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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)70号 判決

原告

宮坂正明

被告

東京都江東区長室橋昭

右指定代理人

内山忠明

原田憲治

濱中輝

晝間樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対してなした平成三年四月一二日付け戒告処分(昇給延伸三か月を伴う)を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)

1  原告は、昭和六二年四月一日から平成三年三月三一日まで東京都江東区東福祉事務所(以下、東福祉事務所という)に勤務し、保護第一係に配属され、主として生活保護に関する事務及び児童の保育所への入所措置に関する事務に従事していた。

2  被告は、平成三年四月一二日、原告に対し、「地方公務員法二九条一項二号及び三二条により戒告する。」との処分(以下、本件戒告処分という)をなし、その際、処分理由として、「主事宮坂正明は、東福祉事務所在籍中、上司の職務命令に従わないことがしばしばあり、その都度注意を促してきたが、いっこうに改めないばかりかむしろ最近は、障害児の保育措置等福祉事務所の日常的な業務内容にまで立入り、自己の要求を受け入れるよう主張し、所長に大声で詰め寄り、悪口雑言を浴びせるなど職員としてあるまじき行為が見受けられた。こうした状況は、職場内の他の職員に悪影響を及ぼすだけでなく、福祉事務所を訪れる区民に不信感を抱かせる原因にもなりかねなく、極めて憂慮すべき事態である。よって、ここに深く反省を求めるため、上記処分を行うものである。」と記載した処分説明書(以下、本件処分説明書という)を交付した。

二  争点

本件戒告処分の適法性が争点であるが、具体的には、被告は、本件戒告処分の理由を大別して、〈1〉職場離脱行為、〈2〉生活保護業務にかかる扶養義務履行照会書の様式改正に関連する非行、〈3〉障害児の保育所入所措置に関連する非行、と主張するのに対し、原告は、本件戒告処分が違法であるとする根拠として、以下のとおり主張する。

1  東福祉事務所長の訴外栗林敏(以下、栗林所長という)は、平成二年度及び同三年度に同福祉事務所に申請のあった心身障害児の保育所入所に関し、入所措置事務担当者であった原告らに対し、障害児については入所措置も入所却下もしないよう命令し、また申請者に対し、取下強要を行うよう、原告らに違法な職務命令をしたことから、原告は、右のような障害児差別行為をする栗林所長に対し、抗議をし、事実を明らかにするよう迫ったものである。しかるに、本件戒告処分は、原告が右の物理的行動をとるに至った経緯を見ずになされたものであって、違法である。

2  栗林所長は、平成元年一二月一日に改正された生活保護法施行細則(〈証拠略〉、以下、施行細則という)所定の扶養義務履行照会書の新様式(以下新様式照会書という)を東福祉事務所においても使用しようとしたが、原告は、右新様式照会書は、生活保護の申請抑制となるので、その導入に反対した。ところが、栗林所長は、東京都江東区職員労働組合(以下、組合という)の後藤哲男書記長(以下、後藤書記長という)らと相図ってその導入を進めようとした。栗林所長は、新様式を導入するかどうかについて、職場の全体会に諮って協議すべきであるとの原告の主張を無視するなどしたので、原告は、これに抗議したものである。生活保護の申請抑制行為を制止する方法が暴言・暴行にしかよりえないときには、これが傷害・脅迫にまで至らない限り、適法な行為というべきであり、原告の右制止行為を「非行」としてなされた本件戒告処分は、違法である。

3  本件戒告処分が、原告の行ったストライキ行為を理由としてなされたとするならば、他のストライキ参加者が不処分であるのに比し、原告に対してのみ懲戒処分とするものであって、平等原則に反して違法である。また、本件処分説明書には、原告の行為が地方公務員法三五条(職務専念義務)違反に該当する旨の記載はなく、同説明書に記載のない事実をもって懲戒処分をなすことはできない。なお、ストライキ行為から一年半以上も経た後に、これを懲戒理由とするのは、時期を失している。

4  本件戒告処分をなすに当たって、原告に対し事情聴取は行われず栗林所長の報告に基づき、一方的に本件戒告処分がなされており、手続的にも同処分は違法である。

第三争点に対する判断

一  本件戒告処分に至る経過

1  ストライキ行為について(〈証拠・人証略〉)

原告は、退職手当削減問題反対を理由として、栗林所長の口頭による注意にもかかわらず、平成元年一月二四日午前八時三〇分から同一〇時三〇分まで、ストライキと称し、職場を離脱した。同日、組合は、予定していたストライキを中止したのであるが、組合員でない原告のみが右職場離脱行為を行った。

これに引き続き、原告は、前記同様栗林所長の口頭による注意にもかかわらず、同年二月九日八時三〇分から同九時三〇分まで、及び同月一五日午前八時三〇分から同一〇時三〇分まで、一人でストライキと称し、職場を離脱した。これに対し、栗林所長は、同月一六日、原告に対し、職務に専念するよう記載した職務命令書を交付した。

その後、原告は、期末・勤勉手当制度の職務段階等に応じた加算措置等反対を理由として、平成二年一一月二〇日午前八時三〇分から同九時三〇分まで、職場を離脱した。同日も組合が予定していたストライキを中止したにもかかわらず、原告のみが右職場離脱行為を行ったものである。

