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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4135号 判決

原告 高島妙子 外一名

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 横山茂晴 外九名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一(当事者双方の求める裁判)

原告ら訴訟代理人は、「原告らが被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二(請求の原因)

原告ら訴訟代理人は請求の原因として、次のとおり述べた。

一  (当事者間の関係)

被告は、日本電信電話公社法(以下、公社法という。)に基づき設立され、公衆電気通信業務を営むものであるが、なお、被告の従業員及びその家族を診療の対象とする医療機関を経営し、その一つとして関東逓信病院(以下、病院という。)を設置し、更に、病院に、保健婦助産婦看護婦法(以下、看護婦法という。)第二一条第二号による厚生大臣の指定を受けた看護婦養成所として、養成期間(修業年限)を三年とする関東逓信病院高等看護学院(以下、看護学院という。)を附置している。

原告らは、昭和三三年四月、看護学院に第七回生の生徒として入学し、昭和三六年三月一四日、その養成課程を終了して、同学院を卒業したものであるが、原、被告間には、以下述べるように、雇傭関係が存在しているのに、被告は、同月三〇日、原告らが「公社の看護婦として不適格」であるとの理由で原告らの希望にもかかわらず、病院に勤務することを拒み、同日以来原告らを従業員として処遇しない。

二  (雇傭関係の成立)

1  (期間の定めのない雇傭契約)

原告らが看護学院に入学を許可され、生徒として採用されたことにより、原被告間に期間の定めのない雇傭契約が成立したのである。その詳細を説明すれば、次のとおりである。

(一) (看護学院の目的と被告の附帯業務)

病院は、被告本社の附属機関の一つとして、その所轄に属し、一六診療科、薬局、事務関係の七課(養成課外六課)及び附属看護婦養成所、すわなち看護学院からなり(昭和二七年一〇月三一日総裁達第五四号、日本電信電話公社本社等分課規程((以下、分課規程という。))第一一三条、第一一四条)、看護学院は病院の養成課の所管に属し(分課規程第一一九条の二)、病院長が看護学院長を兼ねているが(分課規程第一二二条第五号)、看護学院における生徒の養成人員、採用及び訓練の基準等養成に関する重要事項の決定はすべて被告総裁の委任により本社職員局長が行つている(昭和三五年三月二五日電健第四三号、同八月一五日電健第一四〇号看護婦養成事務処理要領((以下、養成事務処理要領という。))第三、昭和二八年三月三一日総裁達第四〇号日本電信電話公社本社部局長委任規程((以下、本社部局長委任規程という。))第一四条第一六号、同日副総裁電文第二七九号「本社事務処理要領について」((以下、本社事務処理要領という。))五、別表七の五五)。そして、看護学院は、「公社に勤務すべき看護婦の養成を行う」ことを目的とし(分課規程第一二一条)、養成事務処理要領は、「公社の医療機関に勤務する看護職員の充実に資するため、看護婦法に基づく看護婦を養成することを目的」として定められている(養成事務処理要領第一)。すなわち、看護学院における看護婦の養成は、被告の医療機関に必要な看護職員の充実に資するため、これに勤務すべき看護婦の養成を目的とし、公社法第三条に基づく被告の附帯業務として行われている。従つて、看護学院における養成(生徒募集)人員は、被告の医療機関の看護職員の推定需要状況、学院の養成施設の状況を勘案して、本社職員局長が毎年これを定め(養成事務処理要領第三、)、入学試験の実施にあたつては、看護学院長(病院長)が、養成期間、募集人員、応募資格等の外、養成の目的を一般に周知させている(養成事務処理要領第七)。

原告ら第七回生の募集にあたつても、本社職員局長は、三年後の被告の医療機関の看護婦の減耗状況を考慮して、その人員を決定したのであり、看護学院の入学案内には、学院は被告の医療機関に勤務すべき看護婦の養成を目的とするものであることが明記されていた(養成事務処理要領第七)。原告らがその募集に応ずる際、原告らは家族ともども、看護学院における看護婦養成の目的を理解し、看護学院に生徒として採用されることは養成課程終了後は当然に被告の医療機関の看護婦として勤務することができる地位を取得するものであると確信して、看護学院の入学試験を受けたのである。なお、原告ら第七回生の入学式には、本社職員局長が出席し、特に前記の目的を強調した。かくして、看護学院の生徒として採用された原告ら第七回生は、全員、三年間の養成課程終了後被告の医療機関の看護婦となることが約束されたのである。

(二) (養成教育の実体)

看護学院における看護婦養成のための教育(以下養成教育という。)の内容は、学科課程と実習課程にわかれ、三年の養成期間を通じて約五割の時間が実習にあてられている。そして実習のうち、約二〇週間はいわゆる「通し実習」が行われるのであるが、「通し実習」は看護婦同様の勤務割で行われるのであつて、看護学院は、生徒に準夜勤、深夜勤にも従事させ、実習の結果を看護婦の使用する勤務時間報告書に記入させ、病院は、生徒のこの実習中は、看護婦の勤務人員を減少することさえしているのである。特に、卒業間近かになると、生徒は、実習の名の下に、看護婦と全く異らない内容の勤務に服している。更に、看護学院は毎年一回病院が生後一年未満の幼児について行う「赤ちやんコンクール」の会場の設営その他一切の準備を二年生の生徒全員に行わせ、また、看護学院の入学試験の際の試験監督受験生の引率などを半数以上の生徒に行わせるなど、雑用とはいえ、実習とは関係のない被告の業務に生徒を従事させている。

なお、看護学院は、生徒に春、夏、冬の長期休暇を一せいに与えないで、交替で与えている。

右のような養成教育の実体は、病院の看護婦の労務提供と変わるところなく、事実、生徒は看護婦の労働力の不足を補充していたのである。従つて、原告ら生徒は、養成教育の名の下に、実質的には看護学院を介して被告の指揮命令に従い、看護婦同様の労務に服しているのであるから、被告と使用従属の関係に立つていたものということができる。仮に、そうでないとしても、養成教育の実体は、被告が生徒に対し、将来被告の医療機関の看護婦として労務を提供させる目的で、その指揮命令の下に、前記のような養成教育を実施していたのであるから、原告ら生徒は被告と使用従属の関係に立つていたということができる。

なお、看護学院は、原告ら第七回生に対し、「公社の方針に合わない」との理由で全国看護学生連盟(看学連)への加盟を禁止し、看護学院が被告の医療機関に勤務する看護婦の養成を目的とし、他の看護婦学校養成所(看護婦法第二一条第一号による文部大臣指定の学校及び同条第二号による厚生大臣指定の看護婦養成所の総称。以下同じ。)と異る教育指導を行つていることを理由に、安保条約反対の請願行動への参加を禁止し、生徒の父兄にもその趣旨の手紙を送り、更に、就業規則を盾に、安保条約反対の講演会その他の集会に学院施設を利用することを拒否するなどしたが、これらは、原告ら第七回生が、被告の看護婦となるべき従業員として、被告と使用従属の関係に立つていたことを前提として、種々その行動を規制したものに外ならない。

(三) (生徒の待遇)

被告は、原告ら生徒から授業料を一切徴収しないで、生徒に対し、奨学金名義で毎月金三、五〇〇円を支給していたのみならず、教科書、被服を貸与し、都内の通学可能者を含め全員を寄宿舎に収容していたが、これら利益の供与は、生徒の前記労務提供に対する対償、すなわち、賃金と認められる。更に、生徒に貸与される被服は、「公社の業務を遂行するため必要がある場合に」「職員及び準職員」に貸与される被服であり(総裁達第一五九号被服規程第二条、第五条)、全員寄宿制は、生徒を病院の非常時要員とみなしているためである。なお、生徒は、医療について準職員同様の取扱いを受けていた。以上の事実によれば、被告は養成期間中の原告ら生徒を被告の従業員として扱つていたことが明らかである。

(四) (原告らの卒業前後の情況)

原告らは、昭和三六年一月一六日から二週間実施された第七回生の卒業試験に合格した。そして、原告ら第七回生は、卒業試験終了後卒業式までの間、病院の事務長及び各課長から、病院の看護婦として勤務するために必要な事項について業務講話を聴講したが、庶務課長は、その中で、第七回生は全員病院の看護婦として勤務させる旨の確認的説明を行つた。右業務講話と並行して、原告ら第七回生は看護学院の教務主任と個々面接し、病院内の勤務場所について具体的な希望を問われたので、それぞれ勤務希望場所として、原告木村は、「二病棟二階、同病棟四階又は一病棟三階」を、原告高島は、「三病棟二階、同病棟一階、又は二病棟二階」を申し出た。また卒業式終了後、原告ら第七回生に対し、看護婦用の寄宿舎である青葉寮への入寮とその部屋割が決定され、病院長名義でその旨の掲示が寮受付前に貼出され、原告高島については三一六号室が、原告木村については一一六号室が割当てられていた。なお原告木村については、四月二七日の寮当番まで決定されていた。これらのことは、原告らが病院の看護婦として勤務することを当然の前提とする被告の準備処置に外ならない。

