大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3718号 判決

原告 鬼足袋株式会社

被告 高橋智恵子 外二名

主文

原告に対して被告高橋は金七四万九、四三七円、被告波多野、清水両名は各自金六万六、四二八円及びいずれもこれに対する昭和三三年五月二五日から支払済みまで年六分の割合による金銭を支払うこと。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮りに執行できる。

事実

(双方の申立)

原告は、被告等は原告に対して連帯して金七四万九、四三七円及びこれに対する昭和三三年五月二五日から支払済みまで年六分の割合による金銭を支払うこと、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、被告等は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

(原告の請求原因)

原告は、昭和三二年一二月一三日から翌三三年二月二二日までの間に三十数回にわたつて、被告高橋と代金即時払の約定で靴下足袋等の継続的売買取引を行い、別紙準備書面添付の別表記載のとおり、現に七四万九、四三七円相当の売掛残代金債権を有している。

被告波多野、清水の両名は、昭和三三年一月一三日、被告高橋のために同被告と原告との前記取引によつて生ずる全債務につき保証の責に任ずべきことを約した。

よつて、被告等に対して連帯して右残代金及びこれに対する昭和三三年五月二五日(訴状送達の翌日)から支払済みまで年六分の割合による損害金の支払を求める。

(被告等の答弁とこれに対する原告の主張)

被告高橋は、原告の請求原因事実のうち同被告に関する部分を全部みとめた。

被告波多野、清水両名は、原告と被告高橋との間に靴下類の継続的売買取引のあつたこと、被告両名が昭和三三年一月一三日被告高橋のために同被告が右取引によつて負担する債務を保証したことは認めるが、売掛残代金の額は知らない。

仮りに、その額が原告のいうとおりだとしても、被告両名は保証契約后の取引につき保証したのであるから、被告両名の保証責任はその全額に及ぶべきものではなく、保証契約締結后の取引によつて生じた債務に局限せらるべきものである。しかして、昭和三三年一月一三日から同年二月二二日までの間に被告高橋が原告から買受けた靴下類の買掛金総額とこれに対する入金総額は別紙準備書面添付の別表記載のとおりであつて、その残存債務は六万六、四二八円にすぎない。しかも、被告等は、高橋の業態などからみて、その取扱高は最高五、六万円の範囲を出でないものと信じ、その限度において責任を負う趣旨で保証したもので、原告もこの点は知悉していたのであるから、被告等の責任はこの範囲にとどめらるべきものである。しかして、原告は昭和三三年四月一四日被告両名に対して保証債務を免除したので、原告の請求には応じられないと述べた。その詳細は別紙準備書面記載のとおりである。

原告は、被告波多野、清水両名の抗弁事実を否認し、右被告両名は原告と高橋との全取引につき保証したものであると述べた。その詳細は別紙準備書面記載のとおりである。

(証拠関係)

原告は甲第一、第二号証、第三、第四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一、二を提出し証人熊谷文一及び原告会社代表者の尋問を求め、乙号各証の成立を認め、

被告波多野、清水両名は乙第一号証の一ないし一五、第二号証を提出し、被告各本人の尋問を求め、甲第一、第五号証はその成立を認め、その他の甲号証の成立は知らないと述べた。

理由

(被告高橋に対する請求について)

原告が請求原因として主張する事実はすべて当事者間に争がないのであるから、被告高橋に対する原告の請求はその理由がある。

(被告波多野及び清水に対する請求について)

原告と被告高橋との間に靴下類の継続的な売買取引があり、右取引開始后、被告波多野、清水の両名が昭和三三年一月一三日被告高橋のために右取引によつて両被告の負担すべき債務を保証したことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証、証人熊谷文一の証言の一部及び右証言によつて成立を認めることのできる甲第三、第四号証の各一、二、被告高橋智恵子、同波多野近江、同清水慧の各陳述並びに原告代表者の陳述の一部を綜合すれば、次の事実が認められる。

