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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21021号 決定

債権者

別紙債権者目録記載のとおり

右訴訟代理人弁護士

船尾徹

塚原英治

則武透

債務者

ソニー株式会社

右代表者代表取締役

大賀典雄

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

高津幸一

高橋一郎

主文

債権者らの申立てをいずれも却下する。

理由

第一申立て

債権者らが別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有することを仮に定める。

第二争いのない事実〈省略〉

第三被保全権利について

一労働協約の一部解約について

1  労働組合法一五条三項及び四項によれば、有効期間の定めのない労働協約は、当事者の一方が、署名し、または記名押印した文書によって相手方に予告して解約することができる(ただし、右予告は、解約しようとする日の少なくとも九〇日前にすることを要する。)。

本件基本協定は、その形式上有効期間の定めのない労働協約であり、債務者は労働組合法一五条三項に基づき本件解約通知をしたものである(債権者らは、本件解約通知は「解約しようとする日」の記載を欠くので通知自体右条項所定の予告に該当しない旨主張するが、当事者が解約の効力発生日を指定しなかったときには、解約予告の文書が相手方に到達した日の翌日から起算して九〇日を経過した日に解約の効力が発生すると解すべきであって、右主張は失当である。)。

2 労働協約の締結過程においては、労使間で懸案とされている広範な事項がその交渉の対象となり、当事者は、ある事項においては譲歩し、ある事項においては相手方の譲歩を勝ち取るという形で交渉を行う(これを「ギブ・アンド・テイクの関係」ということができる。)。しかし、労働協約は、これを書面に作成することによって効力を生ずる要式行為であるから(労働組合法一四条)、「ギブ・アンド・テイクの関係」も、これが労働協約の条項上明らかである場合と、労働協約の条項上「ギブ・アンド・テイクの関係」が明らかでなく、労働協約締結の動機ないし事情にとどまる場合とでは、その法的性格を異にするというべきである。すなわち、前者の場合について、労働協約の一部解約は当然に許されないが、後者の場合においては、労働協約の一部解約は許されると解するのが相当である。有効期間の定めのない労働協約の一方当事者からの解約は、社会経済情勢の変化その他労働協約を維持しがたい事情が生じた場合に対処するために労働組合法が認めた権利であり、これが労働協約の条項上明らかではない協約締結の動機ないし事情によって奪われると解するべきではないからである。ただし、労働協約の趣旨及び内容、解約の態様等の諸事情から、労働協約の一部解約が、安定した労使関係の形成に寄与するという労働協約制度の趣旨を没却するようなものであると認められる場合には、右解約は、解約権の濫用として無効である。

3 本件基本協定は、「1賃金に関する項目、2その他の項目」により構成され、「2その他の項目」は、「(1)労働時間短縮について(本件時短協定)、(2)ボランティア休職制度、(3)マッチング・ギフト・プログラム、(4)再雇用制度、(5)旅費規制、(6)業務上災害補償」であるところ、本件基本協定の対象とされている平成四年度の賃金は、右年度における年間労働時間を前提として決定されており、本件解約通知の対象である本件時短協定の平成六年一月以降にかかる部分と本件基本協定中の「1賃金に関する項目」との間の「ギブ・アンド・テイクの関係」を条項上認めることはできず、また、本件基本協定中の「2その他の項目(2)ないし(6)」と本件時短協定とは、全く独立の条項である。

債権者らは、平成四年の春闘を終結して本件基本協定を締結するにつき、ソニー労組としては、合計八〇時間の時短という本件時短協定の存在を評価し、平成四年における賃上げ幅について譲歩したものである旨主張するが、右は平成四年の春闘を終結して本件基本協定を締結するための動機ないし事情に過ぎない。

4 以上によれば、本件時短協定中の平成六年一月以降にかかる部分と本件基本協定の他の条項との間において「ギブ・アンド・テイクの関係」が条項上明らかであるということはできず、本件時短協定中の平成六年一月以降にかかる部分のみを解約することは、これが解約権の濫用に該当しない限り許されるというべきである。