(五) 以上述べたような看護学院における看護婦養成の目的、実体、生徒の待遇及び原告らの卒業前後における諸般の状況等に徴すると、原告らは、昭和三三年四月看護学院に入学を許可され、生徒として採用されることにより、被告との間に期間の定めのない雇傭契約を締結したものということができる。なおこの場合、生徒と称し、看護婦と称するのは、継続的な雇傭関係における身分的相違であり、生徒が養成教育を受けて看護婦になることは、継続的雇傭関係における段階的過程に過ぎないのである。

2  (停止条件付雇傭契約―その一)

仮に、前記のような雇傭契約の締結が認められないとしても、既に述べた看護学院における看護婦養成の目的等の外、従来の看護学院における養成課程を終了した生徒で被告の医療機関に勤務することができなかつた者が存しないこと、被告は、養成期間中、生徒が「将来看護婦として不適当であると認められるにいたつたとき」その他生徒に不都合な事由があると認めるときは、退学の名目で、被告から排除することができること(昭和二四年一一月二日公達第九四号逓信病院附属看護婦養成規程((以下、看護婦養成規程という。))第八条養成事務処理要領第一七)などの事実によれば、生徒は、看護学院に入学を許可され、生徒として採用されることによつて、被告との間に、看護婦としての養成を目的とし、その期間を三年とする養成契約と養成課程を無事終了することを停止条件として被告の看護婦となる旨の期間の定めのない雇傭契約を締結したものということができる。これを原告らについていえば、原告らは昭和三三年四月看護学院に入学を許可され被告との間に右のような養成契約及び停止条件付雇傭契約を締結したところ、看護学院の行つた第七回生の卒業試験に合格し、昭和三六年三月一四日無事養成課程を終了したことによつて、右停止条件は成就されたのであるから、その時以降従つて、前記一の被告が原告らに対し病院に勤務することを拒否した同月三〇日には、既に右の雇傭契約の効力は生じていたのである。もつとも、被告は、看護学院における養成課程を終了した生徒で被告の医療機関に勤務することを希望するものに対し、面接試験を行つているが、右面接試験は、部外者を採用するのとは異り、全く簡易形式的なものであり、また、被告の医療機関に看護婦として勤務することを認められた者に対し、辞令を交付しているが、これも形式的なもので、勤務開始後一週間位を経過してから交付されるのが実状であるから、これら面接試験の施行、辞令交付の事実は、右停止条件付契約の締結を肯定すべき支障となるものではない。

3  (停止条件付雇傭契約―その二)

前記停止条件付雇傭契約において、仮に、養成課程の終了を停止条件とする約定ではなかつたとしても、前記2に述べたと同じ理由により、養護学院における養成課程を終了した原告らに、被告の看護婦として採用するにつきその障害となるような合理的根拠のない限り、被告の意思にかかわりなく、被告が原告らの採用手続をとることを停止条件とする約定であつた。しかるところ、原告らが、養成課程を無事終了し、その後看護婦の国家試験に合格し、また養成期間中なんら退学事由に該当する事実もなかつたことなどによつて明らかなように、原告らには、被告の看護婦として採用するに障害となるような合理的根拠は全くなかつた。しかるに、被告が、原告らの採用手続をとらず、原告らの病院勤務を拒否したことは、後に述べるような原告らの思想、信条の故に、その採用手続をとることにより不利益を受けると認めた被告が故意に条件の成就を妨げたものということができるから、原告らは、民法第一三〇条により、条件は成就したものとみなすことができる。従つて、被告が原告らの採用手続をとらなくとも、原被告間の前記雇傭契約は効力を生じたものといわなければならない。

4  以上述べたいずれかの理由により、原被告間に期間の定めのない雇傭関係が存在しているにもかかわらず、被告はその存在を否定し、原告らをその従業員として処遇しようとしない。よつて、本訴請求に及ぶ。

三  (解雇とその無効)

1  (解雇)

なお、前記二の1の雇傭契約の締結により、又は、2の停止条件付雇傭契約の締結とその条件の成就により、原被告間には期間の定めない雇傭契約の効力が発生したのであるから、前記一のように、被告が昭和三六年三月三〇日原告らの病院勤務を拒否したことは、原告らに対する解雇の意思表示に外ならない。

2  (解雇の無効)

しかしながら、右解雇は、次に述べる理由により、無効である。

(一) (思想、信条を理由とする差別的取扱)

(1) (第七回生の諸活動)看護学院の生徒の自治会は、第一回生以来結成されていたが、もつぱら親睦団体的性格を帯び、第五回生が寄宿舎における自習時間の廃止、門限の延長を要求した程度で、自治活動として特に活発な行動はなかつた。しかし、第七回生は、自治会を右のような親睦団体的性格から脱皮させるため、全国の看護学生と連けいを保ち、平和と民主主義を守る目的の下に看学連への加盟運動をおこし、また、第七回生は、安保条約に反対し、昭和三五年四月下旬に一週間寄宿舎で第八、第九回生をも含めて連夜討論し、全員から安保条約反対の署名を集め、その結果、自治会として二回にわたつて、安保条約反対の請願行動に参加したが、原告らは、これら諸活動の中心的存在であつた。被告は、父兄を通じて生徒のこれらの活動を封じようとして父兄に手紙を送つたり、安保条約反対の請願行動への参加、安保条約反対のビラ貼り、その講演会に学院の施設を利用することを禁止するなど、直接間接に、生徒の活動に圧力干渉を加えた。

(2) (原告高島について)原告高島は、昭和三四年九月、都内看護学院自治会親睦会に設けられた看学連研究小委員会の委員長となり、看護学院内では、看学連加盟推進論者として活躍した。これに対し看護学院は、原告高島の父を呼出して、同原告の行動について注意を与えた。また、前記安保条約反対行動の際にも、原告高島は、看学連全国大会実行委員長としてその中心であつたし、安保と全国大会特集の機関紙の責任者であつた。その他、同原告は、自治会の演劇部長、生活文集の編集者として、自治会における文化活動を発展させた。

(3) (原告木村について)原告木村は、安保条約反対行動の頃から積極的に、自治会その他の諸活動に参加するようになり、安保条約反対のための後輩へのオルグや集会の司会を担当した。また、原告木村は、看護学院の前記父兄宛の手紙は自治会活動を阻害するものとして、自ら中心となつてその撤回闘争を推進し、更に、自治会役員、看学連の夏季休暇延長対策委員として活躍した。

(4) 以上のように、原告らは、第七回生の中心となつて、安保条約反対行動、自治会活動、看学連加盟推進等に積極的役割を演じたが、被告は、原告らのこのような諸活動を嫌悪して、前記解雇に及んだのである。従つて、前記解雇は、右諸活動に表現された原告らの思想、信条を理由とする差別的取扱に外ならないから、憲法第一九条、第二一条、労働基準法第三条に違反し、民法第九〇条により、無効である。

(二) (権利の濫用)

原告らは、看護学院の卒業試験に合格し、その養成課程を無事終了して、同学院を卒業し、また、看護婦の国家試験にも合格したのであつて、原告らには、被告が前記解雇の理由とした「公社の看護婦として不適格」な事由は全く存在しない。従つて、前記解雇は、解雇権の濫用として、無効である。

3  以上述べたいずれかの理由により、前記解雇は無効であるから、原被告間にはいぜん前記雇傭関係が存続しているものといわなければならない。

第三被告の答弁及び主張

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁及び主張として、次のとおり述べた。

一  (被告の答弁)

1  請求原因一の事実のうち、原被告間に雇傭関係が存在していることは否認するが、その余の事実は認める。

2  (一) (1) 請求原因二の1の冒頭の事実は否認する。

同1の(一)(看護学院の目的と被告の附帯業務)の事実のうち、看護学院における生徒の採用及び訓練基準は、本社職員局長が決定するものであること、看護学院に生徒として採用された原告ら第七回生が全員卒業後被告の医療機関に看護婦として勤務することを約束されたことは否認する。原告らが看護学院の入学試験を受ける際、原告ら及びその家族が原告ら主張のような趣旨を理解し、確信したことは知らないが、その余の事実は認める。生徒の採用(入学の許否)及び訓練の基準を決定するのは看護学院長である。なお、原告ら第七回生の入学案内には、募集の対象として、「将来部内医療機関に勤務を希望する者」と、記載されていた。

