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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)8593号 判決

原告 長谷川吉雄

右代理人弁護士 橋本庄之助

被告 佐藤喜三郎

右代理人弁護士 黒田秀男

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、東京都新宿区左門町二番の二宅地五十九坪上にある家屋番号同町二番の一三木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺二階建居宅兼倉庫一棟(建坪四十坪五合二階八坪七合五勺)を収去し右宅地を明渡すこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び家屋収去土地明渡を求める部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、昭和三十年十月十四日、訴外榎本智より、東京都新宿区左門町二番の二宅地五十九坪(以下本件土地という)を買受け、その所有権を取得し、即日所有権取得登記をした。

被告は何等正当の権原なく、家屋番号同町二番の一二木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺二階建居宅兼倉庫一棟建坪四十坪五合二階八坪七合五勺(以下本件家屋という)を右宅地上に所有し、これを不法占有している。

よつて原告は被告に対して本件家屋の収去及び本件土地の明渡を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、「原告主張の日時に、訴外榎本智から原告に対し本件土地の所有権移転登記がなされたこと。被告が本件土地上に本件家屋を所有しこれを占有していることは認めるが、原告が本件土地の所有権を取得したこと及び被告の本件土地に対する占有が不法であるとの主張は否認する。原告は昭和二十三年頃から、前記榎本智の家族と同居し、智の知能程度の低いのに乗じて、榎本家の家政を事実上支配しているものであるが、本件家屋が未登記であつたのを奇貨として、本件土地の明渡しを企図し、真実の売買がないのに、虚偽の所有権移転登記をしたのであるから、原告は本件土地の真の所有者ではない。」

と述べ、抗弁として、

「仮りに登記簿の記載のとおり原告が本件土地の所有権を取得したものとしても、被告は本件土地に対する借地権を以て原告に対抗することが出来る。その事情は次のとおりである。

被告は、昭和二十年、前記榎本智の父榎本金太郎から、その所有にかかる本件土地を建物所有を目的とし、期限の定めなく、地代は時価相当額によることとして賃借し、その際権利金五千円を支払い、本件家屋を建築し、その後公定賃料以上の地代を支払つて今日に至つている。

なお、被告は昭和三十年十二月二十七日に本件家屋について所有権保存登記をしたのであるが、それは原告の本件土地に対する所有権取得登記の後であるから、建物保護法を文字通りに解すれば被告は前記賃借権を以て原告に対抗できないことになるが、前述のとおり、原告は、昭和二十三年頃より榎本智と同居し、事実上榎本家の家政を支配して来た者であり、本件土地上に被告が賃借権を有し、且つ被告所有の本件家屋の存在することは、原告のもとより知悉するところであるのに、地価の高騰を見越し、本件家屋に保存登記がないのに乗じて、その明渡を目的として榎本から、本件土地の所有権移転登記を受けたものであるから建物保護法によつて本件建物の登記の欠缺を主張する正当なる利益を有せず、これを理由として被告の賃借権を否認するのは、信義則に違反し、権利の乱用である。」

と述べた。

原告訴訟代理人は、被告の右抗弁に対し、

「被告が、本件土地に対して、その主張するような賃借権を有することは否認する。榎本金太郎は、昭和二十一年二月頃、被告の懇請により、バラツク建築を目的とし、一時使用のため本件土地を被告に貸与した。その期間は三年間で、期間満了後には被告が時価の倍額で買取る約束であつたのに、被告はこれを履行せず今日にいたつているものである。従つて被告は建物保護法により保護される賃借権を有するものではない。

仮りに被告が、その主張するような賃借権を有するとしても、原告が本件土地の所有権取得登記を受けた当時(昭和三十年十月十四日)には、本件家屋の保存登記はなかつたのであるから、建物保護法により、原告の善意悪意を問わず、被告の賃借権は原告に対抗することができない。

