大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和28年(特わ)325号 判決

被告人 松本三益

検察官 長谷多郎

ほか二名出席

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実は、「被告人は昭和二十五年七月三日法務総裁から団体等規正令第十条の規定により同月四日午前十時に、若し不能の節はできる限り速やかに東京都千代田区霞ヶ関所在の法務府特別審査局に出頭すべき旨を要求され、同月八日頃までには右出頭要求のなされたことを了知したのに拘らず、その頃右の出頭要求に応じなかつたものである。」というのであつて、これに適用すべき罰条として、「昭和二十四年政令第六十四号団体等規正令第十条第一項第三項第十三条第三号昭和二十七年法律第八十一号破壊活動防止法附則第二項第三項」があげられている。

よつて被告人に右公訴にかかる団体等規正令違反の罪が成立するかどうかについて審按する。

(本件出頭要求に至るまでの経過)

被告人は日本共産党中央委員の職に在つたところ、昭和二十五年六月六日連合国最高司令官マツクアーサー元帥から内閣総理大臣に対し、被告人の属する日本共産党中央委員会が、「真理を歪曲し大衆の暴力行為を煽動して、この平穏な国を無秩序と闘争の場所に代え、これを以て代議民主主義の途上に於ける日本の著しい進歩を阻止する手段としようとし、又日本国民の間に急速に成長しつつある民主主義的傾向を破壊しようとして来たのであり、又同じ意図を以て法令に基く権威に反抗し法令に基く手段を軽視し虚偽で煽動的な言説やその他の破壊的手段を用い、その結果として起る公衆の混乱を利用して、遂には暴力を以て日本の立憲政治を転覆するのに都合のよい状態を作り出そうと企てている」ものとし、「無法状態をひき起させるこの煽動を抑止しないでこのまま放置することは、現在ではまだ萠芽に過ぎないように思われるにしても、ついには連合国が従来発表して来た政策の目的と意図を直接に否定して、日本の民主主義的な諸制度を抹殺し、その政治的独立の機会を失わせそして日本民族を破滅させる危険を冐すことになるであろう」として日本共産党中央委員全員をその公職から罷免排除し、一九四六年一月四日附指令(スキヤピン五四八及び五五〇)並びにこれを施行するための命令に基く禁止制限並びに義務に服せしめるため必要な行政上の措置をとるべき旨書簡を以て指令が発せられ、右指令に基き、被告人も日本共産党中央委員の公職から罷免排除され、前記スキヤピン五五〇及びこれを施行するための昭和二十一年勅令第一号公職に関する就職禁止退職等に関する勅令の規定の適用を受けるいわゆる覚書該当者となつたので、法務府特別審査局は法務府設置法及び法務府組織規程等の規定に基き、被告人等元中央委員二十四名に対し覚書該当者として一般的にその動静監査をしていたところ、昭和二十五年六月十日頃から同年七月一日頃までの間、同局の情報活動の上で、民間協力者数名から、被告人等元中央委員の動静に関し、相次いで入手した情報によると、同年六月九日頃から同月三十日頃までの間四回に亘り、東京都渋谷区代々木所在日本共産党本部事務所、同区千駄谷所在同党関東地方委員会事務所及び栃木県鬼怒川温泉地附近の三個所に於て、元中央委員数名乃至は十数名が、同党幹部をも交えて極秘裡に会合を重ね、その中同月十五日頃及び二十五日頃の二回開催された前記関東地方委員会事務所に於ける会合の中いづれかには、参加者中に被告人の氏名も見受けられ、右四回の会合を通じ、さきに一部日本共産党首脳者の唱えた平和革命理論に対する内外の批判に応え、平和革命方式を放棄して新に武装革命方式に基く戦略方針を策定すると共に、地下非合法組織非合法活動を広汎に拡充強化すること等の事項が協議決定されたとのことであり、同年七月一月法務府特別審査局長吉河光貞及び同局第四課長吉橋敏雄がこれら情報をその情報提供者の信用度をも考慮した上、当時の客観的諸情勢日本共産党の動静に関する従来の資料及び国家地方警察本部並びに東京警視庁等からの関連情報に照して、最終的に検討した結果、右情報の伝える事実が真実ではないかとの疑を深め、而もこれが真実であるとすれば、被告人等の行為は一面前記勅令第一号に違反すると共に、他面団体等規正令第二条第七号第三条第六条第二号違反の罪に該当するため法務府特別審査局に於て速やかに右事実の有無を調査してその実態を把握することを要するとなし、これがため団体等規正令第十条所定の調査権を発動し、前記情報中に氏名を掲げられた者を含め、その会合に参加した疑のある東京周辺在住の元中央委員二十名及びその家族同居人等約二十名に対し、右同条第三項に基く強制出頭要求をなして至急に調査すべきであるとの結論に達し、即日吉河局長が法務総裁にその旨報告したところ、法務総裁は右の結論を諒とし、至急に実態を調査すべくその手続一切は特別審査局に於てなすべき旨の決裁をなしたので、同月三日から数日に亘り事務的には吉橋課長の指揮の下に、予定通り前記の者等に対して強制出頭要求をなし、被告人に対しては、同月三日午後四時二十分頃、同局員法務府事務官貴志一雄等が法務総裁名義の右出頭要求書を被告人方前記住居に持参したところ、被告人は不在中であつたが、その妻松本ツルが被告人は旅行先からその翌日にも帰るかのような口吻を洩らしたので、貴志局員は上司の命令の趣旨に従い、松本ツルの同意を得て一応右出頭要求書に出頭すべき日時を同年の七月四日午前十時と書き入れ指定してこれを松本ツルに交付した上、もし右時刻に出頭不能の節はできる限り速やかに特別審査局に出頭すべき旨口頭で申し添え、右出頭要求書の受領書を受け取つて被告人方住居を辞したものであつて、右の事実は証人吉河光貞、吉橋敏雄、貴志一雄及び藤原長次郎の当公判廷に於ける各供述、昭和二十五年六月六日附官報号外の記載、内閣総理大臣から被告人宛に発信された電報一通(昭和二八年証第一三八六号の三)内閣総理大臣官房監査課から被告人に宛てた封書一通(但し覚書該当者指定書及び覚書該当者に対する注意書各一通在中)(右同号証の四)中央区役所から被告人に宛てた封書二通(右同号証の五)、団体等規正令による出頭要求書一通(右同号証の一)及び受領書(右同号証の二)を綜合してこれを認めることができる。

