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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7362号 判決

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一六八万五〇二八円及びこれに対する平成三年四月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告(反訴被告)のその余の請求及び反訴原告(被告)の反訴請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを三分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は、原告(反訴被告)勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  本訴請求について

1  請求原因について

(一)  弁論の全趣旨によれば、請求原因1の事実が認められる。

(二)  事実欄に摘示の争いのない事実と《証拠略》によれば、請求原因2の各事実及び原・被告間の前記契約の内容をなす受託契約準則によれば、委託を受けた売買取引につきその後の相場の変動により損計算になつた場合において、その損計算額が委託証拠金の額の五割を超えることになつたときは、委託者は一定の追証拠金を預託しなければならず(九条三号)、商品取引員は、委託を受けた売買取引につき委託者が右追証拠金を所定の日時までに預託しないときは、当該委託を受けた売買取引を委託者の計算において処分することができる(一三条)旨定められていたことを認めることができる。なお、被告は、番号1の手仕舞いについて無断取引である旨主張し、被告本人の供述中には、これに副う趣旨に受け取れる部分があるものの、他方、右取引についての報告書の送付を受けた後に、無断取引であるとの苦情等を原告に申し入れたことはないとも供述しており、この事実と右各証拠とを照らし合せると、被告の無断取引であるとの供述部分は採用できない。

右事実によれば、被告の売買取引は、平成三年一月一八日現在、別紙売買一覧表の売買の清算状況欄記載のとおり一二二五万〇一六四円の損計算になつたこと(請求原因3)が明らかである。

(三)  被告が本件取引開始に当たり五五五万六七八二円の委託証拠金を預託したことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、被告は、平成二年一二月二五日、番号1の取引によつて得た利益金中三四九万円を委託証拠金として原告に預託し、平成三年一月九日、一六万六七八二円の返戻を受けたことが認められるから、同年同月一八日現在の被告が預託していた委託証拠金の額は別紙委託証拠金受払一覧表記載のとおり八八八万円となつた。

(四)  《証拠略》によれば、請求原因5の各事実及び前記受託契約準則には、商品取引員は、委託者が指定した日から起算して一〇営業日以内に債務を弁済しないときは、委託証拠金をもつて当該債務の弁済に充当することができる(一八条)との定めがあることが認められる。

(五)  以上によれば、被告は、原告に対し、後記抗弁が認められない限り、差損金残金三三七万〇一六四円及びこれに対する記録上明らかな本件訴状送達の日の翌日である平成三年四月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべきことになる。

2  被告の抗弁について

(一)  事実欄に摘示の争いのない事実と《証拠略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断略》

(1) 被告は、昭和二六年一月三〇日生で、大学の経済学部を卒業後、学習塾の英語の講師や、自動車会社の保険を扱う社員として勤務した後、家庭教師を自営してきた者である。被告は、特段資産を有していたものではないが、小野との取引を継続していた当時は、小野に対して、土地を売却してその代金を入手するあてがあるかのごとき言辞をもらしていた(被告は、この点を否定する供述をしているが、《証拠略》によつて認められる、平成三年一月一七日の小野との電話のやり取りの際も、「もう土地は、売れてないから」と話している事実に照らして、右供述は採用できない。もつとも、被告が当時どの程度の収入があり、いかなる資産を有していたかを明確にし得る的確な証拠は存しない。)。

(2) 本件取引が開始されたのは、原告側からの積極的な勧誘によるものではなく、むしろ、被告自らその切つ掛けを作つたものであつた。すなわち、

被告は、新聞広告を見て、原告に対し、平成元年四月ころ、商品取引についての資料の送付を依頼し、それ以来、原告から被告に対し、定期的に資料が送付されるようになつた。

その後、原告の外務員の小野が被告宅を訪問し、或いは、電話するなどしたものの、被告と直接接触することはできなかつた。

ところが、被告は、平成二年九月ころ、原告の主催する勉強会への参加を申し込んだうえ、同月二二日に行われた勉強会に出席し、原告の小原課長と中東での戦争勃発の可能性や戦争と金相場のこと等について会話し、その際、原告側からは、先物取引の資金効率の良さ、そのリスクのこと、追証制度のこと等の説明がなされた。

