションによる機能回復も相当程度期待できるものと考え、本件手術を実施することを決定した。

2(一)  右認定につき、原告佐惠子はその陳述書(甲一二)及び本人尋問において、本件病院の外来カルテ(乙四)には、健二の症状について、健二や原告佐惠子の話が誇張されて書かれており、実際の症状は同カルテに記載されたようなものではなかったと供述する。

しかし、同カルテには診察はしたものの投薬指示の点以外に何ら記載していない部分も相当数存在していること、本件病院の担当医師らが長きにわたり健二の症状を誇張して書かなければならないような必要のある事情があるとは認められないこと(なお、原告らの主張中には本件病院の担当医師らが実験的な目的を持って健二の手術を決行したのではないかとの疑いを前提とする部分がある。このような疑いは、これを裏付ける証拠が存在せず、推測にとどまるものというほかないが、もともと経過観察ということで本件病院での診察、治療が行われたこと、前記認定のとおり本件病院の担当医師らが健二のAVMについて手術の必要性を考えたのは、昭和五五年末以降であることなどからすれば、たとえそのような動機があったとしても、それゆえにカルテに誇張した記載がされることはあり得ない。)、健二に対して行われた各種検査の多くは健二が故意に検査成績を悪くさせようとしてもできるものではなく、片足立ちなどそれがいちおう可能であるような検査についても、被検査者が真剣に行っていないかどうかは容易に判断できると考えられるから、右カルテの記載が必要以上に誇張されて記載されたとは認められず、原告佐惠子の前記供述は採用できない。

(二)  また、原告らは、健二の症状は本件手術当時悪化しておらず、薬剤の増量は加齢に伴うものであって、症状の悪化に基づくものではなかったと主張する。

確かに、乙第四号証によれば、外来カルテに記載されている健二の症状の多くは、健二のけいれんや麻痺の発作についての報告であり、その頻度の増加はみられず、昭和五三年から昭和五五年にかけての約二年間については発作が見られなくなっている。しかし、右投薬量の増大の事実は、同時に、それまでの投薬によってもけいれん発作や麻痺を食い止めることができていないことを示すものというべきであり(その意味で昭和五三年からの二年間は投薬が有効であった期間と見るのが相当である。)、薬量の増加によっては、十分な治療効果をあげることができないという結果をみている以上は、健二の症状は悪化していたものと認めざるを得ない。また、これら日常的に起こるけいれん発作や麻痺のほかに、バスからの転落、知覚障害や足関節の屈曲・伸展制限など、健二のAVMがさらに悪化していることを推測させるエピソードが起こっていることは前記認定のとおりであるから、その症状が一過性のものであったとしても、AVMが小出血を繰返して成長し、症状を悪化させていることを否定するものではないのであって、原告らの右主張は採用できない。

二  争点1について

1  原告らは、健二のAVMが大型のもので、出血は認められず、また、脳深部に至るうえ、脳の三葉部にわたって存在するものであったから、手術適応にあるものではなく、本件手術の際に生じた脳の膨脹現象や出血現象は、本件手術以前にその危険性が報告されていたものであり、AVMの治療を専門的に研究していた本件病院の担当医師らはこのことを知っていたか、知り得べきであったから、これらを前提とすれば、同医師らが本件手術を選択したことには過失があると主張するので、以下検討する。

2(一)  一般的に、大型のAVMについては、長期予後が良好であり、出血例が少ないこと、それゆえ出血を伴ったAVMと異なり絶対的な手術適応にはないこと、脳深部や三葉部にわたって存在するAVMは手術適応にないこと及び健二のAVMが大型のものであったことは、当事者間に争いがない。

また、証拠(乙二及び乙四、証人松森)及び弁論の全趣旨によれば、健二のAVMについて、本件手術前には検査の結果としては出血が確認されていないことが認められる。

しかし、別府医師が、昭和五六年四月二八日の診察時には、健二に現れた症状からAVMで小出血が起こったものと推定していたことは前記認定のとおりであるところ、乙第四号証の当該部分の記載によれば、右推定の根拠となっているのが同日に観察された健二の左踵の強剛痙性、足関節の屈曲伸展制限などであることが認められ、前記認定にかかる健二の症状の推移を併せ考えれば、別府医師が長期にわたる経過観察の中でこの時点において出現した症状をもって脳の該当部位に小出血が起こったことによるものと考えたことについては、専門医による判断としてその相当性に疑問を挟む余地がない。そして、前記認定のとおり、健二のAVMは、加齢による程度を越えて徐々に成長していったものであって、これに伴って発生する神経症状も投薬により防止することはできておらず、突発的な症状の発現が続いていたのである。このようなAVMは、将来出血する可能性が高いとされていることが認められるのであるから(甲三)、健二のAVMについては、前記手術適応についての一般論が直ちに適用されるべき事例であったということはできない。