(被告人に対する本件出頭要求の適法性について)

右に述べたように、被告人は法務府特別審査局に於て団体等規正令第二条第七号第三条第六条第二号の違反の疑ある者と目されており、その違反事実の有無調査のため、法務総裁から同令第十条第三項の規定に基く強制出頭要求をなされたものであることが明らかであるが、犯罪を犯したものと疑われている被告人が、その犯罪事実の有無調査のため、国家機関即ち本件に於ては行政官庁である法務総裁から強制的に出頭を求められ、その要求に応じなかつた場合に同令所定の十年以下の懲役若しくは禁錮又は七万五千円以下の罰金の刑罰に処することが果して適法であるかどうかについて更に検討する。

国がその定めた法令に違反する罪を犯した者に対し、その刑事責任を追及するため国家権力を以て強制的措置をとり得ることはもとより当然であるが、その権力行使にあたり誤用濫用がないように憲法第三十一条乃至第四十条の規定を設けている。

憲法第三十三条は何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し且理由となつている犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない旨を定めており、又憲法第三十一条は何人も法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられない旨を定め、生命若しくは自由の剥奪が法律の定める手続によるべきことを要求しているのである。

即ち憲法第三十三条は現行犯人を除き何人も裁判官の発する令状によらなければ逮捕されない権利を有することを規定し、この権利は法律の規定を以てしても否定し得ないものとしているけれども、現行犯として又は裁判官の発する令状によつて逮捕される場合の手続規定については、憲法第三十三条は直接これを規定せず、法律の規定を以てこれを定め、右法律の手続規定に違反しこれを無視して犯罪容疑者の自由を剥奪することを憲法第三十一条の規定に於て禁じているのである。

而して憲法第三十三条にいわゆる逮捕とは、刑事訴訟法によつてその内容手続及び効力等について逐一詳細に規定される逮捕(狭義)勾引勾留を指称するのであつて、現行法制上それ以外同条の逮捕に該当する自由拘束はないのである。随つて憲法第三十三条の規定により現行犯として又は裁判官の発する令状によつて被疑者を逮捕する場合に於ても、憲法第三十一条の規定により法律の定める逮捕勾引勾留以外の自由拘束をなすことを禁じ、犯罪容疑者の基本的人権を保障しているのである。

又憲法第三十三条の現行犯人以外の何人も裁判官の発する令状によらなければ逮捕されない権利は、更に刑事訴訟法第百九十八条によつて被疑者の出頭拒否権として保障されている。即ち現行犯人以外の何人も裁判官の発する令状により逮捕又は勾留されている場合でなければ、捜査機関により出頭を要求されこれを拒否してもいかなる制裁をも受けないことを法律により保障され、右法律の保障は更に憲法第三十一条により憲法上の権利として認められること亦多言を要しない。

