大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ネ)706号 判決

事実

控訴人は、被控訴人浅野一郎が訴外株式会社高砂に宛て振り出した金額三十五万円の約束手形の所持人として支払期日に支払のため右手形を支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたので、被控訴人に対し右手形金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。また、仮りに右手形が被控訴人の父である訴外浅野治三郎が発行したものであるとしても、被控訴人は多年に亘り右手形に押捺されているゴム印により自己の氏名を使用して営業をなすことを他人に許諾して来たものであるから、商法第二十三条により本件手形上の責任を負うべきである。仮りに訴外浅野治三郎が被控訴人を代理して本件手形を振り出す権限がなかつたとしても、右訴外人は被控訴人の父であり、常時個人としての被控訴人名義の手形を発行していたものであるから、その慣例に徴しても本件手形のみが無権限の発行とは考えられず、本件手形の交付を受けた訴外荒瀬利雄としては、右訴外人に被控訴人を代理して本件手形を振り出す権限があると信ずるについて正当の事由があるものであるから、被控訴人は民法第百九条により本件手形上の責任があるもので、本件手形を取得した控訴人は適法に手形上の権利を取得したものであると述べた。

被控訴人は、本件手形は、被控訴人の父訴外浅野治三郎が、手形用紙の振出人欄に「合資会社浅野商店東京出張所長浅野一郎」と記名捺印し、これを訴外荒瀬利雄に交付したところ、同訴外人が擅に手形要件を記入して第三者に交付したものであつて、被控訴人の全く関知しないものである。のみならず、本件手形の振出人名義は「合資会社浅野商店浅野一郎」となつていて、「東京出張所長」なる記載部分が抹消されているが、これは手形の偽造である。また、右の抹消の事実がなかつたものとしても、「合資会社浅野商店浅野一郎」なる記載は、浅野一郎が合資会社浅野商店の代理人として手形を振り出したことを意味するものであるから、浅野一郎が個人としで責任を負うべきいわれはない。控訴人は被控訴人に商法第二十三条所定の責任がある旨主張するけれども、被控訴人は訴外合資会社浅野商店東京出張所長としての取引を認めていたものであつて、個人としての取引を認めていたものではないから、本件の場合同条の適用を主張するのは失当であると述べた。

理由

証拠を綜合すれば次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人の父訴外浅野治三郎は名古屋市に本店を有する合資会社浅野商店の代表社員であるが、東京方面における取引の便宜のため、昭和二十六年七月頃東京都港区芝三田綱町に右会社の東京出張所を設け、実子である被控訴人を右出張所長と定めていた。そして右会社は、東京都内に本店を有する訴外株式会社高砂と取引関係があつたが、右合資会社代表者浅野治三郎は右株式会社の代表取締役荒瀬利雄から融通手形の振出交付を受けたので、その見返り手形の趣旨で、右荒瀬に対して、振出人欄に「合資会社浅野商店浅野一郎」と記名押印し、支払地・振出地を東京都と定め、金額・満期日・振出日・受取人欄を空白にした白地手形を振り出し、これを右荒瀬に交付した。右荒瀬は従来このような手形は第三者に譲渡することなく手許に保管しておいて、治三郎から現金の支払があつたときこれと引換に見返り手形を返還していたので、右治三郎も右白地手形を荒瀬に振り出したことに何ら危惧の念を抱かなかつたのであるが、右荒瀬の主宰する株式会社高砂はその後経済状態が悪化したため、荒瀬は前記白地手形の金額を三十五万円、受取人を三沢昇三(控訴人)と補充記載して白地手形を完成し、完成した本件約束手形を更に訴外小野宣夫等を介して控訴人に交付して割引を受けたものである。

以上のとおり認定できるところ、被控訴人は、本件約束手形の振出人名義は当初「合資会社浅野商店東京出張所長浅野一郎」となつていたものが、「東京出張所長」なる記載部分が抹消され「合資会社浅野商店浅野一郎」と偽造されたものであると主張するので、按ずるのに証拠によれば、合資会社浅野商店代表社員浅野治三郎は東京方面における取引の必要上約束手形を振り出す場合には、「合資会社浅野商店東京出張所長浅野一郎」と刻したゴム印を手形用紙の振出人欄に押印するのを常としていたものであることが認められ、本件手形の振出人名義に「合資会社浅野商店浅野一郎」とあるのもゴム印を以て顕出されたものであることが窺えるが、本件手形に刻された右記載部分を仔細に検討すれば、「東京出張所長」なる記載は全く存在せず、またこれを抹消した形跡は少しも存しないで、本件手形の振出人名義は当初から「合資会社商店浅野一郎」となつていたものであつて、「東京出張所長」なる記載はなかつたものと認定せざるを得ないのである。

ところで証拠によれば、被控訴人は国会図書館に勤務する公務員で、実父治三郎が代表社員をしている合資会社浅野商店には実際上何らの関係もないのであるが、同会社は前認定のとおり名古屋市内に本店を有し治三郎も同市内に居住しているため、東京方面における銀行取引等の便宜上、東京都内に同会社の出張所を設け、被控訴人を名義上の東京出張所長と定め、被控訴人も実父治三郎が右会社の営業上その東京出張所長として被控訴人の氏名を使用することについて許諾を与えてきたものであることを認めることができる。手形行為の代理は本人のためにするものであることを手形面上に表示することを要するが、必ずしも代理人又は代表者等の一定の文字を記載すべき特別の方式があるわけでなく、要するに代理人自身のためでなく本人のために手形行為をすることが認められる程度の記載があれば足りることと、上記認定の事実を参酌して判断すると、本件約束手形の振出人として「合資会社浅野商店浅野一郎」とある記載は、被控訴人浅野一郎が合資会社浅野商店を代理して本件手形を振り出したことを意味する記載であつて、被控訴人個人が本件手形を振り出したものと解することはできない。

控訴人は、「被控訴人は商法第二十三条によつて本件手形上の責任がある」旨主張するが、被控訴人が合資会社浅野商店の代表社員たる実父治三郎に対して右会社の営業上自己の氏名を使用することを許諾してきたことは前認定のとおりであるけれども、被控訴人は右会社の東京出張所長として自己の氏名を使用することを許諾したものであつて、治三郎が被控訴人個人の名において営業をするためにその氏名を使用することを許諾したものでないことは、前認定の事実に徴して明らかであるから、本件には商法第二十三条の適用の余地はなく、控訴人の右主張は採用できない。

次に控訴人の表見代理の主張について考えてみるに、本件手形は被控訴人個人を振出人名義として振り出されたものでなく、前記治三郎が合資会社浅野商店の代理人たる被控訴人名義を用いて振り出したものであること前認定のとおりであり、また右治三郎が被控訴人個人のために何らかの代理権を有していたことを認むべき証拠は存在しないから、表見代理の規定も本件に適用の余地はなく、控訴人の右主張も採用できない。

してみると、被控訴人に対して本件手形金の支払を求める本訴請求は失当であり、右請求を棄却した原判決は相当であるとして本件控訴もこれを棄却した。

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