被告波多野、清水の両名は、同じ小学校に勤務する同僚の教師である。

被告高橋は、被告波多野の教え子であつて、昭和一八年に高等小学校を卒業した者であるが、高等科在学中に被告波多野の教えをうけたのである。被告高橋は、在学中、成績がよく、級長もつとめ、教師の信望が厚かつた。同被告は、卒業后二、三回被告波多野を訪ねたことがある程度で、両者の間にはとりたてていうほどの交渉は何もなかつたが、昭和三二年一一月末頃、被告高橋が被告波多野の自宅を訪ね、夫に死別して苦しい生活をしていて、靴下の行商をしていることを話し、お金を少し用立ててもらいたいと頼んだ。その折、被告波多野が学校へ来れば一ダース位の靴下は売れるかも知れないといつたので、高橋は靴下を持つて学校へ行つて、女の先生に靴下を売つた。被告清水がこれを見ていて同僚の被告波多野に高橋のことを聞き、自分の知合に靴下の会社に勤めている者がいるから、なんなら紹介してやつてもよい、といつた。被告清水の知合というのは、同人が昭和三二年六月頃職業紹介所を通じて原告会社に就職を世話してやつた訴外鈴木弘子のことであつて、同人は原告会社で営業関係の仕事もしていたのである。こうしたことから、被告清水は、電話で訴外の鈴木弘子に対して、「波多野先生の教え子で、高橋という者が商売をしたいというので会社へ訪ねてゆくから、社長に会わせてやつてくれ、人間は信用のおける間違いのない人だと思う」と話した。こうして、高橋は原告会社へ行き、営業部長の熊谷文一や社長の橋本明吉と会つて、靴下類の取引を始めた。原告と高橋の取引は、原告の方で三〇万円位を限度として高橋に商品を貸売し、高橋の方でこれを一流会社の社員に売込み、二〇日から三〇日位の内に代金を原告の方へ支払うという取りきめで、最初の取引は昭和三二年一二月一三日に行われ、その際高橋は保証金名義で金七万円を原告の方へ納めている。そのうちに高橋の支払が滞つて、同月末頃には売掛残金が五、六〇万円になつたので、原告は高橋に対してしばしば被告波多野、清水両名の保証書をもらつてくるようにと請求した。高橋は、被告等に会えないからなどといつて、そのまま引きのばしていたが、翌三三年一月一〇日過ぎに被告等の勤務先の小学校に行つて、甲一号証の保証書を示し、これに被告両名の署名押印を得て、その保証書を原告へ差入れたのである。右の保証書は、高橋がペン字で「保証書」と題して、「拙者儀貴店の足袋靴下等の仕入代金支払に関しては全責任を以て之を完済致します。尚左記連名保証人に於ても之れを保証し全責任を以て一切の損失を弁償し貴店に対し、何等御迷惑を掛ける様な事は絶対致しません。依つて後日の為め本証差入れます」と記載したものであつて、これに高橋は主債務者として、被告両名は保証人として署名押印したものである。署名押印の際の様子は、まづ被告清水に対して、高橋が「商売は順調に行つている、決して迷惑をかけるようなことはしない、ほんの形式的なものにすぎないから……」といつて保証を求めた。被告清水は教室へ入る直前のことでもあつたので、高橋の云うことを信用して、ほとんど文章に目も通さずに、「しつかりやつて下さい」といつてこれに署名押印した。被告清水は高橋の人物保証に重点を置いて保証したのである。被告波多野も高橋から被告清水に対すると同様のことを話され、これを信用して署名押印したのであるが、同被告は保証書の記載内容に目を通じ、債務の保証が往々にして危険を伴う場合のあることを考えて、余り気はすゝまなかつたが、高橋となんら縁故のない被告清水が保証をした以上自分が保証しないわけにはゆくまいという気持から保証したのである。ところで、被告両名が保証書に署名押印した頃も、また、保証書が原告へ差入れられて原告と被告両名の間に保証契約が成立した当時(この日が一月一三日であつたことは当事者間に争がない)も、高橋の原告に対する買掛債務は既に七十数万円の高額にのぼつていたのであるが、高橋はこうした債務のあることを秘して被告等に保証を求め被告等も右のような多額の債務のあることを知らずに保証したのであつて、もし高橋にこうした債務のあることを知つていたとすれば同人の債務を保証するつもりは全くなかつたのである。

当裁判所は、本件保証の経緯については右のように認定するのが相当であると考える。証人熊谷文一及び原告会社代表者の供述のうち右の認定に反する部分は、後段に判示するように、たやすく採用できないし、他にこの認定を左右するに足るような資料はなにもあらわれていない。

