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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24730号 判決

主文

一  訴外亡山口フクが平成元年二月二〇日になした、別紙記載の内容の自筆証書遺言が無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

一  請求

主文同旨

二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対して、訴外亡山口フク(以下「フク」という。)作成名義の平成元年二月二〇日付け別紙記載内容の自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。)が、

1  フクの真筆によるものではない

2  フクは、平成元年二月二〇日当時、九二歳の高齢で病床に伏しており、本人の意思によって作成されたものではない

として、その無効の確認を求めた事案である。

これに対して、被告は、フクの相続人間には、既に平成三年三月二四日付けで遺産分割協議が成立しており、原告の訴えは訴えの利益を欠き不適法である、仮にそうでなくても、フクの真意に基づいて作成されたものであるとして、主位的に訴えの却下、予備的に請求棄却の判決を求めている。

三  争いのない事実

1  原告は、フクの二女亡丙川竹子の子であり、被告は、フクの五女である。

2  フクは、平成二年九月二六日死亡した。

3  原告は、平成四年六月、東京家庭裁判所に、フクの遺産分割の調停を申し立てたが、被告は、その調停進行中の平成四年一二月二五日になって、本件遺言書が存在するとして、その開封・検認の手続をとった。

4  本件遺言書の内容は、別紙記載のとおりである。

四  争点

1  フクの相続人間で、平成三年三月二四日付けで、遺産分割協議が成立しているかどうか。

2  本件遺言書が、フクの意思によって真正に作成されたどうか。

五  争点に対する判断

1  遺産分割協議の成立について

(一) 被告は、フクの遺産については、平成三年三月二四日付けで相続人間に遺産分割協議が成立したと主張し、原告は、右遺産分割協議は、相続人全員の合意が絶対的かつ必須の条件であるところ、被告提出の遺産分割協議書(以下「本件協議書」という。)には、相続人山口春夫の署名押印がない、また、原告は、本件協議書に署名押印しているが、これは、相続財産の内容や、具体的な分割方法についての協議が一切ないまま、平成三年三月二四日に、突如被告から「相続税の申告のために時間がないので印を押して欲しい、他の者全員が同意している、土地は他人に貸してあるので価値がほとんどない、分割の話は後でする、悪いようにはしない。」と懇請されて、署名押印したものであり、遺産分割協議は成立していないと主張する。

(二) 証人山口夏夫(以下「夏夫」という。)の証言によれば、フクの相続人である山口春夫は、本件協議書への署名押印を求めて、被告や夏夫や相続人梅子・A(以下「梅子」という。)が訪ねても、全く応答がない、というのである。また、夏夫は、本件協議書にはすんなりと印を押しているというものの、その作成は、事前に電話があった上で、作成当日の平成三年三月二四日に、被告と梅子が夏夫の勤務先に訪ねてきて署名押印を求めたというものであって、事前に協議をして相続人全員が相互に意思を確認してなされたものではないことが明らかである。

(三) そうすると、本件協議書の存在をもって、フクの相続人間に遺産分割協議がなされたということはできない。

(四) また、原告は、本件協議書に署名押印しているとはいえ、原告の主張及び夏夫の証言に照らすと、右の署名押印が、原告の真意(本件協議書の内容に対する同意)によってなされたということには疑問があるといわざるを得ないし、相続人全員の合意による協議が整わない段階では、一旦協議案に同意しても、その同意を撤回できるというべきである。

(五) よって、遺産分割協議の成立または訴えの利益がないことを理由とする、被告の本案前の申立ては理由がない。

2  遺言書の作成の真正について

(一) 原告は、本件遺言書は、偽造であると主張して、その成立の真正を争っている。

(二) ところで、当裁判所の行った鑑定の結果(以下「大西鑑定」という。)によれば、本件遺言書の筆跡は、原告提出の対照筆跡とも、被告提出の対照筆跡とも異なる別人の筆跡である、というものである。

(三) 大西鑑定の鑑定理由は、おおむね以下のとおりである。

(1) 対照筆跡の文字は、各字画線の筆法も個性的に固有筆跡となって現れており、仮にフク本人が書いたとすると、八四歳から八七歳にかけてであるが、基本的な筆法に変化なく、終始同一筆法を用いて書いている。