そして、証拠(甲一七及び甲一八)によれば、本件手術当時、出血が認められることが手術の相対的適応のうちでは最も重視されていたこと、また、進行性の片麻痺や難治性の頭痛が認められる場合には、AVMが運動領にあっても手術すべきであるとされていたことが認められるのであって、前記認定のように、小出血のあったことが推定される症状があり、また、徐々に進行する片麻痺症状及び頭痛があった健二の場合において、手術適応がなかったということはできない。

(二)  右認定のとおり、健二のAVMの所在については、乙第一四号証によれば、右前頭葉運動領及び右頭頂葉知覚領の二葉にわたっていたと認められるが、乙第二号証(二頁)及び第五号証(一七頁)には、健二のAVMについて、「前頭、側頭、頭頂にかかる」とする趣旨の記載があるほか、乙第七号証には、昭和五六年一月の検査入院の際の記述として、「右前頭葉及び頭頂葉に広がっている」としつつ、同年六月の手術前の検査によれば、「前頭葉及び側頭葉に広く拡がっている」との記載がある。しかし、乙第二号証及び第五号証の右記載は、AVMのナイダスの位置を厳密に特定して表示したものとは言い難く、本件手術後の導入動脈及び導出静脈を含めた病変部の及ぶ範囲として三葉部を記載したものと見るのが相当であり、これらの記載は手術適応を検討する際の要素となるべきナイダスの範囲としては、それが前頭葉及び頭頂葉の二葉にわたるものであったとする右認定を左右するものではない。また、乙第七号証における昭和五六年一月と同年六月の記載はそれぞれ二葉にわたるとするものの、その部位名は一致していないが、同年六月の記載には「右内頸動脈から描出された所見と同様」という部分があり、これが同年一月のCAGによる造影の結果を指すものであることは明らかであることからみて、右両者は同じ所見を記載したものであり、同年六月の記載中「側頭葉」の記載は「頭頂葉」の誤記であると推測されるから、これらの記載は同様に健二のAVMが二葉にわたるものであったとする右認定を左右するものではない。

(三)  以上によれば、健二のAVMが三葉にわたるものであったことを前提とする原告らの前記主張は、その前提を欠くものであって採用できない。また、健二のAVMが検査の結果としては出血が認められず、発現した症状から推定に止まるものであり、かつAVMが脳梁に存在するものであるとしても、出血が推定され、かつ脳梁付近に存在しても手術が可能であることからすれば、そのことだけから健二のAVMについて手術適応になかったとすることはできず、本件手術に至るまで健二の症状の進行と今後の推移に対する予測等に照らせば、当該時点において手術による治療を選択したことについて、本件病院の担当医師らに過失があったとするのは困難である。

3(一)  次に、本件手術に際して生じた脳の膨張現象や出血現象についての原告らの主張について検討する。

(二)  証拠(甲一四から一六まで、乙六、乙七、乙一三、証人松森)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。

(1) 昭和五五年一〇月の第三九回日本脳神経外科学会総会において、宮坂医師(当時北里大学)らが「脳動静脈奇形に対する手術適応の再検討」と題する報告を行った(甲一四)。宮坂医師は、本件手術に助手として参加している。

(2) 昭和五六年五月の第二二回日本神経学会総会において、本件病院の別府医師及び松森医師らが、「脳動脈奇形におけるsilent homorrhageの臨床的意義について」と題する報告をした(甲一五)。

(3) また、本件病院の医師らは、「脳動脈奇形におけるsilent hemorrhageの臨床病理学的検討とその臨床的意義について」と題する論文を発表した(甲一六。昭和五七年一月二五日に受稿)。右論文中には、一六例のAVMの手術例を挙げているが、そのうちの第15例は、健二に関するものである。また、同論文中に、「本論文の要旨は、第三九回日本脳神経外科学会総会(一九八〇年一〇月、金沢)、第二二回日本神経学会総会(一九八一年五月、熊本)にて発表した」との記載がある。

