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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5654号 判決

原告 田戸惣右衛門

被告 谷田中国雄

主文

被告は原告に対し金一万五千八十四円三十六銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告の勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録第二記載の建物を収去してその敷地たる同目録第一記載の土地を明渡し且つ金一万五千百二十八円及び昭和三十年七月十八日から右土地の明渡済に至るまで一箇月金九百五十五円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)、原告は昭和二十一年六月一日被告に対し別紙目録第一記載の土地を賃料一箇月金六十一円二十五銭毎月末日払の約で賃貸しその後昭和二十八年一月一日以降の賃料を一箇月金千二百二十五円に合意値上した。しかして被告はその地上に現在別紙目録第二記載の建物を所有している。

(二)、ところが被告は昭和二十九年一月から賃料の支払をなさず、原告において昭和三十年七月十四日内容証明郵便を以て同年六月までの延滞賃料を同月十七日までに支払うべき旨の催告並びにその支払を怠るときは賃貸借契約を解除する旨の停止条件附契約解除の意思表示をなし該書面が同月十五日到達したにも拘らず右催告期間を徒過したから、右賃貸借契約は同月十七日限り解除された。

(三)、仮に右催告が適法でなかつたとしても、前記賃貸借には賃料の支払を怠つたときは催告を要せず契約を解除することができる旨の特約が存したから、右賃貸借契約は前記契約解除の通知だけで昭和三十年七月十七日限り解除されたものである。

(四)、よつて原告は被告に対し賃貸借終了を理由に本件建物の収去並びに本件土地の明渡を求めるとともに昭和二十九年一月一日から昭和三十年七月十七日までの延滞賃料を地代統制額に引直した合計金一万五千百二十八円及び同七月十八日から右明渡済に至るまで一箇月金九百五十五円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めるため本訴に及んだ

と述べ、なお本件賃料の催告に請求金額を明示しなかつたことは被告主張のとおりであるが、元来金銭債権の催告は債権を特定すれば足りその金額までも明示する必要があるものではない。右催告当時原告において賃料の値上を要求していたとしても、被告は従前の賃料を承知している以上、請求金額は自ら明白たるべき筈であつた。むしろ金額を明示しなかつたことにより値上額でなくても賃料を受領すべき意思を表明したものであつて少しも不都合な点はない。しかして本件賃料が地代統制額を超過することは被告主張のとおりであるが、本件催告は統制額によれば金一万五千百十八円たるべき賃料を僅かに金七千円位超過する金額の請求をなしたものであるから催告としての効力に消長はない。原告は近隣の地代値上にならつて賃料の値上をなし統制額超過の事実を知らなかつたものであるがその事実を知つたならばもとより統制額による賃料の受領を拒むわけではなかつた。しかるに被告は原告の催告にも拘らず統制額による賃料すら持参提供しなかつたものであつて、本件催告の些細な不備を咎める筋合はないと附陳し、

被告の抗弁に対し被告が金二万四千五百円の供託をなしたことは認めるがその余の事実はすべて否認すると述べ、

立証として甲第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一乃至三を提出し証人田戸とよ子の証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張(一)の事実並びに原告主張(二)の事実の中原告主張の内容証明郵便到達の事実は認める。原告主張(三)の事実は否認する。原告主張の賃料の催告は請求金額の記載がない。従つてまた当時原告において値上要求中の坪当り一箇月金三十円の割合による請求か、それとも従前の坪当り一箇月金二十円の割合による請求か不明である。しかしてそのいづれの請求であるにしても、原告主張の土地の地代統制額は昭和二十九年度が坪当一箇月金十二円、昭和三十年度が坪当り一箇月金十五円六十銭であつて、本件約定賃料は右統制額を超過するからこれを請求することは法律上許されない。のみならず右催告における催告期間は僅か二日半であつて、土地賃貸借の契約解除の前提たる催告としては短かきに失し相当の期間とは考えられない。以上いづれの点からしても右催告は適法ではないと述べ、

抗弁として、被告は昭和二十九年二月初旬原告方に同年一月から同年六月まで六箇月分の賃料を持参提供したが、原告は追て賃料の値上をするとの理由でその受領を拒絶した。しかしてまた被告は同年七月中原告から従前の賃料坪当り一箇月金二十円の割合を一躍金三十円に値上する旨の通告を受けたので原告に対し合理的な値上の協定には応じる故原告の通告額を減額されたい旨の申入をなしたが、原告は右通告の賃料値上を強行せんとして約定賃料の受領をも肯じない態度を示した。これがため被告は賃料の支払をなすことができなかつたものであるからその支払につき履行遅滞の責はない。なお被告は昭和三十年八月十五日以上の理由に基き昭和二十九年一月分から昭和三十年八月分まで二十箇月の賃料合計金二万四千五百円を弁済のため供託したから、右賃料債務は消滅したと述べ、

立証として乙第一乃至第三号証、同第四号証の一乃至三を提出し被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、同第二号証の各成立を認めその余の甲号各証は不知と述べた。

理由

原告が昭和三十一年六月一日被告に対し別紙目録第一記載の土地を賃料一箇月金六十一円二十四銭毎月末日払の約で賃貸しその後昭和二十八年一月一日以降賃料を一箇月金千二百二十五円に合意値上したこと、被告がその地上に現在別紙目録第二記載の建物を所有していること、ところが原告が昭和三十年七月十四日被告に対し内容証明郵便を以て昭和二十九年一月から昭和三十年六月まで十八箇月分の賃料を同月十七日までに支払うべき旨の催告並びにその支払を怠るときは賃貸借契約を解除する旨の停止条件附契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

