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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21783号 判決

原告

中居正広

外一八名

右原告一九名訴訟代理人弁護士

内藤篤

清水浩幸

坂口昌子

被告

株式会社鹿砦社

右代表者代表取締役

松岡利康

被告

松岡利康

右被告両名訴訟代理人弁護士

富永義政

酒井清夫

清水正英

主文

一  原告株式会社ジャニーズ事務所を除く原告らと被告らとの間において、被告らは、別紙書籍目録記載の書籍の出版、販売をしてはならない。

二  原告株式会社ジャニーズ事務所を除く原告らのその余の請求及び原告株式会社ジャニーズ事務所の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用については、原告株式会社ジャニーズ事務所と被告らとの間に生じた費用は、原告株式会社ジャニーズ事務所の負担とし、その余の原告らと被告らとの間に生じた費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求(原告株式会社ジャニーズ事務所の請求もその余の原告らの請求も同一)被告らは、別紙書籍目録記載の書籍及びその原稿の出版・販売・発送・配達・頒布・展示等の一切をしてはならない。

第二  事案の概要

一1  本件は、原告株式会社ジャニーズ事務所(以下「原告事務所」という。)に所属し、テレビなどに出演する芸能人(いわゆるタレント。以下「タレント」という。)である原告事務所以外の原告ら(以下「原告タレントら」という。)が、被告株式会社鹿砦社(以下「被告会社」という。)及び被告会社の代表者である被告松岡利康(以下「被告松岡」という。)の出版、販売しようとしている別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)によって私生活の平穏という人格的利益(プライバシー権と主張)が害されるとして、原告タレントらは、右人格的利益(プライバシー権)に基づき、原告事務所は、所属タレントが芸能活動をしたことによって平穏な生活を奪われることのないようにする職務上の義務から生じる権利に基づき(原告事務所は、原告事務所の原告タレントらに対する右義務から、第三者に対して原告タレントらの私生活の平穏を侵害させないよう求める権利があると主張)、被告らに対し、本件書籍及びその原稿(以下合わせて「本件書籍等」という。)につき、第一に掲げた行為(以下「出版・販売等」という。)の差止を求めるものである。

2  本件の審理においては、第一回口頭弁論期日に陳述された答弁書において、被告らは、「すでに本件書籍を出版・販売等をなす意思はない。」と述べたので、被告らのこの陳述を前提に和解に向けての話合がもたれたが、和解は成立にいたらなかった。そして、被告らは、原告タレントらには自宅や実家の所在地を知られたくないとのプライバシーの権利はないと考えるので(答弁書二、三記載)、裁判所の判断を求めたいとして、第五回口頭弁論期日に、「本件訴の利益については争わない。被告としても実体的な判断を求める。」と陳述した。

そして、原告ら・被告らともに、速やかな法律判断を求め、人証の申請はしなかった。

したがって、当裁判所としては、このような訴訟の経過を踏まえ、答弁書の記載にかかわらず、少なくとも被告らは本件書籍の出版、販売を企図しているものとして訴の利益を認め、当事者の求める法律的な判断を示すこととする。

二  争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は争いがない。)

1  原告らについて

(一) 原告中居正広、同木村拓哉、同稲垣吾郎、同草彅剛、同香取慎吾は、原告事務所に所属するタレントで、「SMAP」と命名されたグループに所属している。同グループは平成三年にレコードデビューし、その前後から、右原告らは、グループとして又は各人で、演奏活動、舞台出演、ドラマ出演等の芸能活動を行っている。

(二) 原告長瀬智也、同城島茂、同山口達也、同国分太一、同松岡昌宏は、原告事務所に所属するタレントで、「TOKIO」と命名されたグループに所属している。同グループは平成六年にレコードデビューし、その前後から右原告らは、グループとして又は各人で、演奏活動、舞台出演、ドラマ出演等の芸能活動を行っている。