本件の場合のように、継続的な売買取引の途中で買主の買掛債務を保証した保証人の責任については、大別して、三つの類型が考えられる。第一は、保証契約成立前の取引をもふくめて全取引について生じた債務を保証するものであり、第二は、保証契約成立前の取引を除外して、いゝかえれば、保証契約成立当時の既存債務はこれを除外し、保証契約后の取引によつて生じた債務のみを保証し、保証契約后の入金は順次、保証契約当時の既存債務の弁済に充当してこれを清算し、しかる後にその残額によつて保証人の責任を定めようとするものであり、第三は、第二の変型であつて、保証契約成立后の取引によつて生じた債務のみを保証し、しかも保証契約后の入金はこれを保証契約成立当時の既存債務の弁済には充当されないものとして、いいかえれば、もつぱら保証契約后における買掛債務額と入金額の差額によつて保証人の責任の有無及びその範囲を定めようとするものである。いま、第一ないし第三の類型を一例をあげて示すと、保証契約成立当時に七〇万円の買掛債務があり、その后八〇万円相当の商品を買入れ五〇万円の支払があつたとすれば、保証人の責任は、第一の場合には一〇〇万円、第二の場合には八〇万円、第三の場合には三〇万円になる。このように、当該の保証契約がいずれの類型に属するかによつて、保証人の責任に重大な差異が生ずることになるが、具体的な場合に問題の保証契約がいずれの類型に属するかは諸般の事情を考慮して契約の趣旨を合理的に解釈してこれを決定する外はない。本件の場合についてこれをみると、前段認定のように、被告波多野、清水の両名はいずれも小学校の教師であつて、主債務者の高橋は被告波多野の昔の教え子であつたというだけで両者の間にはなんら特別な関係はなく、被告清水に至つては同僚の波多野から高橋のことを聞いて、好意的に取引先を紹介してやつたまでのことであつて、被告両名は、いずれも、原告に対しては勿論のこと、高橋に対しても、原告と高橋との本件取引について敢て保証債務を負担してやらなければならないような関係は全くなくしかも、被告等は、保証当時、高橋に七十数万円の債務のあることなどは全く知らず、高橋の商売が順調に推移して被告等に迷惑が及ぶようなことはないものと考えて保証したのである。なるほど、被告等が保証の際に高橋に対して取引内容を詳細に問いただし、買掛債務の有無を確かめる等の慎重な態度をとらずに、軽々しく高橋の言葉を信用して安易な気持で保証書に署名押印したのは確かに被告等の過失たるを失わないが、こうしたことは世上しばしばあることであるから、これを被告等の重大な過失であるというのは酷に失するだろう。したがつて、保証当時の七十数万円の既存債務については、被告等は法律行為の要素に錯誤があつたものとして其の責任を免かれ得る筋合にあるものということができるだらう。のみならず、被告清水は高橋の人物保証に重点を置いて保証したものであり、被告波多野は、高橋とは何の縁故もない清水先生が保証をした以上自分も保証しないわけにはゆくまいという清水被告への義理合上から保証したにすぎないのであつて、こうした心情は小学教師である被告等については十分に諒解のできることである。こうした諸点を考慮し、ことに七十数万円の既存債務については被告等において錯誤を理由としてその責任を免かれ得る筋合のものである点を考えれば、被告等のなした本件保証契約の趣旨を定めるに当つては、契約当時の七十数万円の既存債務についてはこれを被告等の保証責任の範囲から除外し、この債務が被告等の責任に影響を及ぼさないように解釈するのが相当であつて、本件保証契約は、ひつきよう前記第三の類型に属するものとみるのが合理的な解釈であると考える。したがつて、被告等は保証后の取引についてのみ保証の責に任ずべきものであるという被告等の抗弁はその理由がある。しかして、保証契約成立后の買掛債務の総額と入金総額の差が六万六、四二八円であることは当事者間に争がないのであるから、被告両名は、商法第五一一条第二項によつて、被告高橋と連帯して、原告に対して右の六万六、四二八円及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三三年五月二五日から支払済みまで年六分の割合による損害金を支払えば足り、原告の本訴請求は、この限度においてのみ、その理由があることになる。

