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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3553号 判決

原告 塩谷欽一

被告 杉浦留吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立および主張

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六七八、〇〇〇円およびこれに対する昭和三二年五月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告は昭和三〇年一〇月一九日訴外小沢澄子との間で、原告の同女に対する金六七八、〇〇〇円の貸金債権を担保するため、同年一一月一八日までに右債務を弁済しないときは、その弁済に代えて同女所有の左記建物(以下本件建物という)を原告に譲渡する旨の停止条件附代物弁済契約を締結し、同日同建物の登記済証を受領した。

建物の表示

東京都足立区千住三丁目二一番地所在

家屋番号 同町一四九番二

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

建坪 八坪七合五勺

二階 五坪二合五勺

二、ところが小沢は右弁済期を徒過し、本件建物が原告の所有となつた後の昭和三二年五月六日訴外馬島才治に本件建物を売渡し、翌七日司法書士である被告に依頼してその旨の所有権移転登記手続を了えたことが判明した。而して右所有権移転登記の申請手続には、登記済証に代えて被告およびその妻杉浦康子両名の作成にかかる登記義務者(本件においては小沢澄子)が人違でないことを保証したいわゆる保証書が使用されている。

三、原告は前述のとおり、予め小沢から登記済証の交付を受け、このような不測な事態が生じないよう配慮していたにもかかわらず被告等が右の保証書を作成し前記所有権移転登記を可能ならしめたため、原告の代物弁済に因る所有権移転登記はできなくなつた。

四、被告は司法書士の業務に従事するものであるから、不動産登記法四四条に規定されているいわゆる保証書を作成するについては、以下に述べるような業務上の注意義務があり、監督官庁からもしばしば警告が発せられているにもかかわらず、その義務を怠り漫然と前述のような保証書を作成したことは明に被告の過失である。

すなわち、司法書士である被告は小沢から前述の登記申請手続とそれに必要な保証書の作成を依頼された際、

(1)  一般に登記済証は金銭と同様に厳重に保管されているものであるから、これが滅失ということは稀有の事例であることを知つて居り、したがつて多くの場合は当該不動産について二重譲渡その他の権利の競合関係が生じているおそれがあることを容易に察知できたものである。

したがつて、被告は、登記済証の滅失が盗難に因るものであれば警察官署の、また火災に因るものであれば消防官署の証明書によつてその事実を確認すべき義務があるにもかかわらずこれらの調査を何等しなかつた。

(2)  しかも被告は小沢澄子と面識がないにもかかわらず、訴外上原寿三なるものの紹介と小沢の物腰、態度を過信して被告とその妻名義の保証書を作成している。

(3)  のみならず被告の保証書作成行為は司法書士法九条に定める業務の範囲を越えて他人間の事件に関与した場合に該当する違法なものである。

五、原告は被告の右のような過失に因り、前述のように本件建物の所有権移転登記をなし得なくなり、その結果所有権そのものを失つたものであるから、これにより原告は少くとも小沢澄子に対する前記債権額に等しい損害を蒙つたものである。

六、よつて被告に対し不法行為に基く損害賠償請求として金六七八、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の翌日である昭和三二年五月八日から右金員の完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める。

第二、被告の申立および主張

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対し次のとおり答弁した。

一、原告主張の請求原因事実のうち、被告が司法書士であり、小沢澄子の依頼により被告とその妻名義の保証書を作成しかつこれを使用して原告主張のような所有権移転登記をしたことおよび被告が小沢のため保証書を作成したのは、被告の先代いらい長年の知己であり信用ある訴外上原寿三の紹介があり、小沢が婦人であり人柄も真面目に見受けられたので登記済証を紛失したことについて念を押しその言を信じたことに因るものであることは認めるが、その他の過失の主張は否認する、原告と小沢との間の取引については不知、その余の原告の主張を争う。

