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東京地方裁判所 昭和33年(モ)13231号 判決

申立人 須賀全十

相手方 篠田欣志

主文

当裁判所が昭和三十三年(ヨ)第二六三一号仮処分申請事件につき昭和三十三年五月二十一日なした仮処分決定中別紙目録記載の土地共有持分の処分を禁じた部分は申立人において金三十万円の保証を立てることを条件としてこれを取消す。

申立費用は相手方の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

申立代理人は主文第一項掲記の仮処分決定中右同掲記の部分につきこれが取消の判決を求めその理由として、

(一)、申立人はその父須賀保吉から公正証書によりその所有にかかる(A)、別紙目録記載の土地十二筆竝びに(B)、東京都足立区保木間町二千四百九十二番地宅地六十一坪二合外二十二筆の遺贈を受け昭和三十二年四月九日同人の死亡により右土地の所有権を取得したところ相手方は右保吉の子として遺留分を侵害されたとなし申立人を相手取り東京地方裁判所に遺留分回復の訴を提起し(同庁昭和三十二年(ワ)第七七一四号事件)執行保全のため申立人を債務者とし同裁判所に右土地に対する仮処分の申請をなし同裁判所は右申請に基き同庁昭和三十三年(ヨ)第二六三一号事件として審理のうえ昭和三十三年五月二十一日申立人に対し右土地につき共有持分の処分を禁じる旨の仮処分決定をなし同月二十三日その嘱託登記手続を了した。但し右決定は越えて同月三十一日申立人に送達された。

(二)、しかしながら右仮処分には左記のようにその一部につき取消を求め得べき特別の事情が存在する。

(1)、先づ右仮処分により保全される相手方の権利は終局的には金銭的補償によりよくその目的を達し得べきものである。すなわち相手方の遺留分減殺請求権は遺留分の価額の限度で相続の権利を留保することを内容とするもので換言すれば特定の財産に対する権利ではなく価額の償還により満足を得る性質のものと解される。しかも前記土地は農地又は農業に利用されている土地であるところ相手方はこれが所在する市町村の区域外に居住し且つ農業以外の職業に就いている者であるから右土地を取得しても早晩他に貸渡して小作料の名目で金銭を徴収するか又は売却して換金するかいづれにしても金銭的所得に畢る外はない。従つてこれが補償されるときは右仮処分の目的とするところは完全に適えられるものといわなければならない。

(2)、次に前記仮処分が存しないことにより相手方が蒙ることのあるべき損害が殆んど皆無であるのに反し右仮処分が存することにより申立人の蒙る損害は著大であつて不当である。すなわち前記土地の内(A)の土地は右仮処分後とはいえその送達前たる昭和三十三年五月三十日日本住宅公団により団地の指定を受け申立人においてこれを右公団に売渡すべき旨の契約をなした。しかして右公団は今後早急に右土地につき所有権移転請求権保全の仮登記竝びに農地法第五条の農地転用の手続を経て土木建築工事に着手する計画のところもし右仮処分が維持されるにおいては右計画の実施を進め得ないため右売買契約の解除に及ぶこともあり得べくかくては申立人は右土地につき農地の価格を相当上廻る価格で売却し得た機会を失い零細な小作料の徴収に甘じなければならないのは勿論右公団から当然請求のあるべき前受代金の返還竝びに損害の賠償に窮するに至るべきことは明らかであつて著しい損害を蒙るのを免れ難い。これに反し相手方の遺留分は仮にこれが存したとしてもその算定の基礎たるべき財産の九分の一にすぎず前記(B)の土地を以てしても十分留保されているから相手方は右(A)の土地につき処分禁止の仮処分を維持する必要はなくこれを取消されてもなんら痛痒を感じないのみならずこれを維持することはむしろ権利の濫用である。

よつて適当な保証を立てることを条件として本件(A)の土地に対する仮処分の取消を求めるものである。

(三)、仮に右主張に法律上理由がないとしても右(A)の土地につき前記のように売買が成立した事実は民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十七条にいわゆる事情変更にあたるから予備的に右規定に基き右土地に対する仮処分の取消を求めるものである。