(三) 原告堂本剛、同堂本光一は、原告事務所に所属するタレントで、「KinkiKids」と命名されたグループに所属している。同グループは平成四年に芸能界にデビューし、以降、右原告らは、歌手、テレビドラマやバラエティ番組への出演等の芸能活動を行っている。

(四) 原告坂本昌行、同長野博、同井ノ原快彦、同森田剛、同三宅健、同岡田准一は、原告事務所に所属するタレントで、「V6」と命名されたグループに所属している。同グループは平成七年にレコードデビューし、その前後から右原告らは、グループとして又は各人で、舞台出演、ドラマ出演、コンサート出演等の芸能活動を行っている。

(五) 原告事務所は、アーチストの育成及びマネージメント等を業とする株式会社である。原告事務所は、タレントと専属契約を結び、そのマネージメント全般を執り行っている。

(六) 原告タレントらはいずれも、原告事務所に所属するタレントの中で現在最も人気を博しているグループのメンバーであり、その芸能活動を通じていわゆる芸能人として固有の名声、社会的評価、知名度を得、多数のファンを獲得している。

2  被告らについて

(一) 被告会社は、出版物の編集、発行、販売等を業とする会社であり、東京都新宿区に営業所を開設し、東京支社として、配本等の業務を行っている。被告松岡は、被告会社の代表取締役である。

(二) 被告らは、被告松岡を発行人、被告会社を発行所として、これまでに、原告タレントらに関する左記の書籍を出版してきた。

・「木村拓也 稲垣吾郎 森且行SMAPに会いたい!上」

著者・SMAP同窓会一同、初版第一刷・平成八年二月二〇日

・「中居正広 香取慎吾 草彅剛SMAPに会いたい!下」

著者・SMAP同窓会一同、初版第一刷・平成八年二月二〇日

・「SMAP見つけた! 誰も知らないスーパーアイドルの素顔」

著者・SMAP応援団、第二刷・平成八年四月二五日

・「徹底解明・中居正広のおヘソ」

著者・中居正広応援団、初版第一刷・平成八年七月二五日

・「徹底解明・木村拓也のおヘソ」

著者・木村拓也応援団、第二刷・平成八年七月三〇日

・「徹底解明・香取慎吾のおヘソ」

著者・香取慎吾応援団、第二刷・平成八年七月三〇日

・「KinkiKidsが知りたい!」

著者・大阪KinkiKids研究会、第四刷・平成八年五月五日

・「めっちゃKinkiKids」

著者・大阪KinkiKids研究会、第二刷・平成八年八月三〇日

・「ジャニーズおっかけマップ」

著者・ジャニーズ同窓会、初版第一刷・平成八年九月一〇日

・「二丁目のジャニーズ」

著者・原吾一、初版第一刷・平成七年一一月一五日

・「二丁目のジャニーズ死闘編」

著者・原吾一、初版第一刷・平成八年四月二〇日

・「ジャニーズのすべて 少年愛の館」

著者・平本淳也、初版第一刷・平成八年四月二〇日

・「ジャニーズのすべて2 反乱の足跡」

著者・平本淳也、初版第一刷・平成八年六月三〇日

(三) 原告らに無断で平成八年九月に既に出版されている右ジャニーズおっかけマップ(甲三。以下「おっかけマップ」という。)は、原告事務所所属のタレント(原告タレントらを含む。)の実家や自宅の所在地が市・区以下の町名まで特定して示され、その場所を示す地図と、自宅等の写真とを掲載している。地図には最寄り駅や付近の目印となる施設、商店などが記載されており、この地図を持って最寄り駅に出向きさえすれば、これらの情報によって自宅等を捜し出すことのできる内容になっている。この他、タレントの在学校などの情報も掲載されている。