右のような解釈に対しては、こうした解釈は債務の弁済に関する法定充当の定めを無視し、保証債務の附従性を害し、債権者に対して著しく苛酷な結果を強いるものであつて、結局、取引の安全を害することになるという非難があるかも知れない。しかしながら、契約の解釈は個々の具体的事情に則して条理に従つて行わるべきものである。いわゆる法定充当は債務の弁済に関する原則であつて、右の解釈は決してこれを無視しようとするものではない。主債務の範囲を決定する場合にはもとより法定充当の原則によるべきものであるが、保証責任の範囲を定める場合には、保証契約の解釈上、法定充当の結果はこれを考慮の外に置くべしというにすぎない。保証債務の内容は、もともと、保証契約によつて定まるべきものであるから、その範囲が主債務のそれと一致しない場合のあることは当然の事理であつて、少しも怪しむに足りないことである。そして、取引の安全の問題については、おそらく、別個の観点から考え直されて然るべきものがあるように思われる。ごく常識的に考えても、継続的な売買取引の途中で第三者を買主の保証人にしようとする場合に、もし既発生の債務についても保証してもらいたいと思うならば、保証人にならうとする人に対して既存債務の数額を明告して然る後に諾否の回答を求めるのが順当のことであつて、既に多額の債務のあることなどは全然知らずに保証した者に対して後日に至つてこれを云々してその責任を問うようなことは特別の事情のない限り、信義則に反するものといわなければならないだらう。もつとも、こうした場合にも保証人が自から調査して残存債務の有無を確かめて保証するかしないかを自由にきめればよいのであるから、債権者に対して常に前記のような告知義務があるというわけにはゆかない。そのいずれによるべきかは、もとより個々の場合の具体的事情に則してきめる外はないが、保証人がとかく安易な気持から無雑作に保証して悔を後日に残す事例が多いことや、保証によつて実利を収める者が主として債権者であることなどを考え合せると、債権者の側に告知義務を認めるのを相当とする場合がかなりあるように思われるのであつて、本件の場合はまさにその適例である。原告は、前段認定のように、既存の七十数万円の債務についても被告等の保証責任を求める趣旨で保証契約を結ばうとしたのであるから、すべからく被告等に右のような既存債務のあることを告げた上で、その諾否を求めるべきものであつたのであつて、この点に手ぬかりがあつた以上、被告等に対して右の既存債務についてその責任を問うことは信義則からいつても許されないところであるといわざるを得ない。

原告は、被告波多野、清水の両名は当初から原告と被告高橋との本件取引につき実質上の保証人になつていたものであつて、昭和三三年一月一三日の前記保証書の差入れはその趣旨を書面化したものにすぎないという(準備書面の一及び七ないし一〇参照)ので、念のため、この点に対する判断を示しておく。

証人熊谷文一及び原告会社代表者は、原告会社の社員の鈴木弘子からも、また、被告高橋本人からも被告波多野、清水の両名が高橋の取引について保証人になるという話があつたので高橋と取引をはじめたものであつて、取引開始后も鈴木弘子をして被告清水に取引内容を詳細に報告させており、鈴木から被告等が五、六〇万円位なら保証してやると言明していたという報告もあつたと供述している。前段認定のように、原告が高橋に対していきなり被告両名を名指して保証書の差入れを求めた経緯から推せば、鈴木又は高橋が自分の立場をそれぞれ有利にする方便として被告等が高橋の保証人になるといつているから……という趣旨のことを原告会社の責任者に話して取引を開始させ、原告の方でもそう思つて高橋との取引をはじめたのではあるまいかと推認できないでもないが、そうだとしても、これは原告側の過失による誤認にもとずくものであつて、その然らざることは前段認定のとおりであるから、保証書の差入れは既存の保証意思の書面化にすぎないという原告の主張はとうてい採用できない。また、被告清水本人の陳述によれば、同被告は鈴木弘子の就職を斡旋した関係から弘子の弟の就職の世話も頼まれ、その用件でときどき弘子の止宿先を訪ねていたが、その際、弘子から高橋を原告会社に紹介してやつて双方の間に取引がはじまつて双方からよろこばれているという程度の話を聞いているだけで取引内容についての詳しい話などはなく、昭和三三年一月末か二月初め頃になつて、はじめて弘子から高橋のことが原告会社の内部で問題になつており、取引総額も一〇〇万円を超えているので、なんとか高橋に支払うように催促して欲しいという意味の話があつたが五、六〇万円位なら保証人として支払つてやるなどといつた事実は全くないことが認められ、被告波多野もそうした言明をしたことがないことは同被告本人の陳述によつて明らかである。そして、被告波多野、清水各本人の陳述によれば、原告は高橋との取引を打切つた后に被告両名に対して保証債務の履行を求めたが、被告等は高橋になお弁済余力のあることを主張してその履行を拒絶したものであつて、高橋の買掛債務につき保証人として支払義務のあることを承認したような事実は全くないことが認められる。原告会社代表者のこの点に関する陳述はたやすく採用できない。

