大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)8859号 判決

東京都豊島区千川町二丁目四番地

原告

入野梅次郎

右訴訟代理人辯護士

土井永市

青柳盛雄

霧生昇

大沢一六

浦田関太郎

高橋正義

東京都千代田区永田町二丁目十四番地

衆議院常任委員会庁舍内

被告

高橋英吉

同所

牧野寬索

同所

押谷富三

同所

中島茂喜

同所

田中幾三郎

同所

佐竹晴記

同所

風見章

同所

野間繁

右被告八名訴訟代理人辯護士

森虎男

被告

右代表者法務大臣

加藤鐐五郎

右指定代理人法務省訟務局第四課長

豊水道祐

同法務省訟務局々付檢事

小林定人

同法務事務官

芝崎稔

右当事者間の昭和二十八年(ワ)第八八五九号国家賠償請求訴訟事件について、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告等は連帯して原告に対し金三万一千円を支払うべし。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、かつ被告等の主張に対して、だいたい次のとおり述べた。

一、被告国及び同野間繁を除くその他の被告七名は、いずれも衆議院議員、かつ昭和二十八年五月二十七日選ばれて就任した裁判官訴追委員会の訴追委員であつて、そのうち被告高橋英吉は、昭和二十七年十一月上旬にも同委員に選ばれて就任し、その頃同委員会の委員長に互選され、昭和二十八年四月衆議院解散に至るまでその任にあつたもの、被告牧野寛索は、昭和二十八年五月下旬に互選された、その現在の委員長である。被告野間繁は、裁判官訴追委員会創設以来今日にいたるまで、引続き同委員会参事兼事務局長の任にあつたものである。

二、原告は、ほか二人と連名で、昭和二十七年十二月六日附、裁判官訴追委員会に対し、裁判官長尾信、同有路不二男、同田中正一の三名につき、弾劾による罷免の事由があるとして、訴追の請求をした。(長尾信に関しては同委員会同年訴第五八号、有路不二男に関しては同年訴第五九号、田中正一に関しては同年訴第六〇号。)同委員会の事務局長である被告野間繁は、当時の委員長であつた被告高橋英吉その他当時の全委員に右訴追請求のあつたことを知らせず、昭和二十八年四月衆議院の解散によつて当時の委員全部は退任した。同年五月被告らのうち前記七名を含む現在の委員が就任したが、これら現委員に対しても同様であつて、少くとも原告が現委員長牧野寛索に対し訴追事由調査の催促をした同年九月八日までは、右被告七名その他の訴追委員はこのような訴追請求があつた事実すら知らなかつた。従つてその間被告等訴追委員によつて構成された訴追委員会において、原告ほか二名の訴追請求に基き、訴追の事由があるかないかを調査し、訴追するかどうかを決定するという、その職務の執行がなかつたことは、もちろんである。そして、昭和二十八年十一月六日、現委員会によつて、前記三裁判官を訴追しない旨の決定がされた。

三、憲法第十五条は、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であることを宣言し、裁判官弾劾法第十五条は、何人も裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めることができると規定している。原告が具体的に前記事案について訴追請求をした時から、訴追委員は各独立して事案の存在を確知し、その調査をし、審議し、訴追の起否を決定すべきことを内容とする職務義務と責任をもつこととなり、原告は各被告に対し同様の内容の請求権を有する。この原告の請求権は、被告等各訴追委員の職務の懈怠又は不適当な処理によつて、故意又は過失により違法に侵害されることがあり得るのである。

原告が訴追請求の理由とした裁判官罷免事由発生の終期は昭和二十五年十二月六日であつて、裁判官弾劾法第十二条の訴追期間は、その後三年を経過した昭和二十八年十二月六日で終るのである。この訴追期間内の適当な時期において、訴追し又は訴追しない決定をするべく、国民の厳肅な信託によつて、国政につき、国民に代つて国家権力を行使する義務を負う被告等公務員は、その全知全能を傾けて、その処理に当らねばならなかつたのである。