(四) この他に、被告らは、平成七年六月初旬、被告松岡を発行人、被告会社を発行所として「SMAP大研究」と題する書籍の出版・販売を企図した。これに対して、原告中居正広、同木村拓也、同稲垣吾郎、同草彅剛、同香取慎吾外五名は平成七年五月二四日、東京地方裁判所に出版の差止を求める仮処分を申請し、同年七月一八日、かかる仮処分を認める決定がされた(同庁平成七年(ヨ)第二二〇五二号仮処分命令申立事件)。

3  本件書籍出版の企画について

(一) 被告らは、原告らの同意を得ることなく、本件書籍を平成八年一二月一日に発売することを企図し、市販された雑誌「月間ラブ・レター」一二月号に本件書籍の広告(甲一。以下「本件広告」という。)を掲載した。右広告には、本件書籍は、おっかけマップをもとに、「さらに詳細なマル秘データ、カラー写真を加えた決定版」であり、原告事務所所属タレントの「裏のウラまでわかる」内容である旨記載されている。

(二) 原告ら代理人である坂口昌子弁護士が、平成八年一〇月二九日に被告会社に電話をかけ、女性従業員に本件書籍の内容について尋ねたところ、①本件書籍は、おっかけマップよりくわしい住所が掲載されることになるのではないかと思う、②タレントにアクセスしようとしたら連絡できる手段みたいなもの、電話とかファックスとかが掲載される、③原告事務所所属のタレントで人気のあるタレント、おっかけマップに載っているタレントはほとんど掲載される旨答えた(甲二。以下「本件電話回答」という。女性従業員が本件書籍の内容について説明したことは被告らも争わない。なお、被告松岡の陳述書である乙第六号証には、この女性従業員は入社一か月であり、それを誘導尋問にかけて答を引き出した旨の記載があるが、確かに甲第二号証の内容は、本件書籍についてよく知らない女性従業員が、他の従業員に聴きながら回答したことがうかがえる。)。

三  争点(法律的争点の前提事実についての判断を含む)

1  法律的争点の前提事実についての判断

本件においては、本件書籍の内容についても争いがあり、原告らは、おっかけマップ、本件広告及び本件電話回答をもとに、①おっかけマップよりも詳しい住所が掲載されるのであるから、番地や部屋番号まで掲載される、②自宅の電話番号まで掲載されると主張し、これに対して被告らは、本件書籍は、おっかけマップを原告タレントらのファン層に向けて「豪華上製函入り」のものとして仕上げることを考えていたのであり、おっかけマップ以上に詳しい住所や電話番号を掲載する考えはなかったと主張し、被告松岡の陳述書(乙六)にはその趣旨の記述がある。

法律的争点の前提事実として、この点について判断すると、おっかけマップの内容の概要については、前記第二の二2(三)に争いのない事実として記載しているが、甲第三号証によれば、おっかけマップには、原告事務所所属のタレントの自宅や実家の情報が掲載されており、原告タレントらの大半についても、自宅や実家の情報(情報は、人によって少し差異があるが、最も情報量の多いものは、自宅・実家の所在地について、番地の前までの住所表示を記載し、自宅・実家の写真を掲載し、自宅の最寄り駅と自宅の位置関係を示した地図を掲載している。なお、自宅ではなく実家の位置を示した地図が掲載されているものもある。)が掲載されていること、及び「おっかけの心得」として、「大好きなアイドルの側にいたくてたまらないファンは、タレントの行くとこ、帰るとこ、ずーっと離れたくないからおっかける、それがおっかけ。おっかけも全国区で、東京中心で活躍しているアイドルも、地方にいけば地方のファンがおっかける。人気ものだからしょうがないし、みんなだって一緒にいたいよね。」などと記載されていることが認められる。そして、甲第一号証によれば、本件広告には、「ジャニーズ・ゴールド・マップ◇定価1万円・限定版・12月1日発行◇」という見出しのもとに、「好評の『ジャニーズおっかけマップ』をもとに、さらに詳細なマル秘データ、カラー写真などを加えた決定版!!これであなたの大好きなジャニーズ・タレントの裏のウラまでわかる!豪華上製函入り限定版。予約申込み者のみに頒布。」と記載されていることが認められる。これらの記載を前提に本件電話回答がなされたものであり、本件書籍に掲載される原告タレントらの自宅・実家に関する情報がおっかけマップと同じであるとは考えられず、原告ら主張のとおりおっかけマップ以上に詳しい情報、つまり、自宅及び実家の番地、部屋番号、電話番号若しくはそれに極めて近い情報(少なくとも、原告タレントらの自宅や実家の所在地がおっかけマップ以上に容易に判明する情報)が掲載されることになっていたものと認められる。