(2) 同(二)(養成教育の実体)の事実のうち、看護学院における養成教育の内容が学科課程と実習課程にわかれていること、看護学院が生徒に、実習として、準夜勤、深夜勤に従事させ、実習の結果を看護婦の使用する勤務時間報告書に記入させていたこと、長期休暇を一せいに与えないで、交替で与えていること、生徒を「赤ちやんコンクール」に参加させたこと、看護学院が、原告ら第七回生の看学連への加盟について好ましくないとの見解を有し、生徒の父兄にもその趣旨の手紙を送り、安保条約反対の示威行動への参加について不賛成の意を表し、安保条約反対の講演会その他の集会に学院施設を利用することを拒否したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(三)(生徒の待遇)の事実のうち、被告が原告ら生徒から授業料を徴収しなかつたこと、原告ら生徒に対し、奨学金として毎月金三、五〇〇円を支給し、教科書、被服を貸与し、全員を寄宿舎に収容していたこと、生徒の医療について、準職員と同様の取扱いをしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(4) 同(四)(原告らの卒業前後の情況)の事実のうち、病院の庶務課長がその業務講話の中で原告ら主張のような確認的説明を行つたこと、原告らに対する青葉寮の入寮とその部屋割が決定されていたこと、原告木村に対し寮の当番日が決定されていたこと、病院の事務長及び庶務課長らが行つた業務講話、看護学院の教務主任が行つた原告らとの個々面接、病院長名義の原告らに対する青葉寮の部屋割の掲示等が原告らの病院勤務を前提としてなされた準備的処置であることは否認するが、その余の事実は認める。個々面接は、国家試験の受験指導を主たる目的として行われたものであり、そのついでに教務主任が病院に勤務することを希望する生徒に対し、病院内の勤務場所を尋ねたに過ぎないのであり、また、病院の事務長は業務講話の中で、「看護学院を卒業することと被告の従業員となることは全然別である。」旨を明らかに説明しているのである。また、原告らに対する青葉寮の部屋割の掲示は、単に原告らの入寮を予定して行つたのに過ぎないのであつて、入寮の許可は、被告の看護婦として採用が決定された後、病院長から「寄宿舎使用許可書」を交付することによつてなされるのであるが、原告らはその交付を受けていない。従つて、原告らの入寮も、その部屋割も、正式に決定されたのではない。仮に、原告木村に対して寮の当番日の決定がなされていたとしても、それは看護婦自治会が行うことであつて、被告の関与するところではない。

(5) 同(五)の事実は否認する。

(二) 同2の(停止条件付雇傭契約―その一)の事実のうち、看護学院長が生徒に原告ら主張のような事由があると認めるときは、これに退学を命じ得ること、原告らが看護学院の第七回生の卒業試験に合格し、昭和三六年三月一四日その養成課程を終了したこと、被告が原告ら主張の者に対し面接試験を施行し、辞令を交付していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同3の(停止条件付雇傭契約―その二)の事実は否認する。

(四) 同4の事実のうち、被告が原告らとの雇傭関係の存在を否定し、原告らを従業員として処遇していないことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  (一) 請求原因三の1の事実は否認する。

(二) (1) 同2の(一)の(1)(第七回生の諸活動)の事実のうち、自治会が第一回生以来結成されていたこと、第七回生が看学連加盟運動を行い、安保条約反対行動に参加したこと、看護学院が第七回生の父兄あてに手紙を送つたこと、生徒の安保条約反対のビラ貼り、その講演会に学院施設を利用することを禁止したことは認めるが、その余の事実は否認する。生徒の自治会とは別個に生徒の寄宿舎に寮生会があつて、原告ら主張の自習時間の廃止門限の延長の要求は、右寮生会から提出されたものである。看学連加盟の動きは、既に第五回生の頃から見られ、看護学院としては、看学連加盟は学業成績に悪影響があり、教育上の見地から好ましくないとの見解を有し、しばらく静観するように助言したにとどまる。なお、看護学院は、生徒の安保条約反対の示威行動の参加については、課業に差支えを生じ、あるいは不測の事故が生ずる虞があつたので、不賛成の意を表したのであつて、これに圧力、干渉を加えたことはない。父兄あての手紙も、右の趣旨から父兄の協力指導を懇請したものである。また、看護学院が生徒の安保条約反対のためのビラ貼りを禁止し、その集会に学院施設を利用することを拒否したのは、教育上弊害があることを認めたためである。

同(2)(原告高島について)の事実のうち、原告高島が看学連加盟について積極的な意見を有したこと、看護学院が原告高島の父を呼出したことは認めるが、その余の事実は不知。看護学院が原告高島の父を呼出したのは、同原告が余りにも学業以外のことに熱中し、学業成績が急激に下つたので、父から注意してもらうためであつた。

同(3)(原告木村について)の事実のうち、原告木村が自治会役員をしていたことは認めるが、その余の事実は不知。

同(4)の事実は否認する。

(2) 同(二)(権利の濫用)の事実のうち、原告らが学院の卒業試験に合格し、その養成課程を終了して、看護学院を卒業したこと、国家試験に合格したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)同3の事実は否認する。

二  (被告の主張)

1  被告と看護学院の生徒との関係は、通常の学校とその生徒との関係と同じく、営造物ないし施設の利用関係であつて、いかなる形においても、雇傭関係ではない。

(一) (看護学院の目的と被告の附帯業務)

被告の医療機関である病院に附置された看護学院における看護婦養成の目的は、被告の医療機関に勤務すべき看護婦の養成にある。しかしながら、被告は、生徒を卒業後被告に勤務させる義務を負うものではないし、生徒も、卒業後被告に勤務する義務を負うものではなく、右のような看護学院における看護婦養成の目的は、生徒の大部分が卒業後被告の医療機関に勤務することを希望するという自然の成行によつて達成されるのである。従つて、看護学院の目的を達成するために、被告は生徒との間にいかなる形態の雇傭契約を締結する必要もなく、また、このような事実は全く存在しないのである。

(二) (養成教育の実体)

看護学院における養成教育は、保健婦助産婦看護婦学校養成所指定規則(昭和二六年八月一〇日、文部、厚生省令第一号)(以下、指定規則という。)に準処して編成された教育課程に従つて行われており、そのうち実習課程は、指定規則第七条第一項第三号に定める別表三に従つて、入学当初に、三箇年の養成期間を通じて計画されるもので、その実習項目は、科別、題目別に数えれば、実に二四〇以上の多数に達し、実習計画は、各科の婦長を責任者とし、婦長及び看護婦の直接指導の下に実施されるのであるから、その指導は看護学院にとつて相当の負担であり、実習の実体は、原告ら主張のように、看護婦としての労務提供とは全く異り、とうてい看護婦の労働力の補充に役立つものではない。

生徒の準夜勤、深夜勤は、養成教育上必要であるから、実習として実施するように、厚生省作成の昭和三二年四月五日医発第二〇四号看護婦養成所指導要領により義務づけられているもので、労務の提供を目的としているものではない。看護婦の勤務状況を明らかにするために使用する勤務時間報告書に生徒の実習の結果を記載するのは、実習を看護婦の労務と同様に取扱う趣旨ではなく、単に、実習の状況を把握するため、便宜、右報告書を利用するに過ぎない。従つて、このことをもつて、生徒が看護婦に代わり、これと同一内容の勤務に服しているものとすることはできない。生徒に長期休暇を交替で与えているのは、あくまで実習の効果を高めるためであつて、いやしくも看護婦の労働力の補充を目的とするものではない。また、看護学院が生徒を病院で行われる「赤ちやんコンクール」の行事に参加させたのは、小児の健康診断に関する実習の一環として行つたのである。原告ら第七回生の看学連への加盟、安保条約反対の示威行動への参加及び安保条約反対の集会のための学院の施設利用等に関する看護学院の見解ないし処理とその理由については、既に一の3の(二)の(1)に述べたとおりである。

なお、一般の企業において、使用者がその雇傭する労働者に対して技術習得のための職業訓練を行うことはあり得るのであるが、これと、本件のような養成教育を同視することはできない。看護婦は人命を扱う職業であり、国家試験に合格することにより、始めてその資格を取得するものであるのみならず、国家試験の受験資格も、一定の水準に達した組織的教育を受けた者にのみ与えられる。従つて、看護婦の養成を特定の企業組織内で職業訓練として行うことは好ましいことではなく、文部、厚生両省も、看護婦学校養成所の生徒について雇傭契約を締結すべきではないとの行政指導を行つており、被告もこの趣旨に則り、生徒との間で、いかなる形においても、雇傭契約を締結していないのである。

以上によつて明らかなように、看護学院における看護婦養成の実体は、病院の看護婦としての労務の提供又はこれを将来の目的とする企業組織内での職業訓練とは全く異なり、養成中の生徒はいかなる趣旨においても、被告と使用従属の関係に立つ者ではない。

(三) (生徒の待遇)

奨学金は昭和二七年看護学院開設以来月額金三、五〇〇円が支給されていたもので、その後、被告の従業員の賃金は、何回もベースアツプが行われ、昭和三六年三月当時においては、昭和二七年当時のほぼ二倍になつていたのに、奨学金は月額金三、五〇〇円のまま据置かれていた。しかも、この中から寄宿舎の食費として一日につき金九〇円の割合で控除され、生徒の手許にはわずか数百円が残るのみであつて、実質的にみても、奨学金が賃金でないことは明らかである。

また公社の従業員に対して支給される賃金は、公社法第四三条により国会の議決を経た給与総額(人件費)の予算から支出され、その支出科目は、職員については「職員給与」、準職員については「賃金」となつているのに対し、生徒に対する奨学金は給与総額以外の予算から支出され、その支出科目は「諸経費」(懇談会費等)となつているのであつて、生徒は予算面においても、従業員と異る取扱いを受けているのである。また、被服は、被服規程第七条の「従業員以外の者であつても、特に必要があると認めるときは、本社資材局長の承認を受けてこれに貸与できる。」旨の規程により貸与されているのであるから、被服の貸与が賃金の性質を有するものでないことはもちろん、これをもつて、被告が生徒を従業員として取扱つているものとすることはできない。次に、全員寄宿制は、養成事務処理要領第二六に従い、教育効果の向上、共同生活における人格の陶や、教養の習得、自立精神の高揚のために行われるものであつて、これをもつて賃金ということはできないし、また、非常時要員の確保を目的とするものではない。更に、医療については、生徒を被告と密接な関係にある者として特殊扱いをしているに過ぎず、このことは、被告となんら雇傭関係にない研究員、インターンについても同様であつて、被告の生徒に対する医療の扱いから、直ちにその間に雇傭関係が存在するものということはできない。