(2) 「山口フク」の文字のうち、「山」の字は、

〈1〉 対照筆跡では、四角に近いものが二組、縦長に収めているものが四組あるが、本件遺言書の筆跡は、扁平の結体に収めていて異なっている。

〈2〉 第一画は、対照筆跡では、高い位置から筆を入れ、直線的筆致で垂直に近い縦線で収める筆法を用いているのに対し、本件遺言書の第一画は、低い位置から筆を入れ、右下に向けて直、曲線的筆致を混用し、斜線で短かく収め終筆を加圧して止める筆法を用いている。

〈3〉 第二画は、対照筆跡では、縦線は直線的筆致であったり曲線的筆致であったりしているが、転折部では、いずれも曲線で加圧せず鋭角の角度に収めているのに対し、本件遺言書では、転折部で緩い鈍角の角度で収めている。

〈4〉 第三画は、対照筆跡では、起筆から右下方に向かっているのに対し、本件遺言書では、左下方に向かっている。

(3) 同じく、「口」の字は、

〈1〉 対照筆跡では、縦長に収めているものが三組、扁平に収めているものが三組あるが、本件遺言書の筆跡は、比較的薄い扁平の結体に収めていて異なっている。

〈2〉 対照筆跡では、第二画と第三画との間に空白を作り、第二画を水平または右下りにして、転折部で加圧せず緩い曲線で転折したのち左下方にはね下す筆法を用いている点、及び、第二画と第三画を連続筆記し、第三画の終筆を第二画の転折部より右外側に突出させる筆法を用いている点に特徴がある。

〈3〉 これに対して、本件遺言書では、第二画と第三画を分けて四角く書いたものと、第二画と第三画を続けて第三画を短かく第二画の転折部よりも左側で収める筆法とが混用されているが、いずれも対照筆跡とは異なっているし、同時に書いた文書で、二様の筆法を書き分けることは恒常性がなく、本人が書いたことの証明にはならない。(真筆であれば、同一の筆法で書くであろうという趣旨と理解される。)

(4) 同じく、「フ」の字は、

〈1〉 対照筆跡では、七組の資料全部が縦長の結体に収めているが、本件遺言書の筆跡は、扁平の結体に収めていて異なっている。

〈2〉 対照筆跡では、横線部分は、右上りであったり右下りであったりするものの、いずれも比較的短かく、甲一五のお年玉袋の「フ」の字を除いて、転折部で加圧せず曲線で転折するという特徴がある。これに対して、本件遺言書では、転折部まで直線的筆致で長く伸ばし、転折部で、硬い調子で鋭角の角度で転折しているもので、対照筆跡の「フ」の字と筆法が明らかに異なっている。

(5) 同じく「ク」の字は、

〈1〉 対照筆跡では、七組の資料全部が、縦に長い細長の結体であるのに対し、本件遺言書の筆跡は、横幅のある縦長の結体に収めていて異なっている。

〈2〉 また、対照筆跡では、第一画の斜線の筆法を、本来であれば左下方に斜線で収めるのを、縦線でほぼ垂直に近い直線的筆致で終筆を加圧して収め、第二画の横線の起筆を第一画縦線との間に空白をつくる、転折後の左下方におろす斜線の筆法を、長くはねおろして、「ク」の字よりは「り」の字のような収め方をしているという特徴がある。これに対して、本件遺言書では、第一画を左下に向け曲線的筆致で収め、終筆を加圧後上方にはねあげる筆法を用い、第二画の横線を転折まで横に幅広く収め、転折後左下方に曲線的筆致でおろし、終筆を加圧後上方にはねあげる筆法を用いており、対照筆跡とは根本的に異なっている。

(6) 用字については、対照筆跡は、誤字と変体仮名を混用している点に特徴がある。ところが、対照筆跡と本件遺言書に共通して現れる「年」という字については、対照筆跡の「年」は、横線が四本あり、その二本目と三本目の間に短かい縦線が入っている誤字であるのに対し、本件遺言書の「年」は、第一画のノがなく、第一書が横線で始まっている、短かい縦線がない代りに字の左半分に横線が引かれているという特徴があり、双方で誤字が全く異なっている。

