大判例

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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1592号 判決

原告 国

訴訟代理人 家弓吉巳 外二名

被告 島村信広

主文

1、被告は、原告に対し東京都北区王子三丁目二九番地の三宅地一二一坪〇六につき原告のため昭和一九年一〇月一四日売買による所有権移転登記手続をせよ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因及び被告の坑弁に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、昭和一九年一〇月一四日被告からその所有にかかる主文第一項記載の土地を買いうけたから、被告に対し右土地につき右売買による所有権移転登記を求める。

二、被告は、戦争終結による事情変更にもとづき契約の解除を主張するけれども、将来における戦争の終結は何人にも予見しえられたところであるから、単に戦争が終結したというだけで事情変更による解除権の発生は認められない。若しかりに被告のいう事情変更が戦後の経済事情の急激な変動に由来するものであるならば、不動産の価格が戦後のインフレーションの激化により本件売買当時に比し急騰し、契約上の代価が著しく低廉になつたことは明かであつて、これは正しく契約成立当時における環境であつた事情の変更に該当するものであつて、被告において予見することのできない性質のものでありたということができる。しかし、被告において、この事情の変更を主張しうるためにはこのような代金のまま価格の昂騰した不動産について原告が所有権移転登記を求めることが著しく信義誠実の観念に反する場合でなければならない。しかるに、右事情の変更は、昭和二〇年一〇月頃以来原告が被告に代金を提供していたにもかかわらず、被告において受領を遅怠している間に生じたのであるから、原告側に信義則に反する事由全くなく、被告について解除権が発生する訳がない。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁及び坑弁として、つぎのとおり述べた。

一、請求原因一項の事実は否認する。

二、仮りに当事者間に原告主張のとおり売買がなされたとしても、この売買は、大東亜戦争中米英軍の空襲下国土防衛計画の一端として軍施設保護のためなされたものであるにもかかわらず、契約から一年も経過しない昭和二〇年八月一五日終戦を迎えることとなつたが、かくの如く戦争が終了してみると、右売買の効力を依然として維持し、被告をこれによつて拘束しようとすることは、信義公平の原則に照し許されないところであつて、事情変更の原則により、売主たる被告においてこれを解除することができるというべきであり、被告は、昭和三四年一月二一日午後一時の口頭弁論において右売買を解除したから、原告の請求は理由がない。

立証〈省略〉

理由

証人三瓶一栄の証言、同証言によつて成立を認める甲第一、二号証、第三号証の一、二、三、四、及び第四号証、成立に争のない同第九号証を合せ考えれば、昭和一九年中大東亜戦争が漸く激化し、東京陸軍第二造兵廠王子工場周辺の建物の強制疎開等の措置がとられた際その敷地を陸軍において買収することとしたが、同年一〇月一四日板橋製造所王子工場に陸軍係官、地主二三名及び東京都王子方面疎開事業所係官が参集し、右土地の買収の協議をした際、被告は地主としてこの会合に出席し、主文第一項の土地(当時は、二九番地の一の一部であつて、分筆が後になされたものであることは後述)の買収を承諾し、買収承諾書に調印し、これが分筆手続を原告の係官に委任し、その委任状を交付したこと及びこの委任にもとずいて同年一一月一九日主文第一項の土地が当時の二九番地の一から分筆されたことを認めることができる。被告本人の供述によれば被告は、昭和一九年一〇月一四日の会合に出席し、本件土地の買収に応じない旨反対の意思を表明したこととなつているけれども、この供述は、右認定に用いた各証拠、殊に被告の委任状にもとずいてなされたものと認められる本件土地分筆の事実に照らすときは、にわかに信用することができない。しかして、前記証人の証言及び同証言により成立を認める甲第六号証によればその代金額は七六二六円七八銭であることをみとめることができ、その代金の支払ができていないことは、証人富田石五郎の証言によれば、原告が昭和二〇年一〇月頃以来数次にわたつて東京都王子区長をして原告に代つてこれをなさしめようとしたのに被告において応じなかつたことによるものと認められるから、これまた右認定をくつがえすに足るものとはいえない。他に右認定を動かすに足る証拠はない。この認定からすれば、被告は、昭和一九年一〇月一四目原告に対し主文第一項記載の土地を代金七六二六円七八銭で売り渡したものであつて、この売買を登記原因とする原告の被告に対する登記請求は正当といわなければならない。

二、被告の売買契約解除の坑弁について考えるに、本件売買が大東亜戦争中に国土防衛計画の一端としてなされた疎開跡地の国による買上げとして行われたものであることは前段認定の事実によつて明かなところであり、戦争が右売買の後一年未満のうちに終結したことは被告の主張するとおりであつて公知の事実であるけれども、単純な経済取引たる本件売買において契約成立当時において本件売買の効力を維持した環境をこの点に求め、こうした環境であつた事情の変更を以て契約解除権発生の事由とすることは到底事情変更の原則の正当な解釈とは考えられないから、被告のこの点の坑弁は採用しない。

三、よつて、訴訟費用の負担につき民訴八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉)

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