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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9028号 判決

原告 服部庸太郎 外一名

被告 堀口半二 外二名

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一原告等の主張

(請求の趣旨)

原告等は、本籍東京都中央区日本橋本町二丁目六番地五亡長井利栄の家督相続人選定のため、昭和二十二年十二月二十日、東京都中野区上高田二丁目三百四十八番地堀口半二方に招集された親族会のなした訴外堀口チヨを右長井利栄の相続人に選定する旨の決議は、無効であることを確認する、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求の原因等を、次のとおり、陳述した。

(請求の原因等)

一  訴外戸主長井利栄(本籍東京都中央区日本橋本町二丁目六番地五)は、推定昭和二十年三月二十七日午後十時東京都赤坂区青山北町四丁目四十三番地において死亡したが、同人には、法定又は指定の家督相続人がなかつたので、長井家差配人被告堀口半二は、長井利栄の家督相続人選定のための親族会員選定及び親族会招集を東京地方裁判所に申請し(同庁昭和二十二年(チ)第八四八号事件)、同裁判所は、昭和二十二年十二月十二日、親族会員として、被告堀口半二、同矢口与兵衛及び同石森勲夫並びに訴外葉山又三郎(昭和二十五年十月二十一日死亡)及び同望月嘉太郎(同年二月二十八日死亡)の五名を選定し、親族会を昭和二十二年十二月二十日午前十時東京都中野区上高田二丁目三百四十八番地堀口半二方に招集する旨決定した。

二  前記決定に基き開かれた親族会には、被告等及び望月嘉太郎が出席し、右親族会は、長井利栄にとつて他人である堀口チヨ(被告堀口半二の三女であり、本籍は埼玉県大里郡男衾村大字今市五百九十番地の一)を長井利栄の家督相続人に選定する旨の決議(以下単に本件決議という。)をし、ついで前記構成員よりなる親族会は、東京地方裁判所に他人選定許可の申請(旧民法第九百八十五条)をなし(同庁昭和二十二年(チ)第二、四一七号事件)、同裁判所は、昭和二十二年十月二十四日、右申請を容認して他人選定を許可する旨決定し、同月二十七日、堀口チヨの親権者被告堀口半二は、東京都日本橋区役所に家督相続の届出をなした。

三  被告堀口半二は、被告石森勲夫の推薦により、月給五十円で長井家の差配となつた者であるが、長井利栄に法定又は指定の家督相続人がないのを倖い、長井家の財産保全のためと称して自己の三女堀口チヨを長井利栄の選定家督相続人にしようと企て、被告矢口与兵衛及び同石森勲夫等を買収して同人等の同意を得、前掲一、二記載の手続を完了したものである。しかして、かくのごとく、買収によつて親族会の決議を成立せしめることは、決議の内容の当否にかかわらず、公序良俗に反するものといわねばならないから、本件決議は無効である。

四  仮に、被告堀口半二が、前記三のように買収によつて決議を成立させたのでないとしても、本件決議は、次の理由で無効である。すなわち、

原告等の母亡服部縫は、亡服部八右衛門の養子であり、なお、原告服部庸太郎は、長女靖子、長男宗近及び二女万里子を有する者であるところ、亡長井利栄は、右服部八右衛門の二女であるから、結局、長井利栄と原告等は、法定血族三親等の関係にあり、長井利栄と右服部靖子、同宗近及び同万里子等は、いずれも、法定血族四親等の関係にある。しかして、昭和二十年三月二十七日長井利栄死亡の当時、原告等及び原告服部庸太郎の子女三名は、いずれも生存しており、殊に、原告岩見綾は、長井利栄の葬儀にも参列していたのであり、他方、被告堀口半二は、長井家の差配として、長井利栄の親族につき、知悉すべき立場にあつたのであるから、被告堀口半二は、原告等及び原告服部庸太郎の子女等の存在、及びこれ等の者と長井利栄の親族関係につき、知つていたか又は一挙手一投足の労をもつて知り得べき筈であつた。それにもかかわらず、被告堀口半二は、原告等の存在を親族会員及び裁判所に秘匿して、堀口チヨを長井利栄の家督相続人に選定する旨の本件決議をなさしめ、かつ、他人選定の許可の決定を得たのである。しかも、被告堀口半二は、昭和二十二年二月十五日、亡長井利栄所有にかかる千代田区神田東福田町十二番宅地七十九坪九合六勺の上に、何ら権原がないのにもかかわらず、本造杉皮葺平屋建家屋一棟建坪二十坪二合五勺を建増して右土地を占拠し、右家屋を他人に賃貸して利得を得ていた。かくのごときは、前記親族会員選定の当時施行されていた旧民法第九百四十六条第三項、同第九百八条第八号により、親族会員の欠格事由となるものである。更に、旧民法第九百四十七条第二項によれば、親族会員は、自己の利害に関する議事につき表決の数に加わることができないものであるところ、被告堀口半二は、もし、自己の三女堀口チヨ以外の者が、長井利栄の家督相続人に選定されるとすれば、前記の非違(土地不法占拠の件)を摘発されること、火をみるよりも明らかであり、したがつて、長井利栄の家督相続人の選定は、堀口半二にとつて、強く自己の利害に関する議事といわなければならないのにもかかわらず、被告堀口半二は、右議事につき表決の数に加わつて、本件決議を成立させたのである。かような事実を綜合して考察すれば、本件決議は、無効といわねばならない。

