大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)934号 判決

原告 後藤敏雄

右法定代理人親権者 後藤マツエ

右訴訟代理人弁護士 鈴木秀雄

被告 奈良輪孝子

主文

被告は原告に対して金五万円及びこれに対する昭和三十三年十二月三十日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担としその余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金二万円の担保を供するときは原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の請求原因事実中、被告がスポンジ加工の家内工場を営んでいたこと、原告がその主張の日に被告方において、スポンジ加工裁断器操作中に右手人示指粉砕挫滅創の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

被告は原告との間の雇傭契約の成立を争うので、まずこの点につき判断するに、原告本人並びに原告法定代理人親権者後藤マツエ本人尋問の結果によると、原告の母マツエはかねてから原告及びその兄、妹の三人の子を抱え、肩書記載に所在する母子寮で生活していたが、昭和三十三年十二月下旬頃、以前から知り合いの被告から家内工業としてやつているスポンジ加工の人手が足りないという話を聞き及び、原告が当時中学三年に在学中で偶々冬休みでもあることから、休み中に使用して貰つても良い旨話したところ、きて働らいてくれるようにとの依頼を受けたのでそのことを原告に伝え、原告も同月三十日、三十一日の両日間アルバイトとして被告方で働らき、いくらかでも賃金を貰つて家計を助けようと考え、三十日朝単身被告方を訪ねたところ、早速働らいてくれと云われ、賃金、労働時間等については何等のとり決めもしないまま直ちに就業することとし、刃渡り約二五糎の足踏み裁断器に手でサンダル用スポンジ材料を差し込み、その型ぬきをする作業に従事するように指示を受け、最初被告から簡単に機械操作方法を指導され、その後夕刻まで独りで裁断器を操作中、誤つて右手の人示指を裁断器に差し入れたため、前示のような傷害を負うに至つたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、被告は年末多端の折柄、その経営にかかるスポンジ加工業の人手不足に悩み、原告の母を通じて原告に労務提供方の申込をなし、原告はこれに応じて被告の右業務のために労務を提供することを約し十二月三十日朝から同日夕刻に至るまで、被告の指示にもとずき現実に労務を提供していたことが明らかであり、たとえその間に労務提供の対価たる賃金額及び労働時間等について明示的な取り決めがなされず、かつ、原告が同日及び三十一日の二日間だけ所謂アルバイトとして休暇中の余暇を利用して労務を提供する意思しかなかつたとしても、被告はその労務の提供を受領し、これに対しその提供した労務に対応した相当の報酬を支払う義務を負担していたものというべきであり、この当事者の関係からみれば、原告と被告間には黙示的に雇傭関係が成立していたものと解するのが相当である。

原告は、被告は右雇傭契約上使用者として原告のような未成年かつ未経験者に裁断器を操作させるについてはその安全を確保したうえで就業させる義務がある旨主張する。およそ労働者の就業中の安全を保護し、危害の予防、健康の保持等に万全の注意を払い労働者をして安んじてその業務にいそしみ得るように努めることは、使用者に課せられた重大な義務であること勿論であり、被告が使用者としてこれらにつき万全の措置をとつていなかつたことは前示認定の事情からも自ずと察知し得るところではあるが、これら使用者に課せられた義務はいずれも労働契約上の義務というべきであり、雇傭契約上の義務とはいい難いので、原告の受傷につき労働契約上の災害補償を求めるならば格別雇傭契約上の義務不履行を原因とする原告の本訴第一次の請求は、爾余の点につき判断するまでもなく理由がない。

そこで原告の予備的請求につき判断するに、労働契約上使用者が労働者に対して負担する安全義務は、前示のように雇傭契約上の債務とは認められないにしても、労働契約上の労働者の作業中における災害補償が無過失責任を規定している趣旨や、その義務が使用者の重要な義務と考えられる事情等を参酌すれば、使用者が著しくこれら義務に違背して労働者を就業させたような場合には、その行為は違法性を帯び労働契約上の注意義務違反として民事上の責任を負担すべきものと解すべきところ、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は当時僅か十四才余の中学生であり、労働経験を全く持たない少年であり、これが就業したスポンジ裁断器は刃渡り約二五糎の裁断刃をモーター回転により足踏式によつて上下させ、これに手で裁断台上に加工材料を差し込み型抜き裁断する作業であつて、年歯のいかない未習熟者には相当危険と考えられる作業であつたこと、被告は右作業に従事させるに際し極く簡単に操作方法を指示したのみでその後は全くこれを顧みず作業場にすらいないで、その危険防止、安全操業等に全く無関心で、原告に対する注意指導或いは適切な助言等を全く怠つていたこと、原告は単独で被告の指示した裁断作業従事中夕刻頃に至り、加工材料を手で裁断台に差し込んでいるうちに誤つて裁断刃を足踏みして右手人示指の上に落下させこれを粉砕切断するに至つた事実が認められ、この認定に反する証拠はない。してみれば被告は原告の如き未成年にして未経験者に右のような危険作業を行わせるについて、当然その機械操作方法を完全に教育指導して過誤なきを期すべきとともに、作業中もその動向に絶えず注意を払い、機械操作の習熟度、危険の有無等を絶えず観察、指導監督すべき業務上の注意義務があつたに拘らず、著しくこれに違背して就業させたため原告が未習熟のため操作を誤つて受傷するに至つたものというべく、被告は使用者として原告の右傷害によつて受けた損害につき、右注意義務違背を原因としてこれを賠償する義務があるものと解するのが相当である。

そこで損害額につき判断するに、前示原告本人並びに法定代理人親権者各本人尋問の結果によれば、原告は右傷害により昭和三十三年十二月三十日から翌三十四年三月二十三日まで通院加療したが、受傷した右人示指は第一関節部から切断されたため、生涯不治の傷あととして残り、このため思わしい就職口もないため、同年四月中学校卒業後封筒製造工場の工員として勤務し現在月一万三千円位の収入を得ていること、原告は前示認定のように母子四人の母子家庭として母子寮に居住していること、現在十八才余の青年であるが、右傷害のため最も日常生活上必要とされる右手人示指を失い勤務先での作業や、日常生活にもしばしば不便を感じ将来も亦長年にわたつて不便を感ずるであろうことが予測されること、被告は原告の通院治療費を支払つたがその外には何等の支払いもしていないこと、現在はスポンジ加工業をやめて夫の経営するクリーニング商の収益で生活を営んでいること、をそれぞれ認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、原告が日常生活上必要な右手人示指を失い、日常生活上の不便を感ずることは勿論、青年として不具となつた右手を持ちながら今後永年にわたつて社会生活を営まねばならないことを考え併わせれば、これによつて相当の精神的損害を蒙つたことは明らかであるところ、前示認定事情に被告の右経営規模、原告が被告に雇われて労務を提供したのが数時間に過ぎなかつたこと及び原告受傷の経緯諸般の事情を考慮すれば、その慰藉料は金五万円と認めるのが相当である。

被告は原告の過失を主張しているが、原告が未習熟のため操作を誤つたことは認められても、殊更に過失という程の事実は認められないから過失相殺の主張は採用しない。

よつて被告は原告に対して右慰藉料金五万円とこれに対する不法行為の日である昭和三十三年十二月三十日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求はその限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 滝田薫)

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