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東京地方裁判所 平成8年(ワ)4295号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二1  請求原因3の事実は、別紙イ号目録の「三 装置の構成」のヘCの構成を除き、当事者間に争いがない。

2  被告装置の、シールベルト及びシリンダーであることに争いがない検乙第二号証の一によれば、被告装置において、シールベルト6の上部平面はスロット2の突出部の下面に当接していること、シールベルト6と胴部側面16、17の間には、間隙があり、シールベルト6と胴部側面16、17は、圧着しているとはいえないことが認められる。また、前掲検乙第二号証の一、被告装置の一部シリンダー部分を切除したものであることに争いがない検乙第一号証、被告装置のシールベルトのうちリップを切除したものであることにつき争いがない検乙第二号証の二によれば、シールベルト6のリップ7、8は、スロット2の切り欠け部13、14に係合していること、リップ7、8を備えたシールベルト6は、落下することなくスロット2内に保持されるのに対し、リップ7、8の切除されたシールベルトは、スロット2に保持されず、落下してしまうことが認められ、これによれば、シールベルト6のリップ7、8がスロット2の切り欠け部13、14に係合することにより、シールベルト6の落下が防止されているということができる。

したがって、別紙イ号目録のうち、「三装置の構成」のヘCは、「シールベルト6の上部平面はスロット2の突出部の下面に当接しているが、シールベルト6の胴部側面16、17はスロット2の垂直面とは圧着することはなく、シールベルト6のリップ7、8が、スロット2の切り欠け部に係合することによりシールベルト6の落下を防止することを特徴とする」であることが認められる。

三  請求原因4(一)の事実のうち、ヘC以外については、当事者間に争いがない。ヘCは、前記二2認定のとおりである。

四  請求原因5について判断する。

1  請求原因5(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因5(二)(被告装置のシールベルト6が構成要件(4)ないし(6)の内部密閉片31に該当するか)について検討する。

(一)  請求原因5(二)の事実のうち、被告装置のシールベルト6が合成樹脂により一体成形されていることは、当事者間に争いがない。

(二)(1) 《証拠略》によれば、本許特許請求の範囲には、構成要件(5)、(6)の密閉バンド37の材質について何らの限定がなく、本件公報(六欄三一行ないし三三行)には、「密閉バンドは磁性を持つ必要がないので、これには任意の材料を用いることができる」と記載されていることが認められる。したがって、内部密閉片31の構成部分である密閉バンド37の材質は、金属に限られず、可撓性があること(構成要件(4))などの条件を満たす限り、合成樹脂であってもこれに含まれるものと解される。

なお、《証拠略》によれば、本件公報(五欄三五行ないし三七行)には、「密閉バンド37は、好ましく」は「耐摩耗性で耐蝕性の金属材料、例えば不銹鋼またはベリリウム青銅で製造される」と記載されていることが認められるが、これは、実施例の記載であり、本件発明の技術的範囲を実施例によって限定すべき理由はこれを認めるに足りないから、右の記載をもって、密閉バンドの材質が金属に限定されることはない。

(2) 他方、構成要件(6)には、「前記の密閉バンド37に取り付けられてスロット4内に延び、スロットの側壁71、72と弾性変形で着脱自在に係合する保持部材73、74;75、76を前記の内部密閉片31に設けたこと」と記載されているところ、「取り付ける」、「内部密閉片31に設けた」という表現は、密閉バンド37と保持部材73、74;75、76が互いに別の部材から構成されていることを前提としているものと解される。したがって、構成要件(6)は、内部密閉片を構成する密閉バンドと保持部材が、互いに別の部材によって構成されていることを要するものというべきである。

(三)  そこで、被告装置について検討すると、シールベルト6が、合成樹脂で一体成形されていることは前記(一)のとおりであり、その構成部分である密閉バンドと保持部材が互いに別の部材によって構成されているということはできない。

したがって、シールベルト6は構成要件(4)ないし(6)の内部密閉片31には該当しない。

3  請求原因5(三)(被告装置のスロット2が構成要件(4)ないし(6)のスロット4に該当するか)について検討する。

(一)  《証拠略》によれば、構成要件(4)ないし(6)のスロット4の形状については、構成要件(3)に「シリンダーチューブの軸方向に延びたスロット4」との記載はあるが、その他には、本件公報中に何らの限定がないことが認められる。右事実によれば、保持部材73、74がスロットの側壁71、72と弾性変形で着脱自在に係合する(構成要件(6))限りにおいては、その側壁等の形状に限定はないものと解するべきである。