右の次第であるから、原告の前記主張は採用できない。

次ぎに、被告等は、被告等は高橋の取扱高が最高五、六万円の範囲を出でないものと信じてその範囲において保証をしたものであり、原告もこの事情を知悉していたものであるから、被告等の保証責任は右の限度にとどめらるべきものであるという。そして被告波多野本人は、その尋問の際、高橋の業態からみて保証人として蒙ることあるべき損害は五万円位が限度だと思つて保証したと述べているが、この陳述も明確な根拠にもとずくものでないし、ことに、原告においても右の事情を知つていたものであるという点に至つてこれを認むべき証拠が全くないのであるから、被告の右抗弁はとうてい採用できない。

また、被告等は昭和三三年四月一四日被告の保証債務は免除されたというが、この点に関する被告高橋智恵子の陳述は原告会社代表者のそれと対比してにわかに措信できないし、他に免除の事実を認めるに足る資料もないので、これ亦排斥を免かれない。

(むすび)

右に判断したとおり、被告高橋に対する原告の請求はすべて理由があるが被告波多野及び清水に対する請求は金六万六、四二八円の限度においてのみその理由があり、その他は失当なのでこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

被告波多野、清水の準備書面

一、保証の経緯

被告波多野は過去三十年来小学校の教員であり、被告清水も被告波多野と同じ小学校に奉職する教員である。そして被告高橋は被告波多野の教え子である。

被告高橋は昭和三十二年十二月頃より婦人用靴下二打位を持つて時々被告波多野の勤務先小学校に行商に来ていた。昭和三十三年一月になつて被告高橋から、「原告会社から今后品物を出して貰うには、ほんの形式だが、こういう書類を会社に入れるよういはれたので迷惑はかけないからこれに捺印して下さい」と保証書(甲第一号証)を提示して依頼せられた。そこで被告波多野、清水らは、被告高橋は女の行商であるから取扱高も二、三万円程度であらうし、最大限五万円位しか原告会社においても掛売はしないものと信じ、保証書に捺印して、被告高橋に交付し、高橋はこれを一月十三日頃原告会社に持参差入れた。

其后被告波多野、清水らには、原告からも被告高橋からも取引関係につき何等の連絡なき儘経過し、四月初旬原告から未払代金七十五万余円の請求を受け驚愕したものである。

二、被告波多野、清水には請求額に相当する保証債務はない。

被告波多野、清水は昭和三十三年一月十三日頃、同日以降の原告と被告高橋間に行はれる靴下類の継続取引における被告高橋の債務について保証をしたが、同日以降二月二十二日迄の間に原告より被告高橋が買受けた靴下類の代金額並にこれに対する代価の支払は別表のとおりであつて、被告波多野ら保証人の責を負う債務はその残存額金六万六千四百二十八円に過ぎない。

三、被告波多野、清水と原告間の保証契約の範囲について、

保証書(甲第一号証)には限度額の明記はないが、同被告らは、被告高橋は店舗を有せず、女の行商であり、原告とは代金即時払の取引であるから、其性質からして取扱高は少額に止まるべく、最大五、六萬円の範囲を出でないものと信じて保証をした。原告会社においても右の事由は知悉の上であるので、保証契約は其取引の性質上相当の範囲内においてのみ認められるべきであり無限のものではない。故に同被告等の保証責任の範囲は保証后の取引額の内右の範囲内においてのみ責任あるもので、これを超ゆる多額の主債務が存するとしても保証人たる被告波多野らに其支払義務はない。

四、更に被告波多野、清水の保証債務は原告より免除された。

即ち原告は被告高橋より保証人たる被告波多野、清水らに対する保証債務免除の希望に対し、これを承諾し、昭和三十三年四月十四日同被告等の保証債務は免除された。

尤も同日被告高橋より本件商品の買受人である東海林清、金森正禧は未払代金につき直接原告に其支払をなす旨約し債務を負担した。

以上いずれの点によりするも原告の請求は失当であるので棄却せられたい。

表〈省略〉

原告の準備書面

一、右被告等が、その準備書面第一項に於て述べている「保証の経緯」なるものは、責任回避の意図に基く脚色を混えた主張で、真相とは違うものである。

即ち、抑々原告が、嘗て一面識もない被告高橋智恵子との間に、本件取引を為すに至つた端緒は、端的にいえば、被告波多野近江、同清水慧から被告高橋智恵子に対して原告の製造に係る女物靴下類を卸してやつてもらいたい旨の懇請があつたことによるものに外ならない。