なお、前記被告松岡の陳述書にも、原告タレントらの住所を無断で公表したからといってプライバシーの侵害にはならないとの記述があり、また、被告らは、住所と地図の掲載された乙第二号証、住所と電話番号の掲載された(電話番号については掲載のないものもある)乙第三号証、住宅地図である乙第四号証の一、二を提出して、住所を掲載したり、住宅地図を掲載することは、プライバシーの侵害にあたらないと主張しており、第六回口頭弁論期日に陳述された、最終準備書面である平成九年四月二一日付け準備書面でも、勤務先の名称や電話番号は、「自分がどのような職業を持ち、どのような仕事先で働いているかを知られたくないと欲する」性格を持った私生活上の事柄であり、法的保護の対象とされるべき利益であることは否定しがたいとしても、住所やその電話番号はこのような性格はないとして、自宅の電話番号については、プライバシーとして保護されないと主張しているのであって、いずれにせよ、住所や電話番号がプライバシーとして保護の対象となることを争うものである。

したがって、以下においては、本件書籍の内容が、原告ら主張のようなものであることを前提に、法律上の争点を摘示することとする。

2  争点

(一) 原告タレントらの住所等を公開されない人格的利益の有無

(原告らの主張)

一般に、個人の自宅や実家の所在地、電話番号は、私生活上の事実であり、その個人の承諾なく公開されれば、一般人の感覚として、心理的な負担、不安を覚えるような、したがって、私生活の平穏が害されるような事実である。人は、住所や電話番号を、自分の近親者や友人、仕事関係者等に必要があって知らせることはあるが、これは、不特定多数の者に知られることについての承諾を意味するものではない。これらの情報がプライバシーとして尊重されるべきことは、この社会の中で広く認識されており、このことは、例えば、①日本電信電話株式会社は、加入者の希望により、電話帳への電話番号及び住所の不掲載、番号案内サービスからの除外の取り扱いを行っており、②新聞社は、事件報道において被疑者・被害者等の住所を掲載せず、また、投書欄においても、投書者の住所について市町村名程度にしか特定せず、③テレビの報道番組などでは、電柱等に付けられている住所表記プレートや、個人宅の表札が画面に映るときは、これらを判読できないように、いわゆるモザイク処理を施すことが最近の多くの扱いであり、④住民票は、本人、本人と同一世帯に属する者、国又は地方公共団体の職員が請求する場合以外には、弁護士、司法書士等がその資格及び職務上の請求である旨を示したとき又は市町村長が相当と認めた場合でなければ、みだりにその閲覧、写しの交付を受けることはできない(住民基本台帳法一一条、一二条、住民基本台帳の閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令)ことなどからも、明らかである(④の点で、後記被告らの主張のうち、個人の住所が住民基本台帳に登載されて公開されるべき性質の事柄であるとの主張は失当である。)。

原告タレントらは、芸能人ではあるが、一般人と同じく私生活の平穏を享受する利益を有する。芸能人が、その職業柄、自分の日常がある程度公表されることを事前に承諾しているという立場に立ったとしても、その範囲は、無制限ではなく、社会通念上承諾していると推認できる範囲に限られる。芸能人は、芸能活動を営む便宜のために、自らの技量や個性を広く世間に知られることを望むかもしれないが、自宅や実家の所在地、電話番号は、芸能活動を営み、発展させていくためには関連性がない情報である。実際に出版物として市販されている芸能関係の名簿には、芸能人の所属事務所等が連絡先として掲載されており、自宅や実家の所在地や電話番号は掲載されていない。このことは、芸能人が著名人であっても同様であり、後記被告らの主張のうち、原告タレントらが著名人であるからプライバシーの権利を否定されるとの主張は失当である。

