大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1425号 判決

原告 坂田幸七

右代理人弁護士 妹川正雄

被告 伊藤寿記こと 伊藤二作

右代理人弁護士 高井正一

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、且昭和二十七年四月一日以降右建物明渡に至るまで一ヶ月金千六百円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

別紙目録記載の建物(以下本件建物と称する)が、原告の所有であること、原告が昭和二十五年三月初旬頃被告に対して本件建物を期間の定めなく賃貸したこと、被告が原告主張の日時頃、本件建物につき営業用陳列窓の増築及改造をしたこと、原告が東京地方裁判所昭和二十七年(ヨ)第二四六一号不動産仮処分命令事件を以て右工事の中止並に建物の占有を執行吏の保管に附する旨の申請をなし、右命令に基き執行吏が昭和二十七年五月三十日これが申請をなしたこと、及び被告に於いて右工事を完成したことについては当事者間に争がない。

而して、成立に争のない甲第三号証、甲第五号証及び甲第六号証によれば原告は昭和二十七年五月二十九日被告に対して右陳列窓の増築及店舗内部の改造が、原告の故障申出にもかかわらずなされたことを理由として右建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は其頃被告に到達したことが認められる、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

成立につき争のない甲第一号証添附図面、及び原告本人尋問(第一回)の結果によつて成立が認められる甲第二号証の四並に証人夏井義雄、原田末彦、後藤定利の各証言及原告本人尋問(第一回)の結果を綜合すると、原告が昭和二十二年二月頃本件建物を増築した当時、被告が増築した陳列窓の部分は約三尺四方位の空地であつたこと、その空地を残した理由は原告がその営業とする煙草の小売の為将来煙草の陳列窓を設ける為であつたこと、その後右建物を原田末彦に賃貸し、続いて後藤定利に賃貸したこと、更に右後藤が昭和二十五年三月初旬頃右賃借権を被告に譲渡したこと右原田及後藤がそれぞれ原告に対し前記空地部分に陳列窓の増築を許容するように交渉したがいずれも原告の承諾を得るに至らなかつたこと、従つて、被告が前記後藤から本件建物に対する賃借権の譲渡を受けた当時において前記空地の使用はその内容をなしていなかつたばかりでなく、原告が被告に対し新たに右空地に陳列窓の増築を許容したことはなく、又右空地は本件建物建築当初の状態において存していたことが認められる。右認定に反する被告本人の供述は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

然るに証人清住勝俊の証言によつて成立を認められる甲第二号証の一乃至三、証人清住勝俊、田中清、荒山新太郎、坂本菊次の各証言及原告本人尋問(第一、二回)の結果並に検証の結果を綜合すると、被告は本件建物より約一丁位の距離にある本田立石町六〇一番地に本店を有し、本件建物はその営業とする時計貴金属の小売をする為賃借したものであるが、昭和二十五年三月頃前記空地に木造の陳列窓を増築しその後昭和二十七年五月二十五、六日頃に至つて本件賃借建物の内部を改造すると共に右増築部分をとりこわして、改めて新たに陳列窓を増築し、その際従来の陳列窓を更に拡張した結果、前記空地をすべて使用するに至つたこと、而して、右二回にわたる増築工事に対して、原告が被告に対して、その都度強硬に故障申出をしたのにもかかわらず被告はこれを無視して右工事を強行したこと、右陳列窓の拡張によつて隣家の貸主たる原告の煙草陳列窓の見透しが困難となり、その結果原告の営業する煙草の売上に著しい影響を与えたことが認められる。右認定に牴触する被告本人の供述は信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

被告は、右陳列窓の増築は既存の陳列窓が腐朽した為已むを得ず為したものであつて、しかもその増築部分は極めて僅かであり契約の趣旨に反しない旨主張するけれども被告が其営業品目の時計貴金属類の盗難等の危険を避ける為必要欠くべからざる程度の改造を陳列棚に施すことができるのは本件契約の性質上当然であるが当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約である賃貸借においては賃借人が賃借権の目的物である本件家屋の部分である右陳列棚の範囲を前記の如く拡張工事をすることは賃貸人の承諾を得た場合を除いては緊急にして且已むを得ざる特別の事情が存する場合に限るものと解すべきであつて、被告が前記陳列窓の拡張をするについて右の如き特別の事情があつたとは到底認めることができない(殊に本件に於ては前記の如く賃貸人たる原告が之をしばしば制止したるに拘らず之を強行し、仍て原告に経済上損害を及ぼすことが予定されていたのである)然らば前示認定した被告の行為は賃借関係の基礎をなす当事者相互の信頼関係を裏切るものであつて、賃借関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為であると解すべきである。

従つて、このような場合においては賃貸人たる原告において賃貸借を解除し得る権利のあることは、右信頼関係の保護を目的とする民法第五百九十四条、第六百十六条の法意に徴しても明かであるといわなければならない。而して原告が昭和二十五年五月二十九日被告に対し右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示が同月三十日被告に到達したことは前示認定のとおりであるから、これにより同月限り前記賃貸借は終了し、従つて被告は原告に対し右家屋を明渡すべき義務あるに至つたものといわなければならない。被告は右解除権の行使は権利の濫用である旨主張するけれども前記認定事実からすれば原告の右解除権行使をもつて権利の濫用でありとは認め難く其他被告の右主張を認むべき証拠はないから右抗弁は採用しない。

よつて被告に対し本件建物の明渡及昭和二十五年四月一日から明渡済に至るまで被告の自認する賃料額たる一ヶ月金千六百円の割合による金員の支払を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないと認め、これを付さないこととし主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

〈以下省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com