そこで契約解除の成否につき判断する。本件賃料の催告に請求金額の明示がないことは当事者間に争がないところ、成立に争のない乙第一号証並びに被告本人尋問の結果によれば、原告は被告に対し昭和二十九年二月中同年度の賃料の値上を予告し同年七月頃坪当り一箇月金二十円の割合の従前の賃料を金三十円の割合に値上する旨申入れたが、被告はこれを承諾せず値上額の緩和方を懇請して同年一月分以降の賃料の支払を保留すべき旨を申入れたこと、しかるにその後原被告間に値上額の交渉がなされることなく時日を経過し原告は突然本件催告に及んだこと、被告は右催告を受けて催告期間の末日たる昭和三十年七月十九日原告に対し内容証明郵便を以て従前どおりの賃料ならば何時でも支払うが値上額は協定に待つべき旨の回答をなしたが、原告はこれに対しさらに請求金額を通告しなかつたことが認められる。そうしてみると原、被告間には賃料値上の協定が成立ぜずこれにつき紛争があつたのであるから、原告は本件催告によりかねて要求中の賃料値上を強行し、もしくは賃貸借の終了を図らんがため故意に請求金額を明示しなかつたものと解することはできないにしても、原告主張のように値上額でなくとも賃料を受領すべき意思を表明したものと解することもできない。要するに右催告によつては従前の賃料の支払を請求したものであるか、それとも値上要求額を請求したものであるか不明であつて、債務者としては一応去就に迷はざるを得ないところである。なるほど金銭債権の催告は債権を特定すれば足りその金額までも明示する必要があるものでないことは一般の場合において原告所論のとおりであるけれども、債権が特定されてもなお且つその金額に紛争があるような場合においては契約解除の前提たる催告としては金額を明示してこそ、はじめて信義則に合するものと考えなければならない。いわんや被告は賃料支払の意思があることを通告し値上額の請求ならば協定を求める旨の回答をなしたのであるから、原告としては従前の賃料と値上額とのいづれの請求であるかを指定するのでなければ債権者として手段を尽したものと謂い難い。結局本件催告は信義則の観点から適法でないと解するのが相当であり従てこれを前提とする本件契約解除の意思表示は効力がないものといわねばならない。

次に原告は本件賃貸借には賃料不払による契約解除につき催告を要しない旨の特約が存したから前記契約解除の通告だけで賃貸借終了の効果を生じた旨を主張するので考えてみると、成立に争のない甲第二号証によれば本件賃貸借には原告主張のような特約が存したことが認められる。しかして原告が被告に対し昭和二十九年度の賃料の値上を通告し被告が右通告の値上額の緩和方を懇請して同年一月分以降の賃料の支払を保留すべき旨の申入をなしその後値上額の交渉がないまま時日を経過したことは前記認定のとおりである。従つて形式的にみれば賃料の合意改訂はいまだ成立したものとは謂い得ないから原告のなした賃料増額をして一方的に効力あらしめる特段の事情がない限り、被告は従前の額による賃料の支払義務があるものであつてこれにつき履行遅滞の責を免れ難いけれども、被告が賃料の支払をなす意思または資力を有しないのなら格別、そうではなくして被告が原告通告の値上額を承諾するまでに至らないにしても一応若干の値上に応じて賃料を支払うべき意思を有したことは容易に推認されるとともに証人田戸とよ子の証言によれば被告は十分賃料支払の資力を有するものであることが窺はれ、唯原告が賃料値上を通告したため被告が値上の協定成立まで賃料の支払を保留したような事情にある本件の場合においては、原告において一応延滞賃料の催告をなしそれでも被告が支払に応じないとき契約解除をなすのが信義則にそう所似であつて、前記特約の存在を楯にとり、直ちに契約解除の通告をなすが如きことは著しく信義則に背き正当な解除権の行使とは到底考えることができない。さような次第であるから本件契約解除の通告はその効力を生じるに由がないものと謂はなければならない。よつて原告の主張は採用しない。

それならば原告の本訴請求中賃貸借の終了を前提とし本件建物収去、土地明渡並びに明渡遅滞による損害の支払を求める部分は失当として棄却しなければならない。

次に延滞賃料の請求につき判断する。被告が昭和三十年八月十五日、昭和二十九年一月から昭和三十年八月まで二十箇月分の賃料として合計金二万四千五百円の供託をなした事実は当事者間に争がない。しかしながら右供託につき弁済供託の事由が存したことについてはこれを肯認するに足る証拠がないから右供託は弁済の効力を生ずるものではない。そうだとすれば被告は原告に対し原告請求の昭和二十九年一月一日から昭和三十年七月十七日までの延滞賃料を地代統制額に引直した金額の支払義務があるものである。ところが成立に争のない乙第二号証によれば本件土地の地代統制額は昭和二十九年度が坪当り一箇月金十二円、昭和三十年度が坪当リ一箇月金十五円六十銭であることが認められ従つて本件土地の右期間の地代統制額が合計金一万五千八十四円三十六銭であることは計算上明らかである。それならば原告の本訴請求中延滞賃料の支払を求める部分は右金額の限度において正当として認容しその余を失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言につき同第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

目録

第一、東京都台東区谷中初音町四丁目百四十八番地

一、宅地 六十一坪二合八勺

第二、同所同番地所在

(家屋番号同所百四十八番六)

一、木造瓦葺亜鉛交葺二階建居宅 一棟

建坪 二十八坪

二階 十一坪

(附属建物)

一、木造トタン葺平家物置

建坪 十五坪七合五勺

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