(4) 本件手術において生じたような脳の膨張現象や出血現象については、シュペッツラーらが、一九七八年(昭和五三年)に、これに関する仮説を提唱している。また、一九七九年(昭和五四年)、ウィルソンらが、この現象の術前予測に関する仮説を提唱している。さらに、ムーランらは、この現象に対処する手術方法について言及している。

(5) 脳神経外科の教科書的図書である「脳神経外科学(太田富雄編、株式会社金芳堂発行)」の改訂第六版(乙六。一九九一年一二月第一刷発行)には、右現象についての詳細な記述がある。これに対し、本件手術当時に発刊されていた同書の改訂第三版(乙一三。一九七九年八月第一刷発行、一九八二年三月第五刷発行)には、右現象についての記述はない。

(三)  以上の認定事実によれば、本件手術当時、別府医師や松森医師ら本件病院の医師は、AVMについて、その手術適応の有無等について研究していたことが認められ、健二のAVMが巨大なものであったことからすれば、本件手術に際しても、脳の膨張現象や出血現象の発生の可能性のあることを認識することができたと認められる。

これに対し、被告は、本件手術当時、右現象が起こり得ることは、臨床医においては周知の事実ではなかったと主張し、本件病院の医師らの発表した前記論文や発表についても、これをもって本件手術時点で右現象を認識し、あるいは認識すべきであったことの論拠にはならないと主張する。

しかし、第三九回日本脳神経外科学会における発表に関与した宮坂医師は、本件手術当時本件病院に勤務し、本件手術に参加していたのであるから、右発表に宮坂医師以外の本件病院の医師らが関与していなかったとしても、右医師らが本件手術に際して右現象を知らなかったことを正当化させるものではない。また、確かに、甲第一五号証の要旨を見る限り、第二二回日本神経学会における発表においては、右現象への言及がなかったことが認められるが、そもそも右発表は、甲第一六号証の論文の要旨として発表されたものであって、同論文では、ラージAVMについての手術が成績不良であった理由として、術後の脳内血腫をあげ、その原因としてナイダス周囲脳組織のhypermia(血流増加)の可能性に言及しているのであるから、右医師らにおいても、本件手術の直前に行われた右日本神経学会当時には、ラージAVMの手術の際に、本件手術において生じた脳の膨張現象や出血現象が起こり得ることを知ることのできる立場にあったといわざるを得ない。健二の症例と本件手術は、右論文の事例の一つとされていることは前記認定のとおりであるが、健二のAVM以外のラージAVMの例である同論文掲載の第11例及び第12例について、前記のとおり術後の脳内血腫が成績不良の原因となったと論述しているのであるから、本件病院の医師らが本件手術以外に右現象に類似した現象を経験していなかったとは到底いえないのであって、少なくとも右現象を予測することはできたというべきであるから、被告の右主張は採用できない(なお、同論文の症例は時系列に沿ったものであるかどうかは明らかではないものの、本件手術から六か月ほどの期間をおいただけで同論文が出稿されていることからしても、本件手術前にラージAVMの手術例についての経験もあったものと推認すべきである。)。

(四)  松森医師をはじめとする当時の担当医師らがいずれも右現象を知らなかったかどうかは必ずしも明らかではない。

しかし、仮に右現象を知らずに本件手術の実施を決めたものであるとしても、前記認定のとおり、当時の健二の症状は、AVMが成長しつつあって、神経症状が進行しており、投薬による症状の進行阻止が困難であり、しかも小出血を推定させる徴候がみられていたため、本件手術を実施しなければ生命の危険があると考えられていたものであり、その判断の正当性を疑う根拠はないから、右現象の発現する可能性を考慮しても、なお、本件病院の担当医師らの判断について過失があったと認めることはできないものというべきである。

4 以上のとおりであるから、当時本件手術を選択したことについて、本件病院の担当医師らに過失があるとすることは困難である。

そして、前記一1(六)及び(七)のとおり、右医師らが、健二のAVMが成長し、その症状が悪化している状況に照らし、手術によらなければその成長、悪化を食い止めることができず、このままでは生命の危険があると判断したこと及び本件手術による障害の可能性が必ずしも大きくなるとはいえず、これが生じても回復の可能性があるとして、なお手術適応があると専門家として判断したことに誤りがあったとすることはできない。

