大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 平成4年(行ウ)184号 判決

原告 柳原富雄

被告 池袋公共職業安定所長

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が社会保険労務士法二条一項一号の三に基づく事務代理者として提出した雇用保険被保険者資格取得届に対し、被告が平成四年四月二日付でした不受理処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、社会保険労務士である者が、自己が雇用保険業務を取り扱っている会社の従業員にかかる雇用保険被保険者資格取得届を、同社の代理人として公共職業安定所長に提出したところ、それを不受理とする旨の通知を受けたので、それを行政処分であるとして、その取消しを求めた事案である。

二  前提となる事実

1  原告は社会保険労務士である(争いがない)。

2  原告は、平成三年一一月一四日株式会社コーシンメディカルサポート(以下「訴外会社」という。)から雇用保険被保険者資格取得届に関する事項の委任を受けた(甲二)。

原告は、訴外会社の代理人として、平成四年四月二日訴外会社の従業員である岡島広樹(以下「岡島」という。)にかかる雇用保険被保険者資格取得届を被告宛に提出した(争いがない、以下「本件届出」という。)。

3  被告は、本件届出に対し、社会保険労務士法施行規則一六条の三の要件を欠くとの理由で、平成四年四月一〇日付でこれを不受理とする旨を決定し、原告に通知した(争いがない、以下「本件不受理通知」という。)。

4  訴外会社は被告に対し、平成四年四月一六日自ら岡島にかかる雇用保険保険者取得届を提出し、受理された(弁論の全趣旨、以下「本件再届出」という。)。

四  争点及びこれに関する当事者の主張

当事者間では、本件再届出が受理された後においても、なお本件不受理通知を取り消す法律上の利益があるかどうかが争点となっている。

(被告の主張)

本件再届出が受理されたことにより、本件届出の目的は達せられているのであるから、本件不受理通知の取消しを求める法律上の利益は失われたものというべきである。

(原告の主張)

社会保険労務士法二条一号の三は、労働社会保険諸法に基づく届出について代理することを社会保険労務士の事務として掲げているのであり、本件再届出によって本件不受理通知の効果が失われているとしても、法律によって認められた社会保険労務士の代理権に対する侵害は存在しており、原告はなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有している。また、事業主は法に基づく届出義務を有しており、本件不受理処分の違法性が確定するまで届出を留保することができないため、やむを得ず本件再届出を行ったものであるから、これを理由に本件不受理処分の取消しの利益を否定することは、原告の裁判を受ける権利を侵害するものである。

第三判断

一  行政処分の取消訴訟を提起するためには、〈1〉訴えの対象が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「行政処分」という。)であること(行政事件訴訟法三条二項)及び〈2〉原告が当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すること(同法九条本文)並びに〈3〉原告において処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有すること(同条かっこ書き)が必要である。本訴においては、〈3〉のみが争点となっているが、これらはいずれも訴訟要件であり、職権調査事項であることに鑑み、以下、逐次検討することとする。

二  処分性について

1  行政処分とは、行政庁がその優越的な地位に基づき公権力の行使として行う行為であって、国民の権利又は法律上の利益に直接影響を及ぼすようなものをいうものである。そして、右の公権力の行使とは、行政庁が法律に基づき、一方的に意思決定をし、それについて相手方に受忍を強制しうる行為、すなわち、その行為が行われた場合には、権限ある行政庁又は裁判所がこれを取り消さない限り私人がその効力を否定することのできないような法的効力(公定力)が与えられている行為をいうものであり、また、右の国民の権利又は法律上の利益に対する直接の影響については、その権利利益に与える効果が単に事実上のものであるに過ぎないものは除かれるし、影響を及ぼす対象が単なる事実上の利益ないし反射的利益であるものも除かれるものであると解される。

なお、行政処分の公定力は、実定法によって付与されるものと解すべきであって、行政庁の行為のうちいかなるものが公定力を有するかは、結局のところ実定法の解釈問題であるというべきであるが、行政庁の行為について不服申立や取消訴訟に関する規定が設けられている場合には、原則としてその行為は公定力を有するものと解すべきである。