(7) 各文字の筆法は、対照筆跡では、縦線は、直、曲線的筆致を混用し、左右に傾斜する筆法で収められ、横線は、水平、右上り、右下りの三様の筆法を混用し、縦、横線とも、終筆を加圧する筆法を多用する傾向がある。他方、本件遺言書では、「書」「財」「産」等一二文字で、各文字の縦、横線の終筆で字画線の筆勢をそのまま収めず、加圧、減圧に関係なく、左上にはね上げる筆者固有の独特な筆法を用いている。そして、本件遺言書にみられる右の独特の筆法は、対照筆跡には一つも現われていない。

(8) 対照筆跡は、フクの八四歳から八七歳にかけて書かれたものであり、本件遺言書は九三歳の特に書かれたものであって、その間に六年の年代差がある。高齢の女性にとって、年齢とともに、筆勢が弱まり退化する傾向が現われることが通例であるが、本件遺言書は、対照筆跡に比して、逆に筆勢が強く、速筆を用い、硬い調子に収め、字画線も直、曲線的筆致を特に強調し、明確に使い分けている。

(9) 本件遺言書では、「遺」「財」「續」の「貝」の部分を同時に書きながら異なった筆法と結体で収め、統一性を欠く収め方をしている。筆法では、起筆、終筆部に、細い線が現われ、実践と異なった筆法で書いてあること、及び、「産」「子」の文宇には、字画線の切断(ある画の終筆のはねからなめらかに連続した位置に次の画の起筆がないことを指すものと思われる。)がみられることは、偽造の特色である。

(四) 大西鑑定の鑑定結果は、それぞれ対照筆跡と本件遺言書の筆跡を比較対照し、鑑定人の専門知識に基づいて、筆跡の異同を鑑定したものであり、その内容も、ひとつひとつが納得のできるものであるから、その信用性は高いというべきである。

(五) ところで、原告の提出した対照筆跡は、いずれも親族間でやり取りされたのし袋の上の署名や住所の記載であり、通常は、名義人本人が記載するものと考えられるから、これはフクの自筆であると推認することができる。また、被告の提出した対照筆跡であるメモは、前記鑑定結果により、原告提出ののし袋の筆跡と同一筆跡であると鑑定されているもので、フクの自筆であると推認することができるものである。

(六) さらに、前記争いのない事実のとおり、フクは平成二年九月二六日に死亡しているのに、本件遺言書の検認手続は、それから二年以上を経過した平成四年一二月になって初めて行われているところ、フクの死亡から本件遺言書の検認までの間には、本件協議書の作成や遺産分割調停の申立てがなされている事実が認められるのであって、このような出来事がありながら、二年以上も本件遺言書の存在が原告に明かされないことは不自然である。

(七) 以上の事実及び事情によれば、本件遺言書の筆跡はフクのものではなく、本件遺言書が提出された経緯も不自然であって、本件遺言書は真正に成立したものではないといわざるを得ない。

3  被告の主張と被告の私的鑑定(以下「田北鑑定」という。)について

(一) 被告は、大西鑑定は、「書道的外形形態比較」によって判定するものであり、幾多の判例に説示されている「稀少性」「常同性」の抽出集積による統計的鑑定手法が採用されていないから、鑑定手法そのものが旧時代の手法として敬遠されねばならないばかりでなく、鑑定結果をも誤らしたものであると主張し、その裏付けとして田北鑑定を提出している。

(二) 田北鑑定の鑑定理由の要約は、「重要なる筆蹟の細部に筆記者が無意識の中で表現している『個有の筆癖』で『稀少性』と『常同性』とを具備する『個有筆癖』を個々の筆蹟につき認識、識別をし、これを検査、検出、指摘をなして、鑑定を進めた上で、これらの『個有筆癖』の集積した立証点を本件遺言書に書かれた筆蹟と、対照筆跡に書かれた筆蹟について『個有筆癖』の比較、対照、鑑定をなして『個有筆癖』の『符合一致点』或いは『相違点』の有無につき慎重なる鑑定をなしたる結果は、本件遺言書に書かれた筆蹟と、対照筆跡に書かれた筆蹟とは、『個有筆癖』の『符合一致点(立証点)』を幾多、多数に亘りて集積し得たものであり、その間『相違点』の有無についても慎重なる検査、鑑定を繰返したものであるが、重要な『相違点』は認められなかった」というにある。(乙一一の「筆蹟鑑定の方法と経緯」参照)

