大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11403号 判決

原告 小幡清作

右代理人弁護士 加藤勝三

被告 高橋宗吉

右代理人弁護士 進藤寿郎

同 日野勲

同 進藤誉造

主文

被告は原告に対し、東京都目黒区上目黒二丁目千九百六十六番地のうち九坪九合三勺(別紙図面(リ)(ヌ)(ル)(オ)(リ)を結ぶ線によつて囲まれた土地で、(イ)(ロ)(ニ)(ハ)(イ)を結ぶ線によつて囲まれた土地を除く部分)の上にある家屋番号同町二百番ノ二、木造杉皮葺平家店舗建坪五坪六合八勺に附属する木造トタン葺平家店舗のうち別紙図面(イ)(ハ)(ニ)(ロ)(ヘ)(ト)(チ)(ホ)(イ)を結ぶ線によつて囲まれた建物(別紙図面斜線部分)を収去して右土地を明渡せ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、甲建物収去及び土地明渡の請求について

主文第一項記載の土地が訴外神山錠五郎の所有であり、被告が右土地上に甲建物を所有して、右土地を占有していることは、当事者間に争なく、証人神山錠五郎の証言及び原告本人の供述(第一回)によれば、原告は、同訴外人から右土地を賃借していることが認められる。被告は、右土地の使用について、右訴外人の承諾を得ていると主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、その他被告が右土地を占有するについて、所有者に対抗し得る正当な権限を有することは、被告の主張立証しないところであるから、被告の右土地の占有は不法占有と認める外ない。従つて、原告は、賃借権の効力として、所有者たる右訴外人に代位して、甲建物を収去して、右土地の明渡を請求することができる。

二  乙建物明渡について

(一)  乙建物が原告の所有であり、被告が昭和二十四年六月原告から乙建物を賃料一ヶ月千円の約で賃借したことは、当事者間に争ない。

(二)  右賃貸借は、一時使用のための賃貸借ではない。

原告は、右は被告がマルモ百貨店内に店舗を開設するまでという特約をもつてなした賃貸借で、一時使用のためのものであるから、昭和二十八年十月二十八日被告の右百貨店内の店舗開設に伴い、賃貸借は終了したと主張する。よつて、右賃貸借が一時使用のものであるかどうかを検討する。

証人岩崎四郎、同五十嵐勝太郎及び同山本熊一の各証言、原告本人の供述(第一回)、並びに被告本人の供述(全二回)を綜合すれば被告は、昭和五年頃からマルモ百貨店内に店舗を賃借して、野菜類の販売を営んでいたが、昭和十五年右建物が接収され営業不能となつたこと、昭和二十一年接収解除されたが、当時は野菜類販売は統制下におかれ、自由営業ができない状況であつたため、自営を断念し、右店舗を第三者に転貸し、原告が組合長であつた目黒青果物販売組合に加入し、その現場主任として乙建物において野菜類の配給に従事していたこと、昭和二十四年六月野菜類の販売統制が解除され、自由営業が可能となつたが、被告は、右マルモ百貨店内の転貸中の店舗の返還を受けることができなかつたため、原告に申し出て、乙建物における販売品物を野菜類と限定して、その店舗としてこれを賃借したこと、その際被告において右マルモ百貨店内またはその他の場所に店舗を開設するまで、乙建物を賃借する旨の約束をしたこと、その後昭和二十八年十月末日マルモ百貨店内に店舗を開設するまで(この事実は、当事者間に争ない。)乙建物において野菜類の販売に従事していたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

借家法第八条にいう一時使用のための建物賃貸借とは、賃貸借の目的、建物利用関係等諸般の事情を綜合的に判断して、賃貸借が暫定的なものであることが客観的に明白である場合をいう。賃借人が第三者に賃貸または転貸している建物の明渡を受けるまでという特約をもつて賃貸借契約をした場合であつても、右特約が存在するという一事をもつては、当然には一時使用のための賃貸借と認めることはできない。けだし、借家法の下では、賃借権の保護は極めて強力なものであつて、通常の場合、第三者に賃貸中の建物の明渡を求めることは、容易でないからである。すなわち、単に第三者に賃貸中の建物の明渡を希望しているという程度の事情において、右のような特約があつた場合は、これをもつて一時使用のための賃貸借と認めることはできない。これに反し、第三者に賃貸中の建物の明渡が近い将来において、相当の確実性をもつて期待できるような特別の事情があり、かつ契約当事者がこの事情を認識して、右のような特約をした場合であれば、これを一時使用のための賃貸借と認めることができるであろう。しかし、本件の場合右のような特別の事情の存在については立証がなく、単に前認定の特約の存在が認められるに過ぎないのであるから、これを一時使用のための賃貸借と認めることはできない。よつて右賃貸借には、借家法の適用があるから、昭和二十八年十月末日をもつては、乙建物の賃貸借は、終了しない。