そして、原告タレントらの自宅や実家の所在地、電話番号は、一般の人々には知られていない情報であるところ、原告タレントらは、現在非常に人気のある芸能人であり、特に若年層に支持されているので、自宅や実家の所在地や電話番号が公開されると、多数のファンが自宅や実家に押し掛けたり、自宅や実家にのべつまくなしに電話が掛かってきたり、場合によれば心ない者から悪質な嫌がらせを受けることも考えられ、原告タレントらは平穏な私生活を送ることは到底望み得なくなってしまう。実際に、おっかけマップが発売されただけでも、原告タレントら本人だけでなく、その家族、関係者らは既に多大な迷惑を被っており、本件書籍には、それより詳しい情報が掲載されるのであるから、本件書籍等の出版・販売等によって原告タレントらは、自宅や実家という唯一の逃げ場を失い、回復しがたい損害を被る。

(被告らの主張)

私生活上の事実として公表・公開されたくない自由、利益とは、本来それが公表されることによって当人の社会的地位、名誉等が著しく毀損されかねない性質の事柄に限るべきである。個人の自宅や実家の所在地は、他人に知られたくない自由や、公表・公開によって侵害されるところの法的利益を有するものとは解されない。住民基本台帳法は、住民の利便の増進と行政の合理化のため、住民一人一人に対して住所の届出を義務付けており、個人の住所は、住民基本台帳に登載され、公開されるべき性質の事柄である。また、勤務先の名称や電話番号は、「自分がどのような職業を持ち、どのような仕事先で働いているかを知られたくないと欲する」性格を持った私生活上の事柄であり、法的保護の対象とされるべき利益であることは否定しがたいとしても、住所やその電話番号はこのような性格はなく、法的保護の対象とされるべき利益ではない。

また、著名人については、事項のいかんによって、プライバシーの権利を放棄したと考えられる場合があり、さらには、その社会的地位に照らし、私生活の一部が公の正当な関心の対象となる場合も考えられ、このような場合、著名人としては、プライバシーの権利の侵害を主張し得ない。原告タレントらのごとく、大衆のアイドルを目指し、かつ、アイドルであり続けようとする著名人としては、自らその社会的地位を求めてこれを獲得したものである以上、自らに関する記事の公表に同意したものとみなされるべきものである。その地位が著名化に応じて公的なものとなった以上、その公表されようとする私生活上の事実も、もはや、私的なものではあり得ない。したがって、原告タレントらについては、プライバシーの権利は否定されることになる。

原告らの主張する私生活の平穏に対する侵害は、本件書籍等の出版・販売等によって生ずるものではなく、一部不見識なファンらによって生ずるものであり、これは、原告タレントらが著名人となる過程において既に生じている社会現象である。

(二) 出版・販売等の差止の適否について

(原告らの主張)

前記のとおり、原告タレントらの自宅や実家の所在地、電話番号は、一般の人々には知られていない情報であり、本件書籍等の出版・販売等によりこれが公開されることになると、原告タレントらは、著しく私生活の平穏を害され、回復しがたい損害を被ることになる。

一方、本件書籍は、原告タレントらの芸能人としての人気に便乗して、商業趣味的な興味本位の目的で出版されるものであり、原告タレントらの自宅や実家の所在地、電話番号の公開が専ら公益を図る目的のものでないことは明白である。

したがって、原告タレントらの私生活の平穏を維持するために、本件書籍等の出版・販売等の差止が認められるべきである。

(被告らの主張)

