大判例

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東京地方裁判所 平成5年(レ)286号 判決

控訴人

株式会社アサヒ三教

右代表者代表取締役

潮見三輪

被控訴人

中島哲郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中、被控訴人の控訴人に対する請求のうち、二四万〇八八六円の支払を命じた部分を取り消す。

二  前項の部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人会社との労働契約に関する未払い賃金、解雇予告手当等合計八二万五七一八円の支払を求めた事案であり、原判決が被控訴人の請求を認容したのに対して、控訴人会社がこのうち解雇予告手当分二三万八九八一円と、未払い賃金(アルバイト料金名目)中の一九〇五円の合計二四万〇八八六円の支払いを命じた部分を不服として控訴したものである。

一  前提事実

1  控訴人会社は英会話学校の経営、英会話教育等を業とする株式会社である。

2  被控訴人は、平成四年七月一三日、控訴人との間で雇用契約を締結した。右契約の際の労働条件は、賃金は毎月一五日締め末日払いの月給制で、基本給は二〇万三八〇〇円であった。被控訴人はその後、控訴人会社の従業員としてカウンセラー等の職務に従事した(〈証拠略〉、被控訴人本人尋問の結果)。

3  被控訴人が控訴人会社で稼働した最終日は、平成五年八月三一日である。

4  控訴人会社は、経営状態が悪化し、遅くとも平成四年七月ころから従業員に対する賃金の遅配を繰り返すようになった(〈証拠略〉、控訴人会社代表者及び被控訴人各本人尋問の結果)。

5  控訴人会社は、平成五年七月、二回目の不渡り手形を出し、その後、銀行取引停止処分を受けた。

6  控訴人会社は、被控訴人に対し、同年六月分の賃金の一部二万六九三八円が未払いであり、同年七月分以降の賃金については全額支払われていない。その内訳は、同年七月分は二一万八一〇八円、同年八月分は一九万八三七八円、同年九月分のうち同年八月一六日から同月二〇日までの分は六万一二四三円である。

また、控訴人会社は、被控訴人に対し、平成四年度年末調整分として四万九四九〇円の支払い債務も負担している。

7  控訴人会社の被控訴人に対する未払い賃金としては、右6のほか、平成五年八月二一日から同月三一日までの間の被控訴人の稼働に対応するものとして、アルバイト料名目で三万二五八〇円の未払いがある。

二  主たる争点

1  控訴人会社は、被控訴人に対し、平成五年九月一日に即時解雇の意思表示をしたか。

2  控訴人会社が被控訴人に対し負担するアルバイト料名目の未払い賃金三万二五八〇円のうち一〇九五円は、源泉徴収分として、被控訴人の賃金債権額から控除されるべきものか。

三  当事者の主張の要旨

(控訴人会社)

1 控訴人会社が被控訴人を解雇した事実はない。被控訴人は平成五年八月二〇日に被控訴人会社を任意退職し、翌二一日以降同月三一日までは、自ら希望してアルバイト社員として勤務していたものである。したがって、控訴人会社は被控訴人に対して、解雇予告手当の支払義務を負わない。

同月当時、控訴人会社は、経営する英会話学校について全校を休校としていたが、小久保博司を代表取締役とする株式会社エイエスエイを設立する計画が進められており、同社が控訴人会社の雇用関係と右英会話学校の経営を引き継ぐことになっていたもので、それまでの間従業員の勤務の継続を希望こそすれ、解雇予告手当支払義務を負担してまで解雇すべき理由は何もなかった。

被控訴人の離職証明書には、離職理由として「業務縮小による解雇」との記載があるが、右記載は、控訴人会社の了承なく、被控訴人の希望で一部従業員により無断でなされたものである。被控訴人が、実際には自主退職であるにもかかわらず、右の離職証明書につき会社都合による解雇の処理を希望したのは、退職後早期に失業保険を受給しつつ、アルバイト社員として控訴人会社における勤務を継続することで、前記株式会社エイエスエイに就職するまでの間、失業保険金とアルバイト料を二重取りすることを意図したものである。

2 被控訴人のアルバイト料三万二五八〇円のうち、一〇九五円については、控訴人会社に源泉徴収義務があるので、被控訴人に支払うべき金額は三万〇六七五円である。

(被控訴人)