五  本件決議の成立過程に存する前記三及び四の瑕疵は、本件決議をして当然無効ならしめるに足る瑕疵であり、本件決議は、旧民法第九百五十一条所定の親族会決議取消の訴によつて始めて取り消され、又は他人選定を許可する旨の決定に対する抗告(削除前の非訟事件手続法第九十五条)によつて始めて効力を失わせらるものではない。しかして、本件決議が当然無効であるとすれば、原告等は、民法附則第二十五条第二項、同法第八百八十九条及び第八百八十八条により、長井利栄を(遺産)相続する権利を有する。よつて、本件決議の無効の確認を求め、これを前提として、堀口チヨ等相続財産の所有名義人又は占有者に対し、相続回復請求の訴を提起し及び堀口チヨが長井利栄の家督を相続した旨の記載ある戸籍の訂正を求めようとするものであると述べた。

第二被告等の主張

(答弁の趣旨)

被告堀口半二及び、同石森勲夫は、本案前の申立として、主文第一項同旨の判決を求め、被告等は、本案につき、いづれも、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(答弁事実)

被告堀口半二及び同石森勲夫は、本案前の主張として、仮に、本件決議に原告主張のような瑕疵があるとしても、本件決議は、当然無効ではなく、旧民法第九百五十一条の訴又は削除前の非訟事件手続法第九十五条の抗告によつて、始めて効力を失わしめられるものであり、しかも、右訴及び抗告は、他人選定を許可する旨の決定(本件決議は、他人選定を許可する旨の裁判所の決定があることを条件として、堀口チヨを家督相続人に選定したのであるから、本件決議は、前記裁判所の許可決定のあつた日に成立したこととなる。)のあつた昭和二十二年十二月二十四日から一カ月の除斥期間内に提起しなければならないのにもかかわらず、原告等は、右期間を徒過したのである。したがつて、本件決議の効力は、もはや、争う方法がないのであり、本件訴は、結局、原告に対して何らの利益をももたらさないことが明らかであるから、本件訴の却下を求めると求めると述べた。本案については、

被告堀口半二は、原告主張の一及び二並びに三のうち被告堀口半二が亡長井利栄の差配であつたことはいずれもこれを認めるが、その余の原告主張の事実は争うと述べ、

被告矢口与兵衛及び同石森勲夫は、原告の主張事実一及び二は認める、三のうち被告矢口及び石森が被告堀口半二に買収されて本件決議をなしたことは争うと述べた。

第三証拠関係

一  原告等は、立証として甲第一乃至第十六号証、第十七号証の一、二、第十八乃至第二十二号証、第二十三号証の一、二及び第二十四号証乃至第二十六号証を提出し、証人柳勇吉、同吉野覚之助、同海老沢文三、同飯岡和枝、同斎藤広吉及び同久保千里の各証言並びに原告本人服部庸太郎及び被告本人矢口与兵衛同石森勲夫の各尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、第二乃至第七号証第八、九号証の各一、二、第十乃至第十二号証、第十四号証の四、五、第十六号証の一、二及び第十七、第十八号並びに第十九号証のうち公務署作成部分の成立は認める、同第十九号証のその余の部分及びその余の乙号各証の成立は知らないと述べた。

二  被告堀口半二及び同石森勲夫は、立証として、乙第一号証の一乃至九、第二乃至第七号証、第八、九号証の各一、二、第十乃至第十二号証(第十三号証は欠号)、第十四号証の一乃至六、第十五、十六号証の各一、二及び第十七乃至第十九号証を提出し、証人木村文祐の証言及び被告本人矢口与兵衛同石森勲夫の各尋問の結果を援用し、被告等は、甲第十七号証の一、二の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

職権によつて審究すると、

旧民法第九百八十五条に則り、親族会が家督相続人を選定する旨の決議をなした場合、該決議が、無効であるときは、旧民法のもとにおいては、被相続人の親族は、親族会をして改めて適法に家督相続人を選定せしめるため、裁判所に親族会の召集を申請することができ、かつ、自ら家督相続人として選定せらるべき候補者たる地位を有していたのである。前記のような無効の親族会決議があつた場合に、旧民法のもとにおいて裁判所によつて容認されていた被相続人の親族が提起する親族会決議無効確認の訴は、形は、過去の法律干係の確認を求める訴のようであるけれども、実質は、被相続人の親族が現在、右のような法律的地位にあることの確認を求める訴であり、その故にこそ、右の訴に確認の利益があるとされていたのである(大審院昭和五年三月八日言渡判決参照)。

しかしながら、本件においては、仮に、本件決議が無効であるとしても、原告等は、もはや、改めて家督相続人選定のための親族会の召集を裁判所に申請することはできず、また、もはや、自ら家督相続人として選定せらるべき候補者たる地位をも有していない(民法附則第二十五条)のであるから、原告等の本件訴は、確認の利益を欠くものといわなければならない。

また、原告等は、被告堀口半二の三女チヨが長井利栄の家督相続人として記載されている戸籍を抹消する前提として本件訴が必要であるから、本件訴に確認の利益があると主張するが、当裁判所は、かかる見解に左袒し難い。何となれば、親族会決議無効確認の訴は、請求の認諾若しくは放棄又は相手方の主張事実の自白等の許される通常民事訴訟であり、かつ、前記チヨを関与せしめない訴訟なのであるから、かかる訴訟の結果によつて、戸籍簿に表示されたチヨと長井利栄の身分関係を訂正しようとすることは、到底、容認し難い見解だからである。

〔すなわち、原告等としては、一方において、相続回復請求の訴(民法第八百八十四条)により、財産権上の請求をなすべく、他方において、長井チヨを被告として身分関係不存在確認の訴を提起し、右訴訟の確定判決に基き戸籍の訂正を申請(戸籍法第百十六条)すべきものである。〕

はたして、しからば、本件訴は、確認の利益を欠くから、本案の当否につき判断せずして却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 乾達彦)

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