そこで、本件解約が解約権の濫用に該当しないか否かにつき検討する。

(一) 疎明資料(〈書証番号略〉)によれば、以下の事実を認めることができる。

本件時短協定に至るまでの債務者における時短の実施状況は、昭和六一年八時間(年間所定労働時間一九六八時間)、平成元年八時間(同一九六〇時間)、平成二年八時間(同一九五二時間)、平成三年一六時間(同一九三六時間)であったが、年間総労働時間の短縮の前提として所定労働時間の短縮を主張するソニー労組に対し、債務者は時間外労働時間の削減、年次有給休暇取得率の増加による年間総労働時間の短縮を主張し、事業活動に与える影響を懸念して所定労働時間の短縮には消極的であった。しかし、昭和六三年労働省により平成四年度中に年間労働時間を一八〇〇時間程度に短縮する旨の目標が設定され、また、国際的にも平成二年九月の日米構造協議会において日本側報告として労働時間短縮の必要性が報告されるなどしたことから、平成五年一月から四〇時間、同六年一月から更に四〇時間の合計八〇時間の所定労働時間の短縮をすることとし、本件時短協定を締結した。

本件時短協定締結当時、債務者は、平成四年度の事業見通しにつき、設備投資の厳選、全部門における合理化・効率化のほか、バルセロナオリンピック等による需要の回復が見込まれたため、平成三年度で業績の底を脱し、回復基調に移行するものと考えていた。ところが、平成四年度の市場動向は、右予測に反して低迷し、平成五年度に入っても目立った回復はなかった。更に、平成四年度期初に一ドル一三〇円であった為替レートは、期末には一二〇円を割る水準まで円高が進行し、平成五年度に入っても円高の進行は止まらず、同年五月に一ドル一一〇円を越え、七月には一〇五円台、八月には一〇〇円台を記録した。輸出比率が六五パーセントを占める債務者にとって、本件時短協定後の右のような経営環境の変化が与える影響は大きく、平成五年四月一日から同年一二月三一日までの間における債務者の連結業績は、税引前利益は19.0パーセント増加したものの、売上高が7.4パーセント減、営業利益が15.6パーセント減、純利益が40.6パーセント減となり、平成五年末の時点における債務者の業績は、本件時短協定締結当時予想していた業績予測を大幅に下回るものであった。

右のような経営環境の変化は、本件時短協定締結時において債務者が予想していなかったものであり、これにより、平成六年一月以降の四〇時間の時短の実施が困難になったと判断した債務者は、平成五年一〇月五日付けでソニー労組に対して時短実施の一年延期を申し入れ、同年一二月七日まで約七回の団体交渉をもった。しかし、右時点においてもなお合意に至らなかったため、本件解約通知をした。

(二)  右によれば、本件時短協定による時短は、それ以前における債務者の時短の方針を変更して、翌年、翌々年の二年間にわたり大幅な所定労働時間の短縮をするという内容のものであって、所定労働時間の大幅な短縮が事業活動に与える影響及び三年後の業績予測が必ずしも確実なものとは限らないことを考えると、本件時短協定締結当時予想できなかった経営環境の変化が生じた本件のような場合にこれを解約することは、本件時短協定の趣旨及び内容に照らし、やむを得ないものというべきである。

更に、債務者はソニー労組に対し、平成五年一〇月五日に時短実施の延期を申し入れたが、合意に至らなかったため本件解約通知をしたものであって、本件解約通知の目的は四〇時間の時短を中止することではなく、あくまでもその実施を一年間延期することにあったと考えられること、平成六年一月以降四〇時間の時短が実施されることを予定していた従業員のために、債務者は、五日間を限度として有給休暇の前倒しの承認等の経過措置をとることをソニー労組に対して申し入れていること等をも考慮すると、本件解約通知が、労働協約中の自らに有利な部分のみを「つまみ食い」する目的に基づくものである等労働協約制度の趣旨を没却するようなものであるとは認められない。