二、仮に原告がその主張のような損害を蒙つたとしても、それは小沢澄子の不法行為に因るものであつて、被告の作成した保証書の内容には何等間違いすなわち人違の事実はないから、被告の損害との間には相当因果関係はない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、司法書士である被告が本件建物について昭和三二年五月七日小沢澄子から馬島才治に所有権を譲渡したことを原因とする移転登記手続をなしたこと、右所有権移転登記申請手続にあたつては、登記義務者である小沢に登記済証(いわゆる権利証)がなかつたので、被告とその妻康子の両人名義で右登記義務者が人違でないことを保証したいわゆる保証書を作成し、これを登記済証に代えて不動産登記法四四条の規定に従つて手続をとつたものであること、当時被告自身には小沢澄子と面識はなかつたけれども、小沢を紹介してくれた知己の上原寿三の人格と小沢の態度からその依頼に応じたものであつて、結果において保証書の内容すなわち小沢澄子に人違はなかつたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いがない甲第一号証ならびに原告本人尋問の結果とそれにより真正に成立したと認める甲第二号証の一ないし三、第三号証を総合すると、原告は昭和二七、八年にかけて数回にわたり小沢澄子に対し合計五〇〇、〇〇〇円以上の金員を貸付けていたので、昭和三〇年一〇月一九日額面六七八、〇〇〇円満期同年一一月一八日の約束手形一通の振出をうけこれを所持すると同時に、右約束手形金を期日に支払わないときは小沢所有の本件建物をその債務の弁済に代えて取得する旨の停止条件附代物弁済契約を締結し、その場合に備えて、小沢から同建物に関する登記済証、印鑑証明書、委任状を受領していたが、右約束手形金は満期に支払われなかつたこと、しかしながら原告はいずれ小沢が右債務を弁済に来るものと思い、敢えて所有権取得の登記手続をしなかつたところ、小沢澄子は原告との間の右取引を秘して前示のような方法で第三者に所有権移転登記をなしたことが昭和三二年秋頃小沢が他へ転出してから判明したことが認定でき、これに反する証拠はない。したがつて原告は右所有権移転登記がなされた結果、代物弁済による本件建物の所有権の取得を馬島に対抗できなくなり、結局その所有権を失つたものというべきである。

三、原告は以上の事実に立つて、被告が充分な面識もない小沢澄子の言を信じ、登記済証が滅失したか否かの調査を尽さず、軽々に保証書を作成したことに因つて、少くも小沢に対する債権額相当の損害を蒙つたと主張するけれども、不動産登記法四四条に定める「登記義務者ノ人違ナキコトヲ保証」するというのは、現に登記義務者として登記手続を申請する者が登記簿上権利者と表示されている者(したがつて登記義務者と認められる者)と同一人であることを保証するにすぎないものであつて、登記済証の紛失、毀滅の事実までも保証することを要求しているものとは解されない。そうであれば被告等の保証書の内容に誤謬(すなわち人違の事実)がなかつたことは明らかであるから、仮に充分な面識がなく保証書を作成したとしてもこの点において被告に民事責任の根拠となる過失があつたとは認められない。

四、もつとも保証書の内容には誤謬がなくとも、本件のごとく登記済証は滅失していない場合、したがつて保証書によつて登記申請手続をなし得る場合に該らないにもかかわらず、故意にもしくは過失によつて安易に保証書を作成しその登記手続を可能ならしめた結果他人の利益を侵害したときは当該保証書の作成者に不法行為責任を肯定すべきことも考えられないわけではないが、登記を物権変動の対抗要件とする法制の下においては、二重譲渡の場合の第二の譲受人がたとえ第一の譲渡行為の存在を知つていても不法行為責任を問われないものとされるから、本件のような場合にも、自己の権利を登記もしくは仮登記によつて保全することを怠つた者がそれによつて生じる不利益を甘受するのも已むを得ないものというべきであり、巷間しばしば登記済証の授受をもつて権利そのものを譲渡したもののように取り扱われるからといつて、不動産登記法四四条の解釈として保証書の作成者に登記済証の「滅失」についてまで原告が主張するような厳重な注意義務が要求されているものと解するわけにはいかない。しかも本件登記済証のように本人の気づかない裡に「紛失」したと称せられた場合には、焼失、盗難、遺失の場合と異り積極的にそのような事実があつたことを証明すべき官公署の書面等を得る方法もないのであるから、原告の主張するような注意義務は難きを強いるものというべく、保証書による登記申請をめぐつて本件のような事態が生起するのは、一方において原告のような立場にある者が少くも仮登記仮処分等によつて権利の保全を図り得るにもかかわらずこれを怠つたことに一半の責任があると同時に、他方では登記済証の「滅失」について何等の疎明、担保をも要しない登記申請の受理手続に問題があるとも云い得るのであつて、斯る欠陥を直に保証書の作成者の責任で補填しようとする原告の主張は適当でない。したがつて被告が登記済証の「滅失」について、小沢の言を容易に信じたことが軽率であつたとしても、右に判断したとおりこれによつて保証書作成者の不法行為責任を生ずるものとは解し得ず、しかも本件においては、被告に積極的な害意等を認むべき証拠はないから、結局原告の本訴請求はこれを認容すべき理由がないことに帰する。

よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 山本和敏)

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