小野は、同月二五日ころ、被告宅を訪問し、「中東情勢が緊迫しており、湾岸の緊張が高まれば、過去の例にもあるように貴金属の価格が上がる」等の説明をして、金先物取引を勧誘した。被告も、新聞等の資料を集めて、中東戦争の可能性や、金の価格上昇につき研究していることを窺わせた。

被告は、当初、元本保証、金利確定の取引を考えていたものの、結局、小野の説明等から金の先物取引をすることを決意し、同年一〇月二日、約諾書に署名して、本件取引を開始することとなつた。

(3) 被告は、原告との取引を開始したのと相前後して、他の二社との間でも金先物取引を開始した(なお、右両社との間でも、本件とほぼ同日に取引を手仕舞いし、その損金の清算については、ほぼ半額を被告が支払うことで話合いが成立している。)。したがつて、被告は、右両社からも、金先物取引についての説明を受けており、原告との本件取引を開始する際には、元本保証のない取引であることを十分理解しており、また、小野から、金が暴騰する可能性が強いなどとは言われたものの、必ず儲かる、上昇しなかつた場合には、原告においてその穴埋めをする等の確実な利得の生ずることの保証を受けたわけではなかつた。

現に、被告は、平成二年一二月二五日に買注文した八〇枚のうち、同月二六日に購入した四〇枚については、その後、戦争にならないとのニュースを聞き、被告においても同様に判断し、損を覚悟で値下がりしていた平成三年一月一一日に、成り行きで売却することを委託し、手仕舞いしている。

(4) また、被告は、戦争が勃発した平成三年一月一七日、これによる金の値上がりがあるものと判断し、午前八時五五分ころ、自ら小野に電話を入れ、その時点での委託証拠金の限度で購入できた二八枚の買注文を出した。

(5) ところが、被告は、同日午前一〇時ころ、取り引きしていた他の社から、戦争はすぐに終結するとの情報が入つていること、売つた方が良いのではないかとの話を受け、同日午前一一時過ぎころ、再び小野に電話し、状況が必ずしも予想どおりには進展していないこと、被害を少ないようにしたいとの話をしたものの、小野の値段が回復してくると思われるとの話を聞いて、結局は、その時点での確定的な売注文を出さずに、様子を見て後刻電話することにした。

しかし、その後も、金価格が上昇しなかつたため、被告は、同日午後三時ころ再度電話したが、小野に対し金六八枚の売却を確定的に委託したのは、結局同日の午後三時二〇分より後であつた。

(6) しかし、被告が右委託をした時点では市場は既にストップ安で、原告は抽選によつて、被告の建玉のうち一枚を売却することができただけであつた。

そして、原告は、翌一八日、被告から必要とする追証の払込がなされなかつたので、前記認定のとおり取引約定に従つて原告の権限による売却処分をした。

(二)  以上の事実を前提に被告の主張を検討する。

(1) 債務不履行について

被告が、原告に対し、売注文を出したのは、平成三年一月一七日午後三時二〇分以後であるところ、右時点では右注文の全部を実行できない状況にあつたことは前記認定のとおりであるから、原告の責めに帰すべからざる事由によるものであり、また翌一八日に残りを売却したことは取引約定に従つたものであつて、原告の行為に債務不履行の事実を認めることはできない。またこの点につき、被告が予備的に主張する不法行為の成立も認めることができない。

(2) 執拗な勧誘について

この事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえつて、前記事実によれば、本件取引においては、むしろ被告から積極的にその切つ掛けを作つたものであつて、原告にはこの点に何ら違法な行為はなかつたというべきである。