(三) なお、債権者らは、本件時短協定中勤務免除時間の見直しにかかる部分は既に実施されており、平成六年一月以降にかかる部分のみの解約を認めることは、一個の労働協約上自らに有利な部分のみを実施し、不利な部分のみを解約するものであって許されない旨主張する。

しかしながら、疎明資料(〈書証番号略〉)によれば、債務者においては、交替勤務者に対し年間相当時間の勤務免除を実施していたので、本件時短協定において、交替勤務者に対する時短実施に際し勤務免除時間の見直しをすることが労使間で合意されたこと、右合意に基づいて、平成五年一月以降の四〇時間の時短に際し右四〇時間の範囲内で所定労働時間の短縮と勤務免除時間の置き換えがなされるとともに、年間五日間あるいは二日間の休日増加の措置がとられたこと及び残余の勤務免除時間の見直しは平成六年一月以降の時短実施が確定した後になされることとなっていたことの各事情を認めることができ、これらによれば、本件時短協定に基づく勤務免除時間の見直しは本件時短協定の平成五年一月以降にかかる部分が実施されたことに対応する限度で部分的に実施されたに過ぎないというべきであるから、債権者らの右主張は失当である。

(四) 従って、本件解約通知による本件時短協定の解約が解約権の濫用に該当するということはできない。

二右に述べたところによれば、本件時短協定のうち平成六年一月以降にかかる部分は、本件解約通知がソニー労組に到達した日の翌日から九〇日を経過した日(平成六年三月二七日)をもってその効力を失うというべきであるが、右効力を失う日が平成六年の途中であることから、個々の労働契約上、債権者らの平成六年一月以降の年間所定労働時間をどのように解するべきかが問題となる。

労働協約の終了が個々の労働契約にどのような影響を及ぼすかについては、協約失効後の労働契約についての当事者の合理的意思解釈によってこれを決定するほかない。

本件時短協定は、年間所定労働時間を規定したものであって、その対象となる年の途中において年間所定労働時間が変動することは明らかに不合理であるから、個々の労働契約における平成六年一月以降の年間所定労働時間については、①本件時短協定中平成六年一月以降にかかる部分が解約されたので、右部分は個々の労働契約を規律せず、平成六年一月以降の年間所定労働時間は平成五年一月以降と同様一八九六時間であると解するか、②本件時短協定の平成六年一月以降にかかる部分は、その解約の効力が発生する前に既に個々の労働契約を規律し個々の労働契約の内容を形成していたので、右解約にもかかわらず、平成六年一月以降の個々の労働契約における年間所定労働時間は一八五六時間となると解するか、そのいずれかということになる。

そこで検討するに、本件時短協定には「短縮時間の消化方法については、各事業所毎の実態に応じて事業所毎に対応する」旨が規定されており、平成五年一月以降の時短を実施する際には、第二の三記載の方法により個人別休日を指定することが債務者とソニー労組との間で合意されたが、平成六年一月以降については、時短の実施方法についての合意が成立しておらず(債権者らは、別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使する旨を債務者に一方的に通知したに過ぎない。)、本件時短協定中の平成六年一月以降にかかる部分が、個々の労働契約をどのように規律するかは未だ確定していなかったというべきであって、右のような段階で本件時短協定中の平成六年一月以降にかかる部分が解約された以上、本件時短協定中の平成六年一月以降にかかる部分は個々の労働契約を規律せず、個々の労働契約における平成六年一月以降の年間所定労働時間は、平成五年と同様一八九六時間であると解するのが相当である。

三債権者らは、本件時短協定に基づき平成六年一月以降年間所定労働時間が一八九六時間から一八五六時間に短縮されることを前提として、別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有すると主張するものであるが、既に述べたとおり、債権者らの個々の労働契約における年間所定労働時間は一八九六時間であって、債権者らは、別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有しないのであり、本件被保全権利は存在しない。

第四よって、その余の点につき判断するまでもなく、債権者らの申立てはいずれも理由がないので、主文のとおり決定する。

(裁判官山之内紀行)

別紙債権者目録〈省略〉

別紙休日目録〈省略〉

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