(三)  賃貸借契約解約の申入には、正当の事由がない。

昭和二十八年十二月十一日賃貸借解約の申入の意思表示が被告に到達したことは、当事者間に争ない。ところで、賃貸借解約の申入に正当の事由があるかどうかは、賃貸人及び賃借人双方の利害得失を比較考慮して決すべきことは、多言を要するまでもないから、以下原告及び被告の主張する事情について検討する。

原告は、店員黒岩政治の居住用として乙建物を必要とすると主張する。証人黒岩政治の証言、原告本人の供述(全二回)及び検証の結果を綜合すれば、原告は、もと都内各所に青果物販売の店舗を所有していたが、租税の軽減化を策して、同業者と相図り、目黒青果株式会社を設立して、その代表者であること、同株式会社は、現在都内十六個所の店舗を有し、青果物の販売を営んでいるもので、本件甲及び乙建物に隣接する約八坪余の店舗も、同株式会社の営業所の一であること、同営業所においては、同会社の使用人黒岩政治が取引に従事しているが、同人は家族三名と共に同店舗内の四畳半(但し、畳部分は三畳)の間及び一坪余の板の間に起居していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、乙建物は、自己の営業用として必要であると主張する。成立に争ない乙第二号証、被告本人の供述(全二回)及び検証の結果を綜合すれば、被告は、甲建物または乙建物とは別個に、目黒区中目黒三丁目千百五十九番地に二十五坪の居宅を有し、妻及び昭和六年生の長男を頭に子女八名を擁していること、昭和二十八年十月末日マルモ百貨店内に約四坪の店舗を開設して同所で野菜類の販売を営むと共に、甲建物において、夏は氷、冬は今川焼等の販売を営んでいたこと、右両営業のために、乙建物を暫くの間倉庫として使用して来たが、その後乙建物に常時子女二名位を起居せしめて、甲建物における営業に従事せしめていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、黒岩政治の居住部分は狭隘であつて、相当の不便のあることは窺われるのであるが、そのために乙建物の明渡を得て、これに居住する必要があるといつても、それは、所詮、前記株式会社または同株式会社の使用人である黒岩政治に存する必要性であつて、これをもつて直に乙建物が原告にとつて必要不可欠のものであるとすることはできない。もつとも、前認定の会社設立の経緯に徴し、同株式会社は、原告の主宰する同族会社またはそれに準ずるもので、その実体において個人企業と大差のないものと推認されるけれども、同株式会社の事情を、原告自身に存する事情と同視し、またはこれと同一に評価することはできない。一方、被告にとつては、前認定のマルモ百貨店または甲建物内の営業のためには、乙建物をこれら営業を管理する子女の居住用またはその営業用倉庫として保持することは、極めて必要であつて、これを失うことによつて、それら営業には少からざる支障を及ぼすことは容易に推認される事情にある。従つて、以上を綜合して判断すれば、本件賃貸借に、前記のような特約の存在したという事実を考慮に入れても、右解約の申入れに正当の事由があるとはなし難いのである。もつとも、前説示のとおり、甲建物は、訴外神山錠五郎に対する関係においては、不法占有物として早晩収去を免れない運命におかれているのであるがこのような契約当事者以外の第三者に対する関係において口頭弁論終結後に到来するであろう事情は、解約の申入の正当の事由の存否の判断について、原則として考慮すべきことではないのであるから、甲建物が収去されれば、乙建物の必要性も一部喪失するであろうという事情は、右の結論を左右するに足りない。よつて、右解約の申入れは、正当の事由がないことに帰するから、その効力を生じない。

以上により、何れにしても、乙建物の賃貸借は、なお存続しているから、その明渡を求める原告の請求は理由がない。

二、よつて、原告の請求は、土地明渡及び甲建物収去を求める限度において、理由があるから、これを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行の宣言は、これを付するを相当でないものと認めて却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

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