1 被控訴人は、平成五年九月一日の出社時に、控訴人会社社長の潮見三輪(以下「潮見」という)から、控訴人会社本社内で、離職理由につき「業務縮小による解雇」と記載された離職票を交付され、もって即時解雇されたものである。被控訴人は、控訴人会社に対し、右即時解雇に基づく解雇予告手当として、二三万八九八一円の支払請求権を有する。

被控訴人が、同年八月二〇日をもって控訴人会社を自主退職した事実はない。被控訴人は、同月三一日まで、正社員として控訴人会社において勤務していたものであり、控訴人会社との契約をアルバイトに切り換えた事実はない。

2 請求金額の一部に税金の控除がなされていないから、右部分につき支払義務はない旨の控訴人会社の主張は争う。控訴人会社は未だに被控訴人に対し源泉徴収票を交付しておらず、国にも税金を納めていないと思料されるのであり、控訴人会社に税金の控除を主張する資格はない。

第三争点に対する判断

一  証拠(〈証拠略〉、被控訴人及び控訴人会社代表者本人尋問の各結果)及び前提事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  控訴人会社は、都内及び横浜市内において計八校の英会話学校を経営するなどしていたが、経営状態が悪化し、平成四年七月分の給料については再三早期の支払を約束して支払猶予を求めつつ、結局は同年一〇月一日に至っても従業員らへの支払が完了しないなど、遅くとも同年夏ころには従業員に対する給料の遅配を繰り返すようになった。

2  被控訴人は、同年七月一三日、控訴人会社に就職し、当初は英会話学校のビラ配りの業務に、その後は同学校におけるカウンセラーの業務に従事したが、被控訴人に対して控訴人会社から支払われるべき賃金も、被控訴人が就職した当初から遅配の状態であった。

3  控訴人会社は、平成五年七月末ころ、二回目の不渡り手形を出し、その後、銀行取引停止処分を受けた。控訴人会社は、その後も英会話学校の授業を継続していたが、給料の遅配を不満とする右英会話学校の外国人従業員らが組合を結成してストライキを行うなどし、同年八月二三日ころ、前記英会話学校全校の休校を余儀なくされた。

4  控訴人会社の従業員数は、多い時には日本人約一五〇名、英米人約二〇〇名を数えたこともあったが、その後、前記の経営悪化により減少を続け、同月当時の従業員数は約三七名いたが、そのころ、うち被控訴人を含む約三三名が控訴人会社との雇用関係を終了している。

5  被控訴人は、同年九月ころ、控訴人会社の経理部より、「未払い給与証明について」と題する書面の交付を受けた(右書面の内容が控訴人会社の了知するものであることは、右書面中のカウンセラー従業員のアルバイト料に関する計算方法により被控訴人が算出した同年八月二一日から同月三一日までの間の賃金額が、控訴人会社が未払いアルバイト料として自認する額と合致すること及び被控訴人本人尋問の結果により、これを認めることができる)。

右書面には、カウンセラー従業員の解雇手当の計算方法については、過去六か月の賃金の総計を六で割った金額とする旨の記載がある。

右計算方法により、被控訴人が会社から即時解雇された場合における、解雇予告手当金額を計算すると、離職証明書により認められる被控訴人の離職前六か月の賃金額が、平成五年三月分が二三万一九六〇円、四月分が二五万四六八五円、五月分が二三万一九六〇円、六月分が二二万八九六〇円、七月分が二五万四三六〇円、八月分が二三万一九六〇円の合計一四三万三八八五円であるから、これを六で除した金額の二三万八九八一円となる(小数点以下は四捨五入)。

二  被控訴人は、平成五年九月一日に控訴人会社より即時解雇された旨主張し、当審において「被控訴人は、同年八月二〇日ころから、出勤しても仕事が殆どない状態になり、控訴人会社から強制的に有給休暇の取得を求められた。被控訴人が同年九月一日に出社し、タイムカードを押そうとしたところ、同所にいた潮見に手招きされたことから同人のいる所へ行くと、潮見は、被控訴人の見ているところで、机の上に、被控訴人の離職証明書(離職票)を叩きつけるようにして置き、そのまま社長室に閉じこもった」旨供述する。