原告タレントらは、著名人であり、なかんずく芸能人であるから、その栄光と名声を目前にしたいとの一般大衆の熱烈な要求、欲望に対しては譲歩せざるを得ないものである。このような一般大衆の要求等から生ずる喧噪、混乱状態は、一時的、一過性のものが多く、そのこと自体をもって違法状態とはいえない。このような状態の発生は、原告タレントらが著名となる過程において既に発生していることであり、本件書籍等の出版・販売等によってあらためて右のような状態が発生するおそれはない。また、仮に本件書籍等の出版・販売等により、多くのファンが原告タレントらの住所付近に押し掛けるような事態が発生したとしても、そのこと自体は、本来、ファン一人一人の自覚、自重に期待すべき性質の問題であって、表現、出版の自由の制限、禁止によって回避すべきものではない。

また、本件書籍は、被告らが利益追求を目的として企画し、発行しようとしたというよりは、むしろ、熱狂的な多くのファン層に向けて、原告タレントらの身辺等のいわゆる関心事を知らせ、その欲求、要望に応えつつ、節度ある行動の指針を示して、真に大衆のためのアイドルであり続けるよう、原告タレントらの芸能活動を温かく見守って欲しいとの心情を込めていたものである。

(三) 原告事務所の権利について

(原告事務所の主張)

原告事務所は、原告タレントらを含む所属タレントとの専属契約に基づいて、当該タレントを保護育成する義務を負っている。よって、原告事務所には、原告タレントが芸能活動をしたことによって平穏な生活を奪われたりすることがないようにする職務上の義務があり、これに基づいて被告らに所属タレントのプライバシー権を侵害させないよう求める権利を有する。

(被告らの主張)

原告事務所には、被告らに対し、その所属タレントのプライバシー権を侵害させないように求める権利はない。

原告事務所が、所属タレントを保護育成する権利ないし義務は、右タレントとの債権契約に基づくものであって、第三者に対して主張しうるものではない。

第三  争点に対する判断

一  原告タレントらの住所等を公開されない人格的利益について

1  本件は、被告らが、原告タレントらのファンに対して、「おっかけ」(おっかけマップによれば、前記のとおり、「タレントの行くとこ、帰るとこ、ずーっと離れたくないからおっかける」ことを意味する。)のための資料として出版したおっかけマップ以上に詳しい、原告タレントらの自宅や実家の所在地、電話番号などの情報を掲載した本件書籍等を、芸能人である原告タレントらの承諾なく営利を目的として出版・販売等する行為が、原告タレントらの私生活の平穏を享受するという人格的利益(原告らも被告らも、これをプライバシー権といっているが、プライバシー権という表現は、必ずしも一義的なものではないので、ここでは、本件紛争の実質から、私生活の平穏を享受するという人格的な利益ととらえることとする。)を違法に侵害するかどうかという私法上の法律紛争であり、この点が判断の対象となるものである。

2  甲第一四、一五号証によれば、これまで出版物として市販されてきた芸能人(タレント)の名簿には、芸能人の所属事務所等が連絡先として掲載されており、自宅や実家の所在地や電話番号は掲載されていないことが認められ、原告タレントらの自宅や実家の所在地や電話番号は、一般には知られていない情報であることが認められる。住宅地図(乙四の一、二)に掲載されていても、住宅地図の情報が直ちに原告タレントらと結びつくわけではない(例えば、乙第四号証の一の「香取」という表示が、直ちに原告香取慎吾の実家を指すものと判断されるわけではない。)。

そして、甲第一六、三五号証によれば、おっかけマップが出版された平成八年九月ころから、おっかけマップに掲載された原告タレントらの中に、①実家について、家の前に多くのファンが集まり、近所から苦情が出る、写真を撮られる、郵便物が持ち去られる、生卵を投げつけられる、無言電話がひっきりなしにかかるなどの被害を受けるようになったり、②自宅についても、ファンが押し掛ける、郵便物や洗濯物が盗まれる、空き缶や石を投げつけられる、無言電話やいたずら電話がひっきりなしに入る、早朝・深夜を問わずインターホンのチャイムが鳴る、落書をされる、実家を自宅としているものは、無言電話やいたずら電話のために実家の店の経営にも支障が生じるなどの被害を受けるようになったものが急に増えたことが認められる(甲第二七、二八号証はこのような被害について原告事務所や被告らなどに取材した雑誌の記事)。

