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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5584号 判決

原告 青木寅吉

右訴訟代理人弁護士 古島義英

被告 東武鉄道株式会社

右代表者代表取締役 根津嘉一郎

右訴訟代理人弁護士 富岡孝助

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  原告が昭和一八年三月二九日被告会社に雇用され、昭和二九年二月一六日から堀切駅助役(当務駅長)として勤務し、被告会社の従業員で組織する組合の組合員であつたこと、原告が昭和三三年四月一〇日被告会社から、原告にその主張のような被告会社の鉄道係員懲戒規程第一条第一、二号に該当する事実があつたことを理由として、書面による懲戒解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争がない。

二  そこで、被告会社が本件懲戒解雇の理由として挙げる事実が果して被告会社の主張するような事実であつたかどうかについて判断する。

1  (遺失金の横領について)証人増田一男の証言≪省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、亀山倉三郎は勤務先から年末帰省のため、昭和三二年一二月三〇日午後四時過頃被告会社の堀切駅で日光線新古河駅までの乗車券を購入した際、出札窓口横の棚の上に現金約一一、五〇〇円余在中のこげ茶色二ツ折り財布を置き忘れ、そのまま乗車して行つた。その直後乗客の斉藤忠夫が右棚の上の財布を見付け、改札口附近で勤務中の原告に遺失物として届出た。被告会社の遺失物取扱規定には、関係職員が遺失物を受理した場合には拾得者の住所、氏名を聴取した後、その者に遺失物受領証を交付し、駅備付の遺失物明細簿に必要事項を記載する等遺失物の取扱につき規定を設けているが、原告は、右遺失物の届出を受けた際所定の取扱をしないで、右現金在中の財布を着服横領した。亀山倉三郎は乗車途中間もなく財布を置き忘れたことに気付き、直ちに堀切駅に引返し、原告に財布が落ちていなかつたかどうかを尋ねたところ、原告はこれを否定し、前記拾得届出のあつた事実を隠した。なお本件懲戒解雇が行われた後の昭和三三年六月二七日被告会社は亀山倉三郎と示談し、同人に弁償金として金六、〇〇〇円を支払いかつ同人が拾得届出人に支払うべき報労金として金一、〇〇〇円を斉藤忠夫に支払つて、右事件を解決した。以上の事実が認められるのであつて、乙第四号証の二、乙第六号証及び原告本人尋問の結果中、右認定事実に反する部分は前掲証拠に照したやすく措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  (金属製曲尺を自宅に持ち帰つたことについて) 前掲乙第七号証の二の(イ)、証人大熊祐、芹沢喜平、増田一男の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、昭和二八年から二九年にかけて堀切駅の拡張工事がなされた際、堀切駅の従業員であつた大熊祐が工事請負人の大工から金属製曲尺を借受けたが、返還しないうちに右大工が引揚げたので、右曲尺は駅備品道具箱の中に保管されていたところ、昭和三二年秋頃原告がこれを駅の備品であると思い、自己の下水板修理に使用するため、他の駅員にことわつて、自宅に持ち帰り、そのままとなつていたが、(原告が右曲尺を自宅に持ち帰つたことについては、当事者間に争がない。)、昭和三三年二月二三日被告会社から注意されてこれを返還したこと、が認められる。しかし、原告が右曲尺を横領したものと認定するに足りる証拠はない。

3  (業務用煉炭の売却について)昭和三二年一二月原告が堀切駅にあつた被告会社の業務用煉炭五袋を代金一、〇〇〇円で社外者に売却したことについては当事者間に争いがない。前掲乙第七号証の二の(イ)≪省略≫を綜合すると堀切駅では昭和三二年一二月の年末駅舎清掃期間にあたり、清掃用具類が不足し、被告会社に請求しても、容易にその支給を受けることができなかつたので、事務担当者の原告が、他の職員と相談の上、当時堀切駅に配給されてあつた被告会社の業務用煉炭五袋を駅前の白石そば屋に代金一、〇〇〇円で売却し、その代金でブラシ、クレンザー、石鹸及びカセイソーダ等の清掃用器具及び薬品等を購入したことが認められるが、原告が右煉炭を売却横領したものと認定するに足りる証拠はない。