と述べ疏明として甲第一、二号証(写真)を提出し証人須賀む津、同高岡真一の各証言を援用した。

相手方代理人は申立却下の判決を求め答弁として、

(一)、申立人主張(一)の事実は申立人主張(A)、(B)の土地が申立人の所有に帰した点を除きこれを認める。須賀保吉はその所有にかかる主要財産中後記(C)の土地を除く右(A)、(B)の土地合計四千四百五十一坪一合を次男たる申立人に遺贈しながら長男たる相手方に対しては僅かに(C)東京都足立区保木間町三千四十番畑一畝十三歩を遺贈したにすぎないから申立人に対する遺贈は遺留分の規定に違反することは明らかであつてその限度で当然無効たるべきものである。しかしてこの場合相手方は右(A)、(B)の土地全部につき遺留分の価額を持分の割合とする共有持分権を有するものといわなければならない。

(二)、申立人主張(二)、(2) の事実中相手方の遺留分が基礎財産の九分の一であることは認めるが前記(A)の土地が日本住宅公団により団地の指定を受け申立人から右公団に売渡されたことは知らない。仮に右売買の事実があつたとしてもそれは申立人がその自由な意思に基いてなしたものであるからこれが処分禁止の仮処分と牴触するため仮に又申立人がその主張の経緯によりその主張の損害を蒙るとしても該損害は自ら招いたものという外なくこれを以て仮処分を取消すべき特別の事情に加えるのは当らない。もしそうでないとすれば仮処分債務者は何時でも特別の事情を作出しよういに仮処分の取消を求め得る結果仮処分制度の存在理由を失わせることとなる。なお申立人は前記(B)の土地により相手方の遺留分額が留保されている以上(A)の土地に対する仮処分を維持する必要はないというが相手方が(B)の土地のみならず(A)の土地についても共有持分権を有することは前記(一)のとおりであるから(A)の土地に対する仮処分の必要が失われる理由はない。

と述べ疏明として相手方本人尋問の結果を援用し甲号各証は不知と答えた。

理由

申立人がその父須賀保吉から公正証書によりその所有にかかる申立人主張の前掲(A)、(B)の土地の遺贈を受け同人が昭和三十二年四月九日死亡したこと、相手方が右保吉の子として遺留分を侵害されたとなし申立人を被告とし東京地方裁判所に遺留分回復の訴を提起し次で執行保全のため申立人を債務者とし同裁判所に右土地に対する仮処分の申請をなし同裁判所が右申請に基き(同庁昭和三十三年(ヨ)第二六三一号事件)昭和三十三年五月二十一日申立人に対し右土地につき共有持分の処分を禁じる旨の仮処分決定をなし同月二十三日その嘱託登記手続を了し該決定が越えて同月三十一日申立人に送達されたことは当事者間に争がない。

ところで本件仮処分決定の趣旨が前記(A)、(B)の土地の処分により相手方が遺留分減殺請求の結果取得したと考うべき右土地の共有持分権につき本案の返還請求権を執行するのが不能となる虞があるので右本案請求権本来の給付内容の実現を保全せんとするにあることは明らかである。しかしながら遺留分は元来遺産に一定の生前贈与の目的物を加えた財産に対する割合を以て示される価額であつてこれによつて遺留分権利者に保留されるのは具体的財産ではなく価額である。もつとも遺留分権利者がその権利を行使し遺贈又は贈与を減殺するときはその結果取得した遺贈又は贈与の目的物自体の返還請求をなし得ることは当然であつて民法もこれを認める立場から規定しているけれども同時に又その第千四十一条第一項は受贈者又は受遺者が減殺を受くべき限度において贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができると規定し遺留分が価額についての権利たる趣旨を貫いた。換言すれば遺留分減殺によつて生じた具体的財産の返還請求権は当該財産の返還が可能な場合においても受贈者又は受遺者の自由な意思に基きこれに代る金銭の給付に満足すべく本来の給付を期し得ないものであつてその意味では権利行使につき遺留分の本質に由来する当然の制約を受ける。従つて右本案の土地共有持分返還請求権もこれが保全のため処分禁止の仮処分を絶対に必要とするものではなく土地共有持分の価額を弁償するに足る金銭的補償を以てしてもよくその終局の目的を達し得るものと考えざるを得ない。