3  被告らは、個人の自宅や実家の所在地、電話番号は、他人に知られたくない自由はなく、法的保護の対象とならないと主張するが、右2で認定したような私生活上の不利益を受けることを避ける権利が認められなければ、私生活の平穏が著しく害されることは明らかで、人は、このような不利益が発生するような態様で自宅や実家の所在地、電話番号を公表されない人格的利益を有し、そのような利益は、私法上保護されるものというべきである。仮に、公益のために、適切な態様によって、個人の自宅の所在地や電話番号を公表することが許されることがあるとしても、そのことが、営利を目的とし、それらの情報を公表された本人に著しい私生活上の不利益が発生するのを助長するような態様での公表を正当化するものではない。また、右2で認定した私生活上の不利益から考えて、この人格的利益は、自宅・実家の所在地、自宅・実家の電話番号のいずれの情報についても認められるものというべきである。

4  被告らは、原告タレントらは、著名人であり、かつ、芸能人であるから、その地位は公的なものとなったので、自らに関する記事の公表に同意したものとみなされるべきであるとか、プライバシーの権利を放棄したものと考えるべきであると主張するが、著名人が公益のために一般人以上に私的な情報を明らかにすることを求められることがあったり、芸能人がその職業上、自分の日常生活についてある程度公表されることは了承しているということがあったとしても、著名人あるいは芸能人が私生活の平穏を享受するという人格的利益(被告らのいうプライバシー権)を喪失するいわれはなく、営利を目的とし、本人に著しい私生活上の不利益を強いるような態様の情報の公開まで受忍しなければならないいわれもない。また、芸能人にとって、実家や自宅についての情報が公表されることは、私生活だけでなく、芸能活動そのものに障害が生じることも考えられるのであって、個別に公表を承諾することがあったとしても、一般的に公表を了承しているとは考えられない。

被告らは、乙第二号証(有名人宅早わかり帳)や乙第三号証(厚生省名鑑)の存在を指摘するが、これらは、本人の承諾があるのかどうかも分からないし、どのような態様で販売あるいは頒布されているのかも分からない。そして、いずれにせよ、本件においては、前記のとおり、本件書籍等の出版・販売等が原告タレントらの人格的利益を違法に侵害するか否かが争われているのであり、類書の有無は料断に影響を及ぼさない。

5  被告らは、さらに、原告らの主張する私生活の平穏に対する侵害は、本件書籍等の出版・販売等によって生ずるものではなく、一部不見識なファンらによって生ずるものであり、これは、原告タレントらが著名人となる過程において既に生じている社会現象である旨主張し、確かに、おっかけマップが出版されていなくても、熱心なファンの中には原告タレントらの自宅や実家を探し当てて押し掛けたり、電話を掛けたりする者がいたかもしれないとは考えられるが、だからといって、「おっかけ」を助長し、誰でも容易に前記2で認定したような行動に移れるような情報を多数の読者に提供することが正当化されるわけではない(前記のとおり、実際に、原告タレントらの多くは、おっかけマップによって、著しい私生活上の不利益を受けている。)。

