大判例

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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7517号 判決

原告 酒井京子

被告 鋤柄良夫 外一名

主文

被告良夫は原告に対して金一三万円及び之に対する昭和三二年一月二七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告良夫に対するその余の請求及び被告千代に対する請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用は之を三分しその一を原告、その余を被告良夫の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮りに執行することが出来る。

事  実〈省略〉

理由

(一)  原告と被告良夫が昭和三〇年一〇月三〇日結婚の式を挙げその披露の宴も終り事実上の夫婦として爾後同棲するに至つたこと、及びその後右両名間の共同生活が破綻した結果所謂婚姻予約を履行し得ざる事態に逢着したことは当事者間に争がない。

(二)  原告は被告千代が被告良夫及び原告の婚姻予約につき相互の履行を抑制し被告良夫をして遂に離別の決意をなすのやむなきに至らしめた上被告千代も亦自ら被告良夫に協力して同人をして該予約を破棄せしめ以て右婚姻予約に基き原告が被告良夫に対しその履行を求める権利を不法に侵害したものであると主張するけれども、原告提出の全立証によつても被告千代が積極的に右のような行動をとつたとの事実を認定する事は出来ない。

尤も現今の婦女が結婚後夫の両親と同居した場合には、殊にその母親が平常の家事につき自己の長年月の習癖に照し若年未熟の婦女に対し稍もすれば冷眼的監視的態度を以て些末の事にも干渉叱責し或は急激に自己の家風に同化せしめんと欲して徒に罵倒冷笑する如き言動に出ることのあるは屡々見聞するところであるけれども、本件に於ては弁論の全趣旨により明らかな通り原告及び被告良夫は被告千代と別居して独立の生活を営んでいたもので、而も検証の結果によれば両居宅間の距離は約四六〇〇米、自動車による所要時間約一一分であることが認められる以上通常の(同居している)嫁姑間の緊張関係と同一に断ずることは出来ない。

この点に関する証人石野ひさ、同中尾敏子の各証言及び原告本人尋問の結果は、之を証人鋤柄萩子及び被告鋤柄千代本人の各供述を対照するとき遽に措信し難く、従つて原告がその両親に宛てた手紙で原告本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第一三乃至第一九号証の各二及び主として原告本人又は石野証人よりの伝聞に過ぎない証人酒井恒雄、同酒井ヤエ、同印南高一、同滝沢静江の各証言も亦原告の主張を肯定するに足りる資料となすことは出来ない。

よつて原告の被告千代に対する請求は理由がない。

(三)  次に原告は本件予約を履行し得ないのは被告良夫の責に帰すべき事由に基くものであると主張し、被告良夫は右は当事者間の合意で円満に解消したものであると抗弁するのでこの点につき検討してみると、

(イ)  証人鋤柄考平、同佐々木文一の各証言及び被告本人鋤柄千代、同鋤柄良夫各尋問の結果によつても昭和三一年五月二八日頃原告が被告良夫方を立去るに当つて当事者間に被告良夫主張の如き合意が明確になされたとは認められないのみならず、

(ロ)  却つて証人酒井恒雄、同酒井ヤエの各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば原告の両親に於て原告を前記日時にその実家へ引取つたのは偶々原告がその直前服毒自殺を企て身心共に著しく衰弱している状況に鑑み且つ又既に破鏡の非運に遭遇せる原告を何の身寄りもない異郷に放置するよりは寧ろこの際被告良夫らの要求を容れて一応実家に復帰せしめ事後に及んでその収拾策を協議するにしかずと判断した結果であることが認められ、他に右認定を為すに障碍となるような証拠はない。

(ハ)  従つてこの点に関する被告良夫の抗弁は理由がない。

(四)  又被告良夫は種々の理由を列挙して本件婚姻予約破棄の真にやむを得ざる所以を力説するが、

(イ)  由来饒舌にして自我及び嫉妬心が強いのは古来女性の通弊であり、更に未だ主婦としての生活に馴れざる若年の婦女が兎に角家政の処理に敏活を欠き家庭内を混乱に陥れることのあるのは、夫たるものの将に当然予期すべきところであるから、それが常軌を逸する程度に及ばない限り、之を以て婚姻予約破棄の正当な理由となすことは出来ない。