原告の社長橋本明吉は、昭和三十二年十二月初旬、原告方に勤務している社員の鈴木弘子から、「実は、予て自分の識合である小金井第一小学校に勤務している清水先生(被告清水慧)から、やはり同じ小学校に居られる波多野先生(被告波多野近江)を通じて、その波多野先生の教え子である高橋(被告高橋智恵子)なる女性が、女物靴下の商いをしたいので、その仕入先を照介してもらいたいと依頼されている、ということで取次の頼みがあつたが、清水、波多野両先生が保証人になると迄いつているから、何とか話に乗つてやつてもらいたい」旨の懇請に接した。

右橋本明吉としても、何分小学校の先生方からの折入つての依頼でもあるので、そうした先生方から推薦を受ける程の者であるならば、信頼できる人物であろうと考え、程なく、高橋なる女性と会つてみた。

ところが、案に違わず、高橋は、自分で作つた一流会社の名簿を持つてきて、これを示しつつ、「ここにある味の素とか富士製鉄、その他保険会社等は、御承知の通り孰れも一流の会社であつて、自分もよく知つている。そこで、私のお願いが適えられるものならば、自分としては、このような一流会社の社員だけに売捌くことにして、代金は間違いなく会社の経理の方で月給から差引いてもらうことにするから、是非自分に売らせてほしい」旨手堅い商法の説明さえしてくれた。

橋本明吉は、この高橋智恵子のことばをすつかり信用し、傍々前記のように、学校の先生方からの折入つての御推薦でもあるので、間違いはないものと考え、被告高橋智恵子等の願いを容れてやつた。

二、その後に於ける被告高橋智恵子との取引の詳細は別表の通りであるが、その最初の取引日である昭和三十二年十二月十三日右被告は保証の意味を兼ねて金七万円の内入を為し、原告をすつかり安心させた上で、既に金十一万九百七十円という多額の商品をもつていつた。

然し、その後暫くは、きちんきちんと入金をして、原告にこれなら間違いはないと信じ込ましめていた。

三、そのうち、同年十二月下旬に及んで、被告高橋智恵子が持つてゆく商品の代金が、漸次多額となつていつたので、原告としても、万一を考慮して、本件取引は、由来学校の先生方が保証をすると迄いつて照介してきた経緯のものでもあつたから、その先生方に当初言明された通り保証を踏んでもらうことにして、被告高橋を通じて原告と、被告高橋間の取引の全体について、その旨の保証書の差入を要求した。

被告高橋は、先生方が不在であつたとか、都合があつて会えなかつたなどといつて、保証書を持つて来なかつた。

しかし、原告の方としても、無担保で大切な商品を被告高橋のいうままに出すわけにもゆかないので、この上は、保証がなければ、三十万円を超える債務を残すようでは、最早品物を出すわけにはゆかない旨、警告を与えたこともあつた。

そのうち、翌三十三年一月十三日になつて、やつと甲第一号証の保証書を原告に齎した。

四、二月に及ぶと、一月一杯に入金する豫定の金が入らなくなり、剰え、三月八日に被告高橋が持つてきた東海林清振出の三月二十五日附額面金七万一千円の小切手(乙第一号証の十三領収書記載のもの、なほ、甲第四号証の二の最終欄3.8入金、3.31不渡戻参照)が不渡になるなどのことがあり、その後、原告の督促にも拘らず、パツタリ本件残売掛金の支払を為さなくなつた。

五、そこで、原告は、四月三日已むなく被告高橋を同道して被告波多野方を訪れ、被告高橋について、最初の触込が立派であつただけに、一体どのような商売をしていたのか訊したところ、最初一流会社に売込むといつていたのは真赤なウソであつて、乙第二号証にみられる東海林清とか、金森正禧とかいう人物等に商品を渡していたものであること(後日原告に於て調査した結果、原告の売値そのままで前記東海林等に売渡したことにしていたものであるから、被告高橋、東海林、金森、それから杉山富雄なる人物等は同腹のものであると察せられるに至つた)、それに、本件取引方を原告に依頼するようになつたのは、先に経営していた果物店が失敗した、その赤字の穴埋めをする為に思い立つたものであつたことが判明して、原告を愕かしめた。