以上の如く憲法第三十三条の逮捕されない権利は、一面現行犯人を除き裁判官の令状の存しない場合は出頭拒否権として、又他面現行犯又は裁判官の令状の存する場合でも法律の定める逮捕勾引勾留以外の自由拘束を受けない権利として、それぞれ憲法第三十一条により保障され、はじめて犯罪容疑者の人権の保障を全うし得るものである。

犯罪容疑者に対し出頭を要求しこれに応じないとき刑罰に処することは、前記憲法第三十三条及び第三十一条を母体とする犯罪捜査に関する現行法体系に於て容認し得ないのである。即ち犯罪容疑者の自由剥奪は刑事訴訟法の明定する逮捕勾引勾留に限定され、犯罪捜査機関が逮捕勾引勾留の方法によらないで被疑者の出頭を求めこれに応じない場合にその故を以て刑罰に処する如き自由拘束は許されない。

殊に現行犯でもなく又裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠もない事案に於て、その犯罪取調のため捜査機関が被疑者に対し出頭を要求しこれに応じないものとして刑罰に処することが許されるならば、前記刑事訴訟法第百九十八条及び憲法第三十一条により保障される犯罪容疑者の出頭拒否権は正面から否定されるのみならず、本来の被疑事実について未だ裁判官の令状を求め得ないのにも拘らず不出頭罪の令状により逮捕され、ひいては本来の被疑事実について強制捜査をなし得ることとなり、憲法第三十三条の裁判官の発する令状なくしては逮捕されない権利及びこの権利を実質的に保障する憲法第三十一条の法律の定める以外の自由拘束を受けない権利は悉く有名無実に帰するものといわなければならない。犯罪捜査のため被疑者本人に対し出頭を要求しこれに応じない場合にその故を以て刑罰に処することは、憲法第三十三条及び第三十一条の規定に違反するのである。

併しながら国家機関が国の行政目的を達成するため法律に基き行政調査のため個人に対し出頭を求め、これに応じないとき刑罰を科することは、なんら前記憲法第三十三条の趣旨に反するものではない。何となれば右規定は前述のように国の司法権殊に犯罪捜査権の行使に当つて個人の基本的人権を侵害することのないように犯罪容疑者の権利を保障したものであるから、犯罪捜査を目的とせず、国の行政目的を達成するために法律の規定に基いて調査のため出頭を要求し、一定の制裁をもつてこれを強制することは憲法上可能であつて、この場合個人が適法な行政調査権の行使に基く出頭要求に応じて出頭することが、出頭自体又はそれに引き続きなされるべき説明もしくは資料の提出等によつて自己の不利益に帰する場合でも右出頭を拒否すべき権利は存在しない。何人も自己の犯罪捜査に協力するいかなる義務も負担しないけれども、自己の犯罪捜査を目的とせず、国の行政目的のため必要な調査に協力すべきことを法律によつて課せられるときは、右調査に協力することが自己の不利益に帰する場合においても尚これを拒否し得ない。もしこれを拒否し得るものとすれば行政調査の目的を達し得ず、ひいては行政法規の趣旨乃至は立法目的が沒却されるに至るからである。

そこで本件出頭要求が団体等規正令の定める行政目的のためになされたものであるかどうかを考えるに、被告人に対して団体等規正令第十条の規定に基く出頭要求をなした法務総裁及びその監督の下に団体等規正令の運用面を主管した法務府特別審査局が犯罪捜査を担当する国家機関でなく、又同令第十条の調査権が一般の犯罪捜査権とその本質、目的を異にすることも明らかである。併しながら被告人に対する本件出頭要求が昭和二十一年勅令第一号違反及び団体等規正令違反の罪を犯した疑があるものとして右違反事実調査究明のためなされたものであることは前記認定の通りである。苟くも罪を犯したと疑うに足りるなんらかの理由がある場合には本来の捜査機関としては当然その捜査権を発動し得べきであり、殊に前記追放令違反及団体等規正令違反のような重大な犯罪の行われた疑の存する場合には、まさに捜査活動を開始すべき職責を有するものであるが、証人吉橋敏雄の当公判廷に於ける供述によれば、本来の捜査機関である国家地方警察本部及び東京警視庁は特別審査局に入手された前記情報に関連する情報を自ら入手しており、且つ情報活動の上で特別審査局と常時密接な連繋を有していたにも拘らず、自らその捜査権を発動せず却つて右犯罪事実について公訴提起をなすに足る証拠を蒐集して検察官に対し告発手続をとり得る段階に至るまでは、その犯罪事実の有無を調査究明する第一次的責任を特別審査局において負担し、その間本来の捜査機関に於いては捜査権を行使しなかつたことが認められる。又前記家族及び同居人等に対する出頭要求が被告人等の本件容疑事実に関する証拠隠滅を防止するためのものであつたことも同証人及び証人吉河光貞の当公判廷に於ける供述によつて認められるところである。かくの如く右調査権の行使はその実質において被疑者に対する犯罪捜査のためにする捜査権の行使となんら変るところがないものというべきである。従つて被告人に対する本件出頭要求は実質的には被疑者に対する犯罪捜査のためにするものであつたといわなければならない。随つてこのような出頭要求をなすにあたり刑罰による間接強制力を附することは憲法第三十三条第三十一条の規定に反するものといわなければならない。

