大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4324号 判決

東京都中野区江古田一丁目一五五番地

原告 堀野福松

右訴訟代理人弁護士 八木力三

武蔵野市西窪三二〇番地

被告 嶋谷豊

右訴訟代理人弁護士 塚本重頼

下山田行雄

右当事者間の昭和三十年(ワ)第四四二四号建物収去土地明渡請求事件につき、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙記載の建物を収去して別紙記載の土地を明渡し、昭和二十八年十月二十八日から土地明渡しずみまで一ヶ月四百五十五円六十銭の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、次のとおり述べた。

別紙記載の土地は原告の所有である。被告は原告に対抗することのできる事由がなく、昭和二十八年十月二十八日から、本件土地上に、別紙記載の建物を所有している。よつて被告に対し、本件土地所有権に基づき、本件建物を収去して土地の明渡しを求め、かつ、被告の不法占拠によつて、原告が本件土地を使用収益することができなかつた昭和二十八年十月二十八日から、土地明渡しずみまで、原告の被つた一ヶ月四百五十五円六十銭の割合による損害金の支払いを求める。

なお事情として、「原告は昭和二十八年五月七日若林恵に対し、本件土地を建物所有のため期間二十年、賃料一ヶ月四百五十五円六十銭、毎月二十五日限り賃料を支払うこと、賃料の支払いを二ヶ月以上怠つたときは賃貸借を解除することができる、という定めで賃貸した。恵は原告の承諾をえないで、本件土地を被告に転貸した。原告は恵に対し、右無断転貸を原因として、昭和三十年五月三十一日到達の書面をもつて、賃貸借契約を解除した。また原告は恵に対し、昭和三十一年七月十九日到達の書面で、延滞賃料催告と、四日以内に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨を通告したが、恵が履行しないため昭和三十一年七月二十三日の満了とともに賃貸借契約は解除された。」と述べた。

被告の主張する事実のうち、「原告は、マサの名義で新築届けに同意した事実はない。原告は恵と本件土地の賃貸借契約をしたとき同人から契約金ないしいわゆる権利金として約二十八万円のうち十万円を受取つた事実及び原告が調停のとき被告に対し六十三万円云々といつた事実は認める。」と述べ、進んで次のように述べた。

被告は原告がいつた六十三万円が高額であるというが、原告が恵に本件土地を賃貸したのは昭和二十八年五月七日である。しかるに昭和三十年十二月頃堀野良三郎は上林国一に対し、本件土地と約三十間をへだてた東方にある約十坪を賃貸するにあたり、契約金ないし権利金として一坪当り三万円の支払いをうけている。右堀野はその頃その附近の土地約十二坪を西出福三に対し賃貸するに当り、同様一坪当り三万円の支払いをうけている。昭和三十一年二月十五日原告は、その所有にかかる中野区江古田一丁目八十一番地所在土地三百八十坪のうち約三十七坪を、吉田栄造に賃貸するに当り、右同趣旨のもとに一坪当り一万円の支払いをうけている。右吉田に賃貸した土地は、本件土地の西方約四丁のところにあり、しかもバス道路から約一丁入つたドブ川沿いの低地である。いうまでもなく契約金ないしいわゆる権利金は物価の変物に伴つて増減するのであるが本件土地を新しく賃貸するとすれば、契約金ないし権利金は一坪当り二万円以上三万円以下で協定すべきが常識である。従つて前記六十三万円は不当のものではない。

原告は証拠として、甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七号証を提出し、原告本人尋問(第一、二回)の結果を援用し、「乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証から第五号証、第七号証の成立は認める。第六号証の成立は知らない。第八号証中原告の署名捺印の部分の成立は認めるが、そのよの部分の成立は知らない。第二号証の一、二は利益に援用する。」と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「本件土地が原告の所有である事実と被告が、昭和二十八年十二月二十八日から本件地上に、原告主張の建物を所有している事実は認める。」と述べ、さらに次のように述べた。

原告は、その主張の条項をもつて若林恵に、本件土地を賃貸したと主張するが真実の賃貸人は若林マサであつて、恵ではない。

本件土地は、昭和二十八年五月七日頃恵が、妻マサの代理人として、原告と賃貸借契約を締結したものであり、恵はそのとき本人の名を顕わさなかつたが、原告は恵がマサの代理人であることを知つていた。仮りに、原告主張のとおり恵が本件土地の賃借人であつたとしても、原告は、賃借人恵の妻マサが、昭和二十八年十月二十二日本件建物の保存登記をするため、マサと連名で東京法務局中野出張所に対し、家屋新築届をしている。右事実は、恵が妻マサに対し賃借権を譲渡することにつき原告が承認を与えたものであり、被告は昭和二十八年十月二十八日マサから本件建物の所有権を取得するとき、同人から本件土地の賃借権の譲渡をうけ、マサは、右賃借権譲渡につきその頃原告の承諾をえた。

前記の事実が認められないとしても、原告は昭和二十八年五月頃本件土地を恵に賃貸するにあたり、恵から二十八万余円、但し内現金十万円、残りは約束手形の権利金を受取つている。この金員は、賃貸借が二十年存続することを前提として、また賃貸借終了のときには、これを返還しない約定で収授されたものであるから、原告は恵と賃貸借契約をしたとき、賃貸借人がその賃借権を譲渡することに対し包括的に承諾を与えたものである。