2  扶養義務履行照会書の新様式照会書導入に関する原告の行動について(〈証拠・人証略〉)

平成元年九月頃、東京都から被告に対し、施行細則所定の扶養義務履行照会書を改正する旨の通知があり、栗林所長は、同年一〇月頃より、東福祉事務所においても新様式照会書を使用したいとして組合等と協議を行っていた。右改正は、同年一二月一日に施行されたが、原告は、新様式照会書は、従来の様式に比し、扶養義務者の資産や負債の状況の回答を求める欄等が加わったり、直系血属である扶養義務者の源泉徴収票等も添付させる取扱いとなっているので、実質的に生活保護の申請抑制になるとして、その使用に反対し、組合も当初反対の意向であった。

その後、組合は、栗林所長との協議を重ねるうち、同所長が組合から出された解明要求に回答することを条件として導入もやむなしとの考えに傾いていったが、原告は、あくまで新様式照会書の使用に反対の意見であった。

そして、新様式照会書の導入問題を協議するべく、職場の全体会が平成二年二月及び五月に開催された。

原告は、栗林所長に新様式照会書導入を断念させるべく、平成二年七月二七日頃から同年九月二九日頃にかけ、勤務時間中、栗林所長の席に赴き、執拗に同所長に対し、大声で「全体会の決定に従うといえ」、「所長が決めることを暴力でつぶすからな」、「てめえは管理職試験に受かったというだけだからな」、「ばかやろう」、「おまえはくずか」、「扶養照会について所長は浅薄な知識しかない。そんな程度で様式改正したのか。元にもどせ」などと暴言を吐く一方、栗林所長の襟をつかんだり、押したりする、胸をつく、こぶしを所長の机に打ちつける、決裁板や例規集を投げつける、ネクタイを引っ張る、胸元をつかんで立ち上がらせ、押し倒す、胸ぐらをつかみ、頭を押さえつける、張り紙や投書を投げつける、強く胸ぐらをつかんで引張り、これによりワイシャツのボタンが二個とれる等の暴行を行った。ことに八月一三日は、「都の福祉局監査前に新様式を使うのはやめよ。申請抑制になるから新様式は使わないように。源泉徴収票の添付はやめよ。全体会はいつ開くのか」などといい、その間、大声で「ばかやろう、てめえ」などと暴言を吐き、栗林所長が注意すると、右手で胸をつき倒す、こぶしを机に打ちつける、決裁板や例規集を数回にわたって投げつける、襟をつかんで大声でわめく、等の行動に出た。

これに対し、栗林所長は、原告に、何度も右暴言・暴行をやめ、仕事に就くよう口頭で注意したほか、平成二年九月六日には、原告に対し、「職員として節度ある態度・言動をとるよう厳重に注意する」旨の文書による注意(〈証拠略〉)をした。ところが、原告は、同文書をその場で破り棄てるなど、一向に右注意に従う気配がなかった。

また、原告の栗林所長に対する前記暴言・暴行に対し、周囲の職員が制止することが再三あったが、原告は、逆にその職員に対して議論を持ちかけたりした。

その後、原告は、平成三年三月一四日頃から同月二〇日頃にかけ、栗林所長に対し、施行細則を再改正するよう要求し、「差別者、人殺し」などと暴言を吐き、胸を強く押す、胸元をつかむ、襟をつかむ等の暴行を行った。

なお、新様式照会書は、東福祉事務所において、原告が後記配転命令を受けた平成三年四月一日頃から実施に移された。

3  障害児の保育所入所措置に関する原告の行動について(〈証拠・人証略〉)

原告は、亀戸保育園及び亀戸第二保育園の入所措置事務を担当していたが、平成二年四月に入所予定児童のうち、亀戸保育園について奈良(ダウン症障害)、亀戸第二保育園について菅野(身体障害一級)の二名の障害児の入所申請があり、原告は、措置会議を経て、平成二年二月一五日頃、右申請者らに東福祉事務所長名で入所内定通知を発した。

菅野について、亀戸第二保育園で面接が行われたが、園側から、人的・物的施設面からみて、同児の受入は困難であるとの意向が示され、栗林所長は、同児については、同保育園のみならず、第二、第三希望の保育園にも受入れ困難であると判断した。そのため、同児は、同年四月、他の公立幼稚園に入園することとなった。同児の亀戸第二保育園への入所申請は、同年四月以降、宙に浮いたままとなっていたが、栗林所長は、同年六月下旬頃になり、原告や保護第一係長の堀田の進言もあり、入所却下通知を発した。この間、同年五月二四日頃、栗林所長が同児宅訪問を予定していたところ、原告は、入所申請の取下げ要請に行くのであろうとしてこれに反対したことがあった。また、原告は、同年六月一日頃、菅野に対し、「所長が障害者を差別しているから保育園に入所できない。」旨のビラを郵送するということがあった。