(ロ)  而して証人飯田くわ、同鋤柄考平、同鋤柄昭三の各証言及び被告鋤柄良夫、同鋤柄千代各本人尋問の結果によつても原告が一般家庭の主婦としての適格を欠く性格破綻者であるとはたやすく認め難い。

(ハ)  次に証人石野ひさ、同河辺昭雄の各証言並びに原告及び被告良夫各本人尋問の結果(原告本人の供述については後記措信しない部分を除く)を総合すれば、

(A)  原告が昭和三一年五月一三日及び同月二七日頃の二回にわたつて服毒自殺を図つたが何れも未遂に終つたこと、

(B)  原告が右のような自殺を企てるに至つたのは、被告良夫との結婚後妻として入籍せんとの希望も早急に実現する見込みもなくその母である被告千代との間に兎に角意思の疏通を欠いたため、漸次原告は被告千代の家族等により冷遇せらるるに至り後には被告良夫さえも原告に対し冷淡となつたように感じて懊悩した結果不貞腐的に狂言自殺を企てたこと、

(C)  特に第二回目の自殺に当つては、当時原告に対しては出張と称して家をあけていた被告良夫が既にその任務を終えて帰来しながら出張報告等に名を藉りて被告千代宅に留り妻たる原告を放置し妻に対する愛情あふれる態度に出でなかつたのがその直接の原因であること、

以上の事実が認められる。右認定に反する原告本人の供述(一部)は証人河辺昭雄の証言に照して措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二) 従つて右の如き状況の下に於ては、仮令原告が不貞腐的又は反感的に狂言自殺を目論んだとしてもその事実のみを捉えて破鏡の責任を原告にのみ転嫁することは出来ない。凡そ被告良夫の如く自宅の附近にその実家を有し時折自己の父母兄弟と相互に来訪し合うが如き境遇にある者は子としてその親に孝養を尽し兄弟相和すべく努めるべきことは勿論であるが更に夫として新にその家に入り来つて家風習慣等につき未だなじまず自らその生家のそれと著るしく異るため挙措当を失して兎に角夫の両親と和合を欠き不貞腐的若くは反感的挙動に出て互に反目離反せんとする新婦に対し、その未だ十分の修養を積まぬ若年の婦女なることを考慮しつつ夫たる愛情からほとばしる適切な忠告を為しその誤解をとき近親者が相協和し得るような新家庭を協力して建設すると共に他面之を愛撫し以て破鏡に悲運することを避けるよう努めると同時に舅姑に接すべき途を工夫してそのところを得しめ共共一家の和楽繁栄を図るべき当然の義務がある。

然るに被告良夫に於ては事茲に出でざるのみならず却つて繊細なる女心を無視して原告一人を自宅に放置したためにたとえ狂言とはいえ原告の自殺行為を惹起したことは前示認定の通りであるからこの点に関する被告良夫の抗弁も又理由がない。

(五)  よつて被告良夫は原告に対し本件婚姻予約不履行により被らしめた精神上の損害を賠償すべき義務がある。

しかし、その理由は如何にもあれ、原告が被告良夫との同棲生活中再度にわたつて狂言自殺を企てたことは到底軽卒の譏を免れないからこの点に関する原告の過失を損害賠償の額を定めるについて斟酌すべきである。然らば当事者の経歴教養社会的地位その他諸般の事情を彼此総合するに当り、前記原告の過失をも斟酌すれば、被告良夫の原告に対して支払うべき慰藉料の額は金一三万円と定めるのが相当である。

(六)  最後に指環及び寄託金の請求については、原告本人尋問の結果及び同人よりの伝聞に係る証人酒井恒雄、同酒井ヤエの各証言を除いては他に之を肯認するに足るべき証拠がないところ、前記原告本人の供述は証人渡辺藤重、被告鋤柄千代、同鋤柄良夫の各供述と対照する時容易に措信し難く、従つて原告の本人から主として伝聞した証人酒井恒雄、同酒井ヤエの各証言もこれを信用しとつて以て右請求を肯定すべき資料とはなし得ないから、原告のこの点に関する請求はいずれも排斥を免れない。

(七)  以上の次第であるから原告の被告らに対する本訴請求中被告良夫に対し慰藉料として金一三万円及び之に対する訴状送達の翌日であることが記録により明白な昭和三二年一月二七日以降右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから之を正当として認容し、其の余は之を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を夫々適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 加藤令造 裁判官 田中宗雄 裁判官 三中哲夫)

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