ところで、(証拠略)及び前提事実並びに前記一認定の事実によれば、

1  当時、控訴人会社の経営が悪化し、銀行取引停止処分を受け、従業員に対する賃金の遅配を繰り返して、被控訴人ら従業員に未払い賃金債務を負担し、英会話学校の経営も一時休校に追い込まれるに至っており、このまま全従業員の雇用を継続しつつ、その賃金の支払いを確保していくことは控訴人会社にとって困難となっていたこと(控訴人会社は、新会社を設立して英会話学校の経営と雇用関係を引き継ぐことを計画していた旨主張し、(証拠略)によれば、平成五年九月一日付で株式会社エイエスエイの設立登記がなされていることが認められるが、同社は別法人であるし、同社により前記英会話学校八校の経営が従前どおりに再開された事実も認められず、右一事をもって、前記認定に反して控訴人会社において多数の従業員の雇用を従前通り継続する利益があったとは認められない)、

2  被控訴人の離職票及び離職証明書(事業主控)には、離職日については被控訴人の主張とは異なる同年八月二〇日との記載があるが、離職理由の欄に「業務縮小による解雇」と記載され、離職票交付日は同月三一日と記載されていること、

3  被控訴人の控訴人会社におけるタイム・カードによると、被控訴人の同月の勤務状況については、同月一九日までは通常の出勤状況ではあるが、同月二〇日から二三日までは特別有給休暇との記載があり、またその後同月二七日、三〇日、三一日には出勤したものの、同年九月一日以降被控訴人は控訴人会社で稼働していないこと、

以上の事実が認められるのであり、前記被控訴人の供述は、右事実に合致し、信用性を有するところ、被控訴人に離職票を交付する潮見の前記の行為は、被控訴人に対する解雇の意思表示があったことを裏付けるに足りるものと評価することができる。これらを総合すれば、控訴人会社は、平成五年九月一日、被控訴人を即時解雇する旨の意思表示をしたことを認めることができ、これに反する控訴人会社代表者本人尋問の結果は信用することができず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、控訴人会社は、被控訴人が、自らの希望で、同年八月二〇日から同月三一日までの間はアルバイトとして稼働していた旨主張するが、仮に被控訴人が経営不振に陥った控訴人会社に見切りをつけて自主的に退職したとするなら、その後、正社員より勤務条件が不利となるアルバイトとしてあえて控訴人会社において勤務を継続したというのは不自然である。この点控訴人会社は、一旦解雇名目で退職することで、早期に雇用保険金を受給し、アルバイト料との二重取りを意図したものであるとも主張するが、被控訴人に離職票が交付されたのは、離職日として記載された八月二〇日から一〇日以上経過した同月三一日であり、被控訴人が控訴人会社で勤務をしていたのも同日までであることに照らせば、右主張も失当というべきである。

また、控訴人会社は、被控訴人の離職証明書用紙の離職理由の記載は控訴人会社の関知しないところで作成されたものであると主張し、被控訴人以外の従業員中にも、自ら退職届を提出したり、自己都合退職であることを自認しながら、離職証明書中の離職理由には「業務縮小による解雇」との記載のある者がいるとして、これに沿う証拠(〈証拠略〉)を提出するが、被控訴人自身は自己都合退職を自認するものではなく、退職届けを提出した事実も認められないのであるから、(証拠略)の存在が前記認定を左右するものではなく、他に、被控訴人の離職証明書用紙の離職理由の記載が控訴人会社の管理外でなされたことを窺わせるに足りる証拠はない。

以上からすれば、被控訴人は、控訴人会社に対し、平成五年九月一日付け解雇に基づき、前記一5のとおり、解雇予告手当として二三万八九八一円の支払請求権を有するものと認められる。

三  控訴人会社は、源泉徴収義務に係る一〇九五円について、給与支払義務がないと主張するが、給与支払者が源泉徴収義務に伴って有する公法上の税金控除の権能は、実際の給与支払時に初めて発生するにすぎず、給与債権の存否が裁判で争われている場合、右権能をもって私法上の相殺等の抗弁事由として控訴人会社の支払うべき給与額を定めるべきものではないから、この点に関する控訴人会社の主張も失当である。

第四結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 吉田肇 裁判官 佐々木直人)

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