二  本件書籍等の出版・販売等の差止について

1  本件書籍の出版、販売の差止について

おっかけマップによって原告タレントらの多くが被っている被害から考えると、おっかけマップよりもさらに詳しい情報が掲載される本件書籍の出版、販売によって、原告タレントらの私生活の平穏を享受するという人格的利益にさらに大きな被害が発生する可能性が高い(おっかけマップよりもさらに容易に原告タレントらの自宅や実家を探り当てることができ、電話番号も知ることができるとすると、おっかけマップでは自宅や実家に押し掛けなかったファンも押し掛け、あるいは電話を掛けることになる可能性が高い。また、おっかけマップのときも、ファンというより、原告タレントらの人気に反感を抱く者の行為ではないかと思われるようなものもみられ、そのような行為もさらに増える可能性が高い。)。そして、そのような被害は、その回復が極めて困難な性質のものであり(被害を避けるために自宅や実家を次々と移転したり、電話番号を変え続けることも困難であるが、本来他人に知られたくない自宅や実家の状況(家族構成や家族の仕事の内容など)が広く知られることによる心理的な負担は回復することができない。)、被害の発生を避けるために本件書籍の出版、販売を差し止めることも許容されるものというべきである。

被告らの主張するように、表現の自由あるいは出版の自由が私法秩序の上でも尊重されなければならないとしても、本件書籍の内容は、前記認定のとおり、公益を目的とするものではなく、「おっかけ」を助長することにより被告らの営利を図るものであり、そのような性質を有する本件書籍の出版、販売という表現・出版の自由よりも、原告タレントらの人格的利益の保護が優先するものというべきであり、表現・出版の自由ということを考慮しても、本件書籍の出版、販売は原告タレントらの人格的利益を侵害する違法な行為というほかはない。

本件書籍の目的について、被告らは、熱狂的な多くのアァン層に向けて、原告タレントらの身辺等のいわゆる関心事を知らせ、その欲求、要望に応えつつ、節度ある行動の指針を示して、真に大衆のためのアイドルであり続けるよう、原告タレントらの芸能活動を温かく見守って欲しいとの心情を込めていたものである旨主張し、おっかけマップには、「待っている時についついしてしまうのが、落書だ。テレビ局などの仕事場、レッスン場やスタジオの近くなど、そこらへんにメッセージや自己紹介などの落書が書かれている。それも人の家や壁、それに電柱、ガードレールなどあっちこっちだ。ハッキリ言ってこんなのは読んでくれないから、諦めよう。それに迷惑がかかっているのは分かるよね。ひどい人は自宅の家や近所まで書き綴っていく。これにはタレントのみんなも怒っているからやめてね。」というような記載もあることは認められる(甲三)が、そのような記載があるからといって、「おっかけ」を助長するというおっかけマップの性質に変わりはないし、本件書籍が営利を目的とするもので、「おっかけ」を助長するものであるという認定を左右するものではない。

2  本件書籍の出版、販売以外の行為の差止について

原告らは、本件書籍の出版、販売のほか、本件書籍の原稿の出版、販売及び本件書籍等の発送、配達、頒布、展示等の一切の行為の差止を求めるが、本件広告に、「定価1万円」、「予約申し込み者のみに頒布。」と記載されているように、被告らが実際に行おうとしていたのは、本件書籍の出版、予約販売であるから、それ以外の行為の差止請求は理由がない。

三  原告事務所の権利について

原告タレントらの私生活の平穏を享受するという人格的利益は、原告タレントらそれぞれに固有のものであり、原告タレントらはそれぞれその利益を守るべく本件請求をしているのであるから、原告事務所が原告タレントらの右人格的利益に基づく請求権を行使する余地はないし、原告事務所と原告タレントらとの債権契約に基づいて原告事務所が被告らに本件書籍の出版、販売の差止を求めることができないのは被告ら主張のとおりである。

四  よって、原告タレントらの被告らに対する請求のうち、本件書籍の出版、販売の差止を求める部分は理由があるからこれを認容し、原告タレントらの被告らに対するその余の請求及び原告事務所の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田剛久 裁判官小林元二 裁判官平野淳)

別紙書籍目録

株式会社鹿砦社を発行所として平成八年一二月一日発行予定であった「ジャニーズ・ゴールド・マップ」と題する定価一万円の書籍

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