(一)被告野間繁は、訴追委員会の事務局長として、原告等の訴追請求あるや、遅滞なく当時の訴追委員全部にそのことをらせ、調査すべきや否や、調査すべきもの知とすればいかなる範囲方法で調査すべきや、それが急ぐか急がないか等々を決定する機会を与えなければならぬ職責を有するにかゝわらず、当時の訴追委員に対して原告等の訴追請求のあつたことすら知らせず、昭和二十八年四月衆議院の解散によつて当時の委員全部の退任するまでこれを放置し、同年五月就任した現委員に対しても、前記の同年九月八日までこのことを知らせなかつた。もし本件訴追請求当時、遅滞なくこのことを知らせたならば、当時の訴追委員はその良知良能を挙げて調査審議し、原告の確信し希望したように、訴追の決定をしたであろうと思われる。

(二)被告高橋英吉は、原告等が本件訴追請求をした当時の委員長として、求めて原告等の訴追請求のあつたことを知り、その内容を審査し、各委員にもこれを知らせて事案を考慮させるべき職責を有する。もし同被告がこの職責を全うしないならば、当時の委員会はその在任中すでに訴追請求をしたであろうと信ずる。事こゝに出でなかつたのは、同被告の故意、少なくとも過失あるものと断ぜざるを得ない。

(三)被告牧野寛索は、現在の委員長であつて、本件訴追請求につき前委員長と同一の職責を有するにかゝわらず、昭和二十八年五月二十七日頃就任以来同年九月八日に至るまで、本件訴追請求のあつたことを自らも知らず、他の委員にもこれを知らせるの処置をとらず、従つてともにその調査、審議の責任をつくさなかつたのは、その職務の執行を懈怠したものというほかはない。

(四)被告国及び同野間繁を除くその他の被告七名は、昭和二十八年五月二十七日就任の現委員として、原告等の本件訴追請求のあることを自ら進んで知り、その内容につき調査、決定をすべき職責を有するにかかわらず、同年九月八日までこれを知ろうともせず、従つて調査、決定に及ばなかつたことは、その職務の懈怠あるものといわなければならない。

(五)昭和二十八年十一月六日附で本件につき不訴追決定がされた。しかしながらこの決定につき、訴追請求当時在任し、昭和二十八年四月衆議院解散によつて退任した前委員が何等関与することのなかつたことは、前記の事実から明らかである。これら前委員が何もせず、またこれに何もさせなかつたことは、各委員が独立して職権を行い各委員の全知全能をつくしてこれに当ることを求めた原告等の期待に反し、当時の委員長であつた被告高橋英吉及びその他当時の全委員の過失であるとともに、現委員のみによつて調査し、審議し、決定した右決定は、違法の決定である。

四、原告は被告等公務員の前記違法行為によつて、その基本的人権たる公法上の人格的自由精神をきずつけられ、その権利感情を害された。この損害は真に無形のもので、金銭に見積ることができないものであるが、英国普通法上のノミナル・ダメジの法理をも考慮して、一応金壱百万円を計上し、本訴においては、そのうち金三万一千円の支払を請求する。

五、国家賠償法により国家に対して損害賠償を請求し得る場合は、不法行為によつて損害を生ぜしめた当該公務員に対しても損害賠償を請求できることは当然であつて、この点に関する被告等の主張はその理由がない。

かように述べた。

証拠として、甲第一、二号証、第三号証の一ないし五、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし五、同六の1、2、3、第八、九号証、第十一ないし第十五号証、第二十ないし第二十四号証(そのうち第一、二号証、第十四、五号証は写を以て)を提出し、「甲第四号証、第七号証の四は小沢三千雄が作成し、その他の甲号証は原告が作成したものである。」

と述べた。

被告国を除くその他の被告等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、被告等がそれぞれ原告主張の頃就任し、退任し、或いは現にその職にある原告主張の公務員であること、原告主張の日附で原告ほか二名からその主張の裁判官弾劾訴追の請求がありこれについて原告主張の日に訴追しない旨の決定がなされたことは認めるが、その他の事実はすべて否認する。

二、本件のように、公務員の不法行為を原因として国に対し、国家賠償法に基く損害賠償の請求をした場合には、もはや各公務員個人に対し、同一事実を原因として損害賠償の請求をすることはできないものである。この点からしても、国を除くその他の被告等に対する原告の請求は理由がない。