なお、被告に常時勤務する者であつて、役員及び二箇月以内の期間を定めて雇傭される者以外のものは職員と称され(公社法第二八条、被告職員就業規則第二条)、また被告に二箇月以内の期間を定めて雇傭される者は準職員と称される(準職員就業規則第二条)(但し、いずれも船員法の適用を受ける者は除外される。)。すなわち、被告と雇傭関係にある従業員は、職員又は準職員のいずれかに属するわけであるが、生徒はそのいずれとしてでも取扱われていない。例えば、生徒は給与準則(公社法第七二条)の適用を受けず、被告共済組合、労働組合の組合員資格を有せず、また、その寄宿舎(青葉寮)について労働基準法第九五条の届出もなされていない。

(四) (進学、就職の自由)

既に述べたように、看護学院の生徒は、その卒業後、被告の医療機関に勤務することを義務づけられているものではなく、保健婦学校、助産婦学校に進学し、又は他の医療の機関に就職することは自由に認められている。現に、看護学院は原告ら第七回生に対し、昭和三五年一二月頃、就職希望調査を行つたところ、前記学校への進学又は他の病院への就職を希望した者があり、その全員が希望通り進学又は就職した。なお、過去における看護学院卒業後の生徒の進学、就職の状況は別表第一「生徒の卒業後の進路」のとおりである。

(五) (生徒入学の手続と看護婦採用の手続)

被告のような大規模な企業組織体における人事関係の措置については、明文によりその手続が定型化され、一定の方式が定められているのであつて、従業員の採用手続もすべてその所定方式によつている。ところで、看護学院の入学許可は、志願者の募集、入学願書の提出、入学試験の実施、入学許可の決定、その通知等すべて通常の学校が生徒を入学させる場合と同様の手続を経ており、また看護学院の入学案内、合格通知、生徒の誓約書等の文言も通常の学校において用いられているものと同様で、いずれも被告の従業員の採用手続の所定方式と異つている。このような入学許可の手続をみれば、とおてい、原告ら主張のように、看護学院に生徒として入学を許可されることにより、生徒と被告との間に雇傭契約又は停止条件付雇傭契約が締結されるものと認めることはできない。そして、看護学院の生徒が卒業後被告の医療機関に勤務するにいたるのは、入学又は卒業と同時に自動的に被告と雇傭関係が生ずるためではなく、通常の従業員の採用手続と同様な所定方式を経ることによつて、始めて雇傭関係が生ずるのである。

(六) 以上述べたような看護学院の目的、養成教育の実体、生徒の待遇、就職、進学の自由、看護婦採用の手続等を考慮すれば、被告と看護学院の生徒との関係はいかなる形の雇傭関係でもないことは明白である。

2  (原告らの不採用事由)

以上のとおり、原被告間に雇傭契約又は停止条件付雇傭契約が締結されたものでない以上、原告らの請求は前提を欠き失当であるが、被告が原告らを病院の看護婦として採用しなかつた理由について附言すると、それは、原告らが病院の看護婦としての適格性を欠いたためである。すなわち、原告らは、昭和三六年三月一四日卒業式直後に記念行事が行われることを知りながら、故意にこれに参加しないという常軌に逸した行動に出たため、翌一五日病院の幹部会、看護学院の運営委員会でこの問題が取上げられ、更に、原告らの性格、日常の学業成績、態度等全般にわたつて討議がなされたところ、病院の看護婦として推せんし、また採用すべきでないとの意見が出て、その後も病院、学院で再三にわたり会議を開き、種々検討の結果、被告は同月二九日原告らを病院の看護婦として不適格であると判断し、その不採用を決定し、翌三〇日その旨を原告らに正式に通知したのであつて、被告が原告らの日常の自治活動等を嫌つて不採用の措置をとつたものではない。

第四原告らの反論

原告ら訴訟代理人は、被告の主張に対し、次のとおり認否及び反論をした。

一  (被告の主張に対する認否)

被告の主張事実中、第三の二の1の(二)の事実のうち、職員就業規則第二条及び準職員就業規則第二条が、被告主張のように、職員及び準職員について規定していること、看護学院の生徒が給与準則の適用を受けず、共済組合、労働組合の組合員資格を認められていないこと、寄宿舎について法定の届出がなされていないこと、同(四)の事実のうち、過去において、看護学院の生徒の一部が卒業後、他の学校へ進学し又は他の病院へ就職した事実があること(但し、昭和三三年及び昭和三六年の卒業生で自宅へ戻つた者はなく、昭和三五年及び昭和三六年の卒業者数は、二三名及び二七名、昭和三三年、昭和三五年及び昭和三六年の病院就職者数は、二六名、二三名及び二一名、昭和三三年及び昭和三六年の病院不就職数は、一名及び六名である。)は認める。

二  (被告の主張と公社法第三条)

看護学院の経営が、被告の業務範囲を規定した公社法第三条第一項にいう公衆電気通信業務の附帯業務として、合法とされるゆえんは、被告が、看護学院を部内の職業訓練機関として、被告の医療機関に勤務すべき看護婦の養成を行うことにある。そして右養成の目的は、被告主張のように、生徒の大部分が病院勤務を希望するという自然の成行によつて達成されるものではなく、生徒を被告の医療機関に勤務させる制度的保障があつて始めて達成されるのである。そうでなければ、被告は、被告に勤務しない看護婦の養成を行つていることになり、一般の看護婦学校養成所となんら変るところはなく、結局、看護学院の経営は、公社法第三条第一項にいう附帯業務ということができず、明白に同条項に違反し、かかる違反を行つた役員は同法第七七条第三号により処罰の対象となるのである。従つて、看護学院の経営が、公社法第三条による被告の附帯業務である以上、看護学院は、生徒と被告の間に雇傭関係が存在することを前提とする部内の職業訓練機関とみる外はない。なお、生徒のうち、一部の者が病院に勤務しなかつたことは前記のとおりであるが、それは、労働を強制し得ないこと、職業撰択の自由があることなど他の理由に基づくもので、被告の主張を裏付けるものではない。要するに、既に述べた看護学院における看護婦養成の目的、その実体、生徒の待遇、卒業前後の状況等はすべて公社法上の当然の要請によるものとして理解すべきである。以上述べたところによれば、被告と生徒との間になんらの形でも雇傭関係が存在しないとする被告の主張が失当であることは明らかである。

第五被告の再反論

被告指定代理人は、原告らの公社法違反の主張について、次のとおり反論した。

被告は、看護学院の卒業生をもつて被告の医療機関に必要な看護職員の供給源とする意図の下に、看護学院を経営しているのであつて、単なる一般の看護婦養成所としてこれを経営しているのではない。そのため入学案内に、生徒募集の対象を「将来部内医療機関に勤務を希望する者」と記載し、また、募集人員も、病院の看護婦の推定需要状況を考慮して決定しているのであつて、看護学院の経営は、公社法第三条第一項に適合する被告の附帯業務に外ならない。しかし、それだからといつて、被告が生徒と雇傭契約を締結しなければならぬものではない。看護学院は将来看護婦として被告の医療機関に勤務することを希望する者に対し、入学を許可しているのであるから、その大部分が卒業後病院に勤務することを希望することは当然予測できることであつて、あえて、被告が生徒と雇傭契約を締結し、看護婦の養成を部内の職業訓練として実施する必要はないし、また、既に述べたとおり、そのようなことは行政指導によつて好ましくないとされているのである。

従つて、原告らの公社法違反の主張は失当である。

第六証拠〈省略〉

理由

一  (当事者間の関係)

被告が公社法に基づき設置され、公衆電気通信業務を営むものであるが、なお、被告の従業員及びその家族を診療の対象とする医療機関を経営し、その一つとして、病院(関東逓信病院)を設置し、病院に、看護婦法(保健婦助産婦看護婦法)第二一条第二号による厚生大臣指定の看護婦養成所として、養成期間(修業年限)を三年とする看護学院(関東逓信病院高等看護学院)を附置していること、原告らが昭和三三年四月看護学院に第七回生として入学し、昭和三六年三月一四日その養成課程を終了して、同学院を卒業したが、被告が同月三〇日、原告らが「公社の看護婦として不適格」であるとの理由で、病院に勤務することを拒否し、従業員として処遇していないことは、当事者間に争いがない。

二  (雇傭関係の成否)

原告らは、被告の設置する看護学院における看護婦養成の目的、その養成教育の実体、生徒の待遇、原告らの看護学院卒業前後の状況等から、原告らが昭和三三年四月看護学院に生徒として入学を許可されたことにより、原被告間には、原告らが主張のような雇傭関係が成立するにいたつたと主張するのである。以下に検討することとする。

1  (看護婦養成の目的と被告の附帯業務)