原告の請求を信義則違反又は権利乱用ならしめる理由として被告が述べている事情はすべて否認する。原告は、昭和二十三年十一月二十九日より榎本家に同居しているが、当時既に金太郎は死亡していて、相続人智は知能低く生活能力がないので、やむを得ず義心を以て榎本の家族を扶養しているものである。そして、原告が本件土地の所有権を取得したのは、榎本智との間の真実の売買契約によるものであつて、被告の主張するような虚偽のものではない。被告は、三年後に本件土地を時価の倍額で買取ると称して金太郎を欺いて本件土地を借受け、本件家屋を建築して大衆浴場を経営することにより蓄財し、昭和二十五年隣地を買受けて新浴場を建築して不要となつた本件家屋を燃料置場として使用している。これに反して原告は四畳半と二畳の狭隘な家屋に榎本の家族と同居しておるので、住宅を建てて移住する必要に迫られている。従つて原告の請求は決して信義則違反でも権利乱用でもない。」

と述べた。

(証拠関係)≪省略≫

理由

原告が昭和三十年十月十四日訴外榎本智から本件土地の所有権移転登記を受けたこと及び被告が本件土地上に本件家屋を所有しこれを占有することは当事者間に争いがない。

そして証人榎本サトの証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は榎本智に対し多額の債権を有していたので、本件土地の価格を百七十万円と見積つて同人から買受け、右代金と同人に対する債権を相殺したものと認められ、右の認定を覆す証拠はない。

従つて原告は本件土地の所有権を有効に取得したものと認められる。

そこで被告の抗弁について考えるに、成立に争いのない乙第四乃至第六号証と証人佐藤マサ子の証言及び被告本人尋問の結果を綜合すると、被告は昭和二十一年二月頃、本件土地の所有者榎本智の父金太郎から、大衆浴場建築を目的とし、期限の定めなく、賃料は時価相当額の約で、本件土地を賃借し、金太郎の死亡後智が相続により本件土地の所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したことが認められる。原告はこれをバラツク建築を目的とし期間三年間で、期間満了後に被告が時価の倍額で買取ることを条件とする、一時使用の契約に過ぎないと主張し、証人榎本サトは、その趣旨の証言をしているが、前記証拠と対比し容易に措信し難い。

次に被告が右賃借権を以て、原告に対抗できるか否かを考えるに、原告が本件土地の所有権移転登記を受けた当時本件家屋の保存登記がなかつたことは当事者間に争いがないから、建物保護法によれば、右の賃借権は、先に登記を取得した原告に対抗できないものの如くである。然し証人榎本智、同榎本サトの証言及び被告本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二十三年十一月から、榎本智の家に同居するようになり、智の知能が低く、生活能力がないところから、同家の家族を扶養し、事実上家政を支配するようになり、殆ど家族同様の生活をしている。

(二)  原告は、榎本一家の生活費を負担したり、その負債を整理したりした結果、同人に対し多額の債権を有するに至つたので、本件土地を百七十万円と見積つて智から譲り受け、その代金を以て、同人に対する債権を相殺した。

(三)  右の関係で、原告は、被告が本件土地に賃借権を有し且つその上に本件家屋を所有することを知悉しながら、元憲兵であつた関係で法律にも通じていて、本件家屋の保存登記がなければ被告はその賃借権を以て原告に対抗し得ず、従つて容易にその明渡を求める得ることを見越して本件土地を譲り受けた。なお本件土地上には被告が隣地に建築した新浴場の保存登記が誤つてなされているのを知り、榎本智の妻サトに命じて被告に対してその更正登記をすることを勧告させ、被告がその手続をする見込がつくや、直ちに本件家屋の所有権移転登記をした。

建物保護法は、家屋所有を目的とする土地賃借権者が、その土地に登記した建物を有する場合にのみ、登記なき賃借権の第三者に対する対抗力を認めるのであるから、一般の場合には建物の登記がなければ、その賃借権を以て第三者に対抗できず、それは第三者の善意悪意を問わないものと解される。然し、本件の原告については右に述べたような特別な事情があり、原告はその前所有者との関係において、実質的な意味において単なる第三者とは目し難く、又その悪意の程度、所有権取得登記の事情等を綜合すると登記の欠缺に乗じて被告の賃借権を否認するのは、権利行使の態様において信義誠実の原則に違反するものと認めざるを得ない。なお原告が本件土地を使用する必要性は認められるがそれは右の認定を左右するものではない。従つてかかる特別の場合は、建物の登記がなくても建物保護法の趣旨により被告は原告に対してその賃借権を対抗し得るものと解すべきである。

よつて原告の本訴請求は全部失当であるから棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

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