かように述べた。

被告国指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、被告等がそれぞれ原告主張の頃就任し、退任し、或いは現にその職にある原告主張の公務員であること、原告主張の日附で原告ほか二名からその主張の日に訴追しない旨の決定がなされたことは認めるが、その他の主張はすべて争う。

二、裁判官訴追委員会が、裁判官について、訴追の請求があつたとき又は弾劾による罷免の事由があると思料するときは、その事由を調査し、訴追するか否かを決定しなければならないのは、あくまでもその職務上の責任であるに止まり、訴追請求があつた場合でも、請求者に対してその義務を負うものではない。裁判官弾劾法第十五条で認められた「訴追の請求」は、訴追委員会に職権の発動をうながし得るに止まり、請求者に訴追委員会に対して前記のような義務の履行を請求し得る権利を認めたものではない。従つて訴追委員会が仮に原告が主張するごとくその職責を怠つたとしても、原告は何ら権利又は利益を侵害されたわけではないから、被告国に対して損害賠償債権を有するいわれがない。

いわんや、訴追委員会では原告等からその主張の訴追の請求を受けるや、現地及び刑事裁判記録の調査その他資料の収集をした結果、原告主張の日に訴追しない旨の決定をしたのであつて、その間に何等非違の点はない。

かように述べた。

被告等全部の訴訟代理人は、「甲第一、二、十四、十五号証はその原本が存在し、且つそれが真正にできたことを認める。同第四号証、第七号証の四が真正にできたかどうかは知らない。その他の甲号証は原告が作成したという意味で、真正にできたことを認める。」と述べた。

理由

一、国家賠償法に基き損害賠償を請求することのできるのは、公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた場合でなければならない。本件において原告は、その主張の裁判官弾劾訴追の請求をしたにかゝわらず、訴追委員会の委員又は事務局長の被告等が、このような訴追請求のあつた事実すら知らず、又知らせず、全知全能を挙げて遅滞なくこれが訴追の内容につき調査し決定し、又せしむべき職責を懈怠し、これがため原告の精神的自由に対する権利を傷害されたと主張するのであるが、本件被告等の構成する現在の裁判官訴追委員会が、本件訴追事案の訴追期間経過前に、その裁判官を訴追しない旨の決定をしたことは、原告の自ら主張するところであるから、訴追委員会は結局適当の時期にその職務の執行をしたことになり、その間に何等非違の点はないものといわなくてはならない。(その委員会の決定の内容につき何等かの違法或いは不当があるということについて、原告は何等主張しないのである。)

もつとも、原告が訴追請求をしてから右不訴追の決定のあるまでには、委員会の構成に変更があり、或いはその前任委員において原告等の訴追請求につき関知するところがなく、その事案の調査決定の職務の執行をするに及ばなかつたという事情があるかも知れない。原告は、このような事実を以て、右決定は違法であり、これに関与した被告等公務員の違法の公権力の行使であると主張するようである。しかし、このような事実があつたとしても、これら前任委員の職務を引きついだ被告等訴追委員において、本件事案を調査審議し、とにかく適当の時期にこれが決定をした以上、前任委員がその職務の執行に及ばなかつたという事実は、そのことによつて訴追請求者である原告に何等の損害の結果を発生させたものといい難い。(訴追委員等の事件の扱い方で、原告が事実上不愉快な気持を味つたというようなことはあるかも知れないが、そういうことは法律上保護さるべき権利感情ということはできないであろう。)その事は、本件のように事案係属の中途において委員の交代があつた場合と、終始同一人が委員であつた場合とによつて異なるところがなく、結局適当の時期に決定があつた以上、原告等の訴追請求は一応正当な処理を受けたものであるというべきである。もし前任委員において調査決定をしたならば、別の結果を得たかも知れないと、原告が考えるとすれば、訴追請求者としてはそこまでのことを請求する利益はなく、現委員によつてなされる処理を以て満足すべきである、といわなくてはならない。

二、かように考えるときは、被告等公務員の行為には何等故意過失の責むべきものがなく、しからずとするも原告につき何等違法の損害の発生がないこととなり、従つて被告国においても原告に対し損害賠償の義務のないことは明らかである。原告の本訴請求は、その主張自体において理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 新村義広

裁判官 入山実

裁判官 石沢健

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