多数の現行行政法規がその行政調査権についてこれを犯罪捜査のために認められたものと解してはならない旨の規定を設けている所以も、行政機関が名を行政調査権の行使に藉りてその実犯罪捜査行為をなし、以て犯罪容疑者の人権を保障した憲法第三十三条第三十一条等の規定の趣旨を沒却するに至ることを禁じたものに外ならない。

証人吉橋敏雄の当公判廷に於ける供述によれば、法務府特別審査局としては被告人等に対する本件出頭要求の目的は、前記情報により入手した被告人等の団体等規正令違反の事実の有無を調査究明した上、違反事実が認められれば被告人等個人については告発し、地下非合法組織が結成されていればこれに対して解散措置を講じ、以て団体等規正令の励行確保を計ることにあつたというのであるが、右解散措置はもし地下非合法組織が結成されていたならば講じなければならないという仮定的非現実的なものであるのみならず、本来地下非合法組織は、はじめから非合法活動を目的とするものであり合法団体として公認されることを期待するものでないから、これに対し解散指定により合法団体としての存続を認めないという行政措置を講じてもその効果を多く期待し得ないところである。この場合国家目的として重要なことは非合法団体の解散措置よりは寧ろ団体を組織結成した個人の刑事責任を追及することであつたことは容易に了解し得るところである。殊に同令第三条違反の事実については、個人の刑事責任追及以外に更にとるべき行政措置は存在しないのであつて、被告人に対する本件出頭要求が実質的には犯罪捜査のためになされたものであることは明瞭である。

又前記被告人の追放令違反及び団体等規正令違反は単にその犯罪の嫌疑があるというに過ぎず、前記情報を裏付ける直接且具体的な証拠が何一つ存在しなかつたことは前記証拠により明白であつて、かくの如き情況の下に於ては未だ裁判官の令状を求めるに由なく、本来の捜査機関に於て捜査するとしても所謂任意捜査以外の方法なく、現に被告人に対し逮捕状が請求されそれを発付された事実も認められず、本来の捜査機関としては被告人を逮捕する等の強制処分をなし得なかつたことは明瞭である。かくの如く本来の捜査機関が強制捜査権を行使し得ない事案に於て、本来の捜査機関に代位して行政官庁である法務府特別審査局が違反事実究明の第一位的責任を担当し、行政調査権の行使の名に於て強制権を発動して被告人に出頭要求をなし、これに応じないからといつて不出頭罪により逮捕してこれを刑罰に処することは、前記の如く憲法第三十一条第三十三条に違反するものといわなければならない。

殊に本件不出頭罪に対する刑罰は十年以下の懲役若しくは禁錮又は七万五千円以下の罰金であつて、それはまさに本来の被疑事実である被告人の団体等規正令第二条第七号第三条第六条第二号違反の罪に対すると全く同一の刑罰である。本来の被疑事実が未だ裁判官の令状を求めるに足りるだけの証拠なく、被告人を逮捕することさえなし得ない場合に、右事犯調査のため本人が出頭しない一事を以てこれを逮捕し、本来の被疑事実が証明された場合と同一の法定刑の範囲内に於てこれを処罰することが許されるならば、前記の被疑者に対する憲法上の権利保障は悉く有名無実に帰するであろう。

(結論)

以上述べたところにより明らかなように、被告人が本件出頭要求に応じないからといつてこれに対し刑罰に処することは憲法第三十三条第三十一条の規定に照し容認し得ないところであり、畢竟本件は罪とならないから、刑事訴訟法第三百三十六条の規定を適用して被告人に対しては無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 大矢根武晴 裁判官 森綱郎)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com