(三) 田北鑑定は、右の個有筆癖の符合一致点の具体例として、以下の二例を挙げている。

(1) 「道」と「遺」(本件遺言書)のしんにょうの部分について、「湾曲度をもって打ち込まれ、終筆は水平に運筆されている筆癖」が符合一致していること

(2) 「祝」と「元」(本件遺言書)の「儿」の部分について、「元」の字の「第三筆が垂直、下方、直線で運筆され、終筆は湾曲して右水平に運筆されている筆癖」が、「祝」の字の第八筆、第九筆の筆癖と符合一致していること

(四) さらに、田北鑑定は、大西鑑定について、以下のように批判している。

(1) 大西鑑定は、書道の習字の語句を並べており、書道による「形態」鑑定であることを明確に示しているが、筆蹟の「外形形態」の比較による鑑定方法は昔の方法で、現在では全く通用しないのみならず、この「外形形態比較鑑定」では、誤謬結果を得るものである。

(2) 大西鑑定が、偽造の特色として、起筆、終筆部での細い線や、宇画線の切断を挙げているが、これらは全く納得できないもので、個有筆癖の相違点あるいは符合一致点の集積事実を立証点とすべきである。

(3) 大西鑑定は、筆蹟の外形を書道の眼で比較しているもので、最重要な、筆蹟の細部に筆記者が無意識の中で表現する「個有筆癖」の相違、符合については一切触れていない点が、現在の筆蹟鑑定方法とは相違しており、大西鑑定では立証点の明示がない。

(4) 大西鑑定は、筆勢の弱まりを指摘しているが、遺言書は、その性質上重要であるので、日常の祝儀袋やその他日常の筆蹟と相違して、緊張して書くという心理的な筆蹟上の形態もあり、筆勢が弱い点を以って偽造証拠とするのは全く当たらない。

(五) そこで、以下において、大西鑑定と田北鑑定を比較検討する。

(1) 大西鑑定は、まず対照筆跡と本件遺言書とを編年で並べ、基本的な筆法の変化の有無を調べ、これがないことを確定した上で(前記2(二)(1))、「配字と結体」の検討に進んでいる。その検討の中では、配字(一行の文字の並べ方)、各文字の大小比較、各文字の形態(扁平、縦長等)、文字の字画線の特徴をそれぞれの対照筆跡について検討し、恒常性のある部分と、そうでない部分を分けて、対照筆跡の筆者の特徴を抽出している。

(2) その特徴として指摘していることは、前記2(三)で説示したとおりであるが、大西鑑定は、その中でも特に、次の点に着目しているということができる。そして、これらの着眼点は、いずれも説得的で納得のできるものといわなければならない。

〈1〉 「山口フク」の各文字について、それぞれ固有の筆癖(前記2(二)(2)ないし(5)、固有筆癖として指摘されている点は、字の外形、字画線の続け方、起筆・終筆の加圧・減圧、字画線の方向・長さ・転折の方法など多面にわたっている。)がみられるけれども、これらの固有筆癖が、本件遺言書には一切みられない。

〈2〉 対照筆跡と本件遺言書では、「年」の字が双方とも別個の特徴のある誤字であり、双方に共通点がみられない(前記2(二)(6))。

〈3〉 本件遺言書には、字画線の終筆部分を左上にはね上げる独特の筆法がみられる(前記2(二)(7))が、この筆法は対照筆跡には全く現われていない。

〈4〉 本件遺言書は、老齢で、対照筆跡の書かれた時よりも、さらに六年が経過して書かれたものであるのに、加齢による筆勢の弱まりや退化がみられないばかりか、逆に、筆勢が強く、速筆を用いる等、老化した筆致でない(前記2(二)(8))。