(3) 断定的判断の提供について

前記のとおり小野が被告に断定的判断を提供したとは認められない。すなわち、小野は、被告に対し、「金が暴騰する可能性が強い。」などとは言つたものの、「必ず儲かる。」などと断定的判断を提供したことはなく、被告も商品先物取引の不確実性をよく認識していたものである。

(4) 新規委託者保護義務懈怠について

社団法人日本商品取引員協会の受託業務に関する規則では社内規則を設けて受託業務の適正な運営及び管理に努めることを各取引員に義務づけており、取引員の中には、右規則において、商品先物取引の経験のない委託者からの受託にあたつては、委託者保護の徹底とその育成を図るため、当該委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲内においてこれを行うようにすることとし、右委託者の建玉枚数にかかる外務員の判断枠を二〇枚と定めていることが認められるところ、小野が、新規委託者である被告に対し、前記一で認定のとおり当初から五〇枚の買玉を建てさせるというこれに反する取引を行つているが、このことについて社内の許可手続を経ている可能性もあり、また仮にそうでないとしても、前記認定の事実のもとにおいては、これをもつて直ちに違法な行為であると評価するのは相当ではない。

(5) 無断売買について

前記一で認定のとおり、原告は、被告の委託を受けて右売買をしたものであるから、何ら違法の点はない。

(6) 向かい玉について

《証拠略》によれば、原告がいわゆる向かい玉を建てていたことが窺えないではないが、一定の限度で取引員がいわゆる向かい玉を業界の規制の範囲内で建てること自体は、そのことのみでは当然に違法となるものではないというべきところ、原告の向かい玉が右限度を超えたものと認めるに足りる証拠は全くなく、のみならず、これと被告主張の損害との結びつき(因果関係)を認めることもできない。

(三)  以上のとおり、原告の被告への勧誘、被告との取引の過程において、原告に被告に対する債務不履行ないしは不法行為を構成するような違法な行為があつたとは認められない。

したがつて、被告の抗弁は、その余の点につき検討するまでもなく採用に由ない。

二  反訴請求について

被告の反訴請求がいずれも理由のないことは、右一2に説示したとおりである。

三  しかしながら、《証拠略》を総合すると、本件取引の過程、特に平成三年一月一七日の被告と原告の外務員小野との手仕舞いに関する遣り取りをみると、以下のとおり小野の対応には妥当性を欠いた面が認められ、その対応如何によつては、被告の損失発生を回避し、少なくともその金額を縮小する余地が一二分にあつたと認められる。すなわち、

1  小野は、平成三年一月一七日、被告からの金六八枚の売注文に対し、いずれは金価格が回復するであろうとの判断のもとに、追証差入れによる両建取引などを勧誘して受諾を延引したため、時期を失し、前記認定のようにストップ安となつて売却が不可能となつたが、被告の希望通り即刻市場に取り次いでいれば、より有利に売却できた可能性もあつた。

2  また、そもそも、小野が、新規委託者である被告に対し、内規に従つて当初の買建玉を二〇枚以内に止めるように配慮していれば、被告の預託すべき証拠金の額も小額で済み、平成三年一月一七日時点での建玉もより少なかつたであろうと推認されるから、被告の損失はもつと小額に止まつた可能性が大である。

このような点を考慮すると、本件取引による損失の全部を被告のみに負わせるのは相当ではなく、先物取引という不測の損害を生じさせる恐れのある取引を勧誘する商品取引員にはその顧客に生じるであろう損害を最小限に止めるように十分に配慮すべき信義則上の義務があるというべきであるから、この点の配慮が不十分であつた原告が被告に対し請求することのできる本件差損金の額は、前記額の五割に限定することが相当である。

四  以上によれば、本訴請求は、原告の主張する差損金の五割に相当する一六八万五〇八二円及びこれに対する弁済期経過後の平成三年四月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余及び反訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

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