2(一)  雇用保険法によれば、事業主は、その雇用する労働者に関し、当該事業主の行う事業に係る被保険者となったことを労働大臣に届け出なければならず(同法七条)、労働大臣は、右届出があった場合、労働者が被保険者となったことの確認を行う(同法九条)が、右確認について不服のある者は雇用保険審査官に対して審査請求をすることができる(同法六九条)ものとされている(なお、同法八一条及び雇用保険法施行規則一条一項により、労働大臣の右権限は公共職業安定所長に委任されている。)。法が被保険者の資格について、単に届出のみでは足りず、労働大臣の確認という制度をあえて設けていることからすると、被保険者資格は法律によって当然に発生するとしても、失業保険給付を受ける等、被保険者としての具体的な権利の行使は、右確認を受けることによってはじめてこれを行うことができることとなる建前がとられているものと解される。また、右確認があった日の二年前の日より前の被保険者であった期間は、被保険者期間の計算の基礎としないこととされている(同法一四条三項二号)。したがって、被保険者は、右確認を経なければ、その権利の行使や義務の履行を十全に行うことができないこととなっている。そうすると、労働大臣の確認は、被保険者及び雇用者の権利義務に直接影響を与える行為であるというべきであるし、法が右確認を独立した不服申立の対象とする規定を設けていることからすれば、右確認は行政処分であると解すべきである。

(二)  本件は右確認の為の届出を受理しなかった行政庁の行為を問題とするものであるが、申請が法令により認められた申請権に基づくものである場合には、当該申請を拒否する行為は、申請人の手続的な権利を侵害し、または申請にかかる行政処分を得る可能性を奪うものであるから、同様にその権利及び法律上の利益に直接影響を及ぼすものであり、行政処分に該当するものというべきである。そして、その際、拒否処分といいうるためには、実質的に見て申請等にかかる処分を拒否する旨の意思表示であればよく、不受理、書類の返戻等、いかなる形式の行為であるかは問わないというべきである。しかして、雇用保険法七条による被保険者となったことの届出は、行政処分の性質を有する労働大臣の確認を求める行為にほかならず、申請に準ずるものということができるから、本件不受理通知は、一種の拒否処分として行政処分であるというべきである。

三  原告適格について

1  行政事件訴訟法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、または必然的に侵害されるおそれのある者をいい、「法律上保護された利益」とは、当該行政処分の根拠となった行政法規が私人等権利主体の個別具体的な利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによって保護されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益ないし事実上の利益とは区別されるものである。

2(一)  本件不受理通知は、原告が訴外会社を代理してなした本件届出に対しなされたものであり、処分の効果は本人たる訴外会社に及ぶものであるから、訴外会社は、本件不受理通知によって自己の権利を侵害される者であり、右通知の取消しを求める法律上の利益を有することは明らかであるが、訴外会社の代理人である原告に本人と離れた独自の原告適格が認められるか否かについては、原告の有する代理権が処分の根拠となった行政法規によって保護されている利益といいうるか否かにかかることとなる。

(二)  本件不受理通知は、雇用保険法及び社会保険労務士法並びにこれらの関連規定を根拠になされたものであるところ、雇用保険法において代理人個人の利益を保障する趣旨の規定はおよそ見当たらない。そして、社会保険労務士法においては、社会保険労務士が、労働社会保険諸法令に基づく申請、届出等について代理すること(事務代理)等を業とし(同法二条一項一号の三)、社会保険労務士の資格は、試験に合格した者等であって、一定の欠格事由のない者に与えられ(同法三条、四条)、社会保険労務士でない者は、社会保険労務士の業務を行ってはならず、それに反した場合には罰則がある(同法二七条、三二条の二第四項)等の規定があるが、これらの規定は、いずれも社会保険労務士の資格や業務一般について、これを監督したり、その利益を保護したりするに留まるものであり、本件の不受理通知のような個別の処分については、たとえその不受理の理由が本人ではなく代理人に存する瑕疵を理由とするものであっても、その瑕疵を問題とするような代理人独自の業務上の利益を本人とは別個に保護する趣旨に出たような規定は、同法上これを見出すことができないのである。そうすると、原告には本件不受理通知の取消しを求める原告適格を肯定することはできないというべきである。

第四結語

そうすると、その余の点についてみるまでもなく、原告の訴えは不適法であることとなるから、これを却下すべきである。

(裁判官 中込秀樹 喜多村勝徳 長屋文裕)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com