被告本社の附属機関である病院に附置された看護学院が被告の従業員及びその家族を診療の対象とする医療機関に必要な看護職員の充実に資するため、被告の医療機関に勤務すべき看護婦を養成することを目的とし、看護学院における看護婦の養成が公社法第三条に基づく被告の附帯業務として行われていることは当事者間に争いがない。また看護学院の第七回生の募集にあたり、本社職員局長が三年後の被告の医療機関の看護婦の減耗状況(推定需要状況)を考慮してその募集人員を決定し、看護学院の入学案内に、養成期間、募集人員、応募資格等の外、養成の目的が記載されていたことは当事者間に争いがなく、従つて、入学案内に記載されていた看護学院の目的から、学院に入学を許可されれば、卒業後は被告の医療機関に看護婦として勤務できるものと期待して、原告らが入学試験を受けたであろうことは、十分に推察することができ、証人高橋清、同宮原仮江(第一回)の証言によると、看護学院の第一回生(昭和三〇年度卒業)から第八回生(昭和三七年度卒業)までの生徒の卒業後の進路は、別表第二記載のとおりであつて、第一回生から第六回生(原告らの前回生)までのほとんど全員(合計一三三名中一二九名)が卒業後病院に看護婦として勤務するにいたつたことが認められる。しかし、原告らが主張するように、看護学院の目的からは、必ずしも、生徒が被告に将来被告の医療機関に勤務する看護婦となるべき従業員として雇傭され、又は看護学院の養成課程を終了すること又は終了後被告が原告らの採用手続をとることを停止条件として、被告の医療機関に勤務する看護婦として雇傭されたものであると認定することはできない、けだし、成立に争いのない乙第四号証及び証人立田藤作(第一回)、同瀬谷信之、同高橋清の証言によると、原告ら第七回生に対する前記看護学院の入学案内に、生徒募集の対象として、「将来部内医療機関に勤務を希望する者」と記載されていることによつても明らかなように、看護学院は、将来被告の医療機関に勤務することを希望する者を対象として、生徒を募集し、入学を許可していること、病院が比較的に施設が完備し、診療が充実していることが認められ、また、後記2のように、生徒は看護学院所属の病院で実習教育を受けるのであるから、生徒が卒業後病院に勤務することを希望するのは自然の成行であるということができる。従つて、看護学院の目的は、生徒に被告の医療機関に勤務すべき雇傭契約上の義務を負わせなくても、生徒は卒業後被告の医療機関に勤務することを希望するという自然の成行によつて達成されることが可能であり、また、別紙第二記載のように、過去における看護学院の生徒のほとんど大部分が卒業後被告の医療機関に勤務するにいたつたことは、この自然の成行の現われであるとみることも可能だからである。

原告らは、看護学院における看護婦の養成が公社法第三条に違反しない被告の附帯業務である以上、看護学院を生徒と被告との間に雇傭関係の存在を前提とする企業組織内の職業訓練機関とみる外はない旨を主張するようである。なるほど、原告らの主張するように、看護学院の目的の達成を、生徒を卒業後被告の医療機関に勤務させる制度的保障によらないで、前記のような自然の成行に任せることにすると、看護学院の生徒で卒業後被告の医療機関に勤務することを希望しない者が出て、看護学院は被告の医療機関に勤務しない看護婦の養成を行うことになり、一般の看護婦学校養成所となんら異るところなく、かくては、看護学院の経営は被告の附帯業務ということはできず、被告の業務範囲を規定した公社法第三条に違反するように思われないではない。しかし、仮に、原告らのいわゆる制度的保障として、被告が、生徒との間に雇傭契約を締結し、看護学院を企業組織内の職業訓練機関として経営するとしても、生徒は卒業後被告の医療機関に勤務することを希望しないで、被告との雇傭契約を解約して、他へ就職又は進学をすることができるのであるから、看護学院を企業組織内の職業訓練機関として経営することによつては、必ずしも生徒の他への就職又は進学を防止し得るものではない。既に述べたように、看護学院は、将来被告の医療機関に勤務することを希望する者を対象として生徒を募集し、入学を許可し、前記のような自然の成行によつて、看護学院の目的は達成されているのであるから、被告が生徒との間に雇傭契約を締結し、看護学院を企業組織内の職業訓練として経営しなくても、これを被告の附帯業務というに妨げない。看護学院の生徒で卒業後被告の医療機関に勤務することを希望しない者が出るとしても、それは、職業選択の自由上やむを得ないところであるから、看護学院の経営を被告の適法な附帯業務であることを否定する理由とはならない。よつて、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

2  (看護婦養成教育の実体)

看護婦学院における養成教育の内容が学科課程と実習課程にわけられ、看護学院は、生徒に、実習として病院における準夜勤、深夜勤に従事させ、実習の結果を看護婦の使用する勤務時間報告書に記入させ、生徒を病院で行う「赤ちやんコンクール」の行事に参加させ、生徒に夏、冬、春の長期休暇を一せいに与えないで交替で与えたことは、当事者間に争いがなく、証人柳堀啓子の証言によると、看護学院は、入学試験の際、生徒に受験生の案内、引卒、試験の監督を行わせたことが認められる。ところで、前掲乙第四号証、成立に争いのない乙第三、第八、第一九、第二一号証、証人岩田ウタの証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第一四号証、同証言(第二回)により真正に成立したものと認められる乙第一五号証、証人宮原仮江の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる乙第一七、第一八号証、証人村松光司、同岩田ウタ(第一、二回)、同宮原仮江(第一、二回)、同瀬谷信之、同小原雅子の証言及び証人柳堀啓子の証言の一部を総合すると、看護婦学校養成所において施す教育の内容は、指定規則第七条第一項第三号に規定され、看護学院における養成教育としての実習の内容も、同号による同規則別表三に定める基準に従つて、学院長が三箇年の養成期間を通じて、病室その他の実習として七科目(内科、外科、小児科、産婦人科、その他)、八二週以上、外来実習として九科目(内科、外科、耳鼻咽喉科その他)、二四週以上(以上を院内実習という。)、院外実習として二科目(精神病院、保健所)、三週以上と定めていること、院内実習は、生徒を病院の各科の病棟及び外来に配置し、患者の洗面、ベツド作りその他療養上の世話、医師の診察、手術、検査、輸血、注射の準備、介助、投薬法及び特別食調理法等につき、各科の婦長を責任者とし、各科所属の看護婦の直接指導の下に行われ、その指導は病院の業務上の負担、特に看護婦の勤務上の負担となり、病院は、(患者の数、病状により看護婦の勤務人員を減少することはあつても)、生徒の実習により看護婦の勤務人員を減少することはなく、このうち準夜勤(午後四時から午後一一時三〇分まで)、深夜勤(午後十一時から翌日の午前八時三〇分まで)の実習は、生徒一名に対して看護婦二名ないし五名が勤務して指導にあたつていたこと(稀には、看護婦一名のみが勤務して指導にあたつたことがあつた。例えば、第四回生である柳堀啓子の準夜勤、深夜勤の実習中、看護婦一名という事例は、深夜勤について三回あつたに過ぎなかつた。)、生徒は実習経験を各自の看護実習個人経験録に記載し、指導者がこれに認印していること、実習は通常学科と並行して行われるが、看護婦の勤務が日勤午前八時から午後四時三〇分まで、準夜勤、深夜勤にわかれているので、看護学院では、これら看護婦の一日の勤務を通じた実習を経験させるため、看護婦学校養成所指導要領を参考として、準夜勤又は深夜勤を含むいわゆる「一日実習」(オール実習ともいう。)を計画し、その実習効果を高めるため、生徒の夏、冬、春の長期休暇をいずれも二期にわけ、各自の休暇の前又は後の時期及び卒業試験後の時期に集中的に継続して行つていたこと、生徒が病院の年中行事である「赤ちやんコンクール」に参加しこれを手伝つたのは、看護学院が生徒の小児科実習の一環(小児の健康診断に関する実習)として行つたものであること、看護学院が生徒に、看護婦の勤務状況を明らかにするために使用すべき勤務時間報告書に、実習の結果を記入させたのは、実習の状況を把握するため、便宜上これを利用したに過ぎなかつたこと、看護学院が生徒に夏、冬、春の長期休暇を一せいに与えないで、交替で与えたのは、前記のように、実習効果を高めるためであつたこと、看護学院が生徒に入学試験の手伝いをさせたことがあつたが、それ以外には、生徒を病院ないし看護学院の雑用に使つたことはなかつたこと、被告においても、一般の企業において、使用者が被傭者に対して行う職業訓練と同様に、被告に雇傭された従業員に対し、新規訓練(新規に採用された者について、現在又は将来の職務に必要な知識、技能等を付与するために行う集合訓練)、養成訓練(現に在職している者について、将来において現在の職務よりも高度の職務を遂行するのに必要な知識、技能等を付与するために行う比較的長期の集合訓練)その他各種の訓練を施しており、その機関として、中央電気通信学園及び地方電気通信学園等を設置しているが、看護学院はこのような企業内の職業訓練機関と異なり、その行う養成教育自体は、看護婦になろうとする者が看護婦として必要な知識、技能を習得卒業し、看護婦資格の要件として合格すべき国家試験の受験資格を取得するために行われるのであり、厚生、文部両省は、前記看護婦学校養成所指導要領において、看護婦学校養成所に対し、「在校生は、生徒としての身分を確立し、雇傭人として取扱わないこと、従つて労働契約等を結ばせるべきでない。」との行政指導を行つていることが認められ、以上の認定に反する証人柳堀啓子、同渡辺紀子、同五十嵐敦子の証言及び原告ら本人尋問の結果は採用しない。