原告の土地所有権行使は権利の濫用である。すなわち原告は前記のとおり恵から、現金十万円及び十八余万円の約束手形を受取つている。原告は本件訴訟が調停に移されたとき、その調停において被告に対し、賃借権譲受けの承認の対価として六十三万円を要求した。被告は調停委員から示された四十万円に同意したが、原告は六十三万円を固持して譲らなかつた。そこで被告が原告に対し本件建物を四十万円で買いとつてもらいたいという提案をしたのに対し、原告はこれにも応じなかつた。ちなみに三井信託銀行株式会社不動産部の評価によると、本件賃貸借権の価格は三十二万二千七百四十五円である。しかもこの金額は借地権設定の場合における金額であるから、いわゆる名義書換料としては、その対価は一層低額であるのが普通である。とにかく原告は単に金銭的利益を計る目的をもつて本訴を維持するのであり、それは許されない。

被告は証拠として、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証から第八号証を提出し、証人嶋谷俊郎の証言(第一、二回)を援用し、「甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第五、第六号証の各一、二の成立は認めるが、第四号証、第七号証の成立は知らない。」と述べた。

理由

別紙記載の土地が原告の所有であり、その地上に、被告が別紙記載の建物を、昭和二十八年十月二十八日から所有し、本件土地を占有している事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証と原告本人の供述(第一回)によつて、原告は昭和二十八年五月七日若林恵に対し、本件土地を原告主張の如き約定のもとに賃貸した事実が認められる。被告はマサが賃借人だと争うが、そのような事実を認める証拠はない。

原告の印及び署名の部分につき成立の争いのない乙第八号証(但し同号証中そのよの部分の成立は、弁論の全趣旨によつて認める)によれば、昭和二十八年十月二十二日マサと原告は連名をもつて東京法務局中野出張所に対し、本件建物をマサが建築所有した届けを出した事実が認められるが、しかし右事実によつては、恵がマサに対し本件土地の賃借権を譲渡した事実があるかどうかはわからない。他に譲渡の事実を認めることができる証拠がない。

被告は、原告が昭和二十八年五月七日本件土地を恵に賃貸したとき、恵から二十八万余円、但しうち現金十万円、残りは約束手形をいわゆる権利金として受取つているから、賃借人がその賃借権を譲渡するにつき、原告は包括的に承諾を与えたと主張し、原告は右事実のうち現金十万円を受取つたことは争わない。しかし世間往々賃貸借契約をするとき賃借人が賃貸人に対し、後日返還を請求しない趣旨で、権利金もしくは礼金、契約金という名の下に現金を交付している事実があるが、そして右十万円が右と同じ趣旨の下に受渡されたとしても、それだから当然原告が、譲渡につき包括的に承諾を与えたものとみることはできない。本件にあつては、そのほか合意により原告が包括的に承諾を与えた事実も認められない。

かように判断すると、いずれもマサが恵から、被告がマサから本件土地の賃借権を譲受けた事実は認められないし、ましてマサが譲渡につき原告の承諾をえた事実も認められないから、右に関する被告の主張は採用できない。

最後に被告の権利濫用だという抗弁について判断する。

本件訴訟が、調停に移されたとき、その期日において原告が被告に対し、被告が六十三万円を原告に提供したときは、原告が被告に対し本件土地を賃貸してもよいという趣旨のことをいつた事実は、当事者間に争いがなく、また既に述べたとおり、原告が昭和二十八年五月七日恵に対し本件土地を賃貸したとき、恵が原告に対し二十八万円のうち現金十万円とある金額の約束手形を交付した事実も原告の認めるところである。

原告本人の供述(第一回)によつて成立が認められる甲第七号証と原告の供述(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、「原告は中野区江古田一丁目八十一番地に宅地約三百八十余坪を所有しそのうち約三十七坪を昭和三十一年二月十五日頃吉田米造に対し賃貸したとき、同人から、後日返還しない趣旨のもとに、いわゆる礼金もしくは権利金という名目のもとに、一坪当り九千五百円の割合による金員を受取つた。原告は恵に対し、いわゆる権利金の未払分を数十回請求し、昭和三十年一月頃同人との間に、三回に分割して支払いを受ける約束をした。原告には、本件土地を自ら使用しなければならない特段の事情があるとは認められない。」以上の事実が認められる。いうまでもなく、地代家賃統制令の限度においては、土地若くは家屋の賃貸人は賃料について制限をうけているから、継続的契約である賃貸借では、賃貸人は一時に大きな利益をおさめることはできない。そのためか実際には、往々にして契約締結のとき又は賃借権譲渡に承諾を与えるとき、賃貸人が賃借人から、礼金、契約金、権利金等という名目で、相当多額の金員を受取り、後日契約が終了してもこの金員を返還しない実例をみうけるが、しかし地代家賃統制令は、賃貸人が賃借人からどのような名義があつても権利金を受取ることを禁止している。ひるがえつて、前記争いのない事実と、証拠によつて、認定した事実を合せ考えると、原告は被告から本件土地の明渡しをうけて、いわゆる権利金として少くとも六十三万円以上をとつて、再び他に賃貸する目的のため、所有権をその具に供し、本訴を提起したものと認められる。このような事実のもとにおける、原告の所有権に基づく本訴請求は、所有権の目的に反しその機能の範囲を逸脱したものであり、権利の濫用として許されない。

被告抗弁は理由がある。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二)

〈以下省略〉

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