被告は、スロット4は側壁が垂直平面でなければならない旨主張し、《証拠略》によれば、本件公報第三図、第四図において、スロットの側壁は垂直平面として表わされ、本件公報(六欄三〇行ないし三一行)には、「スロットは真っ直ぐな側壁に設けることができる」旨記載されていることが認められるが、これは実施例の記載であり、本件において、実施例によって本件発明の技術的範囲を限定すべき理由はないから、本件発明におけるスロットは、側壁が垂直平面であるものに限られることはない。

(二)  被告装置のスロット2は、中間位置に両側からスロット幅を狭くする突出部11、12が設けられ、該突出部の下面にはスロットの垂直面9、10に進入して切り欠け部13、14が形成されていること(構成ヘA)は前記認定のとおりであり、イ号目録第二図、第三図によれば、その側壁は垂直平面ではないことが認められるところ、構成要件(4)ないし(6)のスロット4の形成は、その側壁が垂直平面に限られないのであるから、被告装置のスロット2は、これに該当するものと認められる。

4  請求原因5(四)(構成要件(6)の充足性)について検討する。

(一)  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件特許権は、昭和五七年一二月二二日に出願され、昭和五八年七月一四日に公開されたが、公開公報には、公開公報第一図ないし第六図が実施例として記載されていた。

(2) 特許庁審査官は、本件特許出願につき、平成元年七月一一日に拒絶理由通知書を発送した。右の拒絶理由としては、<1>出願前に国内において頒布された特開昭五四--二八九七八号公報、特開昭五六--一二四七一一号公報に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないこと、<2>先願である発明(特開昭五八--五〇三〇二号)と同一であると認められるから特許法二九条の二により特許を受けることができないことなどがあげられていた。

右拒絶理由通知にあげられた特開昭五四--二八九七八号公報には、圧力流体シリンダーのシリンダー部分にプロックの磁石を埋め、その磁力によってスロット内部の密閉片を保持し、スロットを密閉する構成の実施例が記載されており、また、特開昭五八--五〇三〇二号公報には、スロットの内部と外部に密閉片があり、内部密閉片は中央片を有し、その中央片を外部密閉片の溝部に嵌合させることでスロットを密閉する構成の実施例が記載されており、これは、内部密閉片と外部密閉片の嵌合のしかたにおいて、本件発明の公開公報第三図、第四図に記載された実施例とほぼ同じであった。

(3) そこで、原告は、平成二年一月一一日、手続補正書を提出し、公開公報第三図、第四図を削除し、公開公報第五図、第六図を新たに第三図、第四図とし、明細書の全文を本件公報記載のとおり補正した。原告は、同日付けの意見書で、特開昭五八--五〇三〇二号公報に記載されたスロット封鎖手段に対し、本件発明は、内部密閉片が中央片をもたず、その代わりにスロットの側壁を弾性変形によって押圧しつつ当該部分を封鎖できる保持部材を備えている点で異なる旨述べている。

また、本件公報(三欄三五行ないし四〇行)にも、「これに類似する装置は特開昭五八--五〇三〇二号(公開:昭和五八年三月二四日)に記載されているが、その装置は、内部密閉片が中央片を有し、その中央片が外部密閉片の協同部分と着脱自在に係合することで、ピストン各側のスロットを封鎖する点で本発明の装置と相違する。」との記載がある。