以上認定の事実により、看護学院における養成教育の実体につき考えると、看護学院が生徒に実習、特に「一日実習」として、準夜勤、深夜勤を含む病院の看護婦の勤務と同様な勤務に従事させているとしても、それは養成教育としての実習の性質上当然のことであつて、しかも、看護学院のみが独自に行つているものでなく、他の看護婦学校、養成所と同様に指定規則に基づいて行つているものと認められ、また、実習は病院の看護婦の労働力を補充するどころか、むしろ、実習に対する看護婦の指導は、看護婦にとりその労働負担となつており、病院が生徒の実習により看護婦の勤務人員を減少するようなことはなかつたのである。なお、看護学院が生徒に実習の結果を看護婦の勤務時間報告書に記入させたのは、実習の状況を把握するための便宜に出たものであつて、実習中の生徒を看護婦と同様に扱つたものではなく、看護学院が生徒に交替で休暇を与えたのは、実習の効果を高めるためであつて、病院ないし看護学院の業務運営上の支障を避けるためのものではなく、生徒を病院の「赤ちやんコンクール」の行事に参加させたのは、実習の一環として行つたものであつて、病院ないし看護学院の業務に使用したものではないと認められるのである。そして、看護学院における養成教育は、看護婦国家試験の受験資格取得を前提とした看護婦として必要な知識、技能を習得させるためのものであつて、従業員として必要な知識、技能を習得させるための企業組織内の職業訓練とは異つているのである。してみると、原告らが主張するように、看護学院における養成教育の実体を、形式的にも、実質的にも、被告の指揮命令下にある看護婦としての労務の提供又は企業組織内の職業訓練と同視することができず、とうてい、生徒が被告と使用従属の関係に立つものとは認めることができないものといわなければならない。もつとも、看護学院が生徒に入学試験を手伝わせたことがあり、これをまで実習と認めることはできないが、一般に学校が生徒に入学試験の手伝をさせていることは往々みられるところであつて、この一事のみから、生徒と被告との間に使用従属関係の存在を認定することはできない。

なお、成立に争いのない乙第六号証の一、二、同第一一号証及び証人柳堀啓子、同長屋好美、同小原雅子、同松野京の証言によると、看護学院は、生徒の自治会が看学連に加盟しようとした際、原告ら生徒に対し、加盟は被告の方針に合わないから好ましくなく、しばらく静観するようにと反対したこと、それにもかかわらず、生徒自治会が昭和三五年三月遂に看学連に加盟したところ、病院の事務長が自治会の役員に対し、長時間にわたりこれを難詰したこと、看護学院は、生徒自治会が同年六月一一日及び一八日の両日安保条約反対の示威行動に参加した際、原告ら生徒に対し、学院の生徒の立場上自重すべきであるなどと、これを阻止するために種々説得をしたこと、看護学院は、同年六月二九日生徒の父兄に対し、生徒の看学連への加盟及び安保条約反対の請願行動への参加に対する学院の見解ないし処置を明らかにし、特に学院が将来被告の医療機関に勤務する看護婦養成を目的とし、従つて、他の看護婦学校養成所と異る教育指導を行つていることを附言し、これにつき父兄の協力を求める趣旨の手紙を送つたこと、看護学院は、生徒が安保条約反対の講演会その他の集会に学院の教室等を使用することにつき許可を求めたところ、被告の施設内における従業員の政治活動を禁止した規定のある就業規則を示して、これを拒否したことが認められる。しかし、前掲乙第一一号証及び証人小原雅子の証言によると、右のような生徒自治会の看学連への加盟、安保条約請願行動への参加、生徒の父兄あての手紙、安保条約反対の集会のためにする看護学院の施設使用に関する学院の見解ないし処置は、その当否はともかく、いずれも、これらのことが生徒の課業に支障を来し、その成績に悪影響を及ぼし、あるいは不測の事故の生ずる虞があるとする純然たる教育上の見地に出たものであり、その際、生徒に被告の就業規則を提示したのは、被告の従業員でさへその施設内において政治活動をすることが禁止されていることを参考とさせるためであつたことが認められる。このように、看護学院が看学連への加盟その他につき生徒の行動を否定したのは、生徒に対する純然たる教育上の見地からであつて、従業員に対するような業務運営上の必要からではないから、生徒が被告と使用従属の関係に立つていたことを前提としたものとみることはできない。

3  (生徒の待遇)

被告が看護学院の生徒から授業料を一切徴収しないで生徒に対し月額金三、五〇〇円を支給し、教科書及び被服を貸与し、都内通学可能者を含め生徒全員を看護学院附属の寄宿舎に寄舎させ、医療について被告の準職員と同様に取扱つていたことは、当事者間に争いがない。

しかし、前掲乙第三号証、成立に争いのない乙第二号証、同第五号証の一、二及び証人高橋清、同大洞博美の証言によると、看護学院の生徒に毎月支給される金三、五〇〇円は奨学金であり、奨学金の支給、教科書及び被服の貸与は養成教育の効果の向上のために、全員寄宿制は、教育効果を向上させると共に、共同生活を通じて生徒の人格の陶や、教養の修得、自立精神の高揚をはかるために行われていること(養成事務処理要領第二六、養成規程第一四条)が認められるのである。そして看護婦は傷疾者、産婦に対する療養上の世話又は診療の補助をなす者として、国民の医療及び公衆衛生上重要欠くことのできないものであり、その資格要件として、看護婦として必要な医学、衛生、栄養、薬理、看護学等に関する知識及び技能について行われる看護婦国家試験に合格することを要し、その試験は、看護婦学校養成所を卒業した者でなければ受けることができないのであるから(看護婦法第七、第一七、第二一条など)、このような看護婦を養成し、その需要を充足するために一般に、看護婦学校養成所は、生徒から授業料を徴収することなく、かえつて、生徒に奨学金、被服、教科書その他教育上必要な金品を支給又は貸与し、生徒を寄宿舎に寄宿させ、又は医療について便宜をはかるなど、種々の利益を供与する必要があるのであつて、このことは、ひとり看護学院のみならず、成立に争いのない乙第二六号証の一ないし七によつて認められるように、国立又は公立の学校(東京大学、東京医科歯科大学、大阪大学、北海道大学、大阪市立大学)及び病院(国立東京第一病院、国立別府病院)に附属する看護婦養成所において、生徒に対し、これらの利益(の全部又は大部分)を供与していることによつても、理解することができる。もつとも前掲乙第二六号証の一ないし七によると、大阪市立大学附属の看護婦養成所が奨学金として月額金一、〇〇〇円(昭和三八年度)を支給している外は、前記国立又は公立の学校及び病院附属の看護婦養成所では奨学金を支給していないが、証人高橋清の証言によれば、看護学院が支給する奨学金の額は、昭和二七年学院開設以来、原告らが卒業した昭和三六年三月までの約一〇年間にわたり金三、五〇〇円のまま据置かれ(同年四月以降は月額金四、五〇〇円に増額された。)(その間、被告の従業員の賃金がベースアツプにより数回増額されてきたことは、顕著な事実である。)当時の我国の経済事情の下では、たとい寄宿舎に居住していても、生徒の生計を維持するに足りなかつたばかりでなく(この点に関する野崎咲夫の証言は採用しない。)前掲乙号各証によると、前記国立又は公立の学校及び病院附属の看護婦養成所では、いずれも生徒から寄宿舎における食費を徴収しないのに、証人高橋清の証言によれば、看護学院では少くとも昭和三六年三月までは一日金九〇円(現在は一日金一一〇円)の割合でこれを徴収することとし、奨学金から差引いていたことが認められ、看護学院と前記国立又は公立の学校及び病院附属の看護婦養成所(前掲乙第二六号証の一ないし七によると、これらの学校又は病院とその生徒との間には雇傭関係が存在しないことがうかがえる。)における生徒の待遇には、名目はともかく、実質はほとんど差異はなかつたものということができる。従つて、被告が看護学院の生徒に対し、奨学金を支給し、教科書及び被服を貸与し、全員を寄宿舎に寄宿させ、また医療について便宜をはかつていたとしても、以上に述べたこれらの利益の供与の目的、必要性その他の事情からすると、既に認定したように、看護学院における養成教育の実体が、看護婦としての労務の提供又は企業組織内の職業訓練でないことに徴するまでもなく、看護学院の生徒に供与されるこれらの利益を労働の対償である賃金であるとし、従つて、被告が生徒をその従業員として取扱つていたものと認定することは不可能である。