ところで、前記(1)に認定した原告の行為は、被告会社の駅における遺失物を横領したものであつて、犯罪行為を構成し、かつ被告会社の信用を害し、被告会社に損失を及ぼしたものであるから、懲戒を受ける場合を規定した被告会社の鉄道係員懲戒規程第一条第二号の「職務ノ内外ヲ問ハズ失行アリタルトキ」に該当し、その情状はまさに懲戒解雇に相当する重大な非行ということができる。しかし、前記(2)に認定した原告の行為は、堀切駅の備品道具箱の中にあつた金属製曲尺は遺失物ではあつたが、原告は駅の備品と思い、一時借用するために自宅に持ち帰つたもので、原告がこれを返還した時期が非常に遅れたばかりでなく、被告会社から注意を受けてはじめて返還したということについては、非難さるべき点がないとはいえないが、被告会社がいうようにこれを横領したものではないから、鉄道係員が懲戒規程第一条第一号又は第二号に該当する行為ということはできない。また前記(3)に認定した原告の行為は、堀切駅の駅舎清掃用の器具及び薬品を購入するために問題の煉炭を売却したもので、原告が右煉炭又はその代金を横領したものではない。もつとも、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第一一号証及び証人早川富造の証言によると、従業員が許可なしに会社の物品を持ち出すことは、被告会社の就業規則(第五条)によつても明らかに禁止されているのであるから、原告の右行為は、鉄道係員懲戒規程第一条第一号の「職務上ノ義務ニ違背シ」たときに該当するが、前記認定のような動機及び情状からすれば、懲戒解雇に価するほどの行為と認定するのは相当でないといわなければならない。

してみると、被告会社が本件懲戒解雇の理由として挙げる原告の行為の中、前記(2)及び(3)の行為は、これを懲戒解雇の理由とすることはできないが、前記(1)の遺失物横領の行為は懲戒解雇を受ける場合に該当するから、これを理由とする本件懲戒解雇を解雇権の濫用とみることはできない。

三  次に、原告は、本件懲戒解雇は、その手続が労働協約の規定に違反するので、無効であると主張するので、判断する。

証人島村栄一郎の証言≪省略≫を綜合すると被告会社は昭和三三年三月一二日原告に対する本件懲戒解雇の意思決定をしたが、(この点については当事者間に争いがない)、労働協約には、組合員の解雇、賞罰等については、会社は組合と協議しなければならない旨が規定されているので、(労働協約第二〇ないし第二二条)、被告会社は、組合と協議するため、従前の方式に従い、懲戒解雇の事実及び理由を記載した同月一二日附懲戒決定書二通(乙第一号証を含む)に、関係資料(乙第三号証の一ないし五、乙第四号証の一、二、乙第五、第六号証及び乙第七号証の一、及び二の(イ)、(ロ))を添え、同月二〇日組合にこれを交付して、その意見を求めたところ、組合は本件懲戒解雇を了承し、右懲戒決定書の一通(乙第一号証)に、同年四月一日附で「労組協議済」の証印を押捺して、右資料と共に被告会社に返付してきたことが認められるので、本件懲戒解雇について被告会社が組合と協議を終えたことは明白である。なお、原告は右協議は、被告会社が懲戒解雇の意思決定する以前にしなければならない旨を主張するのであるが、労働協約の規定その他にこのように解すべきなんらの根拠もない。そうである以上、右協議の時期は、被告会社が懲戒解雇の意思決定をする前後にかかわりはないものと解するのが相当である。本件懲戒解雇手続が労働協約の規定に違反するとする原告の主張は理由がない。

四  以上のとおりで、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 吉田良正 北川弘治)

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