(4) 平成二年七月三一日、本件発明は、本件公報記載のとおり公告され、その後特許異議の申立てがなされたが、平成四年五月二九日、登録された。

(5) 本件公報の発明の詳細な説明の欄には、「本発明の目的は内部密閉片を磁石要素に依存することなく、ピストンの各側においてシリンダーチューブスロットに対して確実に保持し、案内し、係合させるようにすることにある。」(本件公報三欄一四行ないし一七行)、「上記の目的及び他の目的は、特許請求の範囲第一項に規定する装置によって達成されるが、その装置では、内部密閉片が密閉バンドに接続された保持部材を備え、その保持部材はスロットの側壁面を通ってスロット内に延び、弾性変形によりスロットの側壁と着脱自在に係合する。このために、内部密閉片はスロット近傍のシリンダーチューブの内側に、しっかり保持され、たとえ昇圧下でも確実な密閉が得られるのである。」(本件公報三欄二六行ないし三四行)。「これらの部材73、74、77はシリンダーチューブ(通常はアルミニウム製)に対して実質的に摩擦抵抗を有し、好ましくは耐磨耗性の弾性材料、例えば、ゴム又はこれと同様な合成エラストマーで製造される。脚部73、74はスロット4内に嵌入し、その側壁71、72をバイアスを押圧し、これによって所望の摩擦係合が達成される。」(五欄一〇行ないし一七行)、「第4図に示す実施例では、摩擦係合部材が軸方向に配置された二つのクランプ部材75、76で構成され、これらのクランプ部材は例えば鋼のような堅くて弾性を有する帯状体で作られる。クランプ部材は密閉バンド37に取り付けられ、第4図に示すように、スロットの側壁71、72に対して円弧部分80及び81がバイアスで押圧係合する。そのため、たとえシリンダーチューブ1内の圧力の影響でスロットの幅が多少拡大しても、摩擦係合が確保される。」(五欄二〇行ないし二九行)などの記載がある。

(二)  本件発明の特許請求の範囲には、「スロットの側壁と弾性変形で着脱自在に係合する保持部材」と記載されており、また本件発明の目的は、内部密閉片をシリンダーチューブのスロットに対して確実に保持し、案内し、係合させるようにすることにあるところ、右目的を達成するために弾性変形による摩擦係合を用いていることは右認定のとおりであり、右事実に前記認定の出願の経緯をも合わせ考慮すれば、本件発明は、公知技術及び先願発明にかかる先行技術に抵触しないように、すなわち、特開昭五八--五〇三〇二号公報に開示された凹凸による機械的係合によってスロット内部の密閉片を保持し、その落下を防止するという技術とは異なるものとして理解するべきである。

したがって、本件発明の構成要件(6)にいう「係合」とは、弾性変形による摩擦係合を意味するものであり、凹凸による機械的係合を含まないものと解される。

(三)  そこで、被告装置の係合について検討する。

(1) 前記二2の認定のとおり、被告装置の構成ヘCは、シールベルト6の上部平面はスロット2の突出部の下面に当接しているが、シールベルト6の胴部側面16、17はスロット2の垂直面とは圧着することはなく、シールベルト6のリップ7、8が、スロット2の切り欠け部に係合することによりシールベルト6の落下を防止することを特徴とするというものであり、構成ヘA、ヘB、ヘCによれば、被告装置においては、シールベルト6の凸部であるリップ7、8が、スロットの凹部である切り欠け部13、14に機械的に係合することにより、シールベルト6の落下が防止されており、これは、前記先願発明の凹凸による機械的係合に相当するものというべきである。

(2) ところで、前掲検乙第一号証、第二号証の一によれば、シールベルト6は、柔軟性のある合成樹脂で形成されていることが認められるが、このことによりシールベルトが一部変形し、その弾性力がシリンダーに対して働いていることがあり得るとしても、被告装置においてシールベルト6をスロット2内に保持し、その落下を防止しているのは、リップ7、8とスロット2の切り欠け部13、14の機械的係合によるものであることは前記認定のとおりであり、シールベルトの一部変形による弾性力のみによりスロットの側壁と係合しているわけではないし、この弾性力によってシールベルト6の落下が防止されているということはできない。

(3) また、原告は、被告装置において、シリンダーチューブ内が負圧の場合には、シールベルトは、その胴部側面またはリップのいずれかにおいてスロットの側壁と密着し、側壁から押圧されると主張する。

しかし、前掲検乙第一号証、第二号証の一、二によれば、被告装置のシールベルト6の胴部側面16、17とスロット2の垂直面9、10との間及びリップ7、8と切り欠け部13、14の先端部との間にはわずかながら隙間が存在すること、被告装置のシールベルトからリップを取り除いた場合、シールベルトがシリンダーから落下することが認められ、したがって、原告が主張するようなスロットの側壁からの押圧のみによってシールベルトの落下を防止することはできない。

(四)  以上のとおり、被告装置はシールベルトのリップ7、8がスロットの切り欠け部13、14に機械的に係合することによりシールベルトの落下を防止するものであり、前記(二)認定の本件発明の構成要件(6)を充足しない。

5  以上によれば、被告装置は、本件特許権の技術的範囲に属するということはできない。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高部真規子 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平 健)

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