次に成立に争いのない乙第二四号証によると、被告の被服に関する取扱手続を定めた被服規程第二条は、「被服は、公社の業務を遂行する必要がある場合に、この規程の定めるところにより、職員及び準職員に貸与するものとする。」と、第五、第六条は、部局長は職員、準職員(見習社員及び特別社員に限る。)又は部局長が特に必要と認めた臨時雇が別表第二号表に掲げる職務に常時従事すると認めるときは、別表第三号表に掲げるところにより、その者に被服を貸与する旨を規定し、別表第二号表には、「看護婦(生徒を含む。)」と、同第三号表には、「看護婦(生徒を含む。)」に対する被服の貸与数及び貸与期間が記載されているので、これらの規定からすれば、看護学院の生徒に貸与される被服は、これらの規定に基づき被告業務を遂行する必要がある場合に職員及び準職員に貸与される被服であり、被告が被服の面で生徒を従業員として取扱つているように見られないではない(被告は、この点に関し、被服は被服規程第七条「従業員以外の者であつても特に必要があると認めるときは、本社資材局長の承認を受けてこれに貸与することができる。」旨の規定に基づき貸与されるものであると主張し、証人高橋清の証言中にこれに添う部分が存するが、採用することができない。)しかし、生徒は、養成教育の実習として、看護婦と同様な勤務に従事する関係上、看護婦と同様な被服を着用する必要があるため便宜上生徒の被服に関する取扱手続を被服規程の中に前記のように規定したに過ぎないものと解せられるから、この一事から、被告が看護学院の生徒を従業員として取扱つているものと認めることはできない。

また、全員寄宿舎制は、原告ら主張のように、生徒を病院の非常時要員とみなしているためであると認め得る証拠はなく、生徒に対する養成教育上の目的のためであることは既に述べたとおりである。

更に附言すると、次のような事実は、むしろ被告が看護学院の生徒をその従業員として取扱つていないことを裏書するものということができる。すなわち、前掲乙第四号証、同第六号証の一、二、成立に争いのない乙第七号証及び証人瀬谷信之、同高橋清の証言によると、被告の従業員は、職員(被告に常時勤務する者であつて役員及び二箇月以内の期間を定めて雇傭される以外のもの)(公社法第二八条第一項、被告職員就業規則第二条)と準職員(二箇月以内の期間を定めて雇傭される者)(被告準職員就業規則第二条)の二種にわかれ、後者は、更に、見習社員(職員への採用を予定して雇傭される者)、特別社員(改式予定局に雇傭される電話交換職その他の職種の者)の外、甲類三臨時作業員、乙類臨時作業員、丙類特臨時作業員及び臨時雇にわかれているが、生徒はこれらのいずれの職階職種の者としても取扱われていないこと、生徒は、被告職員就業規則及び被告準職員就業規則のいずれの適用も受けず、専ら看護学院学則により規制されていること、生徒は被告の職員及び準職員のうち一部(見習社員、特別社員、その他一般職員と同等又はこれに準ずる勤務条件で雇傭される者)が組合員資格を有する被告共済組合(公共企業体等職員共済組合法第一二、第一三条、昭和三二年総裁達第一四号、日本電信電話公社共済組合運営規則第二四条)の組合員資格がなく、また、右組合員たる資格を有しない準職員に適用される失業保険法、健康保険法及び厚生年金保険法の適用を受ける者としても取扱われていないこと、看護学院を卒業しても、職員及び準職員の一部(被告準職員就業規則((乙第六号証の二))第一一七条参照)に支給される国家公務員等退職手当法による退職手当の支給を受けていないものはもちろん、看護学院卒業後被告の医療機関に勤務するにいたつても、学院における養成期間を退職手当算定の基礎となる勤続期間として計算されていないこと、生徒は労働組合の加入資格を有しないこと、生徒は被告の職員又は準職員に適用又は準用される公社法第七二条第一項に基づく被告職員給与規則(昭和三一年一二月二一日総裁達第一二六号)の適用又は準用を受けていなこと、被告の支出予算上、その従業員に支給される賃金は、職員については「職員給与」、準職員については「賃金」の科目から支出されるのに対し、生徒に対し支給される奨学金は、「医療費」、「共通一般費」、「諸経費」の科目から支出されることが認められる。以上によると、むしろ、被告が看護学院の生徒をその従業員として取扱つていないことが明らかである。

4  (原告らの卒業前後の情況)

原告らが昭和三六年一月一六日から二週間にわたり実施された看護学院の第七回生の卒業試験に合格したが、その卒業試験後卒業式までの間に、原告ら第七回生が病院の事務長及び事務関係の各課長から病院の看護婦として勤務するために必要な業務講話を聴講し、これと並行して看護学院の教務主任と個々面接し、同人から病院内の勤務場所について具体的な希望を問われたので、勤務希望場所として、原告高島が「三病棟二階、同病棟一階又は二病棟二階」を、原告木村が「二病棟二階、同病棟四階又は一病棟三階」を申出たこと、卒業式後第七回生に対する看護婦用の寄宿舎である青葉寮の入寮部屋割として、原告高島については三一六号室、原告木村については一一六号室とする旨の病院長名義の掲示が、同寮の受付前に貼出されたことは、当事者間に争いがなく、証人高知尾さよの証言及び原告木村本人尋問の結果によると、卒業式後、原告木村が青葉寮における四月二七日の寮当番と決定されたことが認められる(しかし、病院の庶務課長が業務講話の中で、原告ら第七回生は全員が病院の看護婦として勤務する旨の確認的説明を行つたとする原告らの主張については、採用することのできない証人小原雅子の証言以外には、これを認めるに足りる証拠がない。)

しかし、業務講話については、証人高橋清の証言によるまでもなく、看護学院が被告の医療機関に勤務すべき看護婦の養成を目的とする以上、原告ら第七回生が看護学院を卒業後病院に看護婦として勤務することになる場合に備えて、病院の事務長以下各課長が同人らに対し、勤務上必要な病院の会計、労務、厚生その他の事務関係事項を知らせるために行われたものと認められ、加うるに、証人立田藤作の証言(第二回)によると、病院の事務長立田藤作は、原告ら第七回生に対する業務講話の中で、看護学院の生徒は卒業後他へ就職又は進学することは自由であり、卒業しても当然に病院の看護婦として被告に採用されるとは限らない旨を明らかに述べたことが認められる(この点に反する証人五十嵐敦子の証言及び原告ら本人尋問の結果は採用しない。)。個々面接については、証人宮原仮江(第一回)、同小原雅子の証言によると、看護学院の教務主任宮原仮江が卒業試験後原告ら生徒と、個々面接し、看護学院における各人の卒業試験の成績を参考として、看護婦国家試験の個別的な受験指導を行つたが、その際、卒業後病院に勤務することを希望する生徒に対し、勤務するようになつた場合の病院内の勤務場所を尋ねたことが認められる(原告木村本人尋問の結果中右認定に反する点は採用しない。)。原告らに対する青葉寮の部屋割の掲示については、成立に争いのない甲第二号証の一、二、証人岩田ウタの証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第一六号証及び証人岩田ウタの証言(第一、二回)、同高知尾さよの証言の一部によると、看護学院の生徒は生徒用の寄宿舎である若草寮に、病院に勤務する看護婦は看護婦用の寄宿舎である青葉寮に入寮するが、新規採用の看護婦に対する青葉寮の部屋割は、本人の希望と従来の入寮者との組合せを考慮して行われ、その調整準備にはかなりの日時を要するので、病院では毎年二月中旬から、卒業後病院に勤務することを希望する生徒を入寮予定者として調整準備して、青葉寮の部屋割を予定し、その結果を発表し、最終的な入寮と部屋割の決定は、生徒が病院に勤務することが決まつた後に、病院長から入寮許可書を交付して行われていたこと、原告ら第七回生に対する青葉寮の部屋割予定の掲示が昭和三六年三月一二日頃から受付前に貼出され、それに原告らに対する前記のような部屋番号が記載されていたばかりでなく、青葉寮に寄宿する看護婦の毎日の出欠勤、勤務場所等を示すために寮の玄関に掲げられる名札として原告らの名札も用意されていたが、原告らは遂に入寮許可書の交付を受けなかつたこと、従つて、原告らに対する青葉寮の部屋割の掲示は入寮と部屋割が決定されたために行われたものでないことが認められ、以上の認定に反する証人小原雅子、同高知尾さよ(一部)、同五十嵐敦子の証言及び原告木村本人尋問の結果は採用しない。また原告木村に対する青葉寮の寮当番日の決定については、証人高知尾さよ、同五十嵐敦子の証言によると、青葉寮の寮当番は同寮、自治会が決定するもので、被告はなんらこれに関与しないことが認められる。以上によると、原告らに対する業務講話、個々面接、青葉寮の部屋割の掲示及び原告木村に対する寮当番日の決定は、原被告間の雇傭関係の存在を前提としてなされたものでないことが明らかである。

5  (就業、進学の自由)