〈5〉 本件遺言書には偽造の特徴とみるべき字画の特色が示されている。

(前記2(二)(9))

(3) これを田北鑑定の指摘する批判点と対比して考察すると、次のようにいうことができ、田北鑑定の指摘する大西鑑定の批判点は、批判として的を射たものではないというべきである。

〈1〉 田北鑑定は、大西鑑定を、書道による形態比較であると批判するが、大西鑑定は、字の外形、配字から字画線の特徴に至るまで、多面的な考察を行い、対照筆跡から、「固有筆癖」を抽出しようとしているものであり、田北鑑定が批判するような、単なる形態比較でないことは明らかである。

〈2〉 大西鑑定が、偽造の特徴として挙げる点は、真筆であればあり得ない起筆、終筆におけるためらい(細い線)や、真筆であれば連続しているべき字画の間に連続性がないことを指摘するものであり、意味のある指摘というべきである。

〈3〉 大西鑑定が、筆跡の細部に現われる「固有筆癖」について複数の符合一致点や相違点を指摘していることは、「山口フク」の各文字の特徴の指摘や、本件遺言書の特徴的な終筆のはねの存在の指摘から明らかであり、田北鑑定が「大西鑑定は立証点を明示していない」と指摘することは事実に反するものである。

〈4〉 筆勢、筆致と加齢の関係については、むしろ大西鑑定の指摘が納得し得るものであり、遺言書であって緊張するが故に、対照筆跡には一切みられない筆勢や、細部の特徴的な筆癖が突如として現われるということは、それ相応の十分な理由がない限り理解し難いことといわなければならないし、仮にそのような現象が通例として現われるのであれば、田北鑑定のいう「常同性」そのものが否定されなければならないものである。

よって、筆勢、筆致についての田北鑑定の説明は納得できないものといわざるを得ない。

(4) 他方、田北鑑定については、以下のようにいうことができる。

〈1〉 田北鑑定は、「遺」「道」のしんにょうが、縦の線が湾曲し、横の線が直線的に引かれていることに符合点があると指摘する。確かに、対照筆跡の「道」「速」の字のしんにょうの書き方は、縦の線が湾曲していること、及び横の線が直線的であることは認められるが、同一機会に書かれた字で偽造ということも考えられないのに書き方が一定しておらず(縦線の上の点の存否、縦線の湾曲の程度、横線の方向)、これを常同性があるとして比較の対象とすることは、余り適切ではないように思われる。

〈2〉 田北鑑定は、「祝」「元」の字の「儿」の部分に符合一致点があると指摘する。確かに、対象筆跡と本件遺言書を比較すると、右の指摘はもっともであるといえる。しかしながら、本件遺言書と同一人によって書かれたと認められる本件遺言書の下書では、「儿」の左の字画は、明らかに斜線になっており、田北鑑定のいう「元の字の第三筆が垂直、下方」ということは常同性がある筆癖とはいうことができない。また、「儿」の右の字画についても、その湾曲度は、対象筆跡が曲線部が短かく鋭く曲がっているのに対して、本件遺言書の筆跡は、大きく緩いカーブであり、湾曲度が同一ということも難しいように思われる。そうすると、右の点を符合一致点であるということはできないというべきである。

〈3〉 田北鑑定では、「子」の字にも符合一致点があると指摘している。しかし、その一致するとの指摘は、別人の筆跡であることが一見して明らかな「山口春子」の文字にまで及んでおり、これは、田北鑑定の指摘する符合一致点に「稀少性」がない(同じように書く人が多数いる。)ことの証左といわなければならず、田北鑑定が、「稀少性」と「常同性」が重要であるといいながら、稀少でない筆癖を採用し、自己矛盾に陥っている疑いを抱かざるを得ないところである。

〈4〉 田北鑑定は、「の」の字にも符合一致点があると指摘している。しかし、本件鑑定書の「の」の字と符合一致点のある対象筆跡の「の」の字は、対象筆跡中に十数文字みられる「の」の字のうち、ただ一字であり、「常同性」のない筆跡に符合一致点があることをもって、「常同性」の集積の裏付けとしているものであって、自らの論拠との間の矛盾が著しいといわなければならない。