奈良については、亀戸保育園での面接がなされず、原告の知らないうちに東福祉事務所の保育係長や相談係長が同児宅を訪問し、他園への入園を勧めた。同児は、同年四月以降、別の私立保育園に入園することとなったので、その旨の入所措置通知を発した。奈良の入所措置に関し、同児の父母から要望があり、栗林所長、保育課長、同係長、右保育園長、相談係長、原告らの出席の下に、説明会が開かれた。

原告は、平成二年四月四日頃から同年七月二日頃にかけ、栗林所長に対し、障害児の保育所入所措置の基準を示すよう、亀戸第二保育園の保育措置事務を栗林所長が行うよう、菅野宅に入所申請の取下げ要請に行かないよう、菅野の入所申請について直ちに却下通知を発するよう、障害児の保育措置事務を改善するよう、執拗に大声で要求し、ことに平成二年五月一五日頃から同年六月一日頃にかけ、栗林所長から「亀戸第二保育園の担当者として保育措置事務関係事務を当所職員として責任をもって処理すること」との文書(〈証拠略〉)及び口頭による職務命令がなされたにもかかわらず、これに従わず、何度も、「亀二保は君の仕事だ」などと記載したメモを付け、同所長の机上に亀戸第二保育園の保育措置決定調書を放置したりしたほか、前記要求の際、「暴力的にやるぞ」、「ばかやろう」などと暴言を吐き、また栗林所長に対し、同所長の机を蹴る、胸をつかまえようとする、右腕を握って保護第一係の方に引っ張って行こうとし、これによりワイシャツのボタンがとれる、右腕のワイシャツを引っ張る、胸を押したり、ワイシャツの首の辺をつかむ、ワイシャツの肩の辺を引っ張る、右肩を押す、ワイシャツの肩や襟をつかんで押す、両手で押さえつける、右肩をつかみ押さえつける、腕を引っ張り保護第一係の方へ連れていこうとする、襟をつかまえる等の暴行を行った。原告の右暴言・暴行を制止しようとする職員もいたが、原告は、逆にその職員にくってかかったりした。

その後、原告は、平成三年二月六日頃から同年三月一四日にかけ、栗林所長に対し、「所長はうじ虫」、「障害児を入れないのは差別者だ」などと大声で暴言を吐き、机を平手でたたく、机を蹴る、本を机上に投げつける、襟をつかむ、ネクタイをつかんで強く引く、右腕を肩にまわし、押さえつける、ファイルや事務用箋を投げつける、胸を強く押す等の暴行を行い、ことに同年二月六日には、「所長栗林のうじ虫」と大きな文字で記載したビラを東福祉事務所の入口ドア内側に貼付したり、醤油を栗林所長の机上に撒いたりし、「今日は帰さない」、「(障害児の)名簿を出すまで帰さない」などといい、午後一一時過ぎまで同所長を退庁させなかった。

4  本件戒告処分について(〈証拠略〉)

原告は、平成三年四月一日、土木部管理課に配転命令を受け、次いで同月一二日、本件戒告処分を受けた。

二  被告は、前記一1に認定した原告のストライキ(職場離脱)行為をもって、地方公務員法三五条(職務専念義務)に違反するものとして、本件戒告処分の一事由となるものと主張するが、同行為にかかる事実は、本件処分説明書に処分理由として記載されているとは認められない。従って、これが懲戒事由該当事実に付随的な情状事実として考慮されることがありうるとしても、本件戒告処分の独立の理由とすることはできないと解すべきである。

三  次に、前記一2及び3に認定した原告の行為についてなした本件戒告処分が懲戒権の濫用に当たるかどうかについて判断する。

懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと解される。そして、右判断は懲戒処分権者の裁量に任されており、その裁量は恣意にわたることを得ないのは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、違法とならないというべきである。

ところで、前記一2の扶養義務履行照会書の新様式照会書導入に関し、また同一3の障害児の保育所入所措置に関し、原告は、栗林所長から暴言・暴行をやめるよう、また自己の職務を責任をもって処理するよう、再三にわたって、口頭や文書による注意すなわち職務命令を受けたにもかかわらず、同命令に全く従わず、かえって更に暴言・暴行を激化させていったことは、前記認定のとおりである。

原告は、障害児の保育措置事務に関し、栗林所長から受けた指示(職務命令)は違法なものであったと主張するが、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、同所長は、障害児の保育所入所措置を決定するに当り、〈1〉保育所の保育になじむ者、〈2〉一般的に中程度までの障害児で集団保育が可能で日々通所できる者、との内容の厚生省児童過程局長通知(昭和五五年二月二二日、児発第九二号)を参考にし、障害児を受入れる保育園側の人的、物的施設の状況等を勘案して、障害児の保育所入所措置に関する指示をしたものと認められ、同指示に明白かつ重大な違法があるとはいえず、原告には、これに従う義務があったというべきである。

そして、原告の前記一2及び3の行為について、被告が原告を本件戒告処分にしたことをもって、懲戒権者が考慮すべき前記諸般の事情に照らし、社会通念上著しく妥当を欠くとは到底いえない。

四  よって、本件戒告処分は違法でなく、その取消を求める原告の請求は理由がない。

(裁判官 吉田肇)

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