看護学院の生徒は、被告と雇傭関係にあつても、卒業後他への就職又は進学することができるものであることは、既に述べたとおりであるが、もし生徒が被告と雇傭関係にあるとすれば、事実上、ある程度は、被告が生徒の他への就職又は進学を抑制して、その自由を拘束し、生徒もこれを差控えて、その自由が拘束されることがあるのは否定し得べくもないのに、看護学院の生徒についてこのような事実は、本件に提出援用されたすべての証拠によつてもなんら認められない。むしろ、成立に争いのない乙第一二号証及び証人立田藤作(第一回)、同高橋清、同宮原仮江(第一、二回)の証言に前記別表第二の記載事実を総合すると、看護学院は、毎年生徒に対し、卒業前年の一二月から翌年の一月にかけて、卒業後、病院、病院以外の被告の医療機関若しくは被告以外の他の医療機関に就職を希望するか、又は保健婦学校養成所若しくは助産婦学校養成所に進学を希望するかなど(看護婦法第七条、第一九条、第二〇条、指定規則第五条、第六条)、その就職又は進学希望先を調査し(第五回生に対しては、「就職希望調書」による書面調査を行い、その他の生徒に対しては口頭調査を行つた。)、生徒は自由にその希望を申出で、それが実現されてきたこと、原告ら第七回生の場合にも、看護学院の教務主任宮原仮江が昭和三五年一二月頃口頭で右調査を行つたところ、うち三名が保健婦学校又は助産婦学校への進学希望を申出で、一名が郷里に近い他の病院への就職希望を申出で、それぞれその希望通り進学又は就職したことが認められる(右認定に反する原告高島本人尋問の結果は採用しない)。このように、事実上、看護学院の生徒が被告から他への就職又は進学の自由を少しも拘束されることがなかつたことは、被告との間に雇傭関係の存在しなかつたことを推認し得る一資料とみることができる。

6  (生徒の入学許可手続と看護婦の採用手続)

前掲乙第三、第四号証、成立に争いのない甲第四ないし第六号証、乙第一、第二〇号証、証人瀬谷信之、同高橋清、同村松光司、同立田藤作(第一回)、同大洞博美、同小原雅子、同五十嵐敦子の証言及び原告ら本人尋問の結果(以上証拠中後記採用しない部分を除く。)によると、被告総裁から看護学院における生徒の採用及び訓練(養成教育)の基準の決定を委任された本社職員局長(本社部局委任規程第一四条第一六、本社事務処理要領五別表七)は、これにつき養成事務処理要領を定め、右要領によると、養成人員(生徒募集人員)は、職員局長が毎年被告の医療機関の看護婦の推定需要状況、看護学院の養成施設の状況を勘案して、決定するが(養成事務処理要領第三)(この点については、当事者間に争いがない。)、生徒募集の手続、入学試験の実施、入学許否の決定、入学の手続、指定規則に基づく養成教育の内容の決定、養成計画の作成、学則、寄宿舎規則の制定、変更及び寄宿舎の管理等は、すべて看護学院長が行うのであつて(養成事務処理要領第八ないし第一二、第二一、第二六ないし第二八)、看護学院長は、生徒募集要綱(養成の目的、人員、対象、期間、応募資格、試験の期日、方法等)、学則を記載した入学案内を作成して各地の高等学校その他関係方面に配布し、又は新聞広告をすることにより、入学志願者を募集し、入学試験として学科筆記試験、面接試験、身体検査を行い、これらに合格した者に合格通知を送付し、学則、寄宿舎規則を提示すると共に、誓約書(看護学院の規則を守り、学院の指示に違背しない旨)、身元保証書その他必要書類を提出させて入学を許可していること、従つて看護学院における生徒の入学許可(生徒の採用)の手続は、一般の学校における生徒の入学許可の手続と異らないこと、次に、病院における毎年度の看護婦の新規採用人員の決定は、本社職員局長が当該年度における病院の業務量を基準とし、被告全体の従業員の定員との関連において、決定するもので、看護学院の卒業見込人員は考慮されず、従つて採用人員の関係上、看護学院の卒業生の全員が病院の看護婦として採用されるとは限らないこと、被告が看護婦学校養成所の卒業生から病院の看護婦を採用する場合は、総裁の委任を受けた病院長が毎年三月、病院に看護婦として就職を希望する者につき、出身学校養成所の推せん書、履歴書、成績証明書、身体検査書、戸籍謄本等による書面詮衡を行つた上、一〇分間ないし二〇分間の面接試験を行い(なお、病院長が特に必要と認めるときは、筆記試験を行うことになつているが、従来これを行つた事例はない)、諮問機関である詮衡委員会の意見を徴し、就職希望者の成績、性行、健康等から被告の看護婦としての適格性を総合的に判断して、採否を決定し、四月一日(特別の例外を除く)から採用決定者を、被告の通常の従業員の新規採用の場合と同様に、準職員たる見習社員として雇傭し、勤務させていること(看護婦国家試験が毎年三月に行われるが、その及落は一、二箇月遅れて発表されるため((例えば、原告ら第七回生の場合は、昭和三六年三月一七、八日に看護婦国家試験が行われ、同年五月中旬その及落発表があつた。))雇傭当初の職種は書記職((看護婦の補助業務))とし、看護婦国家試験に合格した後に、看護婦職に切替えている。)、なお、辞令(雇傭書)は四月一日附であるが、実際にそれが交付されるのは事務手続上若干遅れることがあること、見習社員として雇傭された看護婦は一箇年後に職員として採用されること、そして、看護学院の卒業生を病院の看護婦として採用する場合の手続も、以上の手続となんら異るところがないことが認められる。以上の認定に反する証人村松光司、同岩田ウタ、同大洞博美、同小原雅子、同五十嵐敦子の証言及び原告ら本人尋問の結果の一部は採用しない。なお、原告らは、看護学院の卒業生に対する前記面接試験は簡易形式的なものであると主張するが、これに添う証人瀬谷信之、同五十嵐敦子の証言は採用することができず、他にこのことを認めるに足りる証拠なく、また、辞令の実際上の交付が勤務開始後若干遅れることによつては、前記看護婦の採用手続の存在を否定することはできない。

以上によると、看護学院の生徒が卒業後病院に勤務するにいたることがあるのは、原告ら主張のように、卒業前に既に被告と雇傭関係にあるためでもなく、卒業と同時に雇傭関係が生ずるためでもなく、看護学院における生徒の入学許可手続とは全く異る看護婦の採用手続を経ることによるものであることが明らかである。

7  この外、原告らは、停止条件付契約が締結されたとする理由として、従来、看護学院の卒業生で被告の医療機関に勤務することができなかつた者がなかつたこと、被告が養成規程第八条、養成事務処理要領第一七により、生徒に不都合な事由があると認めるときは、退学の名目でその生徒を被告から排除することができることなどを主張する。証人高橋清の証言によれば、昭和三六年度(第七回生)までの看護学院の卒業生のうち、原告らを除けば、希望者は全員が被告の医療機関に勤務することができたことが認められるが、証人宮原仮江の証言(第一回)によれば、病院と同様に、被告の設置する医療機関である大阪逓信病院に附置されている高等看護学院の昭和二九年度の卒業生のうち、数名が被告の医療機関に勤務することを希望しながら、不採用になつた事実があり、必ずしも、被告の医療機関に附置される看護学院の卒業生で、被告の医療機関に勤務することを希望する者は全員が被告に採用されるとは限らないものであることが認められる。のみならず、希望者がその希望どおり被告の医療機関に勤務しているのは、被告が前記のような詮衡を行い、被告の看護婦としての適格性を認めて、これを採用したことによるものであるから、単に、過去における看護学院の卒業生が被告の医療機関に勤務することができたとの外形的事実をもつてしては、原告ら主張のような停止条件付雇傭契約の存在を認めることはできない。次に、前掲乙第二、第三号証によると、学院長は、生徒が素行不良で改善の見込がないと認められるとき、学力劣等又は身体虚弱で成業の見込がないとき、正当の理由なく欠席するとき、将来看護婦として不適当と認められるにいたつたときなどの場合には、その生徒に対し退学を命じ得るものであることが認められる。しかし、そのことは、看護学院が生徒に看護婦国家試験の受験資格を与えるための養成教育機関として当然のことであつて、なんら雇傭関係の存在に関係がなく、原告ら主張のような停止条件付雇傭契約の存在を理由付けるものではない。

8  (以上の結論と原告らの不採用)

以上、看護学院の目的と被告の附帯業務、養成教育の実体、生徒の待遇、原告らの卒業前後の情況、就職、進学の自由及び生徒の入学許可手続と看護婦採用手続などとして述べたところを総合すると、原告らが看護学院に生徒として入学を許可されたことにより、原告らと被告の間に原告ら主張のような雇傭契約又は原告らが看護学院の養成課程を終了すること若しくは終了後被告が原告らの採用手続をとることを停止条件とする雇傭契約が締結されたものとは、とうてい認めることができない。

むしろ証人宮原仮江(第二回)、同五十嵐敦子の証言及び原告ら本人尋問の結果によると、看護学院における原告ら第七回生の卒業式は昭和三六年三月一四日に行われ、病院長が第七回生のうち病院に勤務することを希望する者に対し、看護婦の採用手続として面接試験を行つたのは同月三一日であつたが、看護学院長は、同学院運営委員会で討議の結果、原告らを病院の看護婦として推せんしなかつたので、病院長は同病院の詮衡委員会に諮つた上で、同月二九日原告らの不採用を決定し、翌三〇日その旨を原告に通告し、原告らは病院に勤務することを希望していたにもかかわらず、遂に面接試験を受けることができなかつたことが認められるのであるから、原告らが被告に病院の看護婦として雇傭されなかつたことが明らかである。

三  以上述べたとおり、原被告間には、原告ら主張のような、いかなる雇傭契約も締結されたものとは認められないから、その余の主張について判断するまでもなく、原告らの請求は排斥を免れない。よつて、本訴請求は理由なきものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 園部秀信 松野嘉貞)

(別表省略)

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