〈5〉 田北鑑定は、対象筆跡と本件遺言書に共通してみられる「私」の字について、「禾」の第一画が左から右に書かれている点、「木」の左右のはらいが、下方から起筆されている点、「ム」の第二画が左上から右下に書かれている点を符合一致点であると指摘する。確かに、対象筆跡と本件遺言書の「私」の字の「禾」の特徴は素人目にも注目すべきものと考えられるが、この点について、大西鑑定には指摘するところがなく、大西鑑定にも鑑定意見として不足があるといわざるを得ない。

しかしながら、既に説示してきたとおり、対象筆跡と本件遺言書との間には、明らかな筆癖の違いが認められるのであって、それについて合理的な説明がなされない限り、右のような符合一致点は、真筆の証拠にはならないというべきである。

〈6〉 以上のように、田北鑑定は、かなりの数の符合一致点を指摘しているが、その中には、符合一致点として疑問のあるものが少なくない。のみならず、田北鑑定は、対照筆跡と本件遺言書の筆跡の相違点については、「慎重なる検査、鑑定を繰返したものであるが、重要なる『相違点』は認められ無かった」と述べるのみであり、大西鑑定に対する批判を述べる部分を含めて具体的な指摘・反論がない。

他方、既に述べたように、大西鑑定では、「山口フク」の四文字及び「年」の文字について(前記2(二)(2)ないし(6))、また、一般的な終筆のはねの存否について(前記2(二)(7))、いずれも重要な相違点を見い出して、それを鑑定の根拠としているのであるから、この点についての田北鑑定の反論がない限り、田北鑑定では、右のような相違点を無視したと考えざるを得ないところである。

〈7〉 さらに、大西鑑定は、個々の字画線の特徴だけでなく、配字・文字の大小・形態など、多面的な考察を加えているが、田北鑑定は、ごく細部の字画線の特徴を比較しているだけである。

その理由について、田北鑑定は、ひとつには、右の配字等は、書道による形態鑑定であることを理由とするようである。しかしながら、右の意見が大西鑑定を誤解したものであることは前記のとおりであるし、配字・文字の大小・形態などにも、「固有筆癖」が現われることは素人的にも容易に理解されるところであって、配字等を鑑定の対象から除外することを正当化する論拠とはいえない。

また、田北鑑定は、文字の形態は容易に似せて書くことができることも形態鑑定を批判する根拠としている。しかしながら、本件遺言書は、対象筆跡と比較して、「似せて書いた」という印象の薄いものである。したがって、田北鑑定の右指摘は、大西鑑定に対する批判として意味のあるものではない。のみならず、外形的に似ていないことは、田北鑑定によっても偽造である根拠たり得るものと考えられるのであるから、田北鑑定が、外形的に似ていないにもかかわらず、対象筆跡と本件遺言書が同一人の筆跡であるというためには、田北鑑定の方に、似ていないことの合理的な説明を要するというべきであるが、田北鑑定は、そのような説明は一切していない。

(六) 以上によれば、田北鑑定は、その重要な論拠とする「稀少性」「常同性」についての検討が十分になされておらず、稀少でない筆癖や常同性のない筆癖を「固有筆癖」として採用しており、その具体的な鑑定手法には大いに疑問があるといわざるを得ない。加えて、大西鑑定に対しても、その中心的な筆跡の特徴の指摘に対して具体的な反論をしておらず、大西鑑定の趣旨を誤解した一般論での反論をするに止まっている。

他方、大西鑑定は、田北鑑定のいう「稀少性」「常同性」を根拠とする鑑定手法を、忠実に実行していると評価できるものである。

そうすると、大西鑑定と田北鑑定の優劣は自ずと明らかといわなければならず、田北鑑定を採用することはできない。

六  結論

以上のとおりであって、本件遺言書は、フクの真筆によるものとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、遺言としての効力がなく、無効である。よって、原告の請求は理由がある。

(口頭弁論終結の日・平成七年一一月七日)

(裁判官 松本清隆)

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