もっとも、本件手術は、高度の危険性を有するものであり、これを実施すれば相当程度の確率で健二に神経症状等の後遺症の残ることが予見できる状況にありながら、手術を実施し、その結果、手術後健二に重篤な症状が発現することとなったが、その一方において、手術前に小出血が検査において確認されなかったことなど、健二の手術前の症状に、それ程手術を急がなければならないようなさし迫ったものがあったのか一般人としては疑問を呈する余地があることに鑑みれば、健二やその両親が、結果として、その時点において手術をする必要があったのかどうかについて疑問を持ち、このとき本件手術を実施しなければ、なお従前の状況が維持されたのではないかと考えるのにも無理からぬ点がある。しかし、それが、現れた症状が必ずしもそれ自体重篤なものと感じられないことからする素人考えであり、それら症状の持つ意味の重大性は、その症状の表見的な現れとは異なると指摘されれば、我々はこれに反駁すべき根拠をもたないのであって、専門家が、長きにわたる経過観察の後、その知識及び経験に基づき、健二の症状が猶予のならぬものであると考えた以上、専門知識や経験を持たぬ者としては、その判断を積極的に否定する根拠がない限り、その判断を尊重せざるを得ないのである。

三  争点2について

証拠(乙二、乙九の一及び二、乙一〇の一及び二、乙一一の一から三まで)に前記争いのない事実及び前記一1で認定した事実を併せれば、本件病院の担当医師らは、本件手術に当たり、健二のAVMについて、その位置、形状、大きさ、導入動脈及び導出静脈の位置や数等について十分把握していたものと認められる。

したがって、本件手術の実施に際し、十分な検査がなされていなかったとする原告らの主張は採用できない。

四  争点3について

1  証拠(甲一二、乙四、乙七、証人松森及び原告佐惠子)によれば、別府医師は、健二あるいは原告佐惠子に対し、昭和五六年五月の手術前検査の前ころから、数回にわたり、手術の必要性について話し、その際、手術を受けることにより健二の症状が改善されることや薬を飲まなくても良くなること、他方、手術をしなければ健二の生命の保証はできず、手術によって障害が残る可能性があるが、リハビリテーションで治ることなどを説明し、原告相田洋幸から本件手術の承諾書の提出を受けたこと、松森医師は、本件手術の前日の夕方、原告佐惠子の態度が本件手術の結果について楽観的なようであったので、自分としては必ずしも気の進まないもので、簡単な手術ではないこと及び相当重篤な障害の残る可能性があることを説明したこと、これに対し、原告佐惠子は、「まさか手術でバカになることはありませんね」と尋ねたところ、松森医師はそのようなことはない旨答えたこと、原告佐惠子は、松森の右説明を聞いて、不安になったが、手術前日であり、既に準備も整っていたことから、手術を止めるように医師らに話すことはしなかったことが認められる。

2  以上のように認められる本件病院の担当医師らの健二や原告らに対する本件手術についての説明は、その必要性、これによって考えられる危険性、後遺障害の有無及び程度、さらに保存的治療を続けた場合の予後等について、健二や原告らが当時得られた最善の情報に基づいて手術を受けるかどうかを決定するについては十分なものではなかったといわなければならない。

3  被告は、本件手術の危険性は当初から原告佐惠子も認識していたから、別府医師が手術の危険性について全く説明していないことはあり得ず、別府医師はともかくとしても、後日松森医師から手術の危険性について補充的に説明もあったから、本件病院の担当医師らは説明義務を尽くしていると主張する。

しかし、前記認定のとおり、松森医師の目から見ても、原告佐惠子が、本件手術前日の段階で、本件手術の結果に対して不相当に楽観的であると窺われたというのである。同原告が別府医師からこれまでに認定したような本件手術の危険性について必要な説明を受けていたとすれば、本件手術に多分に賭けの要素のあることを承知し、不安の念をおさえられないはずであって、このような態度を採るとは考えられない。

診療契約上、医師は、患者に対し、当該患者の病状や今後の治療方針について当該患者(その者に判断能力がなければそれを補完すべき者)が十分理解でき、かつそのような治療を受けるかどうかを決定することができるだけの情報を提供する義務を負っているというべきであり、このことは、当該患者の生命や今後の生活に大きな影響を及ぼすような重大な選択を迫る場合には一層そうであるといわなければならない。