これに加え減殺を受くべき受遺者が遺贈の目的を他に譲渡したときはもとより民法第千四十条の規定を類推適用し原則として遺留分権利者に減殺さるべき目的の価額を弁償しなければならないものと解すべきであるからもし本件仮処分取消申立の対象たる前記(A)の土地合計二千五百七十六坪が仮処分解放後受遺者たる申立人から他に譲渡された場合においても遺留分権利者たる相手方は遺留分減殺の結果右土地につき取得した共有持分権の価額の弁償を申立人に請求し得るものといわなければならない。しかして弁論の全趣旨によれば被相続人たる須賀保吉の主要な遺産は前記(A)、(B)の土地及び相手方主張の前掲(C)の土地の合計四千四百九十四坪一合であつて(A)、(C)の土地は全部農地であるが(B)の土地には若干の宅地も含まれていることが一応窺われるとともに相手方の遺留分額がその算定の基礎たるべき財産の九分の一にすぎないことは相手方の自陳するところであるから相手方の遺留分減殺の結果(B)の土地について申立人に残存すべき共有持分権の価額が(A)の土地につきその処分により申立人が弁償すべき相手方の共有持分権の価額を遥かに上廻るものであることはよういに推認されるのみならず後述のように申立人は(A)の土地の売却により多額の収入を得又得べきものである以上特段の事情がない限り相手方は(A)の土地の共有持分権の弁償を受けるに事缺かず右土地の処分によつて蒙るべき損害はこれを償うに残りあるものと推定するのが相当であり従つて右土地については本件仮処分を取消しても相手方にさしたる痛痒を与えるものではないといわなければならない。

他方証人高岡真一の証言竝びにこれにより真正に成立したものと認める文書の写真たる甲第一、二号証、証人須賀む津の証言によれば前記(A)の土地は農地であつて合計八反五畝二十六歩の内四反六畝二十五歩が小作地であるがその附近の土地とともに日本住宅公団により本件仮処分決定に先立ち昭和三十二年七月二十二日住宅建設計画に編入され同年九、十月中申立人の売渡承諾が取付けられ越えて右仮処分決定の執行後とはいえこれが送達前たる昭和三十三年五月三十日団地の指定を受け申立人との間において農地法第五条による農地潰廃の許可を条件とし金千二百八十万五百円で買受ける旨の契約が結ばれたこと、しかして申立人は右契約の趣旨に従い右土地全部につき農地潰廃の許可の、その内小作地につき小作契約解約の許可の各申請をなし右代金の半額たる金六百四十万二百五十円の支払を受けその三割を離作料の半金として小作人に、五分を売買仲介料の半金として仲介人に各支払い結局金四百十六万百六十二円五十銭の収入を得たこと、ところが処分禁止の本件仮処分が存するため右公団は所有権移転請求権保全の仮登記を差控え契約の条項を楯に右残代金の支払をしないこと、更に又右売買が右仮処分に牴触する限度において相手方に対抗し得ない関係上右公団は前記計画を予定どおり早急円滑に実施することができずその一部が団地の略々中央に位する本件土地を団地から除外しその結果団地の設計に全面的変更を加えて計画を実施しない限り団地買取に投下した莫大な資本を本案判決確定に至るまで徒らに遊ばせる外はないこと、もし公団が本件土地を団地から除外する場合右売買契約の解除をみる結果申立人は本件農地を農地の価格を遥かに上廻る前記代金額を以て売却する機会を失うとともに右公団から請求さるべき前受代金の返還更には損害の賠償の負担に堪えない窮状に立至るべきことが一応認められ右認定を覆すに足る証左はないから前記(A)の土地につき処分禁止の本件仮処分を継続するにおいては申立人又は少くとも前記公団に著しい損害を及ぼすものというべく右損害は右仮処分を取消すことにより相手方がさして失うところがないのに比して権衡を失する程度のものであると認める。

しかして以上のような事情はまさに民事訴訟法第七百五十九条にいわゆる仮処分を取消すべき特別の事情に該当するものと解すべきであるから本件仮処分中本件(A)の土地の処分を禁じた部分は申立人において当裁判所が相当と認める金三十万円の保証を供することを条件にこれが取消を許容すべきものといわなければならない。

よつて申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

目録

東京都足立区保木間町二千四百九十一番

一、田五畝九歩

同所二千五百七番

一、田四畝二十三歩

同所二千五百十三番

一、田八畝二十四歩

同所二千五百十六番

一、田五畝二十歩

同所二千五百十七番

一、田三畝十九歩

同所二千五百十八番

一、田九畝十五歩

同所二千五百十九番

一、田一反四歩

同所三千四十一番

一、田一反二畝四歩

同所三千四十二番

一、田九畝二十三歩

同所三千四十七番の一

一、田一反二畝二十二歩

同所三千四十三番

一、畑三畝五歩

同所三千四十七番の二

一、畑八歩

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