いわば、態よく、取込詐欺に引つかかつていたわけである。

被告波多野は、この事態を前にして、御迷惑をおかけして申訳ない、と陳述するばかりであつた。

六、原告は三月中旬から翌四月上旬にかけて、数回に亘つて、被告高橋の間借先を訪ねているが、そのうち、按摩の家主から、この貸室は杉山という者に貸してある旨の言明に接し、びつくりしたこともある。

七、被告波多野等は、今日「最大五、六万円の範囲を出でないものと信じて保証をした」ものであるから、「被告等の保証責任の範囲は、保証後の取引額の右の範囲内に於てのみ責任あるもの」と主張しているのであるが、その全額保証の建前であつたことは、当初取引の申込をしてきた」際、既に書面外のものとして、「自分達が保証をするものである」との言明を伝えてきているし、その成文化としての甲第一号証の記載の趣旨並にこれが作成の前記経緯に照して、然くいい逃れをしても許されないところである。

八、しかも、被告清水は三十二年の十二月中、鈴木弘子の弟の就職の世話をするというようなことから、一週間に一度位、なほ年を越えて後も、一週間に一度とはいわないまでも、頻繁に鈴木弘子方を訪れているのであるが、右鈴木は、責任上その都度、被告高橋に対する取引高の如何、その支払の情況について、詳細説明を加えてきているのであるから、苟も、当初から保証云々の言明を為しているものである以上、被告清水並に同波多野が、これを承知していないという筈はない。

九、また、三十三年二月十日前後のことであるが、被告高橋が橋本明吉から、巷間女の売子について、兎角世の批判がある故注意するよりに、と注意を受けた旨伝え聞いた被告波多野は、妙に疑われて迄やることはないから、高が百万円ぱかりのものだつたら、自分が鬼足袋の方に支払つてやるから、もうその取引は廃めた方がよい、とさえ被告清水に漏している事実がある。

一〇、四月二十九日の祭日、原告が小金井第一小学校に被告清水同波多野を訪れていつて、保証人として支払を為されたく請求した際、右被告等は、本件債務についてその責任の存するところを承認し、保証書を差入れた以上、お支払できないときは、如何様に御措置相成とも、已むを得ない旨、明に肯認して置き乍ら、本件訴に於て、その態度を翻されたことを意外とするものである。

一一、次に被告等の弁済の抗弁についても、もつと、もつと事実を精査して主張してもらわないと、原告としては、大変迷惑なことである。

即ち、被告高橋が原告との間に取引を為したのは、別表の通り、実は、昭和三十二年十二月十三日から翌三十三年二月二十二日迄の間のことである。

(原告が、その請求の原因として、昭和三十三年一月二十日から取引があつた旨主張したのは、それ以前の分は、既に弁済が為されたものとして、本件請求とは関係がないことにしたからに外ならない)。

そこで、被告高橋等のいう昭和三十三年十月二十一日附準備書面添附別表の昭和三十三年一月十三日以降の取引高と、

同月十七日以降の支払(値引分を含む)は、その主張の如くである(但し、二月二十日の買受金額七万六千六百五十円は、七万六千五百二十円の誤記であると思料せられる)。

然し乍ら、原告の被告高橋との間の取引は、既に昭和三十二年十二月十三日から始まつていたものであること被告等承知の通りであつて、昭和三十三年一月十三日の取引前の未払額は、金七十七万六千二十三円にも達していたのである。

従つて、本件取引に於ける支払は、逐次、旧い売掛分から弁済に充てていたのであるから、たとえ、被告高橋に於て、昭和三十三年一月十七日以降、その主張のような支払を為しているとしても、一月十七日の支払金二万円は、当時残存している未払金七十五万六千八百二円の内入と為した如く、逐次、売掛残金の弁済にこれを充てているのであるから、被告波多野等の抗弁にはその理由がない。

一二、また、保証債務免除の抗弁も亦、凡そ原告は被告波多野、同清水に対して、その旨の意思表示を為した事実がないのであるから、況や免除の効果が発生しているわけがない。