本件手術についてこれをみるに、本件手術をしなければ健二に生命の危険があったことは既に見たとおりであるが、そうであるとしても、本件手術が前記のとおり相当の危険性を有するものであり、一過性に止まることがあるとしても、以前よりも重篤な障害を残す可能性のあること、本件手術は、必ずしもその時にこれを行わなければならない程に緊急なものとはいい難く、なお様子を見ることもできないではなかったことからすれば、健二や原告らとしては、万が一にもそのような重篤な障害を持って生活するよりは、自己の責任において、あえて当面は手術を受けず、従前の生活を継続しようとする選択をすることもあり得るのであり、本件病院の担当医師らは、そのように健二らが自らの責任において治療方法の選択をするために、適切な情報を提供する診療契約上の義務を負っているものと解するのが相当である。右のとおり、別府医師の前記のような説明の内容では、その義務を尽くしたものということはできない。

なお、松森医師は、原告佐惠子に対し、補充的に本件手術の危険性について説明したことが認められるが、既に本件手術の実施が決定され、明日実施されるという段階になって初めてそのような説明が行われたとしても、その時点では、もはや健二や原告らは別府医師の説明によって納得し、本件手術を受けることを決定していたのであるから、この決定を覆すほどの情報を与えることは容易ではないし、現に松森医師の説明もこれを覆すに足りるほどのものではなかったといわざるを得ないから、本件手術についてなされるべきであった説明が適切に行われたものと見ることはできない。

4  以上のとおりであるから、本件病院の担当医師らには、健二あるいは原告らに対し、本件手術の実施について、診療契約上の説明義務に違反した不履行があると認められる。

五  争点4について

1  前記のとおり、本件手術に関して、本件病院の担当医師らにその実施を選択したことについて過失責任や債務不履行責任を認めることは困難であり、手術前検査の実施に関する担当医師らの過失責任や債務不履行責任についても同様である。

2 そこで、前記四の被告の説明義務違反によって生じた損害について検討する。

原告らは、右説明義務違反によって健二が被った損害として、本件手術によって健二に生じた障害及びその後の死亡に関する損害のすべてを請求している。

しかし、前記認定のとおり、当時仮に本件手術を実施しなかったとすれば、健二の生命の危険を避けることは困難な状況にあったのであり、本件病院の担当医師らによって十分な説明がなされたとしても、健二が本件手術を受けるという選択をした可能性は小さくない。その説明にもかかわらず、健二が手術を受けるという選択をしなかった場合に、健二が本件手術前の障害の状態のままで相当期間生命を全うできた可能性も決して高いものではない。これらのことからすれば、本件手術によって健二に生じた障害を前提とする損害と右説明義務の違反との間に相当因果関係があると認めることはできない。したがって、原告らの損害に関する主張は、そのままでは採用することができない。

3 他方、前述のとおり、本件手術を受けなければ、健二は当面重篤な障害を直ちに負うことなく生活することができた可能性があること(もちろん、本件手術日の翌日に大出血する可能性は否定できないものの、健二のように成長しつつあるAVMを脳に抱えている状態であっても一定期間は良好な生活を送ることが期待できないではない。)からすれば、健二は、別府医師らの不十分な説明のために、手術の危険性や予後の状態を十分把握し、自らの権利と責任において、自己の疾患についての治療を、ひいては自らの人生そのものを真しに決定する機会が奪われたことになるのであって、これによって健二の被った精神的損害は重大である。そして、この精神的損害は、被告の右説明義務違反と相当因果関係があるというべきである。

健二は本件手術当時満一三歳で、それまでは他の健常者におおむね劣るものではない日常生活を送ることができてきたこと、本件手術により身体障害者等級第二級の重度障害者となり、日常の起居動作もままならなくなってしまったこと等に照らせば、右精神的損害を慰謝するための慰謝料はこれを一六〇〇万円と評価するのが相当である。

したがって、原告らの各損害額は、その二分の一である八〇〇万円となる。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過及び右認容額等からすると、本件では、弁護士費用の額は原告らにつき各一〇〇万円が相当である。

第四  結論

よって、原告らの請求は、被告に対し、本件診療契約の債務不履行(説明義務違反)に基づく損害賠償として、それぞれ各九〇〇万円及びこのうち八〇〇万円に対する本件手術後である平成三年六月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余の請求については理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官安浪亮介 裁判官小野寺真也)

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