乙第二号証借用書写は甲第五号証の借用書によるものであろう。

甲第五号証借用書は、東海林清等が自分達もお支払い申上げて、御迷惑をおかけしないといつて、原告方に置いて行つただけのものである。

というのは、被告高橋が、自分の売渡先の東海林等が支払つてくれないので、原告の方からも、支払を受けることに協力してもらいたいということで、当の東海林清、金森正禧及び杉山富雄を連れてきたので、原告からも、その旨訴えたところ、右の者等が差入れて行つたまでのことである。

不渡小切手を出した東海林等が、自分達でお支払いしますといつたとしても、信用の置けない人々のことばだけで、原告がどうして、本件保証債務の免除という特別の措置を為す理由があるというのであろうか。

言語同断の沙汰である。

それに、第十項で申述べた通り、その後被告清水、同波多野等は、本件債務について、その責任の存するところを承認してさえいる。

年  月  日   取引金額     支払額     残額

三二、一二、一三、 一一〇、九七〇  七〇、〇〇〇  四〇、九七〇

一二、一四、  六三、二七〇  二〇、〇〇〇  八四、二四〇

一二、一六、  七九、〇四〇 一六三、二八〇

一二、一七、  六九、〇三〇  六〇、〇〇〇 一七二、三一〇

一二、一九、  九〇、一八〇 二六二、四九〇

一二、二〇、  七六、四一〇 三三八、九〇〇

一二、二一、  七五、八二五 四一四、七二五

一二、二二、  一六、五六〇 四三一、二八五

一二、二三、  五五、六八〇 四八六、九六五

一二、二四、  二二、八五〇 一〇三、〇〇〇 四〇六、八一五

一二、二五、  三〇、一〇五 四三六、九二〇

一二、二六、  七九、四六三 五一六、三八三

一二、二七、 一一八、〇四〇 六三四、四二三

一二、二八、  七一、九四〇 七〇六、三六三

一二、二九、  六九、六六〇 七七六、〇二三

三三、 一、一三、  三二、四二〇  八〇、〇〇〇 七二八、四四三

一、一五、  二八、〇七八  二八、三八四 七二八、一三七

一、一六、  二八、六六五 七五六、八〇二

一、一七、  二九、四一〇  二〇、〇〇〇 七六六、二一二

(乙第一号証の一)

一、一八、  二二、〇九五 一〇〇、〇〇〇 六八八、三〇七

(乙第一号証の二)

一、二〇、  五〇、六九〇 七三八、九九七

一、二三、  五〇、四八〇 一三七、〇〇〇 六二六、四七七

(乙第一号証の三)

一、二四、  二七、九九〇         六五四、四六七

一、二五、  四二、六五五         六九七、一二二

一、二七、  三四、二四〇 一一〇、〇〇〇 六二一、三六二

(乙第一号証の四)

一、二八、  四七、三四〇         六六八、七〇二

一、二九、  二八、七五五  二〇、〇〇〇 六七七、四五七

(乙第一号証の五)

一、三〇、  四一、二八五         七一八、七四二

一、三一、  三九、六九〇         七五八、四三二

二、 一、  三〇、二四〇 一〇二、〇〇〇 六七四、四七二

(乙第一号証の六)

値引 一二、二〇〇

二、 五、          六〇、〇〇〇 五六八、八四二

(乙第一号証の七)

四五、六三〇

(乙第一号証の十)

二、 七、          三〇、〇〇〇 五三八、八四二

(乙第一号証の八)

二、 八、          七〇、〇〇〇 四六八、八四二

(乙第一号証の九)

二、一七、  六六、九六〇         五三五、八〇二

二、一八、  六三、五四〇         五九九、三四二

二、一九、  九六、二五五         六九五、五九七

二、二〇、  七六、五二〇  五五、〇五〇 七一七、〇六七

(乙第一号証の十一)

二、二一、  四〇、八六〇         七五七、九二七

二、二二、  二一、五一〇         七七九、四三七

三、 五、          一〇、〇〇〇 七六九、四三七

(乙第一号証の十二)

三、 八、          一五、〇〇〇 七五四、四三七

(乙第一号証の十三、十五)

外に 七一、〇〇〇 不渡

(乙第一号証の十四)

四、一〇、           五、〇〇〇 七四九、四三七

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

本サイトは報道(不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること)を事業としており,掲載された全ての情報